青空に乾杯♪


☆★ その80 思いがけない来訪者 ★☆


 「・・・カルロス・・・・」
村の行き着けの酒場で呑んでいたカルロスは、小さな声で自分を呼ぶ女の声に
ぎくっとして振り返る。
(なんだ・・・)
そして、それがあの時の魔女、レイラだとわかると、再び前を向く。
「カルロス・・・」
その力ないカルロスの様子に、悲しげに顔を歪め、そして、レイラはいつもの表情を作った。小悪魔的ないつもの表情でカルロスの横のイスにすっと座る。
「だらしないわね、カルロス。目をつけていた女に振られるなんて・・・女殺しが聞いて呆れるわ。」
『何をッ?!』と怒って自分を睨みつけるカルロスを、レイラは予想していた。が、それに反してカルロスは黙ったまま、ぼんやりと前を見つめているだけだった。
「カルロス?聞いてるの?」
「ああ。」
一応返事はしたものの、心そこにあらずといった感じだった。まるで気の抜けた風船のようだった。
「カルロス・・・・」
再びレイラの表情が沈む。が、それは一瞬のみ。レイラはくくっと笑った。
「あ〜あ・・こんなだらしない男に、例え一時だけだったとしても惚れたなんて・・
ばっかみたい!」
それでもカルロスは何の反応も示さない。ただ単調に、機械的に酒を口に運んでいる。
「いいかげんにしてよ、カルロスっ!」
たまらなくなったレイラは、思いっきりカルロスを叱咤する。
「あなたがそんなんじゃ私の立場ないじゃない!・・・彼女と一緒になるものとばかり思って身をひいた私はなんだったの?」
カルロスを怒鳴りつけるレイラの目には涙が溜まっていた。
「私は・・・・」
涙声になりそうだと気づいたレイラは、それをぐっと堪え、溜まった涙を裾で拭くと皮肉った口調でカルロスに言う。
「最後まで責任とりなさいよね。時の魔女をここまでこけにしてくれて、ただですむなんて思ってないでしょうね?」
それでもカルロスは何も言わない。
「・・・ったく・・・世話の焼ける・・・・いいわよ、こうなったら意地でもくっつけてやるんだからっ!ほら、カルロス、彼女のところへ送ってあげるから、・・」
「いいかげんにお酒はやめなさいっ!」と続くはずだったレイラの言葉は途中で切れた。それはカルロスが『彼女のところへ送ってあげる』という言葉に敏感に反応し、レイラを見たからだった。
「送るって・・・で、できるのか?」
「当たり前でしょ!私が誰か忘れたの?」
レイラはその反応に少なからずショックを受けていた。なんと言っても全く反応を示さなかったのに。
ともすると沈みそうになる心と表情を、レイラは必死で押さえ、意地悪な笑顔を作る。
「しかし・・・今回は過去でもなければ未来でもないんだぞ?」
「時を越えれば世界が違っても大丈夫よ。」
「そうなのか?」
カルロスの質問にレイラは一瞬答えを戸惑う。それは、それまで試したことのなかったことだった。時は越えれるが、その上世界を越えるのは・・・それこそ相当な力が必要とされると予想できた。
(もしかしたら、命をかけなければできないかもしれない。時と、そして次元を超える為には・・私の命をも。)
それはここへ来る前、すでに決心したことだった。カルロスが幸せになるなら、私の命くらい・・、レイラはそう思っていた。
「いやならいいのよ、カルロス?」
その心を悟られないように、レイラは悪戯っぽく微笑む。
「あ・・いや・・・そうとは・・・・」
そこまで言って、カルロスはレイラから視線を逸らし、考える。
「何よ?この期に及んでまだ何かあるっていうの?」

ぼんやりと前を見つめたまま考え込んでいるカルロスを、レイラはじっと見つめていた。できるものなら、代われるものならカルロスに抱きついて慰めたかった。が、自分ではどうしようもないこともレイラは重々承知していた。

「いや・・・・」
しばらくたってからカルロスは重く口を空けた。
「気持ちは嬉しいが・・・追いかけていってどうにかなるものでもないだろう。・・・いや、そこでミルフィーにはっきり言われてしまったら・・・・・・面と向かって拒絶されてしまったら、それこそ・・・・」

力なく呟くように言うカルロスに、レイラはそれ以上涙を押さえていることができなくなった。ぐっと握り締める両の拳が小刻みに震える。
「ばかっ!カルロスの臆病ものっ!・・あなたがそんな臆病者だったなんて知らなかったわ!何が何でも自分のものにしてしまえばいいでしょ?お前だけだって・・・前みたいに、初めて私に会ったときみたいに、お前だけだって・・今度は彼女にはっきりと言ってやればいいじゃない?!自分のものにして、他のことなんて考えられないくらい愛してやればいいじゃない?!・・・こんなの、こんな弱虫、カルロスじゃないっ・・・カルロスじゃないわっ!・・・見損なったわよっ!」
涙声で叫ぶと、レイラは酒場から走り出ていった。
「・・・そうだな。オレも・・知らなかった・・。」
出て行くレイラをぼんやりとした目で見送り、再び前を向きなおしたカルロスは小さく呟く。自分がこんなに弱いとは、カルロス自身も思わなかった。
たかが一人の女に振られたくらいで、どうしてしまったんだ?とも思いつつ、カルロスは、そんな自分をどうしようもできなかった。
「オレは・・何のためにここにいるんだろう・・・・」
真っ直ぐ前を見つめて進むミルフィーが好きだった。そのミルフィーと共に同じものを見つめ、共に歩いていきたかった。
(オレは・・・どうすべきなんだ?・・・)

例え老婆の家で待っていたとしても、ミルフィーが帰ってくる保証はどこにもなかった。
ミルフィーが、カルロスの待つそこへ自分の意志で帰ってくるとは考えられなかったし、また、彼女が向かった世界は危険で満ちているはずだった。無事でいるかどうかも分からない。考えたくもないことだが・・・横にいて守ってやることもできない今、それは全く縁がないことだとも限らない。例えミルフィーが類稀な剣の腕の持ち主だとしても。
(せめて、傍にいれば・・・振り向いてくれなくてもいい、傍にいることさえできれば、少なくともその心配はなくなる。元気でいる姿を・・この目で見ることさえできれば・・・。)
そう思う心と、拒絶された時の事とが、カルロスの中で複雑に絡み合っていた。

 


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