☆★ その89 新たなる芽吹き・フィーとフィア ★☆
-- 時はけっこう過去へともどります・・・・・/^-^; --


 「私は・・・私は・・なんということをしてしまったのでしょう・・・・」
緋の奥神殿の奥宮。闇から心を解放された緋の巫女クシュリは、悲痛な表情でつぶやいた。
「クシュリ・・・・」
「ミルフィー、レイラ・・・私は・・・・どう償ったらよいのでしょう?」
悲しげにそう言うクシュリにミルフィーも、レイラも何も言えなかった。
自らの命で償うわけにもいかなかった。それは、藍の一族より早く緋の一族を滅ぼしていたからだった。
次代の緋の巫女の座を担う少女はいない。たとえどんなに罪深くとも、命を絶つことは・・・この世から生命をなくすことだった。

「・・・ミルフィー?・・・そして、あなたたち・・・・」
しばらく3人は見つめ合っていた。が、突然、クシュリが目を輝かし、ミルフィーと彼女の後ろにいるカルロスを見つめる。
「どうかして?」
どうしたのだろう、とミルフィーは彼女を見つめる。
「そう・・・そうなのね・・・・・。」
にっこり笑うと、クシュリは目を閉じ、胸の上で手を合わせて精神を集中し始めた。
「な、なにを?」
闇から解放されたはずである。もう攻撃する意志はないはず。なのに、何をするのだろう?と全員見守っていた。

「ミルフィー・・あなたと・・そして、後ろにいる方にお願いがあるの。」
目を閉じ、意識を集中したまま、クシュリは言った。
「私と・・カルロスに?」
「あなたのために・・私のために・・そして、世界のために。」
「え?」
「ただ・・・今以上の忍耐を強いることになるかもしれないけど・・。特に後ろにいる方には・・。」
「今以上の忍耐?」
やはり意味の分からないカルロスが聞き返す。
「そう。・・でも、今少しの間だから。一生と思っていたことを考えれば・・・そして、あなたの精神力なら、大丈夫のはず。」
「は?」
カルロスは訳が分からない。勿論ミルフィーたちも。
彼女はゆっくり目を開けると、ミルフィーに微笑んだ。
「あなたの中に見えるの。・・かすかだけれど・・・あなたではない心の跡が・・・覚えはあって、ミルフィー?」
「え、ええ。」
自分のものではない心の跡、それはまぎれもなくミルフィー(兄)とミルフィアの心の軌跡だと思えたミルフィーは、その事実を今一度かみしめるように頷いた。
「そして、あなたたちは愛しあっている。」
ミルフィーとカルロスを見つめ、クシュリは、今一度微笑む。
「きいてくださる?・・・いいえ、受け取ってくださる?今の私ができるたった一つの罪ほろぼし・・・・せめてもの私のお詫びを。」
「それは勿論かまわないけれど・・・いったい何をするの?」
ミルフィーのその問いには答えず、クシュリは、再び目を閉じて、精神を集中し、厳かに言葉を口にする。
「我は緋の巫女・・・命を司る者。この世の全ての生命を息吹かせ、そして死の静寂を与える者。生と死。活力と焦燥。猛りと安らぎ。・・・そは、創造と破壊。光と闇。・・我、今発するは、命の輝き・・・新しい命の芽吹き・・・。闇の中に融けた魂の復元・・・。」

「え?」
「な、なんだ?」
クシュリの両手から発せられた光は、ミルフィーとそしてカルロスを包み込む。
「ミルフィーっ!」
「カルロス?!」
光が消えると同時に倒れるミルフィーをレイラが、そして、同じように倒れるカルロスをジャミンとラルフが支える。
「何をしたのっ?!」
目を閉じ、両手をかざしたままの格好のクシュリを睨んでレイラが叫ぶ。
「害はありません。夢の中へ誘っただけです。」
「夢の中へ?」
「ええ。」
ゆっくりと目を開けるとクシュリは微笑んだ。
「彼女が今少し藍の巫女であり続ける為に、そして、一人の女性としての幸せを掴む為に。」
「どういうこと?」
「夢の中の契りにより、2人には双子が授ります。一人は藍の巫女としての力を持ち、そしてもう一人は緋の力を秘めています。ミルフィーの中に溶け込んだ2つの魂の跡に新しい芽吹きを入れました。」
「夢の中の契り・・・」
「そう。巫女の純潔は保たれます。藍の巫女は消えません。」
「なるほどねーー。」
レイラは感心する。
「さすが、命を司る緋の巫女ね。」
「でも、少し力の消耗が激しすぎるようです。・・・レイラ、後はお願いできますか?・・・おそらく私は、いつもの倍は・・20年ほどは、目覚めることができないでしょう。」
「わかったわ、クシュリ。あとは心配いらないわ。私たちにまかせてちょうだい。」
レイラの答えに満足したようににっこりと笑うと、クシュリはその場にゆっくりと倒れた。
「クシュリ・・」
慌ててかけよったレイラは、彼女が眠りに入ったことを確認すると、ファンガスにそっと抱き上げてもらい、いつも彼女が眠りにつく寝台へと運んでもらう。
そして、いつもならお付きの神官が張る結界をレイラが張る。

そして、眠っているミルフィーとカルロスを神殿内にある寝室へ運び、2人を見守る。


「・・・ここ・・どこ?」
「夢の中よ。」
何もない靄の中でつぶやいたミルフィーに、クシュリの声が響いた。
「夢?」
「そう。あなたと、そして私のあとを次ぐ巫女を得る為に・・・あなたの中に融けてしまった魂をもう一度よみがえらせたいの。お願いできる?」
「え?・・・・融けてしまったというと・・・フィーとフィア?」
「フィーとフィアっていうのね。そうよ、その2人を今一度この世によみがえらせるの。」
「そんなことができるの?」
「私は緋の巫女。私の力を持ってすればできないことはないわ。」
「クシュリ・・・」

「・・・ここはどこだ?」
「カルロス?」
すぐ横にカルロスの姿を見つけ、ミルフィーは驚いて声をかける。
「よみがえる2人には、新しい肉体が必要なの。それは・・・あなたとカルロスとの結合で得られるわ。」
「え?・・・・」
「何の話だ?」
一気に顔を赤く染めたミルフィーを見つつ、カルロスは姿の見えないクシュリに聞く。
「ふふっ・・・私からのお詫びのプレゼント・・・・ううん、その後は今以上の忍耐が必要になってしまうかもしれないけど・・・ゆっくりと、そして、思いっきり2人だけの時をお過ごしなさい。邪魔する者は誰もいないし、時の流れも異なっているから、時間を気にする必要もないわ。ここは私のテリトリー、異次元に浮かぶ光の空間。」
「いいのか?」
話の内容で、すぐにそのことを察したカルロスは、思い当たる心配を聞く。
「大丈夫。懸念はいらないわ。ここでのことは夢の中でのこと。巫女の純潔は保たれるから。」
「そういうものなのか?・・し、しかし・・・・」
カルロスはそっとミルフィーの肩に手をかける。
触れた瞬間びくっと震えたミルフィーのその感触はとても夢だとは思えない。
「現実であって現実ではありません。大丈夫、全てはうまくいきます。目が覚めればあなたたちにはかわいらしい双子が授かっています。そして、数年後には、現実にミルフィーはあなたのもの。」
「クシュリ!」
ミルフィーは恥ずかしさで全身を固くして、思わず叫ぶ。
「なるほど・・」
「あなたたちの身体はレイラたちが保護していてくれるわ。心配は何もいらないから、心ゆくまで愛し合ってちょうだい。」
ミルフィーは恥ずかしさで、もはや顔をあげていられなかった。
「それじゃ、邪魔者は消えますね。・・ごゆっくり♪」
ふっとクシュリの気配が消える。と同時にミルフィーの肩にそっと置かれていたカルロスの手に力が入る。
「ミルフィー・・・」
真っ赤になったままうつむいて全身を堅くして緊張しているミルフィーを、カルロスはゆっくりと自分の方へ向けさせる。
「ミルフィー・・愛してる。」
「・・・カルロス」


「ねー、ちょっと!」
ミルフィーとカルロスを見守っていたジャミンが、不意に眠っている2人の上に現れた2つの光球を指さす。
「な、なんなのかしら?」
レイラもそして、他の守護騎士らは不思議そうに見つめる。
そんな中、2人がゆっくりと目覚める。
「え?」
2人は目の前に浮いている光球を見つめ、しばらく考える。そして、夢の中の事を思い出し、ミルフィーとカルロスは上体を起こすと、それに手を伸ばす。
それと同時にふっと球は消え、その中にいたらしい乳児が2人の伸ばしたその腕の中に落ちる。
「フィー・・・フィア・・・・」
2人のそれぞれの腕の中に、すやすやと眠る男女の双子がいた。ミルフィーにとっては兄姉とも言える魂を持つ我が子が。


そして、それからそろそろ5年になろうとする頃、藍の聖地にある神殿の一室。

「ミルフィー・・・」
「なーに、カルロス?」
「そろそろいいんじゃないか?」
「え?何が?」
「何がって・・・・つまり、その・・・巫女の座の・・交代だが・・」
横に座ってじっと自分を見つめて言ったカルロスの熱い視線に、ミルフィーは一気に頬を赤く染める。
「そ、そろそろって・・・まだフィアは4歳よ。」
「何を赤くなってるんだ?」
その理由など十分承知しているのに、カルロスはわざと聞いた。
「べ、別に・・・」
「オレよりミルフィーの方が期待してるんじゃないのか?」
「な、何言ってるのよ、カルロス!」
焦ったミルフィーを面白そうに見ながら、カルロスはまじめに言う。
「もうじき5歳だろ?いいんじゃないか?」
「でも・・・・」
「何も最初から全てじゃなくていいんだろ?お前という先輩もいるんだし、助けてやれば。」
「そ、それは・・・いいんだけど・・・。」

藍の巫女は特にこれといったことをするわけではない。自然を感じ、自然の言葉に耳を傾けて自然と語りあってさえいればそれでいい。
ミルフィーがついてるということもあり、本当ならもっと早くてもよかったのだが、それを口にすることが、まるで彼女の方からカルロスを求めているようで、ミルフィーとしては恥ずかしく、なかなか踏み切れなかった。

おそらく、カルロスが言わなかったら、もっとずっと先になっていただろう。いや、しびれを切らしたカルロスが言わないはずはない。これでもなかなか言い出さないミルフィーに我慢の上に我慢を重ねた結果でもあった。

「じゃー、決まりだな。交代は・・・そうだな、5歳の誕生日でいいか?」
「え?・・そ、そんな勝手に・・・」
「何か不都合があるのか?」
「あ・・い、いえ・・別にないけど・・・。」
「そうか、ならいいじゃないか。」
カルロスは満足そうにミルフィーを見つめる。
「どうせなら、みんなを呼んで、盛大に・・とはいかないが、身内同然だから、まー、そこそこに祝いをしようじゃないか?」
「そうね。それがいいわよね?」
にっこりとミルフィーは笑った。
みんなを呼んでわいわい騒いでいれば・・カルロスと2人きりになる機会は減るはず。ミルフィーは、そんなことを考えていた。
もちろんミルフィーにしても愛し合っているカルロスと結ばれたいとは思っている。思ってはいるが・・・緋の巫女がみせてくれた夢の中のカルロスがあまりにも情熱的で・・嬉しいのだが、そこに恥ずかしさもあり、そして少し怖いような・・・上手く言えない複雑な戸惑いを感じていたのも確かだった。

(それに一度フィーを緋の神殿につれていかないと。)
緋の力をその身の内に秘めているフィー。クシュリが犯した罪の責を負って緋の巫女の座を下りるのは、将来生まれるであろうフィーの子供にその座を譲り渡す時となる。今より15年後はまだ無理だろうが、それからもう10年後には、それが実現するはずだった。直接フィーは関係ないが、そろそろ緋の神事を体験させてやらなければ、とミルフィーは思っていた。

緋の一族が絶えてしまった為と、レイラは魔女なので無理ということで、緋の神事をもミルフィーが取り仕切っていた。奥宮で眠るクシュリとの精神による交流をしていろいろ取りはからっている。ミルフィーは、藍の神殿と緋の神殿の間を忙しく飛び回ってもいた。
「どっちの巫女なのかわからないな?」とカルロスがからかい半分に笑うくらいである。


そして、フィーとフィアの5歳の誕生日。レオンら知り合いを呼び、2人の誕生日と、新しい藍の巫女の誕生をそれなりに盛大に祝った後、期待に目を輝かせていたカルロスを置いて、ミルフィーはフィーを連れて緋の神殿へ向かった。

「フィー・・・あなたのもう一人のお母様、緋の巫女、クシュリ様よ。」
結界と眠りを越え、フィーとクシュリは心を通わせる。
そして、フィーを連れて藍の里へ帰るとすぐレイラに呼ばれた。それは、レイラと地龍の守護騎士、ギルバートとの結婚式だった。ギルバートはようやくのことで見つけたその才を持つ剣士に守護騎士の地位を譲っての決心だった。世界を越えたその恋の成就に、ミルフィーらは心から祝福した。


全ては順調に進んでいた。・・そう・・・・カルロスの目論見以外は・・・。
それでも、かなり計画より遅くはなったが・・・カルロスの願望が果たされた事は事実でもある。忙しく日々を過ごすミルフィーに、物足りなさを感じているのは横においておいて・・・。

「オレは・・・オレは、ミルフィーを独り占めしたいんだ〜〜っ!」
どこか2人きりになれる世界にミルフィーをさらっていってしまいたい!あの夢の時のように邪魔するものが何もない2人きりの世界に!

フィーに剣を教え、フィアの愛らしさに父親としての喜びを感じながらも、時々カルロスの頭にはそんな考えが、心の底からの切なる願望が、浮かびあがった。



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