☆★ その93 木漏れ日の中 ★☆


 「ミルフィー・・・」
神殿内のことも一段落ついたその日の朝、里の女達が心を込めて織ったという反物で仕上げた巫女装束に身を包んだミルフィーを目の前に、カルロスは見とれていた。
神殿を囲む森の中、半透明の薄衣でできたそれは、木漏れ日の陽の光を受け、時には薄青色に、時には薄緑色に見える。
「カルロス。」
少しはにかんだように、そんな彼に微笑んだミルフィーが、また一際愛しく感じられ、カルロスは思わず今1歩近づき、彼女を抱きしめようとして、ふと思った。
(世界を支える巫女・・・か・・・・。)
なぜだか遠い存在になってしまったような感じを受け、カルロスは近寄ることも忘れ、じっと彼女を見つめる。
「カルロス?」
笑顔で自分を見つめてはいるのだが、呆然としたように立ち尽くしているカルロスに、ミルフィーは不思議に思う。
「どうしたの?」
「あ・・いや・・・あまりにも綺麗で・・つい見惚れていた。」
「カルロスったら・・・。」
頬を染めうつむいたミルフィーに、カルロスはようやく彼女の傍に寄る。
「ミルフィー・・」
それが当たり前のように、差し伸べた自分の腕の中に収まるミルフィーに、カルロスは心から幸せを感じていた。が・・・確かに今腕の中にいるのに、遠い人のような感じをふと受け、カルロスは思わずぐっと腕に力を込める。
「どうかして?・・カルロス?」
「ミルフィー・・」
その問いには答えず、カルロスはミルフィーに口づけをする。存在を確認するかのように熱く。

ハコさんからいただきました。
いつもありがとうございます。m(__)m


「カルロス、奥神殿へ一緒に来てほしいの。」
「奥神殿?・・・オレなんかが入っていいのか?一族でも神官でもないのに?」
「あら・・あなたは一族よりも神官よりもその資格があるわ。」
「資格がある?」
不思議そうにカルロスは聞く。
「ええ。だって・・・」
藍の巫女である私が愛する人だから・・と言おうとして、ミルフィーはその前に恥ずかしくなって口ごもる。本人に面と向かって言うのは気恥ずかしく思えた。ものすごく。
「『だって』・・何なんだ?」
「あ、あのね・・・実は、精霊たちが・・精霊王が、あなたに会いたがってるの。」
「会いたがってるって・・・なぜだ?」
『だって』の後に続くべき言葉とは違うような気もしたが、そんなことにはさほど気に留めずカルロスはミルフィーに微笑みながら聞く。
「あの・・・あなたが、私の・・あ、あの・・・」
視線を合わせて話していたミルフィーは、頬を染めてうつむき、その後を言いにくそうに小声で言う。
「なんだ?聞こえないぞ?」
うつむいたミルフィーの顔をてカルロスはのぞき込む。
ミルフィーは、結局言う羽目になったと戸惑っていた。
「だから・・・あ、あの、あなたを藍の神殿の守護騎士の長にするって言ったら・・」
「守護騎士?神殿の?」
「ええ。だめ?」
「そうだな・・・別に構わんが・・・」
「『が』?・・・ダメなの?」
少し陰りをみせたミルフィーの肩にカルロスはそっと手を回して微笑む。
「いや、ダメじゃないが・・オレは、どちらかというと神殿の守護騎士より・・・」
「・・より?」
じっと自分を見つめ続けているカルロスをミルフィーもじっと見つめる。
「ミルフィー、お前の守護騎士でいたい。いついかなる時も、どんなときでもお前の傍で、お前だけを守る。・・それがオレの存在理由だ。」
「カルロス・・・」
「だから、お前が望むなら、それも喜んで受けよう。だが、忘れないでくれ、オレが守るべきものは、命をかけて守っていく女性は、・・・」
そこで一端言葉を切り、カルロスは空いている手をそっとミルフィーの頬にあて、彼女を覆うようにして熱く見つめる。
「生涯・・ミルフィー、お前だけだということを。」
「カルロス・・。」

「で、それだけでオレに会いたいというのか?別に守護騎士の長だとしても、彼らには特にオレに会う必要もないんじゃないのか?」
やさしく口づけをした後、口調を変えて言ったカルロスに、上手く話をごまかせたと思っていたミルフィーは、彼の方が一枚上だったことを知り、再び焦る。
「だから・・・」
「だから、何なんだ?」
ミルフィーが言おうとしている言葉は、カルロスには察しがついていた。それをわざとミルフィーの口から言わせようとする。
「もう!分かってるでしょ?」
「いや。」
ミルフィーは少し意地悪そうな輝きをカルロスの瞳の中に見つけ、小さくため息をついた。こうなると正直に言わないといつまでたってもとぼけられる。
「あなたが、私の・・・」
「私の?」
平然と笑みを浮かべながら自分を見つめているカルロスを少し恨めしげな瞳でちらっと見ると、今一度うつむいてミルフィーは頬が熱くなるのを感じながら思い切って口にする。
「私の・・・・好きな・・愛してる人だから。」
「ミルフィー・・」
ミルフィーのその言葉に、つい今し方の不安も何処へやら、カルロスは満足げな笑みを浮かべて彼女を抱きしめた。


−ギギギギギ−
奥神殿、そこは巫女、もしくは、巫女と一緒でないと入る事ができない聖なる地。
フィアという巫女の座の継承者がいなかったとしたら、ミルフィーがそこで永遠に過ごすことになったであろう、時の止まった聖地。
藍の巫女の間の奥にある扉の前、ミルフィーがたたずみ、心の中で開くようにと願うと、その扉はゆっくりと開いた。
「で、奥神殿はどこにあるんだ?」
扉の向こうは、神殿を囲む森と同じように、深い森と泉、そしてそれらを繋ぐ小川が流れていた。
水底まで見える澄みきった川や、みずみずしい緑の香りを放つ草木を見ながら、カルロスは呟く。
「もう少し奥よ。」
そう答えたミルフィーに着いていく。が、いつまでたっても神殿らしき建物は見えてこない。
「まだ奥なのか?」
「ううん、ここがそうよ。」
「ここが?」
にっこり笑って立ち止まったミルフィーに、カルロスは不思議そうな顔をする。
「何もないぞ?」
「緋の神殿とは違うの。あそこは光玉の中に神殿があったけど、藍の奥神殿はこの森なの。そして、森の中心が祈りの場。精霊たちと心を一つにして意識を交わす場所。建物も家具もないけど、森が全部そう。温かい日差しが灯り、やわらかい草地がソファーやベッド、平らな岩がテーブル。そして、のどを潤してくれる冷たくておいしい水と色とりどりの果実。」
「なるほど。」
それもそうだ、とカルロスが感心していると、2人は、ふわっと包まれたような気がして辺りを見渡す。
「風の精霊王よ。」
ミルフィーはカルロスに微笑む。
クルクルクルと木の葉が回っていた。そして、少しずつその姿を現す。
「巫女殿、我らが友である人の娘(こ)よ、隣の方が、あなたの想い人?」
全身透き通った緑の身体。優しげな緑の瞳で2人を見つめ、柔らかそうな緑の髪を風になびかせながら、風の精霊王はそこに微笑んでいた。
「ええ。」
はにかんで答えたミルフィーに、カルロスはこれ以上ない満足感を覚える。
「なるほど。巫女殿の想い人でなくば、私が焦がれてしまいそう。」
ピチャッと水をはね、湖水から顔を出した水の精霊王。薄水色がかった透明な身体は女性の形をしていた。
「お前は気が多すぎるんだ、水の王。」
笑いながら地中から、地の精霊王が顔をだす。
「あら・・・いい男はいい男よ。」
「ははは・・・あなたらしいですね。」
陽の光の中からゆっくり人型を作って姿を現したのは、光の精霊王。
「ん?光は緋の巫女なのでは?」
「ああ、それもそうなんですが、ここは他の精霊王たちと顔を合わせるのに一番適したところなのですよ。」
カルロスの問いに、にっこりと笑って光の精霊王は答えた。
水の精霊王は、はっきりと女性の人型をとっているので、女なのかと思えたが、風と光の精霊王は、男と思うには女に、女と思うには男にみえる。姿もだが、物腰も口調も中性的な感じがしていた。勿論、地の精霊王はどこからみても男にみえるがっしりとした身体つき。
「精霊だから。」
小さくその事を言ったカルロスにミルフィーは微笑みながら小さく答えた。
「だから、水の精霊王だって、それに、地の精霊王だって、一緒なのよ。」
「そうなのか?」
「そう。単にあの姿が気に入ってるからだけって、初めてあった時言ってたわ。性別はないみたいよ。」
「なるほど。」
微笑みながら小声で話している2人を精霊王たちは、暖かく見つめていた。

「それでは私たちはこれで。」
「もういいのか?」
「あなたの人となりは分かったつもりです。巫女殿をよろしく。」
にっこりと微笑み、光の精霊王はその姿を光の中に融かした。
「我慢できなかったら私がお相手してさしあげるわよ?」
「は?」
「え?」
くすっと笑い、水の精霊王は、水底へ帰って行く。
「いつもの冗談さ。」
少し焦ったような表情をしたミルフィーに、やさしく微笑むと地の精霊王も地中へとその姿を潜らせる。
「しばらくここで休んでいかれたらどうです?お二人だけでゆっくりなんてなかなかできないのでしょう?」
優しい微笑みを残して、風の精霊王は、その身をそよ風と変え、2人の周りをそっと駆け抜けていった。

「なんだ?・・たったあれだけで良かったのか?あっけないんだな?」
「一目見れば分かるからいいんでしょ、きっと。」
「そうだな。」
カルロスはミルフィーと見つめ合うと、ゆっくりとそこへ腰を下ろした。
「本当に気持ちのいいところだな。」
「でしょ?」
「ああ。」
カルロスは、ごろりと横になり、その横へ同じく腰を下ろしていたミルフィーの膝の上に頭を乗せる。
「え?」
少し驚いたように声を小さく上げたミルフィーに、カルロスは優しい笑顔を向ける。
「いいだろ?」
「え、ええ。」
優しい木漏れ日と新鮮な緑の匂いと湖水からの冷風を運ぶそよ風。2人はしばし目を閉じ、自然の中に浸っていた。

「・・・カルロス?・・・寝てるの?」
しばらくして目を開けたミルフィーは、いつの間にか彼女の膝に頭をのせたまま気持ちよさそうに眠っているカルロスに顔をほころばす。
「カルロス・・」
溢れるばかりの愛しさを感じ、ミルフィーはそっとカルロスの額に口づけをした。

森の中の静かな湖畔、時が止まった静けさの中、幸せ溢れる2人を精霊たちは温かく見守っていた。



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