「レイラ・・・」
老婆の家で泣いていたレイラの前に老婆の姿がぼんやりと写った。
「え?・・・おばーちゃん・・?」
時の館にいたはずだった老婆。が、その半透明な姿に、レイラは目を丸くして驚く。
「ど、どうしたの、おばーちゃん?」
「レイラ、よ〜〜く聞くんぢゃぞ。」
真剣な老婆の眼差しに、レイラはこくんと頷く。
「緋の巫女が動き出した。」
「え?動き出したって?・・・ま、まさか・・・」
老婆の言葉にレイラは愕然とする。それはあってはならないこと。緋の巫女が動き出すということは、世界の終焉を意味する。
「ど、どうして?」
「いろいろあったらしいが・・・で・・ぢゃ・・・レイラ、お前に頼みがある。」
「頼みって・・?それにおばーちゃん、その姿は?」
精神を飛ばし会話をしているようでもなかったように思えた。
しばらく老婆はレイラをじっと見つめていた。愛しそうに。
「お前が留守でよかった・・。」
「ま、まさか・・・おばーちゃん?!」
寂しそうに笑うと老婆は続けた。
「だめぢゃの・・・緋の巫女本人でもなかったのに・・かなわんかった。」
「お、おばーちゃん・・・・」
「あまり話してもおられん。いいか、よく聞くのぢゃぞ。」
「う、うん、おばーちゃん。」
悲しむことも忘れ、レイラは老婆をじっと見つめる。
「藍の巫女が殺された。」
「え?・・・ち、ちょっと待って・・・じゃー次の巫女は?」
悲しそうに首を振り、老婆は続ける。
「一族もろとも殺害された。」
「そ、そんな・・・・」
「それでぢゃ、最後にその心をわしのところに飛ばし、藍の巫女はわしに頼んでいったのぢゃ。・・・・ミルフィーを見つけ藍の聖地へ連れていき、巫女としての力を目覚めさせて欲しいと。」
「ミルフィーを?・・・でも、ミルフィーは・・・」
「今より5年後、ミルフィーはこの世界へ帰ってくるのだそうぢゃ。」
「5年後?」
「そうぢゃ。遠見の巫女の言うことぢゃ。間違いはあるまい。で、いいかお前はそのミルフィーを探し、ここへ引き寄せるんぢゃ。」
「引き寄せる?」
「そうぢゃ。ぢゃが、その身を5年後に飛ばしてはならぬ。おそらくそんなことをすれば、緋の巫女は、この世界に結界を張りお前を帰れなくするぢゃろう。そうであってはならぬのぢゃ。よいか藍の巫女が亡くなった時より49日の間にミルフィーを聖地へ連れていかねばならぬ。次代の藍の巫女をたてねば、緑の芽吹きはなくなり、水は濁る。」
「でも・・待って・・・・藍の巫女になったら、ミルフィーは・・・カルロスは・・・・・」
「レイラ・・仕方のない事ぢゃ。世界を崩壊させるわけにはいかん。」
レイラは老婆から視線を外し、しばらくうつむいていた。
「ダメ・・これ以上カルロスを苦しませる事なんて・・あたし、できない・・・5年後に帰ってくるというなら・・あたし、カルロスを連れていく・・ミルフィーに会わせて・・」
「レイラ!」
激しく叱咤した老婆の声に、レイラはびくっとして老婆を見る。
「お前の気持ちはよく分かる。が、仕方ないのぢゃ。そうしなければ緋の巫女の思い通りぢゃ。藍の巫女がいなければ事は容易いんぢゃ。自らの手を下すことなく世界は滅びに向かっていく。食料が、水がなくなり、生きていけるものはおらん。」
「その前にあちこちで暴動と戦争が起きるわ・・・・」
「そうぢゃの。」
二人はそれを想像し、じっと見つめ合っていた。
「それに、カルロスにもこの事は話した。今頃ここへ向かってきているぢゃろう。」
「え?どうして?」
「時の巫女を殺せば世界は呼吸を止める。それでは目的とは違ってくる。その手に捕らえ、どこかに幽閉しておくぢゃろう。が、お前は魔女。闇に染まった緋の巫女の手にかかれば、魔女であるお前は確実に吸収される。そうなってはならぬのぢゃ。緋の巫女が時まで手に入れては断じてならぬのぢゃ。」
「お、おばーちゃん・・・」
レイラの全身は恐怖で震えていた。魔女とはいえ、レイラは世界に害する事は何一つしていなかった。またしようと思ったこともない。ただ面白おかしく暮らせればそれでいい、というのがレイラの考えだった。
「この家の周りはわしの結界が張ってある。最後の精神力をかけて巡らした。ミルフィーを呼び寄せる間くらい効果はあるぢゃろう。が、万が一のため、カルロスにお前を守ってくれるよう頼んでおいたのぢゃ。」
「カルロスに・・・・・」
「そして、ミルフィーを呼び寄せたら、ただちに過去へ逃げるがいい。お前は緋の巫女の手の者に渡ってはならぬ。」
「でも、逃げるなんて・・・・」
「なに、一時だけぢゃ。ミルフィーの藍の巫女としての力が目覚めたら、心を一つにして緋の巫女に立ち向かうのぢゃ。それまでの我慢ぢゃ。崩壊を避ける為には、卑怯もなにもない。」
「・・・でも・・ミルフィーにだって敵は・・・」
「ミルフィーの腕はお前もよく知っておるぢゃろ?」
「でも、相手が緋の巫女では・・・」
「本人ならば、の。ぢゃが、まだ目覚めの時ではないのぢゃ。覚醒していない今、緋の巫女はその手のものに精神波を送って動かしておるだけぢゃ。直接手をかけれない今、そう簡単には倒されないはずぢゃ。あのミルフィーとそして、カルロスがついておれば。」
「でも、そんな・・・カルロスがどんな気持ちで・・・」
悲痛な表情で見つめるレイラに、老婆はふっと悲しげに笑いを零した。
「・・・やっこさんは承知してくれた。」
「おばーちゃん・・・」
「巫女は純真無垢でなくてはならぬ。カルロスには指一本触れないと約束させた。」
「そんな・・・そんな蛇の生殺しのような酷いことを・・・おばーちゃんや彼女の母親の時のようにはいかないのよ?一族が殺されてしまったってことは・・・これから先ずっと巫女でいなくてはならないのよ。・・座を譲ることができない限り・・いつまで待ってもカルロスは報われないのよ?・・・どんなに好きでも・・。どんなに抱きしめたくても。」
「レイラ・・・」
「あ、あたし、世界なんてどうなってもいい。カルロスを苦しませたくない・・・」
「レイラ!」
「カルロスにミルフィーを渡して、過去に送っちゃえば・・・・」
「レイラ!」
「だって、おばーちゃん・・・・・だって・・・・・あたし、見ていたくない・・・見ていたくないのよ!・・・あんなカルロスを・・・」
すがるような涙目で見つめるレイラに老婆も言葉を失くしていた。が、そんなことを許せるはずはない。
「レイラ・・・それでカルロスが納得すると思うのか?」
「あ・・・・・・」
納得するはずなかった。世界が崩壊に向かうというのに、カルロスが自分だけの為にそんなことを受け入れるはずはなかった。
「でも、おばーちゃん・・・・今から5年も経ってるのよ?ミルフィーは・・・大丈夫なの?恋人と一緒に帰ってくるとか・・は?」
ふと思いついたように急に話題を変えたレイラに、老婆はそれもそうだと一瞬思う。が、静かに答えた。
「藍の巫女が次代の巫女に選んだのぢゃ。その点は・・・大丈夫なのぢゃろ。」
「・・・・5年も経ってるのに・・・ホントにミルフィーって奥手なのね。」
1度でも経験があれば巫女にならずにすむ。そうならカルロスに渡すことができる、とレイラは思わず考えていた。プレイボーイのカルロスの事、一時的なショックはあるにしても、別にミルフィーの純潔にこだわるような事もないだろうと思われた。それならそれで、あとは聖魔の塔から繋がっている世界へ行くという手もある。が、藍の巫女が名指したということは、やはりミルフィーはまだそうなのである。
「ぢゃから世界も救われる。」
「じゃー、カルロスは?ミルフィーの自由は?」
「・・・・・・」
その問いにはさすがの老婆にも答えようがなかった。
「・・・よいか、レイラ・・・・・今言った事を忘れずにの。頼んだぞ、レイラ。・・」
「あ・・・おばーちゃん!」
ゆっくりと老婆の姿は揺らぎはじめ、悲しげな微笑みを残して消えた。
「そんな、おばーちゃん・・・・そんな・・・・・・・」
レイラは老婆を失った悲しみと不安に、泣くことも忘れ呆然とその場に座りこんでいた。
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