−ズズズズズ−
「え?」
「ん?」
5体の黒水牛を倒すと同時に、周囲はゆっくりと変化し、気づくと渚たちは紫の水晶にその周囲を囲まれ、それに阻まれ、姿は見えていても別々に別れた状態。
「イル!」
「渚!」
だが、そんなことで怯む渚とイオルーシムではなかった。今一度剣を構えなおし、お互いの姿が見える水晶の壁に向かって渾身の一撃を加える。
−ガチッ!−
が・・・刃こぼれもしなかったが、水晶に傷もつかない。
一瞬どうしようか、と迷ったあと、2人は同時に剣を元に戻すと竪琴を手にする。
そして、お互いの意を確認すると、同時に奏で始めた。
創世の竪琴の音に乗り、金と銀の光玉が飛び、それは水晶の壁を崩して混ざり合う。
「やったっ!」
すっかり壁が取り除かれ、再び合流した彼らは喜び合う。
「あ・・あれは?」
洋一の指したそこ、彼らの前、暗闇の中に、紫銀に輝く人間大の結晶があった。
「あ・・・も、もしかして、これが?」
それが、バッコスから聞いた闇の大元、闇の紫玉ではないか、と渚は思いつつ、イオルーシムを見つめる。
「多分な。」
『我が闇世界は新しい時を迎えるであろう。』
「え?」
その紫玉から聞こえた声に、全員はっとして意識を集中する。
『我が意ではないのだが・・・そこまでの繋がりを見せられては仕方あるまい。』
「意ではない?」
イオルーシムが聞く。
『当たり前だ。だれが太陽神の加護を受けたものを闇世界に受け入れるというのだ?』
渚はイオルーシムを指さし、声が指している人物が彼なのか、と聞く。
『だが、ディーゼにとっては、我も、そして我を捨て去った太陽神も同じラーゼスなのだ。・・・仕方あるまい。』
渚の問いには答えなかったが、そうなのだと察せられた。
「じ、じゃー、偽の光の神殿も・・さっきの黒水牛もあなたが?」
『そうだ。』
それで竪琴の光が黒水牛を倒さなかったのだ、と渚は納得する。
『戻るがいい、第一層に。光は、まぶしくていかん。』
すうっと周囲が変化した。渚たちは浮遊城の中へ、そして、第一層に転移していた。
『ディーゼを本気で怒らせると、後が恐いのでな。』
転移してもしばらく彼らを覆っていたその紫玉からの闇の気は、その言葉を最後に
ふっと消えた。
「イル・・・聞いたかい?」
「ん?」
からかうような笑みをみせるファラシーナに、イオルーシムはなんのことだろう、ときょとんとする。
「本気で怒らせると恐いんだってさ?!」
「あ・・・・・」
思わずイオルーシムはちらっと渚に視線を飛ばす。
「失礼ね!誰が恐いんですって?」
「ほら・・・イル、しっかり向こうでのことをフォローしておかないと!」
「あ、ああ。」
きっと睨んだ渚に、イオルーシムとファラシーナは苦笑いを交わしていた。
「でも、どうしたら記憶が戻ったの?」
「あ、ああ・・それか・・。」
渚の問いに、イオルーシムは照れ笑いをしながら答えた。
「言っただろ?渚の打った頬が・・いや、心が痛かったって。」
「あ、うん。」
「アパートに戻って、オレ、頬を押さえながらじっと考えてたんだ。なぜこんなにも痛みを感じるのか、そして、渚が気になるのか。」
「そうだよな。ほかにいっぱい魅力的な女の子がいたっていうのにな?」
「う・・・・」
洋一のさりげない嫌味にイオルーシムは焦る。が、即立ち直り、イオルーシムは洋一を見る。
「それは君と一緒だろ?」
渚に聞こえないように、イオルーシムは洋一にそっと言う。
「う・・・」
今度焦ったのは洋一の方である。
「ともかく、気になって考え込んでいたんだ。渚の事を。で、偶然にもそのとき目の前にあった月下蝶の不思議な力で、気が付くと渚の部屋に転移していた。」
「私の・・部屋に?」
「ああ。記憶を無くしていたから、何が起こったのか最初さっぱり分からなかった。でも、ふと目の前のPCに気づいたんだ。」
無人ということと、付けっぱなしになっていたことから、洋一と優司が転移してきた後だと判断できた。
「で、何気なくゲームをしてた。」
「ゲーム・・」
「創世の竪琴だった。」
はっとして渚はイオルーシムの瞳をじっと見つめる。
「冒険が進むに連れ、ぼんやりとだけど、少しずつ記憶が蘇ってきたんだ。それから、続編らしいものもやった。」
「イル・・・」
「で、気づいたら、あの空間にいたんだ。まだ不確かだった残りの記憶は一気に戻った。」
イオルーシムはそっと渚を引き寄せた。
「初めて会った時、言っただろ?あの時からオレの気持ちは変わっちゃいない。渚はオレのものなんだから。」
最後のその言葉で、渚の脳裏にそのときの記憶が蘇ってきた。怒りと共に。
すっとイオルーシムの腕をふりほどき、渚は睨む。
「もの扱いしないでって言った事、覚えてないの?」
「あ・・だ、だから、そういう意味じゃなくて。」
「私の意志なんていっつも無視して、命令口調なんだから。」
「・・・な、渚・・そうじゃないって!」
「知らない!」
「な・・・・渚ぁ?」
くるっと背を向けた渚に、ひたすら困惑するイオルーシム。全員苦笑いで2人を見ていた。
そして、世界の危機という、最大の危惧も消え、事件は終着を迎えた。
が・・・闇王は不在のままである。
イオルーシムは太陽神の加護により、光が強すぎて闇王にはなれそうにもなかったし、リーと優司は、闇へ変換できるものの、それは一人ではできない。最初の頃より変換力も、そして、2人揃わなくてもできるようになったが、渚がいないとだめなのである。渚と心を合わせて念ずることで以前より強い闇を、そして、1人でそれが可能となった。
闇世界の修復は、イオルーシムと渚が行った。弾き手の願った世界を創世するという竪琴。そこにあるべき姿を思い描きながら弾けば闇世界は闇世界のまま。
ただ、それが闇の気ではない為、続けてそうすることは、闇世界に亀裂を走らせ、ひいては崩壊に繋がってしまう。少しずつ、一部ずつ修復させていくことでそれを避けることにした。修復がほんの少しずつでも、無の空間による崩壊はリーと優司のおかげで止まっているのだからそれでも支障は何もない。
ともかく、人間界との接点は完全にシャットダウン。闇世界にいた人間は強制送還され、二度と入り込めることはできなくなった。いきなり転移されパニック状態に陥った人間もいるようだが、そこまで感知はしない。そして、人間界へ売られていった闇の住人たちもその気を辿り、呼び戻すことにした。
渚の願い、魔物と人間が仲良く、は無理だったが、一応平和な結末ではある。
そして・・・・
「姉貴!今日も行くんだろ?」
夕方、学校から帰って来るなり渚の部屋のドアをいきなり開け、優司が顔を出す。
「今日もって・・・優司、あなたも来るの?」
「だって、リーさん一人に任せっきりなんて悪いだろ?」
「それは分かるけど、いい?あなた、受験生なのよ?少しは勉強に身を入れないと!」
「姉貴?お袋のようなこと言うなよな?口うるさいと嫌われるぞ?」
「き、嫌われるって・・・」
「やー。」
優司の後ろから入ってきたイオルーシムを見て、渚は真っ赤になる。
「大丈夫、勉強はオレが見るから。」
「イルさんってすっげー難しい数式でも、スラスラ解いちゃうんだぜ?姉貴と違って頼りになるんだ。」
「どうせ私は数学が苦手よ。」
「渚、拗ねてもかわいいけど、できたら笑ってほしいな。」
「え?あ・・・・」
イオルーシムの言葉に、渚はまたしても真っ赤になる。
(やっぱ口うるさい姉貴を黙らせるには兄貴(イオルーシム)を連れてくるのが一番だよな?)
にやりと心の中でVサインの優司は、その夜も異世界の冒険が楽しめるとるんるん気分。闇の気を使って術もあまり強力なものではないにしろ、一応使えるようになってきた優司は、それが試したくて仕方がない。勿論、こっちの世界では使えないのだが。
時には闇世界を探索することもあるが、まだ当分は、人間界へ売られていった魔族の探索という立派な名目もあった。
「やー、桂木!今晩も行く?」
「え?・・・ぶ、部長も?」
ひょいっとドアから洋一が入ってくる。
「優司くん一人で冒険させるのもなんだろ?ファラシーナやリーだっていつも一緒だとは限らないんだし。だから・・・。」
「山崎さんは自分が冒険したいだけだろ?」
笑いながら優司が言う。洋一が太極拳を始めたことは優司は知っていた。自分と同じく習った技を試してみたいんじゃないか、と優司は思う。冒険そのものも確かに面白いが。
「いいだろ?楽しみを独り占めしなくっても?」
「そりゃそうだけどさ。」
が、洋一の第一の目的は、渚とイオルーシムの邪魔なのである。それ以上2人の仲が発展しないように。
「山崎さんって、意外にしつこいんだね?」
「しつこさだけが、オレの取り柄だからな?いつ、どう転ぶかまだ分からないだろ?」
小声で言い合い、優司と洋一は笑みを交わす。
それは、渚とイオルーシムを見ていると、別れることは考えられないことでもあり、一応は認めた洋一だが、本心は完全には納得していなかった。自分自身納得し、割り切れるその日まで、素直に自分の心に従い、2人の邪魔をしようと洋一は思っていた。
が、それは、ともするとイオルーシムが大学で渚以外の女の子に目がいきそうなときがあると感じた洋一の最後のあがきでもあった。
「人生、いつ、どう転ぶか分からないさ。それにオレにはこれがある!」
渚のゲーム好きは相変わらずである。洋一は渚の好きそうなゲームを作ったり、市販されているのを買っては、渚に会いに行く。そのゲームの説明に熱中している間は、やきもちを妬くのはイオルーシムの方なのである。
さて、女神の微笑みはどっちに? |