「話しかけないでください。」
(え?)
塔での生活は、僧兵長が言った通り何不自由のないものだった。ただ一つ外に出られない事を除けば。
毎日決まった時間に起床し、祈りをあげ、食事を取り、読書をし、決まった時間に床につく。見張りがいるわけでもないのだから、もっと自由に気ままにしていればいいと渚は思ったが、シアラはそうではないようだった。それまでの巫女生活の通り毎日を送っていた。ただ、それまでと違い、食事の支度など、自分で何もかもしなくてはいけないということが増えたが、それとて別にたいしたことではない。決まり切ったその繰り返しと、そして、何よりも一人だということに、我慢ができなくなった渚が彼女の心に話しかけようとした時、それより先にシアラの口からその言葉が出た。
「私には分かります。あなたはこの世界の人でも、そしてこの時代の人でもないということが。」
「え?この時代の人ではない?」
シアラは渚の言葉を無視するように続けた。
「誰かが何かの目的の為にあなたを私の内に呼び込んだのでしょう。・・・そうですね、あなたはきっとずっと未来の人のはず。」
(未来の・・・じゃー、今起きていることはイルの世界の過去?)
「ですから、何も話さないでください。あなたの知っている事は私が知って良いことではないはずです。いえ、私が耳を塞ぎましょう。何も聞こえないように。ちょうど塔内では外の様子を知る事ができないように。」
(シアラ・・・・)
それでも、シアラの心の想いは確実に渚に伝わってきていた。知ってはいけなかった恋と巫女としての責任感。そして、分かっていても消し去ることができない闇王への想い。なぜ闇王に恋などしたのかという自責の念とそれでも燃え上がる彼への恋慕。
(イルは・・・・今頃どうしてるの?)
そのシアラの心と同調するかのように渚もイオルーシムの事を考えていた。間近で見た闇王はどんなにかそっくりというわけでもなかった。が、遠目にイオルーシムだと思ってしまったのは確かだった。それに、確かであり大きな違いは、その瞳の色。ゼノーのような冷たさこそなかったものの、紫色の瞳は、イオルーシムのものではない。
(ちょっと目似てるっていうことよね?・・それはいいんだけど、いつまで私ってシアラの中にいるの?)
不安を覚えずにはいられなかった。外界とは一切遮断されている塔内は、まるで時が止まっているようにも思えた。確かに窓から朝日は見え、夜の闇もやってくる。が、日数の感覚が全くなかった。
ただ、シアラの闇王への想いだけが日々募っていっているのを、渚は自分のイオルーシムへの想いと重ねて感じていた。
おそらく一生忘れ去ることができない事、そして、それはとりもなおさず、一生この塔から出られないことを意味するのだと、悲しい覚悟を決めたシアラの中で。
−ピシッ・・・・ピシッピシッ!−
そんな日々が続いていたある日突然、壁に亀裂が入った事に気づき、シアラは、そして渚は目を見張ってその亀裂を見つめていた。
そんなことはあり得ない事だった。塔の強度は確かなものであり、そして、窓から眺め得る外は穏やかな青空を見せている。暴風雨によるというわけでもないようだった。しかも周囲を幾重もの結界で守られているそこは、何人も近寄ることもできるはずはなかった。
−ビシッ!・・・ガラガラガラ・・・・−
一際大きく亀裂が入ったその途端、塔は崩れ始める。
「え?」
その崩れ落ちる瓦礫は、まるでそこに意志があるかのようにシアラを避けて落ちていく。
「シアラ。」
「あ・・なた・・は・・・・」
塔がすっかり崩れ落ち、呆然とそこへ立ちつくすシアラの視野に入ったのは、誰あろう闇王その人の姿。
−ブン!−
とその時闇王の背後に次元の扉が現れ、闇王はそれと同時にシアラの元へテレポートする。
「来るか?」
手を差し伸べて目の前に立つ闇王のやさしい微笑みと熱い視線。シアラの答えは迷いようがなかった。
「はい。」
次元扉が開き、神殿の僧兵が向こう側にいるのをその視野の片隅に見ながら、シアラは闇王の腕にそして、闇にやさしく包まれるのを感じていた。
そして、再び明るくなったそこは、どこかの建物の一角、その部屋の中央の魔法陣の上。
「私の城だ。」
「あなたの?」
「そうだ。今日から私とそなたの城だ。」
手をひかれバルコニーへ出る。
「ここ・・は?」
赤、黄、黒の3色が入り交じった空。そして、眼下に茶と灰色と黒の広大な草原と森が広がっていた。
「闇・・・世界?」
外の景色からゆっくりと自分に視線を向けて聞いたシアラに、闇王はにっこりと微笑む。
「そうだ。7層からなる闇の世界の第1層に今この浮遊城は浮いている。」
「7層?」
「闇世界で一番人間界に近いところだ。」
闇王は改めてシアラをじっと見つめる。
「・・シアラ・・。」
「はい?」
「今一度聞く。人間界を捨て、ここにいるか?返事によっては・・今なら返すことができる。もし、帰りたいと願うのなら・・・」
「いいえ。」
真剣な闇王の瞳をシアラも真剣な瞳で見つめはっきりと答える。
「闇王様の傍が私のいるところです。」
それは塔の中でずっと考えていた事だった。恋する人の元と、もはや自分はその価値がなくなってしまった神殿(人間界)とでは、答えは一つしかない。全てを捨てても目の前の人の傍にいたい、シアラはそう思っていた。
「シアラ。」
「闇王様。」
幸せそうな2人に渚は感動しながら、目の前の闇王を見つめ、そして、イルに想いをと飛ばしていた。 |