「ファラシーナ、リー!」
塔から下りると、扉の外で倒れていたファラシーナにイルが、リーに渚が駆け寄った。
「酷い怪我・・・でも息はしてる!」
「こっちもだ!」
渚は竪琴を取り出すと、回復の音を奏でた。
「ああ・・渚、大丈夫だったのですね。」
「ん。リーもね。」
気がついたリーは、渚を見て微笑んだ。もっとも、相変わらずフードをかぶっているので、渚からは口元しか見えない。
「ん?・・あ、あたい・・?やられて・・・イルっ!」
ファラシーナは気づくと同時に抱き起こしていたイルの首に巻きついた。
「フ、ファラシーナ!」
驚いたイルが、ファラシーナの腕を解こうと焦る。
「もうっ!リー、先に行きましょ!」
見慣れた光景だが、やはり面白くない渚は、リーを促すとさっさと歩き始めた。
「渚っ!待てよ!」
イルが慌てて立ち上がり、尚も絡みついているファラシーナと一緒に追いかけてきた。
「いいわね、もてて・・・。」
渚はちらっとそんなイルを見るとそっぽを向きひたすら神殿の出口へと歩いていた。
「再び海底に沈むようですね。」
神殿を出ると、リーが辺りを見渡しながら言った。
「急ぎ、ここを離れた方がいいようです。」
リーが魔方陣を描き始める。
渚は後ろを振り返り、まだ出て来ないイルファラシーナを呼んだ。
「イル、ファラシーナ、帰るわよ!」
一行が空に上がるとほぼ同時、地響きがし、海原がざわめき、神殿は再び海底へと、その姿を消していった。
「ふう・・・」
渚は神殿の沈んでいった後の渦潮を見ながら、溜息を付いた。
「さあて、まだまだやる事は一杯あるわ!」
「一端、お頭たちの所に戻りますか?」
「ん、そうね。リー、お願いね。」
ザキムたちと再会し、その夜はそこで泊まる事にした。
ファラシーナとリーに塔での一件を話し、今までの礼を言い、後は自分たち2人でやるから、というイルと渚に、2人は断固最後まで付いて行くと主張した。
無の世界はこれ以上広がらないにしても、魔物たちは相変わらず地上を徘徊している。それに2人が竪琴を使っている間は、完全に無防備状態となるだろうから、その時の守り手として、どうあっても付いて行くという事だった。
「じゃ、引き続き、よろしくお願いします。」
根負けした渚は、2人に頭を下げた。
「水臭いですよ、渚。」
「そうだよ。それにあたいは、イルと離れたくないからなんだし・・・ネ。」
ファラシーナはイルにウインクして言った。
「だ、だから、本当はファラシーナは・・」
「えっ?何か言ったかい?」
小声で言ったのが聞こえたのか、ファラシーナが渚の方を向いた。渚は慌てて打ち消した。
「う・・ううん、別に。」
(あーあ、またイルと2人っきりで旅ができると思ったのに。でも、2人の言うことも当然だし。仕方ないわ。・・とにかく、もうじき終わり。そうすれば、またこの竪琴が光って家に帰れるのかしら?それとも、ディーゼ神殿へ行って、これを返すと女神様が帰してくれるの?)
渚はいろいろ考え込んでいた。そして、ふと思いつき、どきっとした、イルの言った言葉を。
(確か、イルは、イヤリングが黒い限り、私には触れないって言ったよね・・とすると、もしかすると・・あ、危ない?・・・でも、イルなら・・・う、ううん、駄目、駄目!)
「駄目だってばっ!」
「何が駄目だんだ?」
思わず声を出してしまった渚を、不思議なそうな顔をしてイルが見る。
「な・・何でもない。」
「何でもないって・・渚?お前熱でもあるんじゃないのか?顔が真っ赤だぞ。」
「大丈夫だってば。」
渚の額に手を充てようとするイルの手を振り払うと渚は立ち上がった。
「もう遅いから、私、休むわ。お休みなさい。」
そそくさとその場を離れ、渚とファラシーナの為に用意してくれた小屋に行き、1人ベッドに入る。
自分の考えた事が恥ずかしくて、イルと目が合わせられなかった。
(ファラシーナがいるから・・・大丈夫よね・・2人っきりにはさせてくれないだろうから・・それに・・それに、全部終わったら私は家に帰るんだし・・そうすれば、もうイルとは会えないんだし・・・もう・・・・)
いつの間にか渚の目には涙が溜まっていた。渚は布団を頭までたくし上げると、堪え泣きしていた。
そして、一行は最終目的地である、白き無の地に一番近い町、元ファダハン王国の『ファイロン』に来ていた。
ファダハン王国はその圧倒的な権力と軍力で治めていた国王を失ってから、その秩序は完全に失われ、乱れていた。近隣の国王は白の世界が自国まで広がってくるのを恐れ、秩序を保つ為の援軍も、食料等の物資の援助もしようとしなかった。
砂漠に囲まれた町、そこは、今や完全なる無法地帯と化していた。
「イル・・何か町の人の視線が・・・・」
一行が町に入ると同時に、通りを行き交う男たちの目が集中した。まるでまとわりつくような視線。渚は気持ち悪くなってきた。
「ああ・・女連れの旅人なんて珍しいからな。それに、国王という抑えを失って、今や完全に無法地帯だからな。」
イルは気にしてないとでもいうように、さらっと言う。
「とにかく、宿屋でもとって、それから行ってみる事にしよう。」
一行は町外れにその町ただ1つという宿屋を見つけるとそこに入った。
「いらっしゃい、お泊まりかね?」
中に入ると、何か胡散臭そうな主人が出てきた。
「ああ、4人一緒か部屋を2つ。」
「4人様ご一緒で、という部屋はありませんので、2部屋でよろしいですか?女の方と男の方用で?」
主人はじろじろ見ながら聞いた。
「いや、それなら、俺とこいつで1部屋、後の2人でもう1部屋。」
「イ・・」
イルは焦って大声を出しそうになった渚の口を抑え、自分の後ろに渚を押しやった。
「はいはい、かしこまりました。では、前金でお願い致します。」
主人は宿賃を受け取ると、一行を2階の部屋に案内した。
「では、どうぞごゆっくり。食事は真向かいの酒場でお願いします。」
主人は頭を下げると階下に戻って行った。
「渚、何してるんだ、入らないのか?」
入口で立ち止まっている渚に、先に部屋に入りイスに座ったイルが言った。
「だ、だって・・・」
渚は自分の顔が少し赤らんできたのを感じていた。
「お嬢ちゃん、あの主人を見たろ?隙あらばって顔して。ああでも言わないと、夜、こっそりあたいたちだけ誘拐しようとするだろうからね。」
後ろでファラシーナが笑いながら小声で渚に言う。
「そうです、渚。心配はいりません。」
リーにまで言われ、自分が何を考えていたのか、みんなに分かってしまったと、益々渚は赤くなる。
「もっとも、俺は渚の考えた方でもいいんだけどな。いや、その方がいいな。」
「イルっ!」
意地悪そうにわざとそう言ったイルを睨んだ渚だった。
「はっはっはっ!まぁとにかく入れって!」
宿の主人が聞き耳を立てている事を予想し、全員その部屋に入って相談する事にした。
「ですが、やはり別に眠るというのは、危険だと思いますよ。」
リーが真剣そのものの顔をして言った。
「そうだな・・・」
イルも考え込む。
「あたいは・・イルと一緒でいいよ。」
2つあるベッドの1つに腰掛け、ファラシーナはイルにウインクした。
「では、私は渚と。大丈夫ですよ。ただ眠るだけです。」
いつものように静かに言うリーに、動揺しながらも、リーなら信用できるだろうと渚は思った。
「し、仕方ないから・・それで。」
「ち、ちょ・・・」
今度はイルが焦ったようだった。何か言おうとしたのを止め、窓の外に目を向けた。
「と、とにかく、まだ泊まるかどうかは決まってはいないんだからな。まだそう決めなくても・・」
「なにさ、あたいじゃ、不服なのかい?」
ファラシーナが不服そうに言った。
「い、いや、そう言うわけじゃ。と、とにかく、行ってみよう、白の世界の近くへ。」
「そうね、行ってみましょっ!」
窓から遠くに見える真っ白な空を見つめ、答えていた。
不思議な光景だった。目の前に広がっている空間は全くの無、真っ白な無の世界。
そこから先は何もない。見ていると感覚がおかしくなってしまうように思えた。
(真っ白・・普通、無の世界って暗闇なのよね。混沌とした暗黒の空間にまず光がっていうのが普通なんだけど。これだと・・・まるで白紙の状態に戻すって言うか・・ディスクの初期化って言うところ?)
「渚!」
1人ぼけーっと考え事をしていた渚はイルの声で、はっとした。
(いけない、またやっちゃった!)
「ごめん、ごめん、イル。じゃ、やってみましょう?」
イルと渚が各々の竪琴を取り出す。
その2人の後ろでは、リーとファラシーナが砂漠に住むモンスターや肉食獣の攻撃に備え警戒している。
「ふぅー・・・・」
大きく息を吸うと渚は竪琴を奏で始める。イルも慣れない竪琴を指で爪弾き始めた。
(心を込めて・・そこにあるべき世界を想い描いて・・・)
初めは戸惑ったイルも少しずつ慣れてきた。
その竪琴は、手で奏でるものではない、その調べは心で奏でるもの。
自然に目を閉じた2人はその調べの中に入っていった。
2人の心が竪琴の音になり、その調べが1つになっていく・・と、イルの竪琴から赤、青、緑の3色の龍玉が光を放ちながら出てきた。
それは2人の竪琴の間で少しずつ溶け合い、様々な色に変わっていった。
ファラシーナとリーは目の前に展開されている世界創造に我を忘れて目を見張っていた。
2人の琴の音に乗るようにして、色が舞い、まっ白な世界を染めていく。まるで夢でも見ているようだった。
大地が、空が色がつくと同時に立体的になる。草が、木が生え、花が咲いていく。
心の中にしみ込むような優しい調べが舞う中で。
「う、う〜ん・・ここは?」
渚は町の宿屋の1室で目が開いた。ふと見ると横のベッドにイルが寝ている。
「気がついたかい、渚?」
枕元でファラシーナの声がした。
「ファラシーナ?・・わ、私?」
渚はファラシーナの方を見ると聞いた。
「もう3日も眠ったままだったんだよ。余程精神力が要るんだね。」
ファラシーナが微笑んで言った。
「そうですね。丸1日竪琴を弾いていましたしね。イルも今、目が開いたところなんですよ。」
ドアを開け、部屋に入って来たリーが微笑みながら言った。
「渚もそろそろ目が覚めるのではないかと思い、紅茶をいただいてきました。」
リーは二人のベッドの間にあるテーブルに紅茶を置いた。
「あ、ありがとう。喉カラカラよ。」
「起き上がれるかい?」
「う、うん。ありがとう。」
起き上がるのを手助けしてくれたファラシーナに礼を言うと渚はカップを手に取った。
「俺も。」
イルも起き上がるとカップに手を延ばした。
2人の視線が会い、渚は真っ赤になって慌てて紅茶を飲んだ。
竪琴を弾いていた時、イルの温かい心がしみ込んでくるのが、痛いほどわかり、同時に自分のイルに対する想いも、はっきりと分かった事を思い出していた。
(もうすぐお別れ・・もうすぐ・・)
渚は、ファラシーナが興奮したように話す、白い世界が変わっていく様を微笑みながら聞いていた。が、イルとの別れを思い、渚の心は沈んでいた。
(イルとは離れたくない・・でも・・ここにいる訳にもいかない・・・)
『あれを見たら、あんたたちの間には入れないってつくづく思ったよ。』という言葉を残してファラシーナは彼女の仲間の所に戻って行き、リーは山賊家業から足を洗ったばかりで、苦労してるだろうから、とザキムたちの所に戻って行った。
渚とイルは、ニーグ村に一端戻り、村長夫妻を初めとする村人の大歓迎を受け、そして、今、ディーゼ神殿の女神像の前に立っていた。
その像を見ながら、それまでの事を2人は思い出していた。
別れを思い、お互い言葉が出ない。
じっと女神像を見ながら身動きもせず、静かな時だけが過ぎて行った。
『渚・・イル。』
突然、像から声がした。2人にはそれが女神ディーゼの声だとすぐ分かった。
やさしく心にしみ入るような声だった。
「女神様・・」
渚は思わず呟いた。
『渚、イル・・ご苦労さまでした。そなたたちのおかげで、世界は救われました。わたくしからも礼を言います。』
渚とイルの耳に付いているイヤリングが、光を放ちながら、静かに離れ、クリスタルの器に入っていった。2つの剣と2つの竪琴は、それぞれ同じ器に寄り添うように。
それを見る渚の目からは大粒な涙が零れ、頬を伝う。
「わ、私・・・・」
『渚・・また、会える日が来ます。・・時の輪が交差する時・・2人は、必ず・・』
「渚・・・」
「イル・・」
お互いを確認するかのように、固く抱き合い口づけをする2人を光が包み、そして、イルだけを残して、渚は光と共に消えた。
「イル・・いつかまた会えるわよね。本当に。」
自分の家に戻ってきた渚は、しばらくそこに座ったまま身動きもせず、じっとパソコンの画面を見つめていた。涙が次々と溢れ、止まらない・・・・・。
そして、文化祭当日・・・
「渚っ!」
焼きそばをほおばっていた渚のところに、祀恵が走り寄ってきた。
「どうしたの?・・」
時計を見た渚は、まだ私の当番の時間じゃないのに?と思いながら祀恵を見る。
「大当たりよっ!あのゲーム!みんな順番待ちでやってるわ!」
「そう・・よかったじゃない。」
「何よぉ?気のない返事をして?渚が作ったんじゃないのぉ?」
「みんなでね。」
「ま、そうだけどさ・・でも発案者は渚だし、ほとんど渚が作ったようなものじゃない?好評につき、FDつきで販売するって!」
「ホント?ふ〜ん・・・・」
「もう!他人事みたいにぃ・・・どうも夏休み以降沈んでるわね?何かあったの?」
「別に・・・」
「おっ!なんだ、こんなとこにいたのか?」
その声に振り向くと、部長が立っている。
「ゲーム好評の褒美に、これお前にやるわ!」
ばふっと渚の顔目掛けて投げてよこしたそれは、頭が少し尖っている真ん丸なブルースライムのクッション。目がくるくる動くおかしな表情のもの。
「危ないじゃないのっ!」
顔の寸前で受け止めた渚が部長を睨む。
「何よ?2Bの出店で売ってたやつじゃない?」
「はははっ!お前にゃぴったりだろ?」
「ぶうぅーっ!」
思わず渚は膨れっ面をする。
「ほら見ろ、その顔!そっくりだ!」
「もうっ!部長ったらっ!」
−はははっ!−
ぬいぐるみの顔の真似をした部長に渚も祀恵もそして、本人も笑っていた。
「笑ってた方が、桂木には、あってるぞ!」
「え?」
「最後のフォークダンス、付き合ってくれよ、な!」
照れ笑いして、部長は部室へ駆けて行く。
「えっ?何?何?・・ひょっとして部長って・・?えーっ!?」
目を丸くして祀恵が渚を見る。
「な・・何よぉー?祀恵?」
「ふ〜ん・・そうか、そうか・・・」
「わ、私は部長のことなんて・・」
「ま、いいじゃないの?そろそろ勇者様から卒業しても?じゃ、私、約束があるから!」
勝手に決め込んで、祀恵はウインクすると走り去っていく。
「もうっ!そんなんじゃないわよ、絶対っ!」
いつものからかいなんだから、と祀恵の後ろ姿に文句を言ってから、スライムのクッションに目を移す。それは、ララがおどけた時のような顔。
「卒業試験にしては・・キツ過ぎるわよ・・・・。」
クッションを見ながら、思わず渚は呟く。
「精神的ダメージ9999、最高値!!」
ふう・・・ため息をつき、自嘲する。
「ララ・・お前は、イルと一緒にいるの?」
ふと見上げた空に、ララとふざけ合って笑ってるイルの顔が見えたような気がした。 |