「どうもありがとうございました。」
不意に後ろから声を掛けられ、私は驚いて振り返った。
そこには10人ばかりの男たちが立っていた。
「あ・・あの?」
「ありがとうございました。その鮫にはわしらサガ村全員、困り果てていたんです。」
長老格の男が進み出て言った。
「わしは、サガ村の長ヤナセと言います。」
「わ、私は操と言います。」
「こんな所でもなんです。どうぞわしらの村においで下さい。」
男たちが一斉に鮫の解体にかかると、私はそのヤナセ長老と一緒に村へ向かった。
五分程歩くと村に入った。入口では村人が総出で出迎えてくれ、私はただただ目を見張っているばかり。
そして、女たちの手によってあれよあれよという間に湯あみをさせられ、金糸銀糸を折り込んだ絹のドレスに着替えさせられ、そして私は長の家の客間、その上座に座らされていた。
目の前には次々と御馳走が出てくる。
「さ、どうぞ、操様。」
「そ、そんな、様だなんて。操で結構です。」
私は長の歓待ぶりに戸惑っていた。
「いいえ、あのにっくき鮫を殺して下さったのです。呼び捨てになどできません。」
長は首を振って答えた。
「ささ、どうぞ、酒はどうですか?これは村自慢の葡萄酒です。」
「は・・はあ・・・」
私はすっかり長のペースにはまっていた。
そして、村の主だった者も座し、宴会が始まった。
サガ村は漁で暮らしを立てていた。ところが1月程前、突然湾に入り込んでくるようになったあの鮫のせいで、海岸で遊んでいた者は食われ、漁もできず散々だったらしいの。
鮫ハンターを雇ったりしてもいつも失敗に終わり、最後には水龍に不眠不休の祈りを捧げていた所だったという事だった。
「水龍様があなた様をここへお導きになったに違いありません。どうかごゆるりとご逗留下さりませ。」
水龍の神殿の巫女が言った。
翌日、私は巫女に案内されその神殿に行った。
「わあ・・・きれい!」
浜辺に建つその白い建物は清楚な感じで素敵だった。
私は噴水のある中庭に通され、そのベンチに座って巫女の頼みに耳を貸していた。
その頼みというのは、年に1度の水神祭における水龍の花嫁役をやってほしいという事だった。乙女でなくてはならないというその花嫁は人魚の格好をして輿に乗り、村中を練り歩き、最後に海の中に入って終わるというものだった。
勿論、私は喜んで引き受けた。だって人魚の花嫁だなんて、素敵なんだもん。それにお祭りの間だけとは言っても水龍の花嫁でしょ?こんな事そうそう体験できるわけないから。そして、私は1週間後に開かれるというその祭りの為にまず禊ぎの儀式を受け、そしてそれまでの期間、この神殿で巫女として過ごすことになった。
「さ、操様・・・」
「は、はい。」
私は真っ白な薄衣を身に纏い、祭殿の奥にある清めの泉の階段を一歩一歩下りている。本当はその衣以外何一つ身に付けてはいけないんだけど、どうしても黄水晶の指輪は取れなかった。でも闇を払う黄水晶だからいいと巫女長は許してくれた。
そして、私は水深約2メートルというあまり深くない泉で、底にある水龍の神像に祈りを捧げてくるの。祈りを捧げてくると言っても今度のお祭りで私があなたの妻になりますから村に水の恵みを、というような事を心の中で言えばいいらしかった。
それで、水龍に気に入られれば、そのまま泉から何事もなく上がれる。もし気に入られなければ、息が苦しくなり、溺れるんだって。死にはしないけどと巫女は付け加えてたけど。だから今、私は最高に緊張してるってわけ。
もう、功史が聞いたらなんて言うかしら?でも功史とハニー、今頃何処にいるのかしら?すっかりはぐれちゃったけど。・・・
「操様?」
いけない、いけない、考え事して立ち止まっちゃった。今は水龍の事を考えていなければいけないんだった。
水は冷たさを全然感じさせなかった。胸まで浸かった私は、大きく息を吸い込むと、一気に階段を底まで下りた。
その底の中央には、水龍である青龍の像がある。台座の上に座る青龍・・その瞳はサファイア。
「きれい・・・」
私はその優しそうな眼に引き寄せられるように像の前に立った。不思議と息苦しくもなんともない。
「何とか気に入られたのかしら?」
不思議な事もあるものだと思いながらも、どうにか役目を果たす事ができそうと感じ、私は嬉しかった。教えられた通りの事を祈り終わると私は再び階段を上がり、泉から出る。
泉から出る私を10人いるその神殿の巫女、全員が額ずいて待っていた。
「あ・・あの・・・」
「操様、あなた様はこれより水神様の妃なのでございます。」
「は、はあ・・・」
巫女長が涙を流して喜んでいた。というのも、例年なら2月も前に執り行われるべき祭りだったのだけど、今年はちょうどよい乙女が見つからず遅れてしまっていた。その為、あのような鮫が現れたのだろう。でももうこれでそんな事も起こらないだろうと巫女長は私を部屋に案内してくれる途中に話してくれた。私は村のみんなの役に立てるという事で有頂天になっていた。
そして、その祭りの当日、私は青銀のビーズ織りで作られたドレスを身に付けていた。勿論、裾は人魚のようになっていて、歩くことはできない。ドレスと揃いの首飾り、王冠、イヤリング、ブレスレットそれと例の黄水晶の指輪。私はビーズ織りの柔らかな光沢に感心し、すっかり気に入っていた。・・ちょっと肩はすーすーするけど・・・。
「失礼致します。」
村一番の美男子であるラロフルが祭殿の台座に腰掛けていた私を抱いて輿に乗せてくれる。
そして、村の若い衆が担ぐ黄金の輿に乗り、村の1件1件を祝福して回る。私は、もう完全に祭りの雰囲気に酔いしれていた。そして、祭りも終盤、私は最後の浜辺に来ていた。輿は砂浜を駆け抜けると岩場に出、入江を見下ろせる岸壁に立った。
その入江はちょうど龍の形をしており、その断崖絶壁の下の部分が頭と見られている。
「それでは、青龍妃、操様。われらの祈り、サガ村の益々の繁栄と豊漁の為に・・いざ、青龍の元へ!」
何をするのかと思っていると、突然輿を傾けた。
「キャアアーッ!!」
私は真っ逆様に青い海へと落ちて行った。
−ドッボーーーンッ!−
「ごぼぼぼぼ・・・・」
これじゃまたこの前の繰り返しじゃないの?
私は自分の不運を呪っていた。全く、とんでもない村だわ!騙しておだてて、挙げ句の果ては、海に放り込むなんて、もう、最っ低!それも目が眩むほど高いところからなんて。それに、それによ、足が出せないんだから!
人魚の半身に似せたそのビーズ織りのドレスはぴったり身体にくっついて脱ぐ事はできそうもない。最もこれを脱ぐと何も着てないのでやばいけど。でも何とか足だけでも裾から出したかった。そうすれば少しは泳げるだろうから・・・でもさすがビーズ、引っ張ってもびくともしない。
「あーん・・功史ぃ・・・」
一人でいい気になってた罰かもしれない、・・・私は反省していた。
「ゆ、指輪よっ!」
私は指輪に守ってくれるように祈った。
ぽわっと淡い光が出、私の回りを包んでくれると、苦しかった息も楽になる。
海上に出ると村人が見張っているかもしれないと思った私は、そのまま海の底へと沈んでいった。最も、この格好じゃ泳ぎたくても泳げないんだけど。とにかく、指輪のおかげで息継ぎを心配しなくてもいいので、何かいい方法を思いつくまで海底の探索でもする事にした。
その海底は随分と深かった。ようやく海底に着くと私は予定通り、探索に移った。
「あれは・・何かしら?」
私は海底を歩いているうちに、神殿のような建物を見つけた。歩くと言っても本当に苦労する。尾鰭の部分に足を入れてなんとか歩いているんだけど。ちょこちょことしか歩けないし、おまけに小さな岩にでもつまずいて転んでしまう。
「本当にもう!あの『最後に海の中に入って終わる』という事がまさかこんな事だなんて思いもしなかったわ。ただ海に浸かって祈りを捧げるだけだとばかり・・・そう言えば、こういうケースはゲームにも結構あったわよね・・・今頃気がついても遅いけど・・。結局生け贄なんじゃないの。」
私はぶつぶつ文句を言いながら歩いていた。近づいて見ると、随分古くて崩れかかっているけど、確かに何かの建物のようだった。
「入口らしき物はないわ・・・。」
私はその建物の回りをぐるっと回っていた。
「ふう・・・疲れた〜・・足が痛い・・。」
敷地の一段上がった所で私は腰をかけ、休む事にした。
そして、功史やハニーの事を考えていた。
あの洞窟から二人も出れたのかしら?それとも同じように落ちたのか?まさか、蜘蛛や魚に食べられてしまったとか・・?考えれば考えるほど悪い方向に頭がいってしまう・・・。
「でも・・・夢だったわよね、確か?・・じゃ、いいはずよ!」
楽天家の私は頭を切り換えた。
「う〜ん・・・これからどうしよう?」
再び立ち上がると、私はその建物のうちで入口があってもいいと思える所に立った。
「ここが、もし水龍、本来の神殿なら・・そして、一応、今は花嫁なのよね?」
自分を落ちつかせると、私は脳裏にあの泉の底にあった青龍の姿を描いていた。
「水龍よ、私を神殿の中に!」
すると、期待してたとおり、(半分以上、そんなことにはならないと思ったけれど)ぽわっと目の前の壁が青く光り始めた。
そっとその壁を触れてみる。
「やった!ラッキー!」
手は壁を通り抜けている。
「ここから入れるんだわ。」
通れる事を確証した私は、躊躇せず中に入った。
「わあ・・・なんてきれい・・・」
外とは全く異なり、内側は真っ青な石でできていた。どこからともなく私が乗れるくらいの大きさの青い龍の落し子が出てきて、私が乗るとその長い通路を奥へと進み始めた。それは、その通路の行き止まりで私を下ろすと何処かへ泳いで行った。
そして、何もないようなその壁に私が手を触れると、またしても青く光り始め、そこから中へ入ることができた。
その中は広いドーム状の部屋。
私は辺りをきょろきょろ見ながら部屋の奥へと歩いていく。
奥には青銀の鱗の巨大な水龍の像があり、その手前の祭壇の中央に、私の拳大の青い石が黄水晶でできた香炉の中で光っていた。
「こ、これってもしかしたら、黒龍の?」
「そうだ。それには黒龍の両腕が封印してある。」
低く厳かな声が部屋中にこだました。
「す、水龍?」
水龍の像を見上げると、それは像から生き物に、青銀の光を放つ水龍に変化していた。
「そうだ、我が花嫁、操よ。」
私はずっこけた。まさか神龍がのるとは思わなかった。
「そ、そんな恐れ多い・・」
その威厳に私はすっかり恐縮し、床に座り込んで頭を下げていた。だって跪きたくても足がこんなんじゃできない。
「操よ、頼みがある。面を上げるがよい。」
またしても頼み?今度は何なのだろう?・・・私は不安になった。
水龍は閉じていた目を開けていた。その透き通ったブルーサファイアはとてもやさしい輝きを放っていた。
「すでに、そなたたちは存じておろう、黒龍の復活を。」
「そなたたちって・・・功史のことでしょうか?功史は今どこに?」
「まだあの洞窟にいる。」
「あの洞窟に?」
「そうだ。そなたが穴に落ちたと同時に、別の大岩によってそれは塞がれた。功史とハニーは未だにあの迷宮である洞窟で出口が見つからず彷徨っているのだ。」「そ、そうなんですか・・・。」
もう、功史のドジ!私がこんなにいろいろ苦労してるっていうのに!
「黒龍は今徐々に回復しつつある。風龍の元に封じてあったその胴体は、すでに彼の手に渡った。」
「ど、胴体が?じゃ、風龍は?」
「風龍は・・・黒龍との戦いに傷き、眠りについた。」
「眠りに?」
「そうだ。いつ目覚めるかも分からぬ眠りだ。」
「そ、そんな・・それじゃ永遠に?」
「それは私にも分からぬ。永遠かもしれぬ。10年程かもしれぬ。」
「黒龍はそんなに強いんですか?まだ頭と胴だけなのに。」
「そうだ。黒龍の強さは群を抜いていた。故に奢り高ぶった黒龍は、世界を支配しようとしたのだ。この世界は、私たちが創世神である黄金龍からその守護を命じられたものなのだが。」
「黄金龍?」
「そうだ。この世界は黄金龍そのものなのだ。それは人間以外の者はよく知っておる。」
「人間以外・・・ですか・・・。」
「そうだ。この世界を守護する、それは取りも直さず黄金龍を守るということなのだ。だが黒龍は、自分がその黄金龍に取って代わろうとしたのだ。この世界の中心に座し、全てを意のままにしようと。」
「でも、黄金龍なら黒龍とは、かけ離れた力を持っているのではないんですか?」
「私たち神龍にとって、いかに人間に信仰されているかでその力が異なってくる。黄金龍は、もはや忘れ去られた神龍。反対に黒龍は負の精神を糧としている。今の人間を見れば一目瞭然、黒龍の力は増すばかりだ。」
「じゃ、じゃどうすれば?」
「それ故、そなたたちに黒龍を倒してもらいたい。闇を払うその黄水晶の指輪を持つそなたと、同じく黄水晶の魔法剣を持つ功史とに。その黄水晶でできた武器と強い心、黄金龍への絶対的な信仰心を持って黒龍に対峙してもらいたいのだ。それ以外、残された手だてはない。」
「で、でも私たちなんかで・・・・」
「まずは、功史と共に世界の中心である黄金郷へ赴き、黄金龍と会うがよい。そして、黒龍の攻撃に対抗し得る武具を貰うとよい。そして、最後に黒の神殿へと向かうのだ。」
「その黄金郷はどのようにして行けばいいのですか?」
「そこへの道は黄金龍を信ずる者にしか開かれぬ。」
「それじゃ・・・分からないって事?」
「そうとも言える。が、手だてはある。まず火龍、そして風龍の神殿に行き、そこで貴石を一つずつ手に入れるのだ。」
「貴石?」
「そうだ。ちょうど黒龍を封印した石と同じものだ。火龍からは赤い石、風龍からは緑の石をもらえるだろう。風龍は眠りについてはいるが、心から願えば渡してくれるはずだ。そして、私がそなたに与える貴石はこれだ。」
−グシュッ!−
水龍は自分の手のその鋭い爪で胸を刺した。
「えっ?」
驚いて見上げている私の目の前で、水龍は青い血が滴る心臓を取り出した。
「これが私の貴石。受け取るがよい。」
「あ・・あの・・・」
私は差し出されたその貴石に手を差し出せれなかった。
「心配は無用、私の心臓は2つある。そして千年もすれば失した物も再生される。」
「は・・・はい。」
青い血が気持ち悪かったけれど、そんな事は言えるはずもなく、私は恐る恐る手を差し出した。
そしてその手の平に水龍の心臓が乗せられた。
青銀に輝く貴石だった。
「ここから出た後、黄水晶の指輪をそれにかざすがよい。」
「は、はい。」
水龍の青い血が手の平から腕を伝ってきた。その血は腕から肩、そして私の胸を染めていった。不思議と気持ち悪さは感じなくなっていた。
−ドクン!−
まるで、私の心臓の中にまで染み込んでいくような気がする・・・・。
−ドクン!−
全身にその血が回り始めたみたい・・・熱くそして冷たいような感じもする青い血が・・・・
そして、徐々に気が遠くなっていく中、水龍の声が頭に響いた・・・
「3つの石が集まった時、心を込めて祈るがよい。さすれば黄金郷への道が開かれるだろう。しかと頼んだぞ。世界はそなたたちの肩にかかっておる。」 |