☆★ その78 新たなる世界へ! ★☆


 「ミルフィーー・・・」
「え?」
荷物を背負おうとしていたミルフィーは、カルロスの声にびくっとしてソファーに寝ているカルロスを見る。
「・・・寝言・・・か。」
ふっと笑って、ミルフィーはしばらくカルロスを見つめていた。

「今までいろいろありがとう、カルロス。あなたには本当に感謝してる。それなのに、目が覚めたらいなかったなんて、きっといくら我慢強いあなたでも怒るわよね?」
それまでの事を思い出しながらミルフィーはじっとカルロスを見つめていた。
「・・・・あなたと一緒なら心強いけど・・でも、私はフィアじゃない。・・・あなたが追っているフィアじゃない・・・。あなたが求めているのは、その腕の中で大切に守りたいかわいい女の子。私は、そんな女の子にはなれそうもないわ。守られるより、同じ目的を目指して、共に突き進んでいける、・・私は・・・そんな人がいいの。・・だから、これ以上あなたに甘えるわけにはいかない。・・大丈夫、あなたならきっと見つけることができるから。あなたのフィアを。・・あなただけのかわいい女の子を。」

つい誘ってしまったことを後悔していたミルフィーは、成り行きとはいえ、術で眠らせてしまったことにほっとしていた。確かにカルロスが一緒なら心強い。が、カルロスの気持ちには応えられそうもないとミルフィーは感じていた。カルロスの剣士としてその腕への憧れはあったが、それ以外の何物でもないと感じていた。このまま一緒にいれば、お互いの心のすれ違いで、いつか傷つけあってしまうかもしれない。いや、今でもカルロスを傷つけてばかりいる。・・・一旦は誘ったものの、それを思いミルフィーは、やはり断念することにした。
(もし、フィアの心を持っていたら・・・今頃は、カルロスも私も・・・幸せだったんでしょうね・・・。)
「・・・今までからかってばかりでごめんなさい。・・・さよなら、カルロス・・元気でね。」
少し寂しげな笑みをカルロスに投げかけ、ミルフィーはゆっくりと玄関に向かって歩き始めた。


「さ〜て・・・気を引き締めなくっちゃ!」
新しい世界で何がミルフィーを待っているか。どんな事が起きるのか、気弱になってる場合じゃない。ミルフィーは、自分を叱咤すると青空の下を歩き始めた。

歩きながらミルフィーの脳裏にはいろいろなことが浮かんでいた。
一人の魂として気づいた時からずっとみんなと毎日賑やかに楽しく過ごしてきた。楽しかった冒険。楽しく過ごした老婆の家での休息の時。

(今思えばレオンの言った事は当たってたみたい。)
ミルフィーはそう考えていた。レオンの優しさに頼り切っていた。それを好きだと勘違いしていた。レオンは、おそらく一生の友。良き仲間であり、相談相手だと、ミルフィーはレオンの笑顔を思い出しながら歩いていた。
「まさか今回の事がきっかけでばらばらになるとは思わなかったけど・・でも、ちょうど良かったのよね、これで。」
ミルフィーは老婆の家での事を思い出していた。

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「どうしたんだ、ミルフィー?」
老婆の家。一人星空の下でぼんやりと庭のベンチに座っていたミルフィーに、レオンが声をかける。
「別にどうってことはないんだけど。」
「そうか?」
しばらくレオンを見ていたミルフィーは、「うそこけ」と言っているようなレオンの瞳にくすっと笑いをこぼす。
「だめね、レオンに隠し事はできないみたい。」
「はははっ、そりゃそうだろ?なんといってもフィーのときからの付き合いだ。あいつの考えそうな事なんてすぐわかるからな。」
笑いながらそう言ったレオンは、途端に悲しそうに下を向いたミルフィーに焦る。
「な、なんか悪いこと言ったか・・オレ?」

「・・・私って・・・何者なんだろ?」
「は?」
しばしの沈黙の後、ミルフィーが弱々しく言った。
「なんだそれ?」
「フィーとフィアが一緒になって、私になった。私には2人の記憶と体験がある。・・・じゃー、私は?私の記憶は?私自身の経験は・・・?」
すがりつくような瞳で見るミルフィーにレオンはうろたえる。
「・・・フィーやミルフィアの体験や記憶がそうなんだろ?」
「そうなんだけど・・・でも、違う・・というか・・・。」
「へ?・・な、なんだそりゃ?」
「それは単なる記憶だけで、心がないっていうか、上手く言えないけど、でも感じるの。心の通ってない・・・気持ちのない記憶なんて・・そんなの知ってるだけで、・・・それは私じゃないように感じるの。」
「ミルフィー・・・それは考えすぎなんじゃ?」
「・・・そうかもしれない。でも、納得いかないのよ。私がこの手で成し遂げたことって・・・身につけた事って一つもないのよ?」
今にも涙がにじみ出てきそうなミルフィーの瞳に、レオンはますますうろたえる。どう言ったらいいのか分からなかった。
「私がここにいるのに、みんなの知ってる私は私じゃないのよ。フィーであったりミルフィアであったりで・・・ううん・・わかってる。私、わかってる・・みんなが良くしてくれてることは。急に変わってしまったのに、それまでと変わらず付き合ってくれてる。それはよく分かってるんだけど・・・・」
「ミルフィー・・・」
「私が見つからないのよ。どこにも私自身が・・・・」

こんな弱気なミルフィーを見たのは初めてだった。いつも明るく動き回っているミルフィー。(2人が融合して1つに戻ったと言ったが、これじゃほとんどフィーだろ?ミルフィアはどうなったんだ?)と思うほどいつも明るく元気が良かった。
その笑顔の影で、こんなことを考えていたのか、とレオンは思っていた。
(そういや寂しがり屋で、いつもお互いを求めていたんだったな。そこは変わってないってことか?1つの心になったのに?いや、だから、寂しいのか?心からの話し相手がなくて?)と考えながら、レオンはミルフィーを見つめる。

「オレ達は比べてるつもりはないが・・・・それでもやっぱり比べてしまってるんだろうな。」
それを聞き、ミルフィーは悲しそうにうつむく。
「どうにかしてやりたいが・・・口を挟んでできることじゃなさそうだしな・・・だけど・・・そうだ!ミルフィー!こう考えたらどうだ?」
ふと、あることを思いつき、レオンは瞳を輝かせる。
「え?」
ぐっとミルフィーの両腕を握り、レオンは微笑む。
「3人兄妹だって思ってしまえばいいんじゃないか?」
「3人兄妹・・・・」
「そうだ。同一人物だなんて考えないで、フィーがいてミルフィアがいてミルフィーがいる。あんたの中にはフィーとミルフィアがいるって考えるってのは?」
「・・・・・・」
「だ、だめか・・・やっぱ・・・・」
わけがわからないと言うようにじっとレオンを見つめるミルフィーに、彼は頭をかいて照れる。
「・・オレにはそんな経験がないからわからないが・・・・それなりに色々感じたり、戸惑ったりするんだろうな。」
「レオン・・」
「だけど、ミルフィーはミルフィーだ。オレ達の仲間だ。フィーでもなく、ミルフィアでもない。新しいオレ達の仲間さ。それじゃだめなのか?」
やさしく見つめるレオンの瞳をミルフィーはじっと見つめていた。
「そうね。そうなんだけど・・・・」
今ひとつ、自分の中で割り切れなかった。いつまでたってもミルフィー(兄)とミルフィアの影から抜け出せないような・・そこには自分自身がいないような気がしていた。探検している間ならいいのだが、こうしてゆっくりしている時、時々だが、たまらない気持ちになることが多かった。
「もっと気楽に考えろって!な、ミルフィー。」
ぽん!と肩を叩くレオンに、ミルフィーは頷いて応えた。
「もう遅いから、いつまでもこんなとこにいないで、寝るんだぞ。」
レオンは今一度ミルフィーににっこり笑うと家の中へと入っていった。

「ミルフィー・・・」
「え?」
レオンが立ち去ってから老婆の声に、ミルフィーは振り向く。
「おばーさん。」
にこにこと笑いながら老婆はミルフィーの前に歩み寄った。
「レイラは?」
「ああ、ちと気になることがあっての、戻ってきた。用がすんだらまたレイラのところへ行くつもりぢゃ。」
「用事?」
「ああ。」
短く答え、老婆は真剣な瞳でミルフィーを見つめる。
「私に?」
「そうぢゃ。」
「何?」
「ああ・・・そうぢゃの、何をどう話していいのやら・・・」
老婆は暫く考えてから口を開いた。
「二人の影が重いか?」
「・・・おばーさん・・・・」
「どうぢゃ、一つ術でも習ってみては?」
「術?」
「ああ、融合記念ぢゃ。嬢ちゃんが嬢ちゃんとして初めて身につけるものぢゃ。」
しばらくミルフィーは老婆をじっと見つめていた。あれもこれも全て理解してくれ、そしてやさしく気遣ってくれる老婆の瞳を。
「融合記念か・・・そうね、それもいいかも。・・でも、私にできるの?」
「先代の藍の巫女の娘ぢゃ。心配いらん。」
「藍の巫女って・・・おばーさん、母を知ってるの?」
ミルフィーの瞳が輝く。
「いや・・わしは知らんが・・・レイラがちょっと付き合いがあったらしい。」
「レイラが?」
「そうぢゃ。時の巫女、藍の巫女、そして緋の巫女・・この世界を代表する巫女なんぢゃが・・・関係ないと言えばそうぢゃが、お互い心の片隅に気には留めていることは確かぢゃの。」
「そ、そうなの?そんなに重要人物だったの?」
「さ〜て、重要人物かどうかは知らんが・・・まー、ともかく藍の巫女と聞いて、レイラが笑っておった。」
「笑って?」
「ああ、『親子で私を虐めるんだから・・。』とか言っておった。」
「親子で・・・って・・・・まさか、母も?」
ほっほっほっと軽く笑って老婆は続けた。
「まー、その話は今日のところはおいておいてぢゃな・・・。」
「おかあさんってどんな人だったの?」
本題に入りそうだったのを、ミルフィーは老婆の言葉を切って聞いた。
「そうぢゃの・・・レイラが言うには、天真爛漫というか・・・きわめつけの天然というか・・・・」
「きわめつけの天然・・・」
ミルフィーは思い出していた。記憶が無かった頃の、無垢というか、無邪気というかあまりにもあほらしくて怒るに怒れなかった幽霊魔導師の事を。
「明るくて、何があっても落ち込むということを知らない楽天家だったらしい。」
「なるほど・・・。」
納得していた。老婆の言葉にミルフィーは、完璧納得していた。
「ぢゃから、藍の巫女も務まったんぢゃ。先が見えると言うことは・・・良いことばかりぢゃない。いや、悪い場合の方が多いからの。・・・・」
遠見の力を持つ藍の巫女。それは時の巫女の次の座であり、緑と水がもたらす豊かさを、自然を司る巫女。そして、残る緋色の巫女は、太陽と月に代表される情熱と静寂を司る。それは、地上に生息するあるとあらゆる生物の、生きる希望と絶望、熱くたぎる心とやすらぎ・・・そして、創造と破壊。
その3人の巫女は代々互いを意識しつつ、が、ほとんどその交流はなかった。
「まー、その話は長くなるからまたの機会として・・・攻撃魔法と回復系魔法を1つずつ覚えてみないかの?」
「1つずつ?」
「そうぢゃ。で、そのうちの1つは、常人では身につけることのできないような術を教えよう。これは、このおばばからの祝いぢゃ。」
「祝い・・・・」
「そうぢゃ。嬢ちゃんの誕生祝いぢゃ。」
「誕生祝い・・・・。」
ミルフィーは噛み締めるように呟く。
「そうぢゃ。1つになった。それは生まれ変わったのと同じ。誕生日ぢゃよ。それに、嬢ちゃんには、術はこれからきっと必要になるぢゃろうからの。」
「はい!お願いします!」
ミルフィーは笑顔で答えた。
「うん、いい子ぢゃ、いい子ぢゃ。では、まず攻撃魔法からいくとするか。水と風、
どっちがいいかの?」
「そうね・・・・風の方がいいかな?」
どっちとも選び難かったが、風の方がなんとなくいいような気がしたミルフィーはそう答えた。室内で使っても水浸しにならないし。
「わかった。で、回復系のものは?」
「そうね。前から思ってたんだけど・・」
「何をぢゃ?」
「剣で斬るでしょ?いきなり血や体液がどばっと出るのよね。どうも気持ちが悪くて・・あれをどうにかできる術ってないかしら?一時的にでいいから血が出ないようにとか、痛みを感じないでいられるとかいうの?」
「う〜〜ん・・・・なかなかというか、それはかなり高等な術ぢゃの。」
「だめ?」
「いいや、大丈夫ぢゃ、きっと。・・・嬢ちゃんなら。」
老婆のやさしく温かい微笑と心が、まるで長い間雨を欲していた地面に吸い込まれていく雨水のように、ミルフィーの心の底までしっとりと染み込んでいった。
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「でも、おばーさんの出す問題にはまいったわね。最初が風を捕まえて来いだったもんね。・・・あれには、頭を悩ましたわ。後もそんな感じのばっかりで・・・でも、楽しかった。」
そして、ふと、しんみりしている自分に気づいて頭をこつん!とミルフィーは小突く。
「こら、ミルフィー!あんたの大冒険はこれからなんだぞ!そんな気弱な事でどうする?!過去を振り返って懐かしむなんてことは、年寄りのすることだぞ!」
そして、気づく。
「そう言えば私、銀龍の世界へ行くって誰にも言ってなかった・・・。あ・・カルロスには一応言ったことになるけど・・・。」
まー、いいか、とミルフィーは思っていた。もし彼らが探そうと思ったのなら、何らかの方法で探し出すだろうと思っていた。
「リーパオを通して銀龍に鍛えてもらったってことはレオンにも話したし。」
う〜〜ん、とミルフィーは歩きながらのびをした。
「今ごろ会っているんでしょうね、レオンとリーシャン。」
レオンとリーシャンの幸せそうな笑顔が見上げた青空に浮かぶ。といっても実際にはリーシャンの顔も姿も知らないから、一応想像によるかわいらしい妖精。

「さ〜て・・・私も心機一転!新しい地で、自分を見つけてみせる!私自身を!」
そう言いきって走り始めたミルフィーの瞳に、もう迷いはなかった。

草原に走り出たミルフィーは、銀龍からもらった銀の爪を青空に向けて高く掲げる。
それは陽の光を反射し、金色の光を四方八方へと放つ。
その掲げた爪、光を放つそれを見上げていたミルフィーは目をすっと閉じる。そして、銀龍に教わった言葉を心の中で反復してから、ゆっくりと目を開け、一言一言、丁寧にその言葉を口にした。

「我が言の葉は、銀龍の意志。かの龍と共に世界を創りし創世の神龍にして、守護龍。・・・光よ、我が意志を、守護神龍の意志を受け、我をその世界へ運べ。・・・黄金龍の世界へ!」
光の中心でミルフィーの声がしていた。
ミルフィーを包み込んでいたまばゆいばかりのその光は、その声を受け、より一層輝きを増す。そして、次にゆっくりと縮まっていき、光が消滅すると共にそこにあったミルフィーの姿もまた消えていた。

草原の草は、何事もなかったかのように、青空の下やさしく撫でていく風に揺れていた。

 

箱さんからいただきました。
いつもありがとうございます!

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