「どうしよう功史?」
向かい合った地下牢に閉じ込められた私たちは、鉄格子越しに話していた。その地下牢は神殿の地下にあった自然の洞窟を利用して造られた物だった。
「困ったな・・まさかもう神官まで手が回っているとは思わなかったからな。」
「ふあーあ・・・よーく寝たぁ・・・」
ハニーは大きな欠伸をしながら現れた。
「何よ、ハニー、今頃!」
「えっ?何、何?どうしたの?何があったの?あれ?ここって・・・まるで牢屋みたい・・」
「まるでじゃなくて本物の牢屋なの。」
私はハニーを少し睨んだ。
「ええーっ?何、悪いことしたの?あっ、分かった、きっと功史が何か悪い事したんでしょう?」
「おい、悪いことばかり俺のせいにするなよな!」
自分を睨んだハニーに功史が睨み返した。
「そうよ、ハニー。別に私たちがって事じゃないの。実はね・・」
私は手身近に牢に入れられた経緯を話した。
「じゃ・・カスロー神官はもう黒龍の手先っていうことね?」
「そうなの。神官がそうだから、他の僧侶が私たちの話を信用してくれるわけないし。それどころか耳も傾けてくれないもんね。」
「そうなんだ、ハニー、何かここから出るいい方法ないか?」
「んー、難しいわねぇ・・天使の力さえあれば、そんなのチョチョイとできるんだけど。今は回復魔法しか使えないから・・・」
「何だ、じゃ、天使の雷って嘘だったのか?」
「いっけないっ!・・ばれちゃった!」
ハニーは口を押さえ、小声で呟いた。
「とにかく、牢の様子を見てくるわね。」
ハニーはそう言ってスルリと鉄格子の隙間から出ていった。
「功史、この際、牢破りしかないんじゃない?私たちを味方してくれる僧侶なんかいないわよ、きっと。」
「ああ、そうだな。ちょっと待ってろ、試してみる。」
功史はポケットから鞘を出し、気を集中した。
−ブン!−
鞘から出た精神刃の長剣で格子を切ってみる。
−キン!カキーン!−
刃零れこそしないが、格子には傷もつかない。
「ちょっと待って!」
私は指輪を功史がいれられている格子に向け叫んだ。
「フリーズ!」
「おっ、今度は呪文らしい言い方したな。」
「な、何よ、その言い方は?」
「何って、ジャービーの時、『固まれっ!』なんて叫んだだろ?」
「もう!上げ足を取るような事言わなくてもいいでしょ?あの時は咄嗟だったから、思いつかなかったんだってば!」
「どっちでもいいけど、何の変化もないぞ。」
「もう!功史が余計な事言うからじゃない!」
私は文句を言いながら、今一度試してみた。
「・・・フリーズ!」
変化なし。
私は精神集中、というよりも自分に言い聞かせた。
(凍れ!凍れ!凍らせる事が出来る!凍れ、鉄格子っ!)
「フリーーーズッ!」
淡い光が指輪から放たれ、鉄格子を包んだ。
「やったっ!凍ってる!」
格子は薄氷に包まれ凍ったようだった。
「で、どうするんだ、これで?」
「功史、思いっきり剣を振るってみて!」
「あっ、なるほど。」
功史は剣を高く掲げた。
「あっ、待って!もう一度剣を出し直して!もっと精神力を込めて!」
「うるさい奴だなぁ・・・」
ぶつぶつ言いながら功史は一旦剣を鞘にしまうと、再び気を集中した。
「よし、今度こそ、『魔法剣!』」
−ブウン−
「たあーっ!」
−パキーンッ!−
「やった!切れたっ!」
その勢いで私の方の格子も凍らせると、功史がその剣で切っていく。
「さ、早く出ましょう!」
「だけど、出口は?」
私と功史がどっちに行くべきか、キョロキョロしながら少し歩いていくと、曲がり角を曲がった所で真っ青になって飛んできたハニーに会った。
「操ーっ!」
「ハニー、どうし・・・」
私の言葉はそれ以上続かなかった。ハニーの後ろには通路一杯の大岩がハニーを追いかけるように転がってきていた。
「い・・・岩が・・・」
「操、何突っ立ってるんだ?」
功史が目を丸くして突っ立っている私の腕を引っ張ってその反対方向に走り始めた。
「はあはあはあ・・・」
私は必死で走っていた。
「ねぇ、功史・・・」
「な、何だ?」
「も、もしかして、こっちに走らずさっきの角を戻れば良かったんじゃ・・・?」
「そ、そう言えば・・・」
「な、何でこんな方に引っ張ったのよぉ?」
「そんな事言っても、突然の事で、とにかく逃げなくちゃ、と思って・・・そしたら、反対方向に走ってたって事・・・になるな。」
「はい、はい・・・・・」
もう最低最悪!あの時、角を戻れば良かったのに、真反対の通路を走ったものだから、いつまでたっても大岩は追いかけてくる結果になったの。おまけにいつまで走っていても横道が見当たらない。
「も、もう駄目だってば・・・功史・・私もう・・息が切れ・・・・」
私は切れぎれにそう言った。心臓が破裂しそう。足は棒のようになっていた。
どうして地下牢にこんな物があるの?どうしてこんな長い通路があるのよぉ?私は全てを呪ってた。
功史が手を引っ張っていてくれはしたけど、私はもう足がもつれ、転びそう。
「曲がり道だっ!」
功史の叫びで私は前方を見た。確かに右に曲がる道があった。
岩は私のすぐ後ろに迫ってきていた。
「は、速く操!もっと速く走って!」
「人の肩に・・ハアハア・・乗ってて・・・ハアハア・・・言える・・事じゃあ、ハアハア・・ないでしょ、ハニー!」
そう、ハニーは私と会った時ちゃっかり肩に乗っていたの。
「わあっ!もう駄目よぉ!」
ハニーが叫んだ。
−ゴロンゴロンゴロンゴロン−
もう一歩遅ければのところで何とか右に曲がる事ができた私は、そこにへたへたと座り込んだ。私たちの横をその大岩が通り過ぎて行く。そこはすぐ行き止まりになっていた。
「ふーーーーーーー・・・」
まだ心臓が踊っている。もう止まってしまうかと思うくらいだ。足はもうがくがく、一歩も歩けない状態。胸が痛い。脇腹も差し込むように痛む。
−ズズウウウウン・・・−
「どうやらこの先は行き止まりだったみたいだな。多分それにぶつかったんだろう。」
私ほどではないにしろ、やはり息を切らして座っている功史が呟いた。
「あ、あれ?ハニーは?」
ほっとして私はハニーが肩にいない事を思い出した。
「ここ、ここ。」
ハニーは功史の頭の上に乗っていた。
「ハニー・・私を見限って功史に乗り換えたのね?」
「ごめんなさーい・・だってぇ・・・」
後ろめたそうにハニーは功史の頭から下り、私の目の前に飛んできた。
「いいわよ、いいわよ、どうせ私の足は遅いわよ・・・」
「あん・・操ぉ・・・ご機嫌治してぇ・・回復してあげるからぁ・・・」
ハニーはぶすっと拗ねている私の周りを飛び始めた。真っ白な翼で羽ばたきながら。
「あ・・あれ?」
その翼からの風を受けると、棒のようになった足も、止まりそうな勢いで鼓動していた心臓も、脇腹や胸の痛みもすうっとなくなり、落ちついてきた。
「あ、ありがとう、ハニー。」
「いいえ、どういたしまして。」
私の機嫌が治ったと判断したハニーはにこっと笑った。
「ハニー、俺も頼む。」
「仕方ないわねぇ・・・さっき乗せてもらったから・・・」
ハニーはぶつぶつ言いながら功史も回復させた。
「さてと、どうするか・・・」
「この横道は行き止まりだし・・・」
「戻っても道はなかったわ。多分神殿に戻るには隠し扉でもあるんでしょうね。見つけようと壁を調べていたんだけど・・・」
ハニーがすまなそうに言った。
「で、おかしなボタンか何かを押したってわけ?」
「そ、そうなの・・・。」
「さっきの道の先はどうなのかしら?」
「行き止まりで止まったんだろ?」
「分からないわよ、もしかしたら壁を破ってから止まったって事もあるから。」
私はゲームを思い出して言った。
「じゃ、見に行こうか。」
「ん、そうね。」
よいしょと立ち上がると、私たちは大岩が転がっていった道を見に行った。
思った通り大岩は壁を突き破って止まっていた。そして、そこにも洞窟が続いていたの。どこに繋がっているのか見当もつかなかったけど、とにかくその道を進む事にした。
右に曲がったり、左に曲がったり、洞窟はあちこち入り組んでいた。
不意に私は何か踏んだような気がして下を見た。別にどうってことはない地面だった。でも確か踏んだ時普通と感じが違っていたと私は思っていた。
−ガタン・・・・ゴロン、ゴロン、ゴロン、ゴロゴロゴロゴロ・・・−
「大岩のスイッチだったの?」
さあっと血の気が引いた私と功史は、再び走りだした。
「ち、違った、前からなんだ!」
前方に転がってくる大岩を見つけ、私たちは急いで方向転換し、必死で走った。
「よ、横に曲がるのよね?」
「そうだ、見落とすなよ!」
「功史もね!」
ハニーは前の経験から、それまで私の肩にいたのに、ちゃっかり功史の頭の上に引っ越ししている。
「ホントにハニーったら!」
「エヘヘヘヘ・・・」
「横道だっ!」
−ガタン!ゴロロロロ−
横に曲がった途端に別のスイッチを踏んだらしい。
「ど、どっちから来るの?」
「ま、前からだっ!」
「で、でも今戻ると・・・」
そう、ちょうど今まで追いかけられていた大岩が来る頃だ。
とにかく角で両方の大岩を見張っていた。
一瞬のチャンスを逃すとペッチャンコになってしまう。私の心臓は一段と大きく打っていた。
「来たっ!」
功史が叫んだ。
「こっちもよっ!」
間に合うか・・・私は死にそうな気分で見つめていた。
−ゴロンゴロン−
先の大岩が功史の目の前を通り過ぎていく。
「は、速く!まだ?」
こういう時ばかり岩の動きが遅く感じられる。
私の見張っている大岩がすぐ目の前に迫る。
「今だっ!」
功史が私の腕を引っ張ってその角を曲がる。
−ゴロロロロロロ・・ズズウウウウン・・−
「ふうーっ・・・・」
私がほっとして壁にもたれかかった。その途端、またしてもスイッチが入った。
−カチン−
「ちょ、ちょっと何ここ?どうなってるの?トリックばかりじゃない?!」
またしても別の大岩が?と思ったその途端、私の足元が崩れ、私は真っ逆様に下に落ちて行った。
「きゃああああああ!」
「操ーっ!」
功史の声が落ちていく私の頭に響いていた。
「こ、ここは?」
気がついた私はまだぼんやりとした頭で考えていた。
「確か、落とし穴に落ちて・・・それがすっごく深くて・・・下に湖が見えてたような・・?それから・・・?えっ?何、これ?」
私は蜘蛛の糸のような物に身体の自由を奪われていた。そこは確かに蜘蛛の巣。
「ど、どうしよう?く、蜘蛛は?」
辺りを見渡すと、丁度真上にその巨大な顔があった。真っ黒な蜘蛛が真っ赤な目をギョロリと私に向け、その鋭い歯を見せた。
「ヒ、ヒイッ!」
私の頭は真っ白、顔は蒼白状態、恐怖で全身が震えていた。
「ハ、ハニー・・いないの?」
返事はなし、ハニーはいないようだった。
「ど、どうしたら・・・・」
蜘蛛はそんな私にお構いなしに、クルクルと糸を巻きつけ始め、そして、私は蜘蛛の糸にグルグルに巻かれた状態で、そこからぶら下げられた。
「あ〜ん・・今お腹が一杯だった事はいいんだけど・・・どうしたらいいのよぉ?指輪も出せないわ・・・功史ぃ・・・」
遥か下び広がってるのは広い湖・・・万事休す!
しばらく経った。でも手だては何もない。助けも来ない。
ふと見上げると、蜘蛛がお腹が空いたのか糸を巻き上げようとしていた。
「や、止めてよーっ!」
私は身体を揺すってせめてもの抵抗をする。
−ズルッズルッ・・・−
少しずつ巻き上げられていく。
「やだってばっ!止めてーっ!」
その蜘蛛の前足がもう少しで届くという時、湖からピュ、ピュッと水鉄砲が出て私を吊るしている糸に当たった。
「きゃああああーっ!」
巨大蜘蛛の次は巨大鉄砲魚?もういやあっ!そう思う間も、私は真っ逆様に落ち続けた。そして湖に落ちると、身動きできない私はどんどん沈んでいく・・・。
「ゴボボボボ・・く、苦しい・・・功史・・ハニー・・・ママ、パパ・・・」みんなの顔が次々と瞼に浮かんできた。
「走馬燈って言うんだっけ・・・」
私はいつしか気が遠くなっていった。見えなくなっていく視野の片隅に大きくてまん丸な魚が見えたような気がした。 |