「ちょっと待ったーっ!」
「?」
もう少しで功史の唇が私の唇に触れるという直前、女の子の叫ぶ声でベッドの上で重なっていた私たちは、がばっと起き上がった。
ドアの所に白いドレスを着、真っ白な翼を持った小さな女の子が飛んでいた。
「駄目ーっ!あたしのお姉様の唇を奪っちゃ!」
その女の子は私と功史の間にすっと飛んでくると功史を睨みつけた。
「は?」
私も功史も目が点状態。
「お、おい、お前もしかして、宿の?」
目の前を飛ぶその女の子の顔を見て、功史が言った。
「ええーっ?あ、あの女の子?」
その子はくるっと向きを返ると、ちゃっかり私の肩に止まった。
彼女は、差し出した私の右手にさっと飛び移る。
「初めまして、お姉様。」
彼女は私の顔の前でピョコンと私に礼をとった。
大きさは随分違うけど、確かにあの少女の顔だった。ウェーブした金髪、真っ青の目、でもその背には真っ白な翼が生えていた。
「さっきはどうもありがとうございました。」
言葉も見つからず、ただじっと見つめている私に彼女は続けた。
「やっと身体の自由を取り戻すことが出来たわ。これもお姉様のお蔭。ホントにもう!あたしとしたことが油断しちゃって・・・」
「じゃ、今まで何かに取り憑かれていたって事なのか?」
彼女は振り向くと、再び功史を睨みつけた。
「そうよ!あなたのような悪〜い男に騙されたのよっ!」
「なんで、俺が悪いんだよ?」
「お姉様の唇を奪おうとしたじゃない?」
「あ、あれはだなぁ・・・」
どう答えていいものか、口ごもる功史を彼女は相変わらず睨みつけている。
「あ、あの、あれはねぇ・・・」
「いいの、お姉様!こんな人庇わなくっても!」
くるっと私の方を向いた彼女は、キッと私を睨み、そしてすぐ微笑んだ。
「あたし、エンジェルのハニー。よろしく。」
「エ、エンジェル?」
「そうよ、エンジェル。」
ハニーが頭の上に手をかざすと、天使の輪が見えた。
「普段は見えないようにしてあるの。」
手を下ろすと、輪はふっと消えた。ハニーは満足そうにウインクした。
「そ、そう・・・こちらこそよろしく、ハニー。私は操って言うの。」
「操お姉様かぁ・・・素敵!」
「あ、あの、操だけでいいのよ。」
「はーーーい。」
何なの?これは、と私は思っていた。せっかくのいいところを邪魔してくれて・・・。
「あっ、こんな事してる場合じゃないんだった。私の身体を乗っ取っていた妖魔がこっちに向かってるのよ!」
「妖魔?」
「そっ!さっき私の身体からお姉様、じゃない、操の身体に乗り移ろうと、操を殺そうとした奴!」
「で、でもさっきはこれくらいの女の子だったでしょ?」
私は、あの女の子の背の高さ、つまり私の肩を指した。
「そう。それも妖魔の魔力なの。その妖魔ったらあたしの身体に飽いたらしく、ここ数週間前から、いろいろ物色してたのよ。そこへ奴にしてみれば丁度良く操が現れたってわけ。男の癖に女の子の身体を欲しがるのよ。男だから、なのかもしれないけど・・・。」
「は、はあ・・・・」
ハニーはものすごい速さで喋りまくった。
「あたしがその妖魔に会ったのは、今から5年前のこと。ある時、この町の人たちが一瞬にして何者かに飲み込まれてしまったの。あたしはその1週間後、大天使様からこの町で何が起こったのか調査を命じられたの。そして、彼に会ったのよ。そうね、歳は10歳くらいの、先が楽しみな美少年だった。彼は、その時この町の広場に1人で座っていたの。とっても寂しそうだったわ。」
ふと空を見つめたハニーは、その時の様子を思い出しているようだった。
「それで、どうなったの?」
「あっ、そうそう・・話の続き・・で、あたしと会った時、彼は、この町の人たちをなんとか生き返らせたいって言ってたの。一瞬にして飲み込まれて死んでしまったこの町の人たちは、それを理解してなかった。つまり、自分が死んだと感じてなかったわけ。で、その肉体がなくなっても生きていると信じた霊魂が町中浮遊していたの。彼はそんな町の人たちの姿が見えてたらしいのよ。でもあたしにはそんな力はないし。単に調査に来ただけだったから・・。でね、可哀相に思ったあたしは、つい、この羽に輪から出る光を浴びせ、それを彼にあげてしまったの。願いが叶うからって言って。それで、その時は別れたのだけど。彼が何を考え、どう願ったのか知らないけど結果として、彼は妖魔になってしまったのよ。町に来る旅人を殺しては、その身体を霊魂だけになった町の人たちにあげていたのよ。それに気づいた大天使様はもう大剣幕。あたしは天界から追放、妖魔となった彼を殺し、町の人たちに自分たちが死んだ事を認めさせなければ帰れないの。そして、あたしはこの町に来てすぐ彼と会ったの。彼はあたしを覚えていてくれたわ。話をするとすぐ分かってくれたの。自分が間違ってたって言ってくれた。それと・・それと、あたしともう一度会いたかったって。じっとあたしを見つめて彼は言ってくれたの。あたしはそんな彼に見とれてた。とってもハンサムになってたのよ。その一瞬の隙を狙って彼はあたしの身体に入り込んできたの。彼だけ生きていたと思ったのは間違いだったのよ。5年前のあの時、あの時すでに彼の肉体は死んでたの。でも他の町の人たちのように飲み込まれなかったから、残ってたのね。で、その身体も次にあたしと会った時にはもう限界だったの。なんとか妖力で保っていただけだったらしいの。あたし・・あたし、彼を信じていたのに・・・」
わあっとハニーは私の手の平で泣き崩れた。
「ハニー・・・可哀相・・・」
「だから、だから駄目よ!男なんかに気を許しちゃ!」
涙を拭き立ち上がるとハニーはきっと私を見つめた。
「あ、あの・・・」
私は言い返す言葉が見つからなかった。
−コトン、コトン−
誰かが階段を上がってくるような音が聞こえた。
「来たわっ!」
ハニーの叫びで私と功史は緊張して、開けっ放しになっているドアの方を見た。
−コツコツコツ−
その足音はドアの所で止まった。が、姿は見えない。
「ジャービー?そこにいるの?」
ハニーが声をかけた。
その途端、押し潰されそうな重圧が掛かってきた。
「きゃあっ!」
「ぐうっ!」
ベッドに腰掛けていたのが幸いした。私たちはベッドの上に押しつけられていた。
「ハ、ハニー、何とか・・ならないの?」
私の目の前で、同じように布団の中にのめり込んでいるハニーに何とか声をかけた。
「だ、駄目よお・・・天使としての力はほとんど取り上げられてしまってるの・・」
「ゆ、指輪は・・・」
私は必死の思いで右手を動かし、指輪を上にした。
「ゆ、指輪よ・・・お、お願い、私たちを守って!」
でも変化なし・・・。
どうして?さっきは風で吹き飛ばしてくれたのに・・・私は焦っていた。これ以上このままの状態だと本当に潰されそう・・・・・。
「くっそおーっ!」
功史も何とか起き上がろうともがいている。
「け、剣を・・・」
何とかポケットから鞘を出すと上に向けた。
−ブン!−
精神刃が延び、長剣となる。ぐぐっと身を起こそうとするのだが、重圧に負けて起きれない。
「ジャービーが・・・」
「ど、どうしたの、ハニー?」
ジャービーがこっちに歩いて来てる。
ハニーによるとこっちに近づいているらしいんだけど、その姿は全く見えない。
−キンッ−
功史の剣が弾かれ、彼の頭の上に何か鋭い切っ先だけが光って見えた。
「こ、功史っ!」
私は叫んだ。
「つ、杖に・・お願い杖になってっ!功史を守って!」
私は指輪をじっと見つめて叫んだ。
−カーッ−
指輪は眩い光を発し、変化し始めた。
「グオオオオ・・」
ジャービーがその眩しさで、後ろに下がったらしい。功史の頭の上で光っていた切っ先も後退した。
「つ、杖に・・・なったっ!」
指輪は私の手の中で杖となって光っていた。杖の柄は銀でできていて、その先は月と太陽を形取った黄水晶の細工でできていた。
その光りは徐々に広がり、その中では重圧がない。杖にもたれて立ち上がれた私は、ジャービーのいると思える方に杖を向け、そっちを見ながら叫んだ。
「固まれっ!」
どう言った方がいいのか分からない私はとにかく叫んだ。でも効き目はあった。淡い黄色の光がジャービーを包み、その姿がうっすらと見えてきたと思ったら、数秒後には、動けなくなったジャービーがそこ立っていた。
その姿は十歳ほどの少年のものだった。
「ジャービー・・・」
その前にハニーが立った。
「ごめんなさい、ジャービー。あたしが、うっかり羽なんかあげちゃったばっかりに。」
ハニーはそう呟くと、自分の頭から取った天使の輪をジャービーの上にかざした。
すると金と銀の光がジャービーを取り巻き、渦巻いた。
「ジャービー・・聞こえる?あなたは死んでるのよ。この町の人たちも。」
「うおおおお・・・・」
「ジャービー・・・・」
ハニーはその光の渦の中に入っていった。
不意にその渦の中心から漆黒の渦が現れ、徐々に大きくなってくる。そして、終には光の渦を飲み込んだ。
「きゃあっ!」
ハニーがそこから押し出され、渦は小さくなるとジャービーと共に消えた。
「大丈夫、ハニー?」
慌てて手の平に乗せたハニーはひどく息苦しそう。
「ハニー!ハニー!」
ぐったりとしたハニーは、ゆっくりと目を開けた。
「駄目・・ジャービーはあたしの言う事なんかちっとも聞いてくれない。・・あたしより黒龍の方を選んだわ。・・黒龍の元へ行ってしまった。初めっからあたしの事なんか・・」
「こ、黒龍?」
にこっと弱々しく私に微笑んだハニーの姿はゆっくりと消えていった。
「そ、そんな!ハニーッ!」
私は手の平をじっと見たまま叫んでいた。
「夜明けだ・・。」
外を見ていた功史が呟いた。空が明るくなってきていた。
「功史・・・」
私はしばらく功史の胸で泣いていた。
「行こうか。」
私が落ちついたと判断した功史がやさしく声をかけてくれた。
「うん・・・。」
足取りも重く、私は荷物を持つと功史と部屋を出る。階下のカウンターにはやはり少女はいなかった。
そして、町もまたそうだった。道行く人は少なかったとはいえ、昨日の夜までは、人の声が聞こえ、生活の音がしていた。この町は確かに生きていた。なのに、今日は、ただ、し〜んと静まり返っていた、死んでいた。
「功史・・・ゴーストタウンだったのね。」
「あ、ああ。でも旨かったな、あのローストビーフ。」
「ん、旨かった。・・・って、何を言ってるのよ、功史?そんな問題じゃないでしょ?」
私はきっと功史を睨む。
「仕方ないさ。これが現実なんだ。それに、ようやく町の人たちは解放されたんだ。自分の死を認めれば、また生まれ変わる事もある。魂は救われたんだ。良かったんだよ、これで。ジャービーは逃してしまったけどな。」
「でも・・ハニーは・・・」
「ああ・・・そうだな・・・」
「あたしをお呼び?」
背後で彼女の声がし、私たちは驚いて振り返る。
「ハ、ハニー?ど、どうして?死んだんじゃなかったの?」
驚く私にハニーはにっこり笑うとウインクして言った。
「天使は死なないの。闇に包まれちゃったから浄化してもらいに行ってただけよ。」
「もう!ハニーったら、心配したのよっ!」
「エヘヘ、ごめんなさーい。」
ハニーは舌をぺろっと出して謝った。
「じゃ、黒龍の事を教えてほしいな、ハニー。」
功史が私の手の平に乗ったハニーに言った。
「あん!操!まだこの男と旅をするつもりなの?見たでしょ、ジャービーを!男なんてみ〜んな悪者よっ!あたしが一緒に行ってあげるから、もうこんな男ポイしましょうよ!」
「ポ、ポイ?」
功史が呆気に取られている。
「ぶーっ・・あははははっ!」
私はもう大笑いし始めていた。
「でもね、ハニー、功史は魔法剣も使えるし結構頼りになるのよ。」
くっくっくっと必死にその笑いを抑えながら私はハニーに言った。
「ふ〜ん・・・」
ハニーは私と功史の顔を交互に見比べた。
「操は一緒に行きたいのね?」
「え?・・ええ、そうよ。」
功史がじっと見ている前で、そんな台詞を言いたくなかったけど、仕方なかった。
くやしいけど、ちらっと見た功史は満足そうな顔をしている。
「じゃあ・・・仕方ないわ。操がそう言うんなら連れてってあげる。でも、覚えておくのよ、今度操お姉様に手を出そうとしたら、その時は天使の雷よ!分かったわね?」
「あ・・ああ・・・。」
功史は、自分の手の平程しかないハニーのその勢いにタジタジ。
私は必死に笑いを堪えて二人を見ていた。でも功史とのラブシーンがあり得ないという事は、少し、ううん非常に残念に思えた。(エヘヘ・・だって女の子だもんね。)
そして、ジャービーの気を辿っていけば、黒龍に辿り着けるかもしれないと思った私たちは一緒に行く事にした。私たちの最終目標である黒龍を倒す、若しくは再封印するという事は、ジャービーとの事で、ハニーの最終目標にもなっていたの。
黒龍の事もハニーから詳しく話して貰った。やはりその昔、黒龍は世界の崩壊を図ったらしい。そして、人間とドワーフとエルフのパーティーによって倒され、頭、胴、手、足に分けられて石に封印された。それぞれ黄、赤、青、緑の石に。黄色の石はドワーフの僧侶に託されて地下に、赤い石は火龍の元に、青い石は水龍の元に、そして、緑の石は風龍の元に封印されたんだって。
「やっぱり・・・」
「大変な事しちゃったんだね、ドワーフたち。」
「そうなのよ。全く!」
ハニーはプリプリ怒っていた。
「でもそんな重大な事を、代々言い伝えなかったのかな?」
「あのドワーフの一族はあそこに移り住んだのかもしれない。それで、知らなかったんじゃないかしら?」
「そうだな。」
「あたしも操の意見に賛成!」
「それで、ハニー、何処へ行けばいいの?」
「う〜んと・・そうね、まず、港町に!」
「おいおい、それは最初に俺たちが行こうとしてた街だぞ。それに一本道だし。ひょっとして、ジャービーの気を追えるなんて嘘じゃないのか?」
「・・ひ、酷いわ・・功史・・あたしがいくら操と一緒にいたいからって、嘘まではつかないわ!」
ハニーはべそをかき始めた。
「そうよ、功史、ちょっと言い過ぎよ!」
「ご、ごめん。」
「やーい、怒られた!」
べそかきは嘘だったのか、ハニーは功史にあっかんべーをした。
「ハニー!」
私はすこしお調子づいてるハニーを睨んだ。
「ととと・・・やばっ!」
ヒュンとハニーは姿を消す。
「消えるなんて卑怯よ、ハニー!」
「ま、いいじゃないか。行こうぜ。」
ハニーの事など全く気にしないとでもいうように、功史が私の肩に手を回した。
「いなくて丁度いいし、な!」
功史が私にウインクしたその途端、ハニーがぱっと現れた。
「こらーっ!駄目だって言ったでしょ?」
「ほーら出てきた!」
「あっ・・・!」
功史に指摘され、ハニーは慌ててまたその姿を消す。
「ぷっ・・あははははっ!」
これから楽しい旅になりそう!どうなるか分からないけど、とってもリアルで面白そうなこの夢に私はとっても満足していた。 |