青空に乾杯♪


☆★ その82 再会・・・ ★☆


 「レイラ・・・まだ始めていなかったのか?」
「カルロス・・・・」
老婆が消えてから1時間ほど経っていた。が、レイラはそのまま惚けたように床に座ったままだった。
静かに戸を開けて入ってきたカルロスを見つめる瞳に焦点はあっていない。
「・・・さすがおばばだな。ものすごい空気の渦だ。この結界なら当分は大丈夫だ。」
「カルロス・・・」
「オレもついている。大丈夫だから、落ち着いて探してくれ。」
淡々と話すカルロスの口調に、いつもの調子はなかった。意志のない操り人形のように話すカルロスが痛々しく、レイラはたまらなかった。
「いいの?・・・それで・・・・・いいの?」
悲痛な表情でレイラは思わず叫んでいた。
「・・・5年も経っていれば変わってもいるだろう。オレの知ってるミルフィーではなくなってるかもしれん。」
「でも!」
「心配かけたようで悪かったな。・・・大丈夫だ。オレは・・・また彼女を傍で見守っていける。それで・・・・」
カルロスはレイラが自分のことを心配してくれているのがわかっていた。そして本当に好いていてくれていることも。が、それでも自分の心を偽ることはできなかった。
「カルロス・・・・・」
窓際にイスを寄せ、カルロスはそこに陣取ると、早く探せとレイラに目で合図する。その瞳にいつものカルロスのそれにある輝きはなかったが、決意だけはそこにあった。それを見つけ、レイラも心を決める。

すっと、そこへ座りなおし、レイラは意識を集中しはじめる。
「・・・・我は時を統べるもの・・・・時よ、我の声を運べ。彼方先の女の元へ。・・我が意志と彼女の意志を繋げ・・・時の波動よ、時の波よ・・・我が言の葉を運び行け・・・・我が意志を・・・・・5年の後、この地に帰るミルフィーの元へ・・・」


ゆっくりと時が過ぎていった。カルロスは、意識を集中して座ったまま押し黙っているレイラをじっと見つめていた。ただ、じっと見つめていた。

「ふ〜〜〜・・・」
突然大きく息を吸いこんだレイラに、カルロスはびくっとする。
「見つけたわ。・・・話も・・わかってくれた。」
そっと目を開けると、弱々しくカルロスにレイラは微笑みかける。
「そうか。」
無表情なまま、短く答えたカルロスの心を思い、レイラは悲しかった。が、そうもしていられない。
レイラはすっと立ち上がると、今一度、目を閉じ、両の手を前であわせ、意識を集中すると、空に聖霊文字を書く。
輪を作ったそれは、徐々に光を増していき、それは人の大きさになる。
そして、その光がふっと消えると、そこにミルフィーがいた。5年の歳月の後の成長したミルフィーが。

「ミルフィー・・・・」
カルロスは大きく目を開いて見つめていた。
目の前にいるのは確かにミルフィーだった。が、つい数ヶ月前見た少女とは違っていた。それは、目の前のミルフィーは、ぐっと成長し、大人の香りがする女性となっていた。
その彼女の姿に酔い、カルロスは思わず1歩近づく。が、同時に彼女の瞳に見覚えのない輝きがあることに、カルロスは直感的に気づいた。

「カルロス・・・」
カルロスと目が合った瞬間、ミルフィーは、すっとそれをさける。それは、だましたようにカルロスを置いて一人で旅立ってしまったことへの罪悪感から、そして、離れたからこそ分かった自分の気持ちからくる動揺のせいだった。
5年も経っていれば、カルロスにもそれなりの相手ができ、気持ちも落ち着いていると予想できた事と、帰ったとしても世界は広い。カルロスに会うとは限らないと思い、向こうの世界が落ち着いてもしばらく戸惑っていた帰ることを決心して帰ってきた。が、実際は・・・過去へ呼び戻され、別れた時からあまり時は経っていない。しかもカルロスはすぐ目と鼻の先にいる。ミルフィーは心臓が止まりそうなほど動揺していた。が、それに気付かれてはならない。気付かれないようにと必死で平静を装っていた。

「あ、あの・・・それで・・・」
2人のぎこちない雰囲気に、レイラが遠慮がちに口を開く。
「ああ、そうだったわね、レイラ。」
ほっとしてミルフィーはレイラを見る。
「で、あなたは過去へ行って、私は藍の巫女の聖地へ行くのよね?」
「ええ、そうよ。」
「それで聖地はどこにあるの?」
「あ・・・・私・・そう言えば知らないわ。おばーちゃんも言ってなかったし。」
「え?」
「ミルフィー、知らないの?」
「私が知ってるわけないでしょ?」
「ど、どうしよう?」
「そうねーーー、」
少し考えてから、ミルフィーは思いついてレイラに聞く。
「その藍の巫女の一族の地は知ってる?」
「一応知ってるわ。でも・・・緋の巫女の息のかかった者が待ち伏せしてるかもしれない・・。」
「大丈夫よ、多分。おばーさんも言ってたでしょ?」
「え、ええ、そうなんだけど。」
心配そうなレイラに、ミルフィーはにっこりと笑う。
「大丈夫。それよりあなたは大丈夫?私よりあなたの方がカルロスの手が必要なんじゃないの?」
レイラはびくっとしてミルフィーを見つめる。できることならカルロスについていてもらいたかった。が、カルロスの心は未だにミルフィーを見つめている。それがたまらなく悲しかった。が、だからこそカルロスなんだと思っている自分もいた。
「私は過去へ自由にいけるから大丈夫。緋の巫女もそうそう追ってはこれないわ。それよりやっぱりミルフィー・・あなたが問題よ。」
「多分・・・私なら大丈夫よ・・・それに彼らがこっちへ向かってきている・・・感じるわ。・・・ホントに・・・、情報が早いんだから。」
しばらく目を閉じていたミルフィーは、レイラにそう答えるとくすっと笑った。
「彼ら?」
「そう。・・・ほら、もう来たわ。」
ミルフィーの視線を追って窓から外を見る。と、そこに眩いばかりの光の柱が1つ
輝いていた。
「まずは・・・ギル・・・みたいね。」
「え?」
何が起きかかっているのかわからないレイラとカルロスは、すっと戸口に歩み寄っていくミルフィーを目で追っていた。
そして、戸口を空けて外へ出て行くミルフィーの後について出る。

すうっと光の柱は小さく縮まっていった。
「やー、ミルフィー・・・なにやら大変なことになってたらしいな?」
そこには鎧姿の男が一人。にこやかに笑っていた。
「そうらしいわ。ようやくそっちの世界が落ち着いたっていうのにね。」
「そうだな。」
−バボン!−
背後で大きな音がして振り向くと、何もない草地だったところに、もうもうと煙がたっていた。そして、その煙が薄らいでくると共に、またしても鎧姿の男が・・今回は苦虫を噛み潰したような表情でそこに座っていた。ちらっと上目遣いでミルフィーを見るとその大柄な男は口を開く。
「よう!非常事態だって?」
「まーね。」
微笑みながら言ったミルフィーを見ながら男は立ち上がる。
「苦労が絶えないな・・・」
「なかなか・・ね。」

そして、また1つ、光の球が現れると、今度は鎧姿の女が一人。
「ハイ!ミルフィー!こんなに早く再会できるとは思ってもみなかったわよ!」
「私もよ、ジャミン。」
「ふふっ!結局は・・・暴れたりなかったってこと?」
「うーーん・・私としては十分暴れたつもりなんだけど。」
「あはは!嘘!嘘!顔に描いてあるわよ!」
「そ、そう?」
ミルフィーは笑いながら顔を押さえる。


ミ〜ルフィー・・ちゅわ〜〜ん♪会いたかったよ〜〜〜♪」

紫檀さんから頂きました。ありがとうございます。m(__)m


どこから沸いたのか、そのジャミンとかいう女剣士と話しているミルフィーに気をとられていると、痩せ型の男が突然ミルフィーに向かって猛ダッシュしてきた。が、ミルフィーは慌てず騒がず、触れられる寸前で、ひょいっと避ける。
「わっ・・・とっとっと・・・・」
勢い余ってつんのめりになり、もう少しで転びそうになったその男は、くるっと振り向くと文句を言う。
「そ〜れはないでしょお?ミルフィーちゅぁん・・・」
「少し前に別れたばかりでしょ?それに、これで迎えられるよりは・・・いいんじゃない?」
ミルフィーは腰の剣を指差す。
「あ・・そ、それは・・・・ひ、ひっじょ〜〜に・・・まずい・・。・・い、いや、親切なご配慮、痛み入りますです、はい。」
「あほ!」
ジャミンがいかにも馬鹿にした表情で、その男を見下す。
「ジャミンちゃんまでそれはないっしょ?」
「まったく・・・なんでこんな奴がオレたちと同じ龍騎士なのか・・・毎度のことながら呆れて文句を言う気も失せるぜ。」
「そ、そんな〜〜・・だんな〜〜〜・・」
そう言われて体格のいいその剣士はすっと腰の剣をぬき、その男の目の前につきつける。
「お前にだんなと呼ばれる覚えはないぜ。それに歳はそうたいして違わないんだからな。」
確かに爆発と共に現れたその男はずっと年上にみえた。が、その会話から判断するとそうでもないらしい。
「まー、そう目くじらたてるなって。今更始まったことじゃないし。ミルフィーのお友達が呆れて物もいえないって顔で見てるぜ?」
最初の光と共に現れた剣士が笑いながら言う。
「お・・・そ、そうだったな。まだ自己紹介もしていなかったんだ。」
照れながら男は剣を鞘に戻すと、呆然と突っ立ったままのレイラとカルロスを見る。

彼らは銀龍の元いた世界の守護龍であり、神龍の守護騎士だった。最初に現れた男が地龍、爆炎と共に現れたのが炎龍、女が水龍、そして、調子のいい男が風龍の騎士であった。

「神龍の守護騎士・・・龍騎士・・・か。どうりでただならぬ気を発してるはずだ。・・・彼らがミルフィーの向こうでの仲間・・・か。」
カルロスは彼らを見つめ、思いをめぐらせていた。
「ミルフィーは彼らと共に生活していたのか。」


すぐにでも旅立とうと思っていたレイラだったが、彼らはそれぞれの主である神龍からほとんど説明も受けないままこっちの世界へ飛ばされてきたらしいことがわかり、今一度家の中へ入って、現状を説明することにした。

「まったく・・・ミルフィーも大変だな。あっちでもこっちでも。もしかしてトラブルメーカーだったとか?」
地龍の守護騎士、ギルバート、通称ギルが笑う。
「メーカーではないにしても、トラブルの方が放っておかないって言うほうが正しいんじゃない?」
水龍の守護騎士、ジャミンがふふっと軽く笑う。
「ご苦労なこった。」
口数の少なそうな炎龍の騎士、ファンガス、通称ガスは大きくため息をつく。
そして、話の途中からミルフィーに同情し、うつむいてふるふると震えていた風龍の守護騎士ラルフは、突然がばっと立ち上がると、ミルフィーに抱きつこうとする。
−バン!−
「ひょ・・ひょんなぁ〜・・・ミ、ミルフィーちゅぁ〜〜ん・・・・」
その寸前で、ミルフィーがすっと出したお盆に、彼は思いっきりその顔をぶつけ、仰向けになって倒れる。
−バタ・・・−
「ぶっ・・・ぎゃははははっ!」
それは彼らのいつものパターンだった。
「まったく、懲りない奴だな・・。」
レイラを含め全員笑っていた。

カルロスは笑っているミルフィーをじっと見つめていた。年齢を重ねたせいもあるのか、笑っているときのミルフィーの瞳は、以前よりずっと穏やかで落ち着いているように見えた。その瞳で彼らを見つめるミルフィーに、彼らとの交流が表面上だけでなく、心からの絆ができていることを悟る。
「ん?」
カルロスはミルフィーの瞳に笑いと関係のないものを見つけ、凝視する。
それは、寂しさの光だった。
「ミルフィー・・・・相変わらずなのか、お前は?」
そこまで信頼関係を築き上げながらも、お前はまだ寂しさを感じている・・・心の底からの相手は・・・5年もの長い年月を過ごしても見つけることはできなかったのか?)
そう思いつつ、もう1つ、違っている光、以前にはなかったものをカルロスは見つける。
それは、見落としてしまいそうな弱いものだったが、明らかに誰かを想う光、誰かを恋い焦がれる熱を帯びた輝きだった。それは、ミルフィーがここへ呼び寄せられた時、直感的に感じた輝きだった。が、その時は深く考えもしなかった。いや、本能的にそれが何かを考えまいとしたのかもしれなかった。
「ミルフィー・・・」
カルロスは動揺を覚え思わず呟く。
(誰かに恋をしたのか、ミルフィー?・・・もしかして、この中にミルフィーの恋する奴がいる?)
カルロスの心臓は高鳴っていた。止まりそうなほどの痛みを感じながら、カルロスはミルフィーを見つめる。
が、じっと観察をしていて、カルロスは気づく。そのミルフィーの視線はそこにいる誰をも捕らえていない。彼らを見てはいるのだが、その彼らを通り越して誰かの面影を追っている、そんな感じを受けた。
(誰なんだ、ミルフィーが好きになった奴は・・・どんな男なんだ?)
焦りと悲しみとせつなさでミルフィーが経験した5年の歳月を呪いたい思いだった。

一緒に行っていれば、そんなことはなかったのか、それとも、すぐ傍で他の男に惹かれていくミルフィーを見なければならなかったのか・・・。それは判断できないことだった。が、事実は事実。ミルフィーの心には誰かが住んでいることは確かだった。

ここにいないということは、向こうの世界に留まっているのか、片思いなのか、相手に伝えないまま帰ってきたのか・・・あるいは・・死んでいるのか?
カルロスは、じっとミルフィーの横顔を見つめ続けながら、あれこれ考えていた。

「オレは・・・・」
振り向かれなくてもいい、想いがとげられなくてもいい、今一度傍にいられるのなら、元気なミルフィーを見ていられるのなら、と老婆の話を引き受けた。が、その事実は改めてカルロスをどん底へ突き落としていた。

 


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