青空に乾杯♪


☆★ その85 想いは一つ ★☆


 「ミルフィー・・」
「え?カルロス?」
男たちを片づけ、ジャミンとラルフのところへ戻るところだったミルフィーは、自分に近づいてくるカルロスの姿に驚き、立ち止まる。


「どうした、ミルフィー、いつもの切れがないじゃないか?」
馬を下り、カルロスはミルフィーに話しかける。
「・・・・そ、そうだった?」
「今の奴らだったからよかったものの。緋の巫女には利かないんじゃないか?」
確かにそうだった。光は緋の巫女の属性でもある。彼女の前ではおそらくふつうの剣とさして変わらなくなるだろう事を思い出し、ミルフィーは視線を流す。
「ミルフィー・・夕べはああ言ったが、よく考えてみたらオレには帰るべきところも、行こうと思うところもなかった。強いて言うなら・・・それは、お前のところなんだ。」
思わずミルフィーはカルロスを見る。
「ミルフィー、お前がいつもの、以前と同じ元気なミルフィーなら気にせず立ち去ることもできる。が、今のお前は・・・まるで死んでいるようだ。元気がなく、剣に冴えもない。そして、その悲しみに沈んだ瞳・・。」
手を伸ばしたカルロスに、ミルフィーは1歩下がって、カルロスの手を避けると同時に視線を避ける。
「ミルフィー、オレは・・・なんと言われようがお前の傍にいる。今のままのお前では、言うことなど聞けない。」
「なぜ?」
顔を上げたミルフィーの瞳には涙がにじんできていた。
「私なんて放っておいてくれればいいのよ?カルロスが苦労を背負い込むことはないのよ?・・・そんな義務は・・・感じなくてもいいの。あなたは、あなたの人生を送れば・・・レイムの心なんか引きずらなくても。」
「レイム?」
しばしカルロスは考える。話の内容から、レイミアスの事ではないと判断する。
「魔導師のレイム・・か?」
「そう。」
レイムの事も、カルロスは聞いていた。が、彼と自分との関係は知らされてなかった。
「どういうことなんだ?」
ミルフィーは簡単に話した。カルロスの前世がレイムだったということを。

「だから・・・もう引きずらなくていいの。フィアももういないんだし・・・。」
「ミルフィー!」
カルロスの顔を見ることができず、ずっと横に視線を流していたミルフィーは、突然きつく呼ばれてびくっとする。
「お前、オレに言ったよな、オレがフィアを追っていると。オレがお前の中のフィアやフィーを見ていると。」
ミルフィーの目の前に立ち、彼女の両肩を掴んで、カルロスはじっとその瞳を見つめる。
「え、ええ・・。」
視線を逸らしたかった、が、カルロスの視線はそれを拒否していた。横を向くな!視線を逸らすな!と言うその瞳にミルフィーは捕らえられていた。
「オレが・・オレたちがそうしていると・・そう思ったお前はどんな気持ちだったんだ?自分は自分。フィーでもフィアでもないと思ったんじゃないのか?なぜ自分を見つめてくれないのか、と思ったんじゃないのか?」
返事はないが、その瞳から頷いたのがわかったカルロスは言葉を続けた。
「オレもそうだ。前世が何者であろうと関係ない。オレはオレ。オレは・・オレの意志でお前が好きになった。・・・レイムなど関係ない。」
「あ・・・・」
恥ずかしかった。自分が感じたやりきれない思い。それをカルロスに押しつけてしまった。
「ごめん・・なさい・・。」
思わず下を向こうとしたミルフィーのあごに手を添え、カルロスは自分の方を向けさせる。
「ミルフィー・・・オレは悲しそうにしているお前を見ているのがつらい。なによりもつらい・・・」
「カルロス・・」
「オレが傍にいることで元のお前に・・明るく元気なお前に戻ると・・・うぬぼれてはいけないか?」
「でも・・・私は・・・・」
「今のままでは藍の巫女になったとしても、豊かな緑の恵みは期待できないぞ?」
「期待できない?」
「そうだ。緑を司どる巫女がそんなに沈んでいては、無理というものだ。そうじゃないか?」
カルロスの言うことはもっともだと思えた。が・・・どうしようもないことも事実。
「・・・でも・・・」
「ミルフィー・・嫌いなら諦める。だから、正直に言ってくれ。・・・オレが嫌いか?」
「私・・・」
「嘘はつくな。目を見ていればわかる。」
「カルロス・・・」
「・・・いや、嘘でもいい。傍にいてほしいと言ってくれ。・・・オレはお前の傍でずっと見守っていたい・・・たとえお前に触れられなくとも・・・失いたくないんだ。・・何よりも・・・お前のことが気がかりで・・・常に傍にいて見つめていたい。ずっと・・・この命ある限り。」
「・・・私・・あんなひどいことしたのに・・・私、巫女でいなければいけないのに・・・あなたに応えられないのに・・・。」
「いいさ、それでも。ミルフィーがミルフィーであれば・・オレの横で笑っていてくれさえすれば・・」
「カルロス・・ありがとう、カルロス・・・・ありが・・・」
後は涙になって言えなかった。ミルフィーはようやく焦がれていたカルロスの胸の中で思いっきり泣くことができた。

そして、それはカルロスも同じだった。待ち望んでいた小鳥がようやくその翼をたたみ、自分のところへ降りてきてくれた。その嬉しさで心は満たされていた。
(これでこのままミルフィーをさらっていってしまえたら・・・世界など関係なく・・・)
ふとそんな考えが頭をよぎり、カルロスは自分を笑う。
(そうだな、それができたらどんなにうれしいか。が、現状では後悔が残る。それでは決して幸せにはしてやれないし、オレもまたなれない。)
100%ではないが、ミルフィーはどこをどう見ても自分のものだと思えた。それで満足すべきだとカルロスは自分に言い聞かせる。

それでも・・・やはり・・もう少しくらいはいいだろう、と欲がでる。全てを自分に任せきっているミルフィーにその思いが募らないわけはない。
「愛してる、ミルフィー・・・もう、どこへもやらない。二度と放さない。」
涙が止まったミルフィーの顔をそっと上げ、ゆっくりと唇を彼女のそれに近づける。
(これくらいは・・・支障ないよな?)
ミルフィーも同じ思いだったのかどうかは、わからない。が、とにかくカルロスのその目的は達成し・・・その満足感と、そして、ミルフィーの柔らかさがカルロスの男をくすぐる。
(やば・・いぞ?)
危ないと感じ、カルロスは咄嗟にミルフィーを放す。
「カルロス?」
不思議な顔で見つめるミルフィーに、カルロスは焦りを覚えながら、ふと閃いた事を口にした。
「邪魔だな、鎧は。」
「え?」
場違いな事を言ったカルロスに、ミルフィーは思わず吹き出す。
「そ、そうよね・・確かに・・・邪魔よね・・。」
「・・そうだよな?・・はははは。」
カルロスはごまかし笑い。ふつうなら邪魔であってもそんなことはしない。そこまでムードが高まってるのなら、邪魔なものはさっさと取り外して一気にもっと高みを目指す、それがごく普通であり、自然の流れ。・・・そうできないのが、心底口惜しいとカルロスは感じていた。

「そろそろ行くか?」
「はい。」
カルロスに応えたミルフィーに、いつもの彼女の笑顔が戻っていた。
「次の宿で彼らと会うことになっている。」
「じゃー急がなくちゃ。」
「いや・・・ゆっくりしてこい、とさ。」
馬に乗ろうとしたミルフィーを、横から抱き上げ、カルロスは自分の馬に乗せる。
「いいだろ?」
「え・・ええ・・・。」
頬を染めたミルフィーの顔を斜め後ろから見つめつつ、カルロスは軽く馬を駆って走らせた。


「それにしても、5年もたったというのに、男の一人もできなかったのか?」
「な、なによ、それ?できた方がよかったの?」
突然言われたその言葉に、ミルフィーは口調をきつくして抗議する。
「う〜〜ん・・・複雑だな・・・・他の奴にお前を取られるのは、いやだが・・・そうだったら、巫女にならずにすむんだからな。」
「世界が終わってしまうわよ?」
「あ・・・そういえばそうだったな。」
「カルロスったら・・・急に何を言いだすのかと思ったら・・・」
「いや、一番いいのは・・・ミルフィーがもっと早く自分の心に気づいていればよかったんだ。向こうへ行ってしまう前に。」
「・・だって・・・・気づかなかったものは・・気づかなかったんだから、しかたないでしょ?それにその場合でも世界が終わるのは同じじゃない?」
「いや、わからないぞ。」
「え?」
訳が分からないといった瞳で自分の方を振り返ったミルフィーに、カルロスはにまりとしながら続ける。
「つまり・・・オレがミルフィーを大事にしすぎたのが悪かったということだ。」
「え?」
今一度ミルフィーは聞く。
「ははは。5年たっていても、ミルフィーはミルフィーか。奥手は変わらないな。・・いや、いくらなんでも卒業してもいい年頃なんだがな。」
ミルフィーの顔がかーっと赤く染まる。
「だから、なんなの?」
恥ずかしさでミルフィーは、早口になっていた。
「ああ・・・」
赤くなったミルフィーを見つめながら、カルロスはわざと平然とした口調で言う。
「子供でもできていれば世界は終わらないだろ?だから、ミルフィーがなんと言おうが、やっぱり押し倒しておくべきだったんだ。」
「カ、カルロス!」
これ以上赤くなりそうもないのに、よりいっそう顔から火がでそうなほどミルフィーは熱く感じていた。
「ははははは!」
「もうっ!何を言い出すかと思ったら!」
「あ!おい、ミルフィー、下りなくてもいいだろ?」
「知らないっ!」
カルロスの馬から下り、平行して走っていた自分の馬に飛び乗ると、ミルフィーは、馬を疾走させた。
「待てって!おい、ミルフィー!」
慌てて自分もスピードを上げ、ミルフィーの乗った馬に追いつかせる。
「ミルフィー!」
「知らないっ!カルロスなんか!」

ようやく抜け出た心のトンネル。先に何が起きるのか、何が待っているのかわからなかった。が、今はこの幸せを感じていようと2人は思っていた。



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