「渚!」
大学からの帰り、駅のホームで電車を待っていた桂木渚の肩をぽん!と叩く手があった。振り向いた渚の目に写ったのは、にこやかな微笑みと共に後ろに立っていた彼女の親友である結城祀恵。
「としちゃん!」
「休みなのに学校?」
「うん、ちょっとね。」
「私はバイトの帰り。今日は早番だったから。渚は?」
「あ、えっと〜・・・・」
ホームにある出口への階段を見た渚の視線にそって祀恵もそっちを見る。
と、ちょうど階段を駆け上がってくる一人の男の姿が目に入った。
「なんだ・・・デート?」
「そ、そんなんじゃないわよ!・・ただパソコン買うから一緒に見てほしいって言われただけで・・。」
焦って言い訳する渚に、祀恵は、からかうような視線を投げる。駆け上がってくるその男の名前は山崎洋一。渚も祀恵も高校時代同じ部活に席をおき、2年の時は一応部長をしていた人物である。お互い大学2年になった今、祀恵とは学校が違ってしまったが、洋一と渚は偶然(?)同じ大学であり、時々洋一がなんだかんだと用事を作って誘っていた。
「ごめん!待った?」
はー、はーと荒い息をしつつ、洋一は2人の前に駆け寄ると笑顔を見せる。
「電車1本乗り損ねたわ。」
「ご、ごめん。ちょっと香ちゃんに雑用言いつけられちゃって。一応急いで片づけてきたんだけど。」
頭をかいてあやまる洋一に、仕方ないというようにため息をつきながら、渚は線路の方へ向きを変える。香ちゃんとは・・・洋一が選考している学部の助教授である。断っておくが、男である。いつもにこにこわらって人当たりがよく、少し童顔で背の低い彼は、みんなからそう呼ばれている。
「・・っと・・・・・」
ちょうど渚の後ろに2人は立っていた。その洋一の脇腹を、祀恵がつん!とつつく。
「なんだよ?」
洋一は祀恵に小声で聞いた。
「『なんだよ?』じゃないでしょ?まだぼやぼやしてんの?」
「ぼやぼやって?」
「パソコン見に行くってなによ?もっと普通に誘いなさいよ!普通に!」
「そんなこと言っても、桂木がだな・・・・」
「何?」
「あ、ううん、・・・ど、どんなパソコン買うつもりなのかなって聞いたの。」
「ふ〜〜ん。」
2人の会話に振り返った渚に焦りながら祀恵が答える。
「そうでも言わなきゃ話にも乗ってくれないんだぞ?」
再び渚が前を向くと、言い訳の続きをする洋一を祀恵は睨む。
「・・・まったく・・・・・気が小さいんだから・・・どうせまだ告ってないんでしょ?」
「桂木の態度見てて、そんな勇気でると思うか?」
「いいから!さっさと告ってなるようになっちゃえば?」
「『なるように』って・・んな無責任な・・・・そうだ!結城なら聞けるだろ?」
その言葉に、祀恵は思いっきり軽蔑の眼差しを洋一に向ける。
「男らしくないわね!だいたい何年片思いしてるのよ?!」
その言葉に洋一はぎくっとする。
「やっぱ高校の部活の時さんざんからかったのが悪かったんだろか?」
「当たり前でしょ?渚はにぶいんだし!」
「あ〜あ・・オレも青かったんだよな〜〜・・・」
「ば〜〜か!後悔するにはまだ早いわよ!パソコンやめてデートコースにしちゃえば?今からでも遅くはないぞ?!」
「そんなこと言ったって、今日だってパソコン買うからって言って、なんとか引っぱり出したんだぞ?あいつも買いたいって言ってたのを聞いてたからさ。参考になるから見にいかないかって、ほとんど強引に・・・」
「電車来たわよ?」
「あ・・・・」
2人で話が盛り上がって(?)いたところに、またしても急に振り返った渚に2人は必要性のない焦りを感じる。
−ゴトンゴトン・・−
ホームにゆっくりと電車が入ってくる。
「としちゃんが一緒に行くんなら、私、帰っていい?」
「え?」
「は?」
「私よりもとしちゃんの方が他の機種には詳しいし。私は、ほら、OWNS一色で、ゲームしかしてないし、としちゃんみたいにいろいろ調べててわかってるわけじゃないから。見に行ってもわけわかんないし。」
「そ、そうじゃなくて・・・」
「あ、あのね、渚・・」
「あ!ちょうど電車来てる。・・じゃ、私、帰るから、またね。」
−ジリリリリ−
同じホームの反対側、扉が閉まりかけていたその電車へ飛び乗って、渚は行ってしまった。
「あ・・・・・・」
「ご、ごめん・・・私が内緒話みたいに話してたのが悪かった・・のよね?」
−ジリリリリー
そんなことをしている間に、乗るつもりだった電車も発車してしまった。
渚のその行動は2人が後ろでぼそぼそ話していたことに対してでも、そんな2人にやきもちを妬いたというわけでもなかった。朝の電車の中で洋一と会って、ほとんど強引にパソコンの下見につきあうことになってしまい、どちらかというとホームで祀恵に会えたのはラッキーだと渚は思っていた。そして、2人でパソコンの話で盛り上がっているようならちょうどいいと渚は判断した。頼み事をされると断りきれない渚には願ってもない口実だった。
「ただいま〜・・・・」
家に着き、自分の部屋に入る早々、愛用のパソコンにスイッチを入れる。それは高校生の時から愛用しているパソコン。それまで居間にあったのを、大学に受かってから自室に置くようになっていた。
そのモニタが明るくなるのを見つつ、渚はごろんとその横にあるベッドに転がる。
「あ〜あ・・・なんでOWNS生産中止なのよぉ〜〜・・・・。」
天井を見て呟いていた。世はINDOWS旋風が吹き始めていた。世界を制覇せんとするINDOWSの勢いに、弱小OWNSシステムは、すでに見切りがつけられていた。
「好きなんだけどな・・いつでも、どこでも電源プッチンOK!のOWNSくん・・。手軽で使いやすくて。」(注:良い子はHDDのないOWNSでもきちんと終了ボタンで終了させましょうね♪・・って、今頃使ってる人いないでしょー(爆・・・何年前の話なんだろ、これ?(汗)
「せっかくバイトしてお金貯めて白OWNSくん買おうと思ってたのに・・・ショックでバイトも止めちゃったし。」
よいしょ、と渚は起きあがって、パソコンの前に座る。
「これももう歳だから・・いつ動かなくなるか分からないし・・・。」
渚はあれからまだ忘れることも、そして、割り切る事もできずにいた。そう、異世界であった夢のような出来事、そして、そこで会って恋をした一人の青年の事。それでもあれから約3年が過ぎ、一時よりは落ち着いてきたことも確かだった。遠くなつかしい思い出のような感覚も受ける。それでもそこでの事実は時として鮮やかに蘇ってくる。そして、女々しいぞ、と自分をしかってみる渚だが、それでもどうしようもなかった。
そして、今回のOWNS生産中止の発表は・・・渚個人にしてみれば、大きなショックだった。そこになんの確証も信憑性もないが、OWNSがあれば、いつかまたあの世界へ行けるかもしれない、という気持ちが渚の中にあった。あの世界のことは極力考えまいとしていた渚だが、事実は、それが支えだったのかもしれない。いつかまた会えるかもしれない、行くことができるかもしれないという心の奥底でのその思いが。
「私って・・・なんでこう割り切りが悪いのかな?」
祀恵から何度いい加減に勇者様から卒業しろ!と言われたことか。異世界での話をしても、頭から夢だと祀恵からは、あれからも散々からかわれていた。
「現実に目を向けろって言われてもねー・・・私だって、自分がこんなにうじうじといつまでも引きずるなんて思わなかったわよ。」
モニタには、高校2年の時部活で作ったゲームのマップが表示されていた。異世界へ行くきっかけになったゲーム。いや、本当にそれがきっかけになったのかもどうかわらかなかったが、ともかく、その世界は実在し、今渚が目の前にしているモニタから出入りしたことも確かだった・・・・・と渚は思う。
「一度あったんだから、またあってもいいのに。」
時が過ぎていくにつれ、本当にあったことのはずなのに、自分でもそれが夢だったのでは、という感覚に時々襲われてもいた。
「どうなったのかな、世界は?・・・ララは元気かしら?・・・イルは・・・・・・」
つん!とモニタを指で弾いて渚は呟く。
「としちゃんなんか、あの時から何人彼氏替えたかしら?」
いつまでも一人の、しかもこの世界の人でない人を想っていても仕方ない事だから、いい人を見つけて新しい恋でもすれば、と自分でも思ったが、そんなに簡単に思い通りにいかないのが、人の心である。否定すればするほど、しまい込もうとすればするほど、渚の心の中に恋した異世界の人、イオルーシムはいるのだと再認識させられる。
「最近とくに部長がうるさくつきまとうし・・・・そんな気分じゃないのよねー・・・。」
洋一の事は高校時代からのくせで、未だに部長と呼んでいた。今は7月の半ば、大学はすでに夏休みだが、小中高が夏休みになるその時期が近づいてくると渚は沈みがちになる。それは、やはりどうしても思い出してしまうからだった。つい真夜中までパソコンの前に居続けてしまっている。ゲームをしているわけでもないのに。
そして、そついにその心配はその日2回目の起動時に突然起こった。
「ああ〜〜っ!き、起動しないっ?!」
なんとパソコンが、うんともすんとも言わない。
「うそでしょぉ〜?!昨日まで・・ううん、帰って来たときは立ち上がったじゃないっ?!」
青くなって渚はスイッチを入れ直す。が、何度やっても画面は真っ暗のまま。
ひょっとしたら、とモニタのスイッチを確認した渚は、きちんと入っていたことに落胆する。
「もう・・だめ?」
システムディスクを、そして他のゲームも試してみる。・・・しかし、立ち上がる気配はない。
「そ、そんな・・・もう会えないじゃないっ?!」
(アレスにセリオスにアッシュにさおりちゃんにニーナに・・その他大勢に・・もう会えないじゃないっ!)
ぐわーーん!と脳天にハンマー状態で、渚は嘆く。
彼女は『イルに』とは思わなかった。無意識にそう思うことを避けていた。思ってしまえばそれが本当になってしまうような気がし、心の奥でそれにベールをかけていた。
数週間前からどうもおかしいとは感じていたが、まだ大丈夫だろうと思っていた、いや、思いたかった渚は真っ青になる。
「いけないっ!レポートの書きかけもFDの中で、まだ印刷してない!」
万事休す・・・・。
「お願いだから立ち上がって!1回だけでいいから、そうしたらずっとつけっぱなしにしておくから。」
それも無理な事だと思えたが、今の渚はそう願いながら、あれこれと試してみるしかなかった。
そして、その夜遅く。悪戦苦闘していた渚はパソコンの前で寝てしまっていた。
その暗闇の中、すっとAドライブのアクセスランプがつく。そして、眠ってしまう前に渚が差し込んだFDを読み込み始めた。
−ヴン!−
モニタが明るくなってくる。
「・・・ん?」
そのまぶしさで渚が顔をあげたその瞬間、モニタからまばゆいばかりの光が出、渚は
その光に包まれたことを感じると同時に遠くなっていく意識に、もしかしたら、という思いを感じていた。 |