「ここ・・・どこだ?」
「え?」
洋一の声で気が付いた渚は、そこが闇の浮遊城だとすぐ判断できた。
「すごいなー・・・・」
感嘆の声をあげ、洋一は紫水晶でできた壁に見入っていた。
「この透明度、かなりのものだよな?まるで鏡みたいに映ってら。」
「れ、冷静なのね?」
てっきりパニック状態になっているとばかり思った渚は、洋一があまりにも冷静なことに驚いていた。
「冷静ってなんだよ?」
「だって・・・ここって異世界・・・」
「ははははは!桂木って、ホントそうだよな。」
心配した渚を、洋一は大笑いする。
「夢だろ、これ?」
「え?」
「桂木から、いや、結城からまた聞きだけどさ、ゲームの世界へ行ったっていう話をよく聞いたんだ。それでこんな夢見てるんだ。な?」
自分にも確認するように洋一は言う。
「ち、違うのよ、部長。あれは全部本当の事で。」
また余計な話を吹き込んで、と祀恵のことはむっときた渚だが、今はそんな場合じゃない。
「桂木・・・」
真剣に説得しようとした渚に近づき、のぞき込むようにして洋一は言う。
「ホント、お前ってたいくつしないよな?だけどさ、いいかげん現実を見ろよ。」
「だから、これが現実なんだってば!・・現実で・・・・私たち、いつ帰れるか分からないのよ?もう帰れないかもしれない。」
そこまで行って渚は急に洋一の傍から逃げるように離れた。
「ど、どうしたんだ?」
何もしてないのに?と洋一は焦る。確かに手が触れる程度には近づいたが、まだ触ってはいない。
(ま、まさか・・・まさか、シアラ?)
洋一を闇王に選んだ?と渚の表情は青くそして堅くなる。
(わ・・わたし・・部長のことなんて・・・)
「シアラ!」
思わず渚は叫ぶ。姿を形成する力はなくなっているとして、もしシアラの意志がこの城に留まっているのなら、そして、引き込んだのなら帰してもらおうと渚はシアラを呼んだ。
「誰だ、そのシアラっての?」
広いその部屋に渚の叫びが木霊するばかりで、返事はいくら待ってもなかった。
「シアラー!」
「あ!おい、桂木!」
不意に走り出し、まるで内部を知っているかのように通路を進む渚を見失うまいと洋一は必至で追いかける。
そして、尖塔の女神ディーゼの部屋。月神の部屋に飛び込むなり渚は今一度シアラの名を叫ぶ。必至の思いで。
「お願い、シアラ!出てきて!返事をして!私たちを・・ううん、せめて部長だけでも元の世界へ帰して!部長は関係ないのよ・・だから・・・・」
「桂木!」
大丈夫なのか、と夢の中だと思いながらも洋一は渚を心配して、彫像の前に座り込んだ彼女の前に駆け寄る。
「ごめんなさい、部長まで巻き込んでしまって・・・私・・・」
「い、いや、別にいいけど。」
「よくないわっ!」
渚のあまりにもせっぱ詰まったその叫びに、呑気にかまえていた洋一はびくっとする。
「ホントなのよ。現実なのよ。まだ分からないの?夢なんかじゃないのよ!」
そこまで真剣に言われては洋一も一応疑う。
ぎゅっと自分の頬をつねってみる。
「痛っ・・」
「ほらね、ホントなのよ?」
「だけど、夢で痛いってことも・・ある・・だろ?」
それでもまだ夢だと思っている洋一に、渚はため息をつく。確かに渚もそうだった。最初この世界へ来たときは、夢だと思いこんでいた。
「だから、違うんだってば!」
「・・・違うとして、どうして引き込まれたんだ?」
洋一の瞳は、現実だとまだ認めていない瞳だった。だが、洋一は頭を切り換えて渚の話を聞くことにした。
「ふ〜〜ん・・・闇世界に闇王ね・・それってまるっきり今あいつらが作ってるゲームだろ?」
やっぱり夢なんじゃないか、これ、といった表情の洋一に、渚はがっかりする。
「いいわよ。信じないなら信じないで。・・そのうち分かるから・・私のときみたいに・・。」
渚はもはや説得することを諦めた。くるっと向きを変え、洋一に背中を見せ、窓から見える月を見上げる。
「ごめん・・・オレのこと心配してくれてるんだよな?」
寂しげに月を見つめている渚に、洋一は良心の痛みを感じる。いくら夢でも少しばかにしすぎだったか?と反省と、口を合わせてここを探検するものいいかもしれない、と思っていた。そこはさすが元パソコン部部長である。居直りと言おうか・・対応が早い。
もっとも夢とばかり思っているから、そんな気楽さでいられるのだろうが。
「でっ・・と・・・どうすりゃいいんだ、オレたち?」
どうしようもなかった。浮遊城から出る方法は分からない。移動できるはずだったが、操作のしたかも分からない。飛行機のようにコクピットがあるわけでもない。
「桂木・・・」
「何?」
「ホントに現実なんだな?」
「え?」
「現実で・・・オレたちは・・いや、オレは桂木の傍にいたせいで・・たったそれだけのことでこんなところに引き込まれて・・・・見ず知らずの恐ろしい世界に・・帰る方法も、帰れるのかも分からなくて・・」
「部長?」
数時間たっていた。部長は一人で城内を探検してくるとか行って部屋を出、一人戻ってきたところだった。部屋のドアを開けるなり洋一はきつい口調で渚を責める。
「なんで・・なんでオレまで巻き添えにするんだよ?」
「巻き添えって・・・部長?」
「元の世界へ帰してくれよ。オレの未来を・・・帰してくれよ!こんなところへ来なけりゃ・・オレは・・・。」
「ど、どうしたの、部長。誰かに会ったの?」
洋一の声は小さくかすれたようなものになってきていた。渚の心に悪い予感が走る。
ここは無人の城のはずだった。だから部長が一人で探検してくると言ってもさほど気にせず勝手に行かせた。だが、夢だとばかり思いこみ、現実だと全く信じなかった洋一の口から、これが現実だと確信したような言葉が出、心配になった渚は思わず戸口に駆け寄る。そこに立ったままそれ以上部屋の中へ入ろうとしない洋一を不思議に思いながら。
「きゃああああ・・・・」
あと2,3歩で洋一に触れられる場所だった。ぐらっと傾いたと思った次の瞬間、洋一は前のめりに倒れ、その背後、ドアの向こうには鋭い眼光のミノタウロスが立っていた。
倒れた洋一の首筋に、ミノタウロスの手跡がくっきりついている。つい今し方まで立っていたのは、ミノタウロスに首を絞められるように握られていたのだとわかった。
恐怖の中、渚の顔は引きつり、全身は硬直していた。前回この世界の人間界へ来たときも魔物とは出会い、そして戦った。だが、今ディーゼの剣も竪琴もない。この窮地を逃れる術はどこにもなかった。
「え?」
次は自分の番だと死を覚悟した渚の前、すっと額ずいたミノタウロスに、彼女は驚いて小さく声をあげる。
「我らが闇の女王よ。」
「え?」
「女王、・・よくご無事でお帰りくだされた。」
「女王って・・・わ、私?」
恐怖で震える渚の前、額ずくミノタウロスの背後には、この魔界に住む筆頭格だと思われる魔族が・・・恐ろしげな異形の者たちが立ち並んでいた。
「あ、あなたたちは・・・」
「女王よ・・・」
そして、彼らもまた渚の前に額ずく。
それは人間の渚にとって、恐怖でしかなかった。
真っ黒な肌、ねじれた角、鋭い牙、真っ赤な瞳、人間とはかけ離れたその風貌は、今こうして額ずいていても、いつどこでどう気が変わって不意に襲いかかってくるか分からないように感じられた。
そう、洋一の場合と同じく、渚など一握りで殺せるはずである。
「あ・・・・・・・」
渚の言葉を待っているかのように静まり返ったそこは、異様な雰囲気に包まれ、まさしく闇世界であり地獄だった。 |