☆★ その91 緋の巫女の恋(2)愛故に・・・ ★☆


 翌日。
「やったーー!おい、やったぜ?」
「なんだよ?」
クシュリとの別れ方が気になり、一人気落ちしていたデュカシスに、親友のリーガスが声をかける。
「巫女様の身辺警護ができるんだぜ。」
「巫女様の?」
「ああ・・しかも直接だ。こんなラッキーな事があるか?」
「よかったな。」
「なんだよ、気乗りしないんだな。まー、お前はあの子がいるからかもしれんが・・・だけど、巫女様の身辺警護ができるなんて、彼女にも朗報じゃないのか?騎士として認められたってことだからな。」
「そうはそうだが・・って、オ、オレも・・か?」
「ああ、そうだぜ。オレのくじ運に感謝するんだな。」
「く、くじ?そんなもので決めるのか?」
「守護騎士同士、力はそう変わらないからな。といっても、昨夜、酒場でこの役を賭けたんだ。」
「賭けた・・・だれだそんな不謹慎な奴は?」
「まーいいじゃないか、祭りなんだし。どこの馬ともしれない奴と賭けた訳じゃないしな。それに別に危険なところへ行かれるというわけじゃないんだ。奥神殿へ一度お戻りになられるだけらしいしな。」
「そうか・・・。」
そう答えながらデュカシスは思った。昨日はあんな別れ方をして次の約束をしていなかった。神殿の中へ入ればクシュリに逢えるかもしれない。逢えたら・・はっきり聞いてみよう、そう決心した。

そして、その日の午後。2人は奥神殿まで緋の巫女を護衛するため、神殿へと入って行った。

「よろしいですね、巫女様に決して無礼があってはなりませんよ。」
「はっ。」
「巫女様も急に思い立って奥神殿へ一度戻りたいなどと・・・祭りもあと5日だというのに。」

そして、緋の祭室へと案内されていった。
「おい、何見てるんだ?」
きょろきょろ辺りを見ているデュカシスをリーガスは注意する。
「あの子でも探してるのか?・・・マジなんだな、ホントに。」
リーガスの呆れた視線も無視し、デュカシスは傍を通る巫女の中にクシュリがいないかと探し続けていた。

−ギギギギギ・・・−
一際重厚な扉を開け、緋の祭室へと足を踏み入れる。
「緋の巫女様、奥神殿までの護衛をつとめさせていただく守護騎士が参りました。」
「そう。」
緊張した面もちで直立不動の体勢を取っていた2人は、祭壇の方を向いたまま答えたその声にますます緊張する。
そして、ゆっくりと振り返った顔を見て、デュカシスとクシュリは驚愕する。
「デュ・・」
「クシュ・・」
同時に出そうだったその言葉を、周りにいる神官や、話は知っていても顔まで知らないリーガスの手前、2人はぐっと言葉を飲み込んだ。
「巫女様、守護騎士のデュカシスとリーガスでございます。」
「世話を・・かけます。」
「ははっ!」
深々と頭を下げ、2人はクシュリの後に従った。
(う・・うそだ・・・クシュリが・・・クシュリが緋の巫女だなんて・・・・・)
彼女を後ろ姿をじっと見つめて歩きながらデュカシスは絶望に打ちひしがれていた。
なりたてといっても一応守護騎士であるデュカシスは、緋の巫女が何者であるか知っていた。とても恋の相手にできるような人物ではない。
そして、クシュリもまた彼の視線を背中に感じ、まるで針のむしろの上を歩いているような感じだった。
何度自分が緋の巫女だと言おうと思ったかしれなかった。が、勇気が、それを口にする今ひとつの勇気がなかった。言えばきっと後込みしてしまう。次代の巫女となる少女がいない今、座を下りることもできない。クシュリは、日一日と過ぎていく時とそんな自分を呪っていた。

「ここで、しばらく待っていてください。」
「はっ。」
上空に光の球が見えていた。その真下でクシュリは2人の守護騎士にそう言うと、呪文を唱える。
−ズズズズズ・・・−
ゆっくりと下りてきた巨大な光の球の中の神殿。クシュリはその中へ姿を消した。
「すごいな。」
「あ、ああ・・。」
リーガスの言葉も上の空。デュカシスの脳裏にはクシュリとの思い出が浮かんでは消え、消えては浮かんでいた。
そして、再び神殿から出てきたクシュリに従い、そこを後にする。
その間、クシュリは生きた心地がしなかった。そして、それはデュカシスも同じだった。自分の中の時が止まったように感じていた。

そして、そんなことのあった翌日。もう逢えないと思っていたデュカシスは、絶望に打ちひしがれた心を抱きつつ、それでも、足は、村はずれの丘へと向かっていた。
「いない・・か・・・・やっぱり・・・・」
約束はしてなくても、もしかしたら、と心の奥底のどこかで思っていた。しばらく丘から地平線を眺めていた。そして、諦め、二度とここへは来まいと決心して、くるっと向きを変える。
「ク・・クシュリ・・」
「デューク・・」
そこには両目に涙をこぼれるばかりに溜めたクシュリが立っていた。
その瞳にデュカシスは悟る。決して遊び心や浮いた気持ちで自分に付き合っていたのではないことを。
「クシュリ!」
「デューク!」
2人はしっかりと抱き合っていた。行き場のない恋に絶望しながらも、2人はお互いを必要としていた。
「ごめんなさい、デューク・・私・・私、どうしても言えなかったの・・何度も言おうと思ったけど・・どうしても・・・・」
「わかっている。君は悪くない・・君は。」
腕の中で泣くクシュリを、デュカシスはしっかりと抱きしめていた。

落ち着いてから、クシュリは前日奥神殿へ行った理由をデュカシスに話した。それは、次代の緋の巫女となれる少女がいつ現れるかを調べる為だった。そして、答えは・・・当分現れそうもないことだった。

「クシュリ・・オレはそれでもいい。こうして君と会えるなら。」
すまさなそうにうつむいて話していたクシュリは、デュカシスのその言葉に、びくっとして彼を見つめる。
「でも・・・私はあと少しすれば10年間も・・・」
「いいじゃないか。オレは神殿の守護騎士。君を守って待っている。そして、こうして会って・・・そして、また君を守る。オレはそれでいい。」
「でも・・・」
「大丈夫、オレは心変わりなんてしない。何があっても君を想ってる。」
「ううん・・そんな事言ってるんじゃないわ・・・私はそんなにまでしてもらう価値なんて・・・」
悲しそうに目を伏せたクシュリの頬にデュカシスはそっと手を添える。
「クシュリ・・笑ってくれ。目覚めている間は、オレの為に笑っていてくれないか?君が眠っている間、その微笑みで満たされていたい。いつもその笑顔と一緒にいられるように焼き付けておきたい。」
「デューク・・」
クシュリは精一杯の笑顔を作った。その笑顔からこぼれた一筋の涙をデュカシスはそっと拭うと言った。
「クシュリ・・愛してる。」
「デューク、私も・・。」


恋人としては悲しいような決意をし、運命に甘んじようとした2人を木陰からじっと見つめていた人物がいた。それは、デュカシスの親友、リーガスだった。
デュカシスの様子がおかしいと感じたリーガスは、その日そっと尾行してきた。そして、まさかそんな決心をしているとは思わず、事の重大さに驚きそれを上官に報告してしまった。
2人のその真剣な様子に、すぐにでも愛し合ってしまうのではないか。そうしたら世界は終わってしまう。その恐ろしい考えにリーガスは一人で考えている事が絶えきれなくなった。


あと4日、あと3日、あと・・・2日、と2人は指折り数えてその日を過ごしていた。2人でいられる短い時を精一杯の笑顔で過ごしていた。

そして、最後の日の前夜。悲劇は起こった。
2人のことで相談していた一族の長老とそして最高僧と騎士団長は、2人にとって最悪の決断を下していた。
「明日で最後。感情が高ぶれば、もしやのことがある。その前に・・・・」

彼らはその夜中、計画を実行にうつした。
−バン!−
勢いよく開けられた扉とともに、デュカシスの命を狙った賊が進入する。
「何者?」
咄嗟に横においてある剣を取り、デュカシスは必死で攻防する。が、多勢に無勢。数人は倒したが、賊の剣はデュカシスの身体を確実に切り刻んでいった。
「ク・・シュ・・・・リ・・・・・」
愛しい少女、クシュリの名を呼びながら、デュカシスは息絶えた。

翌日は、最後の日であり、丘で会う時間はとれそうもなかったので、夜、神殿の裏庭で会う約束がしてあった。
「デューク?」
風で草や落ち葉が音をたてる度にクシュリは彼の名を呼んだ。
クシュリは、もはや来ることはない恋人を、夜が更け、空が白んでくるまで待ち続けていた。


「デュークのうそつき!来るって言ったのに・・絶対来るって言ったのに・・・もう・・私のことなんて、どうでもよくなったの?・・・嫌いになったの?」
絶望と悲しみに抱かれ、クシュリは眠りについた。


そして、再び目覚めの時が近づいたクシュリを悪魔の囁きが・・悪魔が放った夢魔が襲った。
浅くなった眠りにそっとしのびより、そして、見せた。一族がデュカシスの殺害計画をたてている場面、彼が無惨に殺される場面。・・・そして、最後まで彼女の名を呼びながら息を引き取っていった愛しい恋人の様子を。

「そんな・・・嘘よっ!」
夢の中、クシュリは叫ぶ。
「いいや、嘘なもんか。なんなら最高僧に聞いてみるがいい。眠りについていても最高僧とは意志を交わせられるのだろう?問いつめてみるといい。簡単には口を割らないだろうが・・・そこは緋の巫女。いくらでも問いただす方法はある。」

そして、クシュリは最高僧の口から聞き出す。そのことが事実だったということを。
「そ、そんな・・・デュークは・・私たちは・・・・・・」
悲しみのあの決意はなんだったのか?一緒にいたい、お互いを確かめたい、結ばれたいという気持ちを抑え、決意したあの思いは・・・・。

悲しみと怒りで我を忘れたクシュリは、緋の巫女は、悪魔の手の内に落ちた。
後は悪魔の思うがまま。闇の手に落ちた彼女の心を揺さぶり、そして、彼女の力を使い、息のかかった者を増やして世界を破滅させる。
まずは、彼女の一族を、そして、次に、破滅に最も近道だと思われる藍の一族を襲わせ、根絶やしにした。

クシュリの弱い心に根付いた悪魔の計画は、着々と進み、世界は滅びの道をまっすぐに進んでいくはずだった。が、たった一つ悪魔が見落としたこと、それは、その時異世界にいたミルフィーのこと。

藍の巫女の血を引くミルフィー。そして、クシュリと同じ恋心を持ったミルフィーに、クシュリの本来の心が目覚め、世界は再び未来を手にした。
ミルフィーとカルロスの姿に、2人の思いに、彼女とデュカシスが重なる。クシュリは2人が、まるで自分たちのことのように感じた。そして心の底から、2人には自分たちが手に入れることができなかった幸せをその手にしてもらいたいと思った。そして自らの命を削って新しい命を、フィーとフィアを再びこの世に芽吹かせた。

「デューク・・・フィーの子供に座を譲ったら・・緋の力が安定したら、あなたのところへ行くわ。だから待っていてね、デューク。」
ミルフィーにも誰にも話していなかったが、2人の命を芽吹かせた代償は大きかった。それに費やした精神力は尋常なものではなく、それは確実にクシュリの体力と精神力を衰退させた。命に関わるほどに。
それでも緋の巫女であるクシュリは世界を息づかせる為に精神力を送り続けなければならない。クシュリは残った力の温存をはかり、眠りを長くすることで世界を維持しようと決心していた。それが、自分が起こしてしまったことへの償いだと必死で、気力を、そして体力を振り絞り、自らの命を引き延ばすことに全力を尽くしていた。

次の次の目覚めの時には、新しい緋の巫女が立つ。その時が罪の許される日。愛しい人の元へ旅立てる日。クシュリは祈るようにしてその日を待つ。
眠りの中、彼女は世界を支えつつ自らの命と戦っていた。



【前ページへ】 【青空に乾杯♪】Indexへ 【次ページへ】