☆ その11・迫り来る魔手 ☆

 

「お目覚めですか、渚?」
「えっ?」
目覚めた渚は、見たこともない部屋の寝台の上にいることに気づいた。目の前のイスにはイルでもギームでもなく、不気味な笑みをみせる黒の魔導士、ゼノーが座っている。
「な・・・なぜ?イルは?ギームは?」
渚は二日酔いでガンガンする頭を抱えながら体を固くした。
「あの方たちなら、私の僕が手厚くおもてなししております。」
「て、手厚くって・・・まさか・・・」
「ご心配無く。おそらくまだ墓場で宴会の真っ最中でしょう。」
「えーーーーっ?」
「ご存じですか?『引いても駄目なら押してみな。』という言葉を。」
「え、ええ。それが?」
「彼らは戦闘にはもっぱら強い。」
「ま、まあ・・。」
「デーモンを送り込んでも、果して殺せるかどうか分かりません。彼らは叩けば叩くほど一回りも二回りも大きく成長して向かってきます。そこで、その反対の行動を取らせたわけです。」
「反対の行動?」
渚は見当がつかなかった。
「そう恐い顔をしないで下さい。私は不必要な戦闘は避ける主義なのです。あの二人には決して危害は加えません。但し、死ぬまであの墓場で宴会をし続けていただきますが。」
「そ、そんなに上手くいかないわ!だって私がいないんだから!そのうち気がつくわ!」
「きちんとあなたの幻影も用意してあります。ご懸念には及びません。」
「こ・・・この、卑怯者っ!」
ゼノーはその妖しい光を放つ瞳でじっと渚を見つめ、微笑んだ。そしてイスから立ち上がると一歩渚に近づいた。
「よ、寄らないでよっ!」
渚はきっとゼノーを睨むと、剣を取り出そうとイヤリングに手をかけた。
「なるほど、それがディーゼ神のイヤリングなのですね。よくお似合いですよ。ご存じですか?そのイヤリングは男神である太陽神ラーゼスの物とお揃いなんですよ。」
ゼノーはその長い銀髪をかき分けると両の耳のイヤリングを見せた。形は少し異なっているものの、片方は剣、もう一方は竪琴のイヤリング。
が、それは太陽を象徴する黄金でもなく、渚のと同じ銀でもない・・・妖しく輝く黒銀だった。
「な・・・何よ、それが太陽神のものだっていうの?ただ形が似てるだけじゃない。そんな物がそうであるはずないし、あなたがつけているわけないじゃないっ!」
「あなたが月神、ディーゼの意に添う者としてそのイヤリングを手に入れたのと同様、私も太陽神、ラーゼスの意に添う者としてこのイヤリングを手に入れたのですよ。」
「う・・・・嘘っ!」
「・・手に入れた時は美しい金色でした。最も、私はこの色の方が気に入ってますが。」
「そ・・・そんな事あるはずが・・・?」
「渚、あなたもご存じでしょう?愚かな人間の行為を。この世界を造りたもうた神を忘れ、我こそが神と言わんばかりの大きな顔をして闊歩し、自然の摂理を全く無視し、己の利益のみを追求し破壊していく・・・・・。」
「・・・・・・。」
「自然の嘆きが、動物達の叫びが、聞こえませんか?精霊たちはその住まい家を追われ、行くところもなく消滅していく・・・。男神ラーゼスは怒り、この世界を、人間を滅ぼすという悲しい決断をなされたのです。女神ディーゼと共に創造し、慈しんできたこの世界を。」
「で・・・でも全部が全部悪いわけじゃ・・いい人だって・・・」
「ではそのいい人たちが、どうにかしてくれるのですか?」
「そ、それは・・・・・」
「千年前、予言どおり闇王が現れました。その時、姫巫女の熱心な祈りにうたれ、ディーゼ神は人間に情けをかけました。それがそもそもの間違いだったのです。あの時、人間など滅んでしまえばよかったのです。人間が神に感謝の意を示していたのは数十年のこと。人間は再び神を忘れ、我が物顔で世界を飛び回り始めました。愚かな国王は己の欲求を満たすべく領土拡大を図り、武器商人が暗躍する。世界は再び戦で埋め尽くされました。罪もない動物たちが次々と殺され、自然が破壊されていく・・・分かりますか、渚?神がどれほど悲しんだか・・・。」
「・・・・・・」
「男神はこの世界を無に戻す・・・創世の前に戻すことを決心されたのです。無の世界です。真っ白な無の世界に。私は祈りました、この世界はまだ生きているのだと、この世界を必要としているものがまだいるのだと。」
「そ・・・それが、闇の者?」
「そうです。どうせ破壊してしまうのなら、地上へ出ることが積年の夢だった闇の者にこの世界を与えて下さるように・・・と。」
「そ・・・そんな・・・。」
「男神はその祈りをお聞き届け下さり、その証にこのイヤリングがあるのです。」
「そ・・そんなの嘘よっ!」
「但し、既に崩壊へと向かってしまったこの世界の歩みを止めることは、もう不可能です。ですが、あなたと力を合わせれば造りあげていく事は可能なのですよ。」
「造りあげる?私と?」
「そうです、愚かな人間を一掃し、新しい世界をこの地上に。このイヤリングにはその力があるのですよ。あなたと私、協力して新しい世界を造り上げるのです。闇の世界を。」
「そ・・・そんな・・・あ、あなたは間違ってるわっ!」
「何故です?美しい漆黒の闇の世界・・・・すばらしいと思いませんか?」
「じょ、冗談じゃないわよっ!」
渚は怒りで身体がぶるぶると震えた。
「そんなの、勝手すぎる!そんなの欲に駆られた国王と一緒じゃない!あなただって支配欲に駆られてるだけじゃない!」
「神を敬う心と自然界を大切にするという心は忘れませんよ。但し、全て闇色に染めて、ですが・・・・・。」
「どうして・・・・どうしてそんなんで男神は黙ってるのよ?」
「既に世界は神から見放されているのです。創造主であった神は破壊神とは成りえても救世神とは成りえないのです。」
「女神様は?・・・私にこれを下さった女神様は?」
「嘆いてはおられますが、敢えて男神に反対するという事もないでしょう。」
「そ・・・そんな事ないわっ!」
渚は寝台から降りるとイヤリングに手をあてた。目にはあふれんばかりの涙が溜まっている。
「女神ディーゼの名のもと、我は願う、出でよ、ムーンソード!」
「分かっていただけないのでしょうか?渚、我が闇の女王よ・・・。」
「分かるもんですかっ!」
渚は剣を両手で構えるとゼノーに向かって突進した。
「仕方ありませんね・・・」
ゼノーは残念そうにほほ笑むと、自分のイヤリングに手をあて、黒銀の長剣を取り出した。
−カキーンッ!・・・カラララ・・・・−
渚の攻撃は簡単に止められ剣は遠くにはじき飛ばされた。そして床に転がった剣はすうっと消えた。
「あっ、剣が・・・。」
剣に気を奪われた隙に、ゼノーは渚の腕を捕らえ、その喉元に長剣を突きつける。
「あ、あ・・・・」
渚は切られることを覚悟して思わず目を固く瞑った。死の恐怖で身体は硬直し、頭は真っ白になった。
(おかあさん・・おとうさん・・・としちゃん・・・優君・・)
家族や友人の顔が次々と頭のなかに浮かんできた。
(そっか・・これが走馬燈のように・・・って言うのね・・・。)
渚はゼノーの剣が自分の喉を切り裂くのは今か今かと恐怖な中で硬直していた。
「えっ?」
全身を電気が走り、渚の身体はびくっと震えた。
喉に触れたのは冷たい剣の刃ではなくゼノーの冷たい唇だった。
両腕を捕まれた渚は逃げることができない。
ゼノーの舌が渚の喉元から首筋へそして耳元へと這っていく・・・身体の芯まで、心まで冷えきっていきそうなその愛撫に、死の恐怖とはまた異なったそれを感じ、渚は身震いした。
「・・・い、いやああああ!」


「まっ、もう一杯!・・・なかなかいけるじゃないか。」
「ぷはぁーっ!」
「ようようよう!」
「いっき、いっき、いっき!」
墓場ではまだ和気あいあいと宴会が続いていた。
「次、42番、『魔界音頭』いきまーす!」
「よっ、いいぞ、ゾンビちゃ〜ん!」
「お次は渚ちゃん、歌ってくれよな?」
「そうだ、俺とデュエットしよう!」
「あっ、イル、抜け駆けはずるいぞ!」
2人は幻影とは全く気づかず、渚を真ん中に挟んで上機嫌。

『ご・あ・あ・あ・あ・あ・あ・!・』
突然、紅蓮の炎が辺り一帯を焦がし、ゾンビは一瞬にして焼け失せる。
後に残ったのは火傷を負ったイルとギームのみ。
「な・・・何だ、何だ?」
「何があったんだ?・・・・あれ?渚は?」
酔いもすっかり覚め、イルは姿の見えない渚を探して周囲を見回した。
そこには大きな銀色の狼、女神ディーゼの守護獣『ルーン』がいた。
『何をしているのだ、このようなところで?』
「な・・何って言われても・・・・」
「な、渚は?・・・渚がお前を呼んだのか?」
『渚の悲鳴のような声が聞こえ、急ぎ転移して来たのだが・・・・ここにはいないようだな?』
「そ、そうだ、渚ちゃんは?」
ようやくギームもそのことに気づき、辺りを見回した。
が、そこには墓石があるばかりで渚の姿はどこにも見当たらない。
「くっそう!まんまと罠にかかっちまったってことか!」
今頃気がついても既に遅すぎた。
後悔先に立たず。2人は己の不甲斐なさを呪った。
『ふむ・・・生気を森に吸い取られておる。この姿では無理のようだ。』
そう言うと、大きなルーンの姿は、一瞬にして小さな犬になった。
「これでいい。さあ、渚を助けに行こうではないか。」
「ああ、イル、急ごうぜ。なんかやばい気がする!」
「そうだな。ルーン、方向が分かるか?」
「闇の波動を辿っていけばいいだろう。」
急いでヒールの魔法をかけると2人はルーンと共に駆けだした。


♪ to be continued ♪


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