☆ その12・切ない想い ☆

 

「な・・・なんだこれ?」
走り続けて数時間、一行の前には黒く渦をまいたような巨大なオーブがあった。
周囲は靄がかかり一層不気味な雰囲気をかもしだしている。
「この中に奴がいるってわけか?」
「多分そうだろう。ここから闇の波動が発せられている。」
子犬に姿を変えているルーンが苦しそうに言った。
闇の圧力が一行の精神に覆いかぶさってきている。今にも押し潰されてしまいそうな圧力。
「とにかく・・入口を・・・・・」
その圧迫感に耐えながら入口を探した。が、一向に見つからない。
次第にイルたちは焦りを覚えてきた。
が、その逸る気持ちとは裏腹に一行の歩みは鈍っていく。手足は重くなり気力は失せていく・・・・生気を奪われていくような脱力感を覚えていた。
「入口がなくては・・・・イル、魔法でなんとかできないのか?剣で試しても駄目なんだ。」
徐々に失われていく気力を振り絞りギームが苦しそうに言う。
先程から衝撃を与えればどうにかなるのではないかと、ギームはオーブを回りながら試していたのだ。
だが、イルの衰弱も例外ではない。体力的にはギームよりも劣っている、オーブの回りを一周しただけで、座り込んでいた。
「あ・・ああ、やってみる!」
気力を振り絞りそこに立ち上がると、イルは呪文を唱え始めた。
「ファイラとの盟約に基づき、我、全てを焼きつくさん・・・・『赤龍焦炎!』」
真紅の炎龍がオーブを飲み込む・・・しかし炎が消え去ったあとに見えたのは、少しも変わらないオーブ。
「・・・駄目・・・か・・よし、次だ!」
イルは再び精神集中し始めた。
『赤龍雷撃!』」
「くそっ!」
「ウィナーゼとの盟約に基づき、我、全てを切り裂かん・・・・『緑龍烈風!』」
「オーシャロンとの盟約に基づき、我、全てを流破せん・・・・『青龍流撃!』」
が、いくら攻撃してもオーブには何の変化も起きなかった。
「駄目だ・・・・。」
イルは再びそこへ力無く座り込む。
その様子を自分自信も弱りながら見ていたルーンが意を決したように立ち上がり、元の姿に戻る。
『ご・あ・あ・あ・あ・あ・あ・!・』
銀狼は紅蓮の炎をオーブに吐きかけた。そしてその炎の中に銀色に輝く物を見つけると嬉しそうに目を細め、そして消滅した。
「ル、ルーン!」
2人は目の前でルーンが消滅した事を信じたくはなかった。きっと神殿に戻ったんだと心に言い聞かせた。
炎が消えるとそれに呼応するかのように宙に浮かんでいた物がぽとりと落ちた。
2人は身体の重い事も忘れ急いで駆け寄る。そこにあったのは、女神ディーゼの剣、渚が持っているはずのムーンソード。
「こ・・これは・・・・」
イルは慌てて剣を拾い上げる。
それは、銀色に輝く細く弓なりに沿った長剣、女神ディーゼの、そして、渚の剣。
「な・・・渚・・・。」
イルはオーブを見つめなおすと、その剣で会心の一撃を加えた。
「ヤアーーーーッ!」
オーブに裂け目ができ、剣が放つ光が2人を包み込んだ。そうして、気がつくと2人はオーブの中に入っていた。

中は外のような圧迫感もなくただ薄暗く静まり返っている。
「ヒーリング!」
イルは自分たちの疲れを癒すと持っていたクリスタルで自分たちの周囲を明るくし、改めて周りを見渡した。
何もない闇に包まれた広い空間。闇のオーブの中がこんなふうだと予想してなかった2人は焦った。どこをどう探したら渚が見つかるのか全く分からない。ムーンソードは中へ入ると同時に小さくなってしまった。
「と、とにかく探そう。何かあるはずだ。」
「ああ・・・」
イルは掌に乗せた剣をしばらく見つめ、そしてそっと布にくるむと自分の腰袋にしまった。
2人は何もない空間を闇雲に走り回った。が、そこには黒の魔導士はおろか、建物の影さえ見つからない。
走り回っては魔法で回復する、それが何回繰り返されただろう。2人は途方にくれていた。ぐるっと見渡すかぎり周囲は相変わらず何もない無限の空間。2人の脳裏を考えたくもない光景が過った。
「イル・・・・いくら走り回っても同じ事だぜ・・・どうすりゃいいんだ?こうしてる間にも渚ちゃんは・・・・」
「う、うるせぇな、分かってるよ!自分と一緒にするなよな!」
「は?・・・俺はただ、渚ちゃんがモンスター共の餌食にされやーしないかと・・・・は、はーん・・・・どっちがすけべだ?イル!」
ギームはにやっと笑うとからかうような顔でイルを見た。
ギームにそう言われ、言い返す事もできずにイルは真っ赤になってギームとは反対の方向に顔を向ける。
そう、つまり、ギームの言った事は当たっていた。
「と、とにかく、どこかに出口が・・・・」
慌てて見回していると、突然何でもない空間に裂け目が現れる。それに近づきながら、モンスターが出て来るであろうと警戒する2人の目の前に・・なんと、ララがひょこっと出てきた。
「チュララ!」
「ララ!、ララじゃないか?・・渚は?渚と一緒じゃなかったのか?」
慌ててララを手にのせるとイルは聞いた。
「チュララァ・・・・」
身体を振って悲しそうに答えるララ。
「そっか、お前いつも渚の袋の中で寝るもんな・・・。荷物とは別のとこなんだろう、渚は。」
「チュララ・・・」
「イル、出口が消えちまうぜ!」
見ると黒い裂け目は少しずつ縮んでいる。
イルは慌ててその裂け目に飛び込み、ギームもそれに続いた。

そして、2人が出たところは薄暗い部屋の鏡の前。
テーブルの上には渚の荷物がある。
そこが何やら塔らしき物だという事が小窓を覗いて判断できた。
「急ぐぞっ!」
ちらっとその袋を見るとイルは叫んだ。
2人はその部屋を出ると、ララが指し示す方向にひたすら走り続けた。
「おらおらおらあー!どけ、どけえーっ!」
通路に立ちふさがるモンスターたちを次々とその大剣で切り倒しながらギームが走る。
イルも負けじとばかり、呪文で攻撃しながら突っ走る。杖とそして手の平から次々と魔法球を発しながら。

が・・・モンスターの圧倒的な数の前にギームが倒れる。
「ギ、ギームっ!」
「俺は・・・もう駄目だ。お、俺の事・・・なんか・・ほかっておいて・・・渚の・・渚ちゃんの所に・・急ぐんだ・イ、イル・・急げ・・」
「な、何を言ってるんだ!頑張るんだ、ギーム!」
イルがヒールの魔法をかけようとするのを止め、ギームは静かに息を引き取る。
「ギ、ギームっ!・・・・ギーム・・」
涙ながら、イルはそっとギームの身体をそこに横たわらせると涙を拭い、再び走りだした。モンスターを蹴散らして。


「渚ぁっ!」
イルが勢い良く扉を開けるとそこには気を失った渚を抱えたゼノーの後ろ姿があった。
「おやおや、どうやら宴会は終わってしまったようですね。」
息を切らして駆け込んだイルの方を振り向くとゼノーは余裕たっぷりに微笑んだ。
「だ、黙れっ!・・な、渚に何をしたんだ?」
「別に、何も。なかなか強情でね、このお嬢さんは。」
渚をそっと寝台に寝かせるとゼノーは改めてイルを見る。その顔に笑みはもうなく、心の底までも凍らせてしまうような冷たい表情がそこにあった。
そして、ゆっくりと辺りに響く低い声で呪文を唱え始めた。
イルもグナルーシの杖を持ち直すと呪文を唱え始める。
壮絶な戦いが始まった。
術と術がぶつかり合い塔は徐々に崩壊していく・・・。
「じゅ、術が効かない?・・・」
ゼノーはイルの術を物ともしない・・周りは術の余波で崩れていくというのに・・。
ゼノーはかすり傷一つ負っていない・・・反対にイルは見るも無残なほど満身創痍。
加えて、精神力も限界を越えている。
「く・・くそおっ・・・!」
心だけが焦る・・・が身体がもう言うことをききそうにない・・・
「ふふふ・・所詮・・その程度のものなんですよ、人間などというものは。」
ゼノーのあざ笑う声を耳にしながら、最後の力を振り絞るようにして杖にもたれていたイルが、ずるずると床に崩れる。

「チュララ・・・」
一方、ララは気を失っている渚を起こそうと必死に渚の顔の上で飛び跳ねていた。
「ラ・・・ララ・・・わ・・私・・・」
気がついた渚の目に写ったのは、気力も体力も使い切ってずたずたに傷き、床に倒れこんだイルだった。
ゼノーの黒銀の剣の切っ先が止めを刺すべく、その頭上にあった。
「イ・・イルっ!」
渚は慌てて起き上がると、無意識にイヤリングに手をあて竪琴を出す。
「女神ディーゼ・・・・力を貸してください。」
渚はそう祈るとゼノーをきっと睨み竪琴を奏で始めた。
音色と共に竪琴は大きくなり、渚の身長と変わらないほどの大きさになった。
「よ、止しなさい、渚っ!」
渚に気づいたゼノーが叫ぶ。
渚はそんなゼノーの叫びなど全く無視し、大きく息を吸うと、今一度、奏でた・・ゼノーの倒れた様だけを頭の中に描きながら。
「ゼノーぉっ!」
竪琴の音色は銀色の光の球となりゼノーを襲う。
「ぐわああああああっ!」
光に飲み込まれたゼノーの叫びが辺りに響く。
ゼノーが消滅すると徐々にその光は広がり、塔全体をそして、オーブを、黒の森全体を覆っていった。

渚は消えつつある塔の中で銀色の光に自分が包まれているのを、遠くなっていく意識の中で感じていた。


「はっ!・・・あ、あれ?・・夢・・・夢だったの?」
きょろきょろと周りを見回した渚は、自宅のパソコンの前にうつ伏せになっていた自分に気づく。
暗い部屋の中で目の前のパソコンの画面だけが光っている。
「夢・・・だったの・・本当に、夢?・・」
渚はじっとパソコンの画面を見つつ、今までの事を思い起こしていた。
「ち、違う・・・・夢じゃない・・・・。」
ふと手をあてたその耳には銀のイヤリングがあった。その片方に剣はない・・・。
「そ・・・そんな・・・こんな事って・・・こんな・・・・」
どうしようもなく悲しく切なくて、涙がどっと渚の瞳から溢れ出た。

 

♪ to be continued ♪

 
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