青空に乾杯♪


☆★ その90 緋の巫女の恋(1) ★☆


 『緋の巫女』それは、生命を・・生と死を司る巫女。
彼女はほとんどのその精神力を世界の呼吸の為に費やしている。というより吸収されてしまうと言った方が正しいのかもしれない。その為、ほとんど眠った状態で時をすごす。目覚めるのは10年に一度。そしてその時歳を一つ取っていく。

今回の世界の危機騒動のそもそもの始まりは、前回彼女が目覚めた時の事だった。
巫女が目覚めている2週間、里では緋色の祝祭が催される。
いつものごとく、祭りはにぎやかに、そして神殿では厳かに儀式が執り行われていた。といってもその神殿は、実際に巫女のいる神殿ではない。単に緋の聖地への入り口なのである。巫女が眠る神殿は、そこから入った聖地にある奥神殿なのである。が、そこへは普通では入ることも到達することもできなかった。

もっとも実際の緋の巫女の存在理由を知る人間は、神殿に仕えているごく一部の高僧と神殿の守護騎士、そして、純粋な緋の一族のみ。(大聖堂に座する大僧正は勿論だが。)一般的には、どこにでもみられる普通の巫女だと思われている。それは藍の巫女、そして時の巫女も同じだった。(レイラは別格。魔女は人とは交流しない。)
緋の巫女が目覚めている2週間のことも、それは単にその期間、神殿の外に姿を現すだけのことだと人々は思っていた。

「マチルダ・・・あの横の馬に乗っている男の人は?」
輿に乗って里の村を回っていた緋の巫女、クシュリは、お付きの女性神官にそっと聞く。
「え?どちらの?」
「ほら、右横の・・・・黒い髪の・・・」
「ああ、あの男でございますか?あれは確か、今年神殿の守護騎士にあがりました・・確か、名をデュカシスとか申したと思いましたが。彼が何か?」
「あ・・いえ、別に。」
慌ててなんでもないと笑いながら、クシュリは男の名前を心に刻んでいた。
(デュカシス・・・神殿の守護騎士・・・)


それから数時間後、クシュリはお付きの目を盗んで神殿のある村から少し離れたところにある丘に来ていた。
「いつ来てもここから見る景色はきれいだわ。」
地平線まで見渡せることができるその場所をクシュリは気に入っていた。目覚める都度、そっと一人でそこへ来ている。
適当な岩に座り、景色を眺める。そんな何でもないことがクシュリにとっては新鮮だった。
なんといっても。10年ぶりの外の世界は気持ちがいい。深く息を吸ってきれいな空気で身体を満たす。草に触れ、木々に触れ、そして、地面に触れる。それは緋の巫女、クシュリにとって10年に一度の2週間だけに許された幸せ。

−ゴロゴロゴロ・・・ピカッ!−
「え?・・・雷?」
急に押し寄せてきた雷雲が雨雲をも呼び、辺りは暗くなり、雨がものすごい勢いで降り始めてきた。
「雨に打たれるのも気持ちがいいけど・・・でも、これじゃ少し降りすぎよね?」
ザーッと勢いよく降る雨を身ながら、クシュリは大木に身を寄せていた。

−ゴロゴロゴロ・・・−
すぐ近くに雷鳴が聞こえる。
「君!」
「え?」
不意に声をかけられ、クシュリは振り向く。
「あ、あなた?」
声をかけてきたのは、馬に乗ったあの男。クシュリが気になった青年だった。
「君、危ないぞ。今日のような雷の時は木の下にはいない方がいい。」
「そうなの?」
すっと差し出された青年の手にクシュリは戸惑うこともなく自分の手を差し出す。
「神殿に仕える巫女見習いか?」
青年は馬上に彼女を抱き上げながら、服装から判断してそう聞く。
「あ・・そ、そう。そんなところ。」
「こんなところでさぼりとは・・・見習いも見習い、ひょっとしてなりたてか?」
「え、ええ・・・・・」
「そういうオレもまだ守護騎士になったばかりだけどな。」
「そうなの?」
「ああ。」
「でも神殿の守護騎士といえば、憧れの的でしょ?」
「そうだけどな。まだ一人前とは言えないし・・・。」
はははははっと明るく笑うその青年を、クシュリは微笑んで見つめていた。

−カシカシッ!・・ズズ・・ン・・−
「え?」
雷の音と空気の激しい振動に驚いて振り向いた2人は、先ほどまでクシュリが雨宿りしていた木が真っ黒に焼けこげ、半分に折れているのを目にした。
「あ・・・・・」
あのまま木の下にいたら・・とクシュリは青くなる。
「よかった。君を早く見つけて。」
「ええ、ホントそうね。助かったわ。ありがとう。」
2人は見つめ合って微笑んでいた。


「じゃー、上の人に見つからないようにな。」
「ええ、ありがとう。」
神殿の裏口まで送ってもらったクシュリは、馬を駆って走り去っていくその青年の姿が見えなくなるまで見つめていた。


そして、翌日、神事が終わると早々クシュリは青年の姿を探した。
そして、中庭にその姿を見つけると、柱の陰からそっと声をかけてみる。
「デュカシス・・」
「ん?」
彼女の声に気づいたのは、本人でなく、近くにいた彼の同僚だった。
「おい、デューク・・・かわいい子が呼んでるぜ?」
「え?」
「何だよ、剣一筋じゃなかったのか?やるじゃないか、お前も?」
「あ、い、いや・・・オレはそんな・・・彼女は昨日ちょっと・・・」
「いいから、行ってやれよ。」
同僚にからかわれ、顔を少し赤くしながら、青年はクシュリの傍に近寄る。
「やー・・何か用だった?」
他にどう言葉をかけていいかわからず、青年は頭をかきながらクシュリに言う。
「あ・・ごめんなさい、もしかして、まだお仕事中?」
「あ、いや。今日はもういいんだ。緋の巫女様も中へ入られたし。」
「あ、そ、そうなの・・・。」
「君はもういいのかい?巫女様にお仕えしてるんじゃなかったのか?」
「あ、いえ・・・そういうわけじゃないから・・。」
思わず口ごもるクシュリ。
「そうなんだよな。神殿に仕えてるといっても、巫女様に直接お目にかかれるのはごく一部の人間で・・・オレたち下っ端は関係ないよな。」
「あ・・・そ、そうね。」
「でも、オレは今の仕事に誇りを持っている。下っ端もいなけりゃ、仕事は回っていかないもんな。」
「そうね。ふふっ。」
「ねー、デュカシス・・・あ、ごめんなさい。」
「はははっ!いいさ。先輩巫女にでも聞いたんだろ?君は・・・なんて名?」
「クシュリ。」
「クシュリか。・・オレのことはデュークでいいよ。」
「デューク。」
通称緋の巫女で通っているクシュリの本名は、ごく少数の者しか知らない。だから、彼女は気楽に本名を名乗った。

それ以後、2人は仕事の合間に会うようになった。

「おい、デューク。この間の子と上手くやってるみたいじゃないか?・・・どこで見つけたんだ、あんなかわいい子?」
「あ・・ああ・・・ちょっとな。」
そうするようになって4日がすぎ、友人や同僚がデュカシスをからかうようになっていた。その彼らにデュカシスは照れながらも、クシュリとの恋に幸せを感じていた。

が、同じように幸せを感じながらもクシュリは、日が経つに連れ、時折沈んだ表情を見せるようになってくる。
「それはきっとお前がはっきりしないからじゃないか?」
デュカシスは、親友のその言葉で決心し、知り合って日が浅いのにとも思いつつ、それでも自分の気持ちをはっきりと告げるため、腕輪を買い求め、その日クシュリとの約束の場所である村はずれの丘に姿を現した。

「クシュリ!」
「デューク!」
若い恋人同士は、青空の下、幸せに胸を膨らませて駆け寄る。
そして、丘を見下ろせる草地に並んで腰を下ろす。
「あ、あの・・・」
「なーに、デューク?」
「あの・・・こ、これ・・・」
照れながらデュカシスは包みを差し出す。
「これ、私に?」
「そうだよ。」
「開けてもいい?」
「いいよ。」
気に入ってくれるといいと願いながら、ディカシスは横でカサカサと包みを開けているクシュリを見つめていた。
「こ、これ・・・」
「どう?」
「デューク・・・・素敵よ、とっても。あの・・はめてみてもいい?」
「勿論さ。その為に買ったんだから。あ・・オレにはめさせてくれないか?」
「ええ、いいわ。・・・お願い。」
頬を染めながら差し出したクシュリの腕をそっと握ると、デュカシスは腕輪をはめながら勇気を出して言う。
「クシュリ・・・まだ出会って日は浅いけど・・・オレ・・・・」
「なーに?」
口べたでこういったことが苦手なデュカシスは、言おうと決心したものの、その先がなかなか言えず、困っていた。
「あの・・・つまり・・オレ・・・・」
口ごもっているうちに、腕輪はもうクシュリの腕にはまっている。
「あ・・・つまり・・・」
はめ終わったのだから、その腕は放さなくてはならない。が、放したくなかった。デュカシスはそのままクシュリの腕を握ったまま、今一度勇気を奮い起こす。
「君が・・好きなんだ。本当に・・どうしてこんなに好きなのかと思うくらい。」
「デューク・・・」
その言葉にクシュリはびくっと身体を震わせる。その思いはクシュリも同じだった。同じだったが・・・自分の立場を考えると、それはどうしようもないことだった。
「クシュリ・・オレはまだまだ守護騎士としては半人前だが・・・待っていてくれるか?オレが一人前の守護騎士になるまで。それまでオレとこうして付き合ってくれるか?」
「デューク・・・・・」
「わがままは言わない。お互い仕事があるんだからな。だから、今までと一緒でいい。時間のあるときにこうして会ってくれれば。ただ、オレの気持ちだけは知っていてもらいたかったんだ。・・・真剣に君が好きだと言うことを。」
「デューク・・・」
「クシュリは・・・どう思ってくれてるんだ?」
「デューク・・・」
全身が震えていた。デュカシスの言葉はたまらなく嬉しかった。が、それは・・自分には許されないこと。後数日経てば、再び彼女は眠りつく。そうしなければその身はもたない。その眠りは、彼女の身体が、そして精神が要求するものであり、抵抗できるものではなかった。・・巫女の座を下りない限り。
「クシュリ・・」
黙ってじっとしているクシュリに、デュカシスは、いいものと判断し、彼女を抱き寄せてそっと両頬を手で包み込む。
「クシュリ。」
−ザッ−
「クシュリ?」
もう少しで唇が合わさるところだった。その寸前でクシュリは勢いよく立ち上がる。
「わ、私・・・もう行かなきゃ・・・」
「クシュリッ!?」
デュカシスの腕を払い、クシュリは駆けだしていた。
あふれる涙を流れるままにし、クシュリは走っていた。温かかったデュカシスの腕を思い出しながら。



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