その36・終着駅
***ミルフィー編・完***

 

 「なにボサーっとしてるのっ?!殺られるわよっ!」
−ハッ!−
自分を叱咤するきつい声にハッと我を取り戻したカルロスは、自分がどこかの洞窟内にいることに気づく。
(な、なんだ?今のも夢だったのか?)
今までの事を思い出しながら周囲を伺う。
−グサッ−
と同時に鋭い爪がカルロスを襲い、反射的にそれを避ける。
−ボン!・・・すぼぼぼぼ・・・がぉ〜〜〜〜ん!−
カルロスがその攻撃を避けると同時に、火球がその爪の持ち主、グリズビーとよばれる巨大な暴れ熊を襲った。
−ブン!ズブッ!−
火だるまになりそれでも暴れるグリズビーの眉間に、間髪入れずカルロスの剣が深々と刺さる。
−ズ・ズン!−
プスプスプスと焼けこげる臭いを辺りに漂わせながら、グリズビーの巨体は地響きをたててその場に倒れる

「危なかったわね。こんなところでぼんやりしてるなんて、いくつ命があっても足りないわよ?」
「え?・・・あ、ああ・・・君が助けてくれたのか、ありがとう。」
「あなた、剣士?」
「ああ、そうだ。」
「そう。お仲間は?」
「あ、いや・・今は1人だ。」
「ふ〜〜ん・・珍しいわね。魔の迷宮に1人なんて。」
「そういう君もそうじゃないのか?」
やせ形の長い髪のその女性は、いかにも魔術に長けている感じがし、どこそこ上品さのあるリンとした女性だった。
「ふふっ♪そうね・・・なかなかここまで降りてくる仲間は見つからなくてね。」
「で、いつも1人で?」
「そう。ここに巣くう魔物くらいのスリルがなくっちゃつまんないわ。」
「相当な自信だな。」
「自信はいつもないわ。ここへ降りてくるまでガタガタ震えていたりしてね。でも、自動移動箱が止まり、扉が開くと、震えもどこかへいっちゃうの。きっと震えてる暇もないからなんでしょうね。緊張感の方が高まるっていうのかしら?」
「なるほど。しかし、そこまでしてスリルを求めるとは?君のような美人なら、こんな危険なところで魔物狩りなどしなくても、十分遊んで暮らせるんじゃないか?」
「男にこびを売って?」
「あ、いや・・・気にさわったのなら許してくれ。君があまりにも美人だったものだから。」
「お上手ね。そういうあなたも、腕もそれから容姿もかなりのものよね?もてるんでしょ?こんなところで魔物を相手してなくても、貴族様かお金持ちのお嬢様でも落とせば、いい暮らしができるんじゃない?」
「あ・・いや・・・・それは・・・」

−ぶっ・・・あはははははは・・・−
しばらく見合っていた2人は、同時に吹き出していた。

「私、リュフォンヌ。」
「オレはカルロスだ。」
そうこうしている間にも魔物は襲ってきていた。その襲撃を交わし、隙を見て攻撃を返しながら、2人の息は徐々にあってきていた。
「たいした精神力だな。どれもミラクル級の術だぞ。」
「あなたの剣術もね。その腕ならもう1つ下に降りてもよさそうね。」
「もう1つ下?オレの腕なら?」
「そう。ここみたいにいざというとき、術で助けてあげられないから。」
「ということは、この下は魔術の類は効かない奴らなのか?」
「そう。頼みは己の腕だけよ。」
−シュンシュンシュン・・シュシュッ!−
「おおっと・・・・」
−ギン!−
持っていた杖らしきものを勢い良く回転させたと思っていた次の瞬間、その先にある鋭い矢じりがカルロスを襲った。もちろん咄嗟に剣で跳ね返したし、リュフォンヌも本気で攻撃したわけではないが。
「ヤリを象った杖じゃなかったんだな?」
「そうよ。どちらかというと、杖を装ったヤリね。」
にっこりとリュフォンヌは笑う。
「腕の方も確からしいな。」
「ありがとう。あなたほどの腕の剣士に褒められるのは悪くない気分ね。」
「しかし、なぜこれほどまできたえて下を目指すんだ?この迷宮にはそんなにいいお宝があるのか?」
「まーね。」
「教えてはくれないのか?」
「普通の人が求める宝物は、ここまで来なくてもそこそこ手に入るわ。私が求めているのは・・・特別なの。」
「特別?」
「そう。おそらく私にしか価値がないもの。」
「君にしか?」
ふふっと笑い、ちょうど襲いかかってきたデビルに火炎を放りながら、リュフォンヌはじっと前方を見つめた。
そこには暗闇の中、小さな松明に照らされた下へと続く階段があった。
「本当に世界を危惧している勇者様なら進むかもしれないけど。それでも私が求めているものとは違うわね。」


−コツコツコツ−
暗闇に2人の足音だけが響く。
「リュフォンヌ?」
押し黙ってしまった彼女に、カルロスは少し遠慮しつつ、言葉の続きを催促する。
「それは・・・魔に魅入られた私の恋人。」
「恋人?」
「ふふっ・・・ううん、違うわ。そう思ってたのは私だけ。彼は・・彼にとって私は妹でしかなかった。」
「ん?」
そう言いながら右手で指し示した前方には、巨大な悪魔の彫像があった。
「虫も殺せないやさしい人だったの。でも、冒険者の町で育った彼は、それが原因で周囲に疎外視され、バカにされ・・・小さいときから虐められてて・・・・・そして、手を染めてしまったの、悪魔の力に。」
「悪魔の力・・」
「そう。偶然落ちた地の割れ目の奥深くに眠っていた地下神殿で見つけた禁呪の術書の紐を解いてしまったの。」
「禁呪の術書・・・。」
「闇の四聖獣を復活させる術書なの。復活した彼らの手によって混沌に染めた世界に王として君臨する為。」
「その闇の四聖獣というのは?すでに全部復活してるのか?」
「いいえ。まだ二体だけよ。その復活の儀式のため、こんな迷宮を作り上げ、魔物と宝物を配置し、その復活の儀式のにえとなる人の命や、恐怖や憎悪など様々な感情を取り込んでいるの。」
「君は怖くないのか?」
「怖いわ・・でも、私は、・・元のやさしい彼に戻ってほしいの。」
「リュフォンヌ・・しかし・・・」
カルロスの悲痛が籠もった表情にリュフォンヌは力のない笑みを返す。
「・・わかってる・・・手遅れだったとしても私は助けたいの。そう・・心の奥底まで悪魔にはなってないわ。・・・私には聞こえるの、彼の助けを求める声が。」
「しかし・・」
−オオーーン−
侵入者の気配を感じ、悪魔の彫像の目が赤く妖しげに光り、それと同時におぞましい形相のアンデッドたちが襲いかかってきた。
「普通のアンデッドじゃないの。悪魔の操り人形とよばれているアンデッドよ。浄化の魔法をはじめ、通常アンデッドに効くはずの術も含め、一切の術は効かないわ。」
−クルクルッ・・ビシッ!バシッ!シュピッ!−
ヤリで鮮やかに敵を倒しながらリュフォンヌが叫ぶ。
「キリがないから、いつもここを突破できずにいるの。」
「わかった!オレに任せておけ!」
−キン!シュッ!−
カルロスの剣が光りを放って空を、そして、敵を次々に切り裂いていく。



「なんとかもう1階降りられたが・・・疲労度に負けたっていうか・・・。」
「そうね。術が効かないエリアで回復薬ゼロはきついわね。」
「敵は後から後から沸いてでてくるしな。」
「新しい敵の弱点を見つけるのに、思ったより時間かかっちゃったから。」
「そうだな。しかし、次はもう少し楽にいくだろ?」
「そうね。また新しい敵に会わない限り?」
「一つずつクリアしてくしかないだろうな?」
「モンスター図鑑でも作りながら?」
「そうだな。」
迷宮から数キロ離れたところにある街へ帰り、カルロスとリュフォンヌは酒場で呑んでいた。


(ミルフィー・・悪いな、お前のことは忘れたわけじゃないが・・・金龍とあんなことがあったばかりだが・・・・どうやらオレは彼女に惚れたらしい。)
戸惑いもわだかまりもなにもなく、いともすんなりとリュフォンヌはカルロスの心に入ってきていた。
最初から妙に気があっていたこともあった。何もかも白紙にして、初めて恋をしたような感じをカルロスは受けていた。
そして、それは、リュフォンヌも同じ感覚を持っていた。

その想いをうち明けあった上で、2人は迷宮の最下層を目指すことにした。
それは、心はカルロスに向いていると認識したが、カルロスと身も心も完全に恋人になる前に、自分自身の心のけじめをはっきりつけたいとリュフォンヌが言ったからである。

(どうやらオレはリュフォンヌという心の理解者と出会い、ようやく心のトンネルを通り抜けられたようだ。)
何度目かの地下迷宮での道行き・・守護方陣の中で焚き火をし、1人休んでいるリュフォンヌの寝顔を見つつ、ミルフィーを思い浮かべながら心の中で呟いていた。
(・・・が、ミルフィー・・お前とのことも忘れない。いや、忘れられるはずはないが・・・・どこかで生まれ変わり、幸せな人生を送っていることを祈ってる。)

「無責任ねっ!カルロス!一生私の傍にいるって言ったのは嘘だったの?自分の手で幸せにするって言った言葉はどうなったのよ?私を他の男の手に委ねるつもり?それでカルロスと言えるの?」
「は?」
不意にがばっと上体を起こし、カルロスの眼前に顔をつきつけて詰問したリュフォンヌは・・・あきらかに彼女ではなくミルフィーだった。半透明なミルフィーの顔の下には、うっすらと目を閉じ眠ったままのリュフォンヌの顔が見えた。
「あ・・いや・・・ミ、ミルフィー・・・?・・リュ・・リュフォンヌは・・お前・・だったのか?」
「そうよ。悪い?」
「あ、いや・・悪い・・わけないじゃ・・ないか・・?」
嬉しいはずが、その嬉しさもすっ飛んでしまったくらいカルロスは驚いていた。
「そ。じゃ、そういうことで。」
「あ!おい!ミルフィー?」
すうっとリュフォンヌの顔の中に、ミルフィーの顔は溶け込んでいった。
(つまり、・・なんだ・・・ミルフィーの生まれ変わりってこと・・か?なんでオレの感が働かなかったんだ?)
「鈍いわねー!」
ほっとした?のも束の間、再びリュフォンヌからミルフィーの顔が浮かび出てきた。
「だから、これも白紙状態からということなんでしょ?・・・でも、白紙状態からで、あなたに恋しちゃうなんて・・・ああ、生まれ変わりとはいえ、なんだかくやしいわ!」
「ははっ!ミルフィー、それは仕方ないさ。」
『結ばれるのがオレたちの運命だったのさ。』
「う"・・・・・」
ミルフィーとセリフがハモってカルロスは思わず苦笑いする。
「仕方ないわねー・・・じゃ、いいこと?頑張って目一杯幸せにしてやってね、私の生まれ変わり。」
「もちろんさ。」
自信たっぷりのカルロスの笑みに、さわやかな笑みを返し、ミルフィーの顔は再びリュフォンヌの中へと入っていった。
「おおっと・・・」
後ろへそのまま倒れかかったリュフォンヌをカルロスは慌てて抱き留めて、そっと横に寝かせた。


「う、う・・ん・・」
「身体は休まったか、リュフォンヌ?」
「あ、ええ。あ、あのね・・」
「ん?」
まだ少しぼんやりした表情で上体を起こしながら、リュフォンヌは続ける。
「急になんだけど、なんだか、あなたが昔から知ってるような人のような気がして。」
「そうか?」
「今までこんな感覚なかったのよ。今目覚めたら。・・・ね?どこかで私たち会ってる?」
「かもしれんな。」
「どこで?あなたは覚えてるの、カルロス?」
「いや、覚えてないが・・・そうだな、ひょっとするとひょっとして、前世で会ってるのかもしれんな。」
「前世で?」
「そうだ。丁度今と同じように恋人同士で。」
「迷宮で出会って?」
「ああ。」
「ふふっ」
「はははは」
2人の明るい笑い声が迷宮にこだましていた。

強敵が犇めくこの迷宮の制覇には時間がかかりそうでもあったが、2人の間に邪魔になるものはなにもない。
そして、2人が一緒ならば、志半ばでどちらか、あるいは、双方ともが命を落とすようなこともないだろうと思えた。例えどんなに強敵と出会おうと。


「カルロス!」
「おーーしっ!とどめは任せとけ!」
あうんの呼吸で、2人は今日も魔の迷宮を進む。



-リュフォンヌの話-


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