☆★ その92 思いがけない再会 ★☆


 「レイミアス殿は、世界を支える三大巫女の事はご存じでしたかな?」
シャンポワール大聖堂、大僧正の私室。レイミアスは大僧正の勅使からの書状を受け、個人的に話がしたいと言った大僧正に会いにきていた。
「はい。世界は、時の巫女、藍の巫女、そして緋の巫女によって支えられているという神話でございますね。」
「そうだ。」
「それならよく存じております。幼少の頃から、親代わりの神父様からよく話していただきました。」
「そうか。では、その3人の巫女が実際に世界を支えているということは?」
「は?・・・あ、い、いえ・・・そ、それは、単なるおとぎ話・・とは思っていたのですが・・・・実は縁がございまして、時の・・・巫女ではございませんでしたが、時の魔女と会う機会があり・・・・・その時神話が事実なのだと知りました。」
「そうか。」
大僧正はゆっくりと立ち上がり、レイミアスの横に立つと、そっと彼の肩に手を置く。
「実は・・・世界は・・・今少しで潰えるところだったのだ。」
「え?」
驚いてレイミアスは大僧正を見上げる。
「闇の手に落ちた緋の巫女によって今少しでな。・・・そして、それを阻止したのが藍の巫女と時の魔女、それから彼女らの仲間たちなのだが。」
「そんなことがあったのでございますか?」
「そうだ。悲しいことに我々は気をもむばかりで何もできなかった。」
「大僧正様・・・」
沈んだ大僧正をレイミアスは見つめる。
「そなたが持っておる聖龍の法力・・そのことをもっと以前に知っておれば、巫女殿らの苦労も多少は軽くなっておったやもしれん。」
「いえ・・私の力など、巫女様の力と比べれば大したものではございませんでしょう。」
大僧正はにっこりと笑った。
「レイミアス殿は少し控えめすぎる。もう少し自信をお持ちなさい。」
「は、はあ・・。」
「で・・じゃ・・・実は、荒れ果ててしまった藍の里と神殿の浄化をそなたの力でお願いしたいのだが、どうであろう?」
「え?」
レイミアスは驚いていた。
「戦いを終えてからも藍の巫女殿は緋の里へとどまり、里と神殿の浄化とそして、復興に手を尽くして下さった。里も落ち着いた今、ようやくご自分の里へと帰路につかれるわけだが・・・その前にこちらで浄化し、迎えてあげたいと思うのだ。」
「ああ、それは・・それでしたら、そして、私でできるのでしたら喜んで。」
にっこりと微笑んで答えたレイミアスに、大僧正も満足した笑みを浮かべる。
「うむ。そう言ってくれると思っておった。」
「では急いだ方がよろしいでしょう。で、その藍の里はどこに?」
「うむ。一般に藍の神殿のある里がそうとされておるが、それに対する意識は、ここの大聖堂とさして変わりない。巫女殿が実際に世界を支えているということを知っておるのは、その神殿に仕える最高僧と守護騎士、それから純粋なその一族とこのシャンポワール代々の大僧正のみなのだ。だから、そのことはいっさい他言無用とされたい。」
「はい。」
「里にある神殿にしても、本来の神殿ではなく、聖地へのそして奥神殿と呼ばれる本当の巫女殿の神殿への入口にしかすぎないのだ。」
「なるほど。」
「その聖地へは巫女殿がごいっしょでない限り、このわしをもってしても入れぬが・・・悲劇の起きた入口の神殿と里くらいは。」
「悲劇・・とは?」
「うむ。実は一族もろとも殺害されたのだ。」
「一族もろとも・・・?」
レイミアスから血の気が失せる。
「犠牲となった人々の弔いはすでに終わっておる。里も神殿も事件の跡形もないが・・・やはりきちんと浄化し、帰られた巫女殿らがすぐにでもゆっくりと休養できるようにしておきたいのだ。」
「はい。」
「それから、これは新たに神殿に仕える守護騎士候補と神官及び巫女の名簿だ。その数名がそなたと共に里に向かうゆえ、あとは、藍の巫女殿の承認を取ってきてもらいたい。」
「はい。」
レイミアスは大僧正から渡された書簡を恭しく受けとる。
「頼んだぞ、レイミアス殿。出発は明日の朝となっておる。」
「はい、大僧正様。かしこまりました。」


そして、レイミアスは、数名の守護騎士や神官らと共に藍の里へと向かった。

藍の里は山々に囲まれ、豊かな緑と湖に囲まれた小さな村。その村はずれに藍の神殿はあった。
その地方の信仰の対象となっている神殿の藍の巫女は、生き神様的存在でもあったが、実際に世界を支えていることまでは、知られていない。神話の巫女を祭っている神殿、それが人々の意識であることは、ここも同じだった。

レイミアスは気持ちよく休んでもらえるようにと細心の注意を払い、里と神殿の隅々まで浄化して回った。
そしてその数日後・・・。

「レイミアス祭司長殿、巫女様ご一行がまもなく里へお着きになられます。」
「わかりました。」
レイミアスは、守護騎士と神官を従えて、里の入口まで出迎える。

−カポカポカポ・・・−
馬を駆った龍騎士に前後左右を守られるようにして馬車が一台近づいてきていた。その馬車に巫女が乗っていると思われ、レイミアスらは、深々とお辞儀をして到着を待つ。
「長の旅、お疲れさまでございました。大僧正様の命を受け、皆様方にはゆっくりお休みいただけますよう、整えてございますれば、まずは神殿へ。」
「ありがとう。」
「え?」
その聞き覚えのある声に、レイミアスははっとして顔を上げる。
「ミ・・・ミルフィー?」
「レイム?」
馬車の窓を通して、2人は驚いていた。
レイミアスが知っている彼女と比べるとずいぶん大人びた感じを受けたが、ミルフィーに違いないと確信していた。
「あ・・そ、それでは・・まずは神殿へ。」
「そ、そうね・・・話は後で。」
周りの守護騎士と神官が何事かと驚いて目を見張る中、レイミアスは馬に乗り、彼らを神殿まで案内していった。

(ミ、ミルフィーが藍の巫女?・・・そ、それに・・・確か乳児を抱いていたような・・・・え?・・・とするとやっぱりミルフィーは巫女様でなく・・・・・?で、でも、あの乳児は・・・・ミ、ミルフィー・・まさか?)
慌てていてはっきり見なかった。レイミアスはあれこれ考えながら、ともかく神殿まで急いで案内していく。

そして、疲れているから正式な挨拶は後にしてほしいという藍の巫女の言葉に従い、守護騎士や神官らを下がらせ、レイミアスは旅の疲れを湯船で落としたころを見計らって、改めて巫女の部屋を訪れた。

「失礼いたします・・・・」
「レイム、久しぶりね。」
緊張して入室したレイミアスを、ミルフィーの笑顔が迎える。
「やっぱりミルフィーだったんですね・・見間違いじゃなく。」
その笑顔に、レイミアスもほっとして笑顔で応える。
「勿論よ、レイム。」
「で、でも・・・・あの・・・・」
レイミアスは、巫女のイスの横に置かれたベッドの中ですやすや寝息を立てている2人の乳児を見つめる。
「ああ、フィーとフィアのこと?」
「え?フィーとフィア?」
「そう。」
−パタム−
「レイムか・・久しぶりだな。元気だったか?」
「カ、カルロス?」
ミルフィーが2人のことを話そうとしたとき、奥のドアを開けてカルロスが姿を現した。
「やはり旅の疲れは風呂が一番だな。・・・フィーとフィアもよく眠ってるし。」
「あ、あの・・・・?」
乳児をのぞき込み、にこやかに話すカルロスにレイミアスはうろたえる。
(ま、まさか・・カルロスとの子供?で、でも・・・?)
「あの・・ミ、ミルフィーが藍の巫女様・・・なんですよね?」
「ええ、そうよ。」
「で、でも・・そ、それに・・・・」
乳児とカルロスを交互に見つめるレイミアスの顔色は、心なしか青くなっていた。
「あっ・・・」
レイミアスが何が言いたいのかわかったミルフィーは、頬を染めると少し慌てたように話し始めた。
「あ・・あのね、・・この子たちは・・・・」
ミルフィーは簡単に説明する。

「そうですか、緋の巫女様の計らいで・・・・そうだったんですか・・・。」
どうやらミルフィーはまだ無事(笑)らしいとは分かったが・・・レイミアスは敏感にカルロスとの事を感じていた。
明らかにミルフィーとカルロスの間にある雰囲気は、以前のものと違っていた。
2人がお互いに交わす視線は、見ている方の心まで温まるような穏やかさがあった。それは心からの信頼からきているものと思われ、レイミアスは、表情にこそださなかったが、自分の心が沈んでいくのを感じていた。

「それでは、今日はこれで。」
「え・・ええ・・・そうね、もう遅いから。」
「はい。つもる話はまた明日にでも。」
「お休みなさい。」
「お休みなさい。」
「お休み。」
ミルフィーの傍にいるのが当たり前だと言うようにぴったりと彼女に寄り添っているカルロスをちらっと見て、レイミアスは部屋を後にした。
「カルロス・・・・」
レイミアスの気持ちを知っているミルフィーは、困惑した目をカルロスに向ける。
が、どうすることもできないことも確かだった。カルロスは黙ってミルフィーの肩に手を置くと、彼なら大丈夫だというようにそっと力を込めた。


「そ、そうだったんですか?ミルフィーって・・あれから5つも歳を取っちゃったんですか?」
翌日、龍騎士たちも交え、そして、神殿の守護騎士や神官ら邪魔者は下がらせての会食。レイミアスはいつもの彼に戻って、ミルフィーの話に耳を傾けていた。
「歳を取ったなんて・・・レイムも聞こえが悪いこと言うんだから・・・」
少し恨めしげな表情で言うミルフィーをレイミアスはくすっと笑う。
「でも、本当の事じゃないですか。そうすると・・ぼくより6つも上・・か。」
「ん!もう!レイムったら!歳の話はやめましょっ!」
「あはは!ミルフィーもやっぱり女の子だったんですね。」
「失礼ね、レイム!なによ、その『やっぱり』って?!」
−わははははは!−

ミルフィーはレイミアスのその態度が嬉しかった。勿論、レイミアスの内にある気持ちは気になったが、変わらない態度で接することが一番だとミルフィーは思っていた。そして、それはレイミアスも同じだった。
(まだカルロスだと完全に決まったわけじゃないし。ううん・・・そうだとしても、ぼくはミルフィーが・・・・・)
自分自信が思っていたよりミルフィーに対する想いは深かったのだと、レイミアスは感じていた。例え叶わずとも、その想いは消えそうもない、と感じていた。



紫檀さんがが描いてくださいました。
いつもありがとうございます。m(__)m

 


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