☆★ その77 それぞれの旅立ち ★☆


 「じゃ、レオン・パパ、行きましょうか?」
「え?レオン、どこか行くの?」
翌朝庭先で朝食を終えた後、レオンにかけたミリアの言葉にミルフィーは驚く。
「あ、ああ・・・実はな・・・・リーシャンが・・目覚めたようなんでな・・・」
「ええ〜〜?そ、そうなの?」
「オレのことも思い出してくれたらしいんだ。」
「ほんと?レオン?!」
ミルフィーの目が輝く。
「ああ。ミリアがここに来る前に報告があったらしい。で、もう一度2人でシュロの木を植えようと思ってな。」
「そう・・そっか、りろの森へ迎えにいくんだ?」
噛み締めるようにそう言うと、ミルフィーはにっこりとレオンに微笑んだ。
「あ、ああ・・・・このことに決着がつくまで待っててもらったからな。」
ははは、と頭をかいてレオンは照れ笑いする。
「あたしもどきどきしてるの♪」
「・・・・しかし、こんな大きな娘がいていいのか?」
ちらっとミリアを見てレオンは呟く。
「あはははははは!」
ミルフィーもレイミアスも自分のことのように喜んで笑っていた。
「そうそう、ミルフィーにはこれを渡しておくわ。」
ミリアはそう言って炎のような真っ赤な石のついた指輪をミルフィーに差し出した。
「これを炎の中に入れてちょうだい。そうすればあたしは一瞬でミルフィーの所へ行けるから。」
「これを?」
「そう。」
「ありがとう。」
にっこりと2人は微笑みあう。

「ぼくは・・・一度村に帰ります。」
「え?レイム?」
少し寂しげな表情でそう言ったレイミアスを、ミルフィーはどきっとして見る。
「いつまでもカリエスばかりに押し付けてるわけにもいかないし。それに・・・」
レイミアスは今回のことでつくづく感じていた。もっと大人にならなければ、と。今のままだといつまでたってもミルフィーの保護に入ったままの状態から抜け出せないかもしれない、と感じていた。
「落ち着いたらまた来ますから。」
さわやかに微笑んだレイミアスに、ミルフィーも微笑を返す。
「わかった。頑張ってね、レイム!」
「はい!」
「約束よ!」
差し出されたミルフィーの小指に、レイミアスは自分の小指を重ね、元気よく答える。
「はい!」


「じゃー、私もそろそろ仕度して、っと。」
レオンとミリアとレイミアスを見送った後、ミルフィーも旅立つ仕度をする。
「どこへ行くんだ?また塔か?」
黙ってイスに座っていたカルロスが声をかける。
「ううん。今度のことで、ちょっと借りができたから、そのお礼に。」
「お礼?」
「うん。」
ふふっと笑ってミルフィーはカルロスを見た。
「あのままではとてもじゃないけど、あなたに勝つ見込みはなかった。ううん、ひょっとすると他の剣士にも危ないかもしれなかった。そうするには、フィーの腕が必要だった。やっぱり男女の違いは大きいのよ。私はフィーでもあるなんだけど、やっぱり違うものがあるの。だから、私はリーパオに頼んで銀龍に鍛えてもらったの。」
「銀龍に?」
「そう。フィーが白い剣を探し出したあの場所で。・・・私は探し出すことはできなかったけど・・・。」
少し悲しい顔でミルフィーは言った。
「でね、今銀龍の昔いた世界で、何か良くないことがおきてるらしいの。」
「昔いた世界?よくないこと?」
「そう。だから私はそこへ行くの。崩壊に向かいつつあるその世界を救うために。と言ってもできるかどうかは・・別なんだけど・・。」
ぺろっとミルフィーは、いたずらっぽく舌をだして笑った。
「だって、冒険者にとっては、こんな美味しい話ないでしょ?」
「ま、まーそうだな。」
「やっぱり、スリルと冒険!これよね♪」
「あ、ああ。」
「どうしたの、カルロス、元気ないのね?」
ミルフィーの話にも上の空といった感じのカルロスをミルフィーは不思議に思った。
「オレは・・・・・?」
ついていってはいけないのか?と言いたかった。いや、本当は、オレも行こうと言いたかった。が、ミルフィーに負かされたということは、完璧に拒絶されたことを意味する。カルロスはその先が言えなかった。
ミルフィーに向けていた視線を、カルロスはそっとそらす。

「カルロス・・」
「なんだ?」
自分の方を見ようとしないカルロスに、ミルフィーは神妙な面もちで言う。
「ごめんなさい。」
「ん?」
何を急に?とカルロスはミルフィーを見る。
「あなたを傷つけるつけるような事をしてしまって。・・・それはわかっていたけど・・・こうするより方法がなかったの。だから・・・・」
「まー、いいさ。」
「カルロス・・・・」
再び視線を他へ流したカルロスに、ミルフィーは戸惑っていた。こんなカルロスは初めてで、どうしたらいいか分からなかった。
「カルロス・・・私・・私ね、あの・・・こんなこと言えた義理じゃないんだけど・・・もしカルロスが一緒に来てくれたら・・・私は・・・私としてはこんな心強いことはないんだけど・・・・」
「は?」
驚いたようにカルロスはミルフィーを見つめた。じっと自分を見つめているその瞳を見て、カルロスはミルフィアとの事を思い出していた。タイバーンの舞踏会の夜、真剣な、そして、カルロスを信じ、頼りきった瞳。そして、どこかしら不安げで寂しげなその瞳に、一人では放っておけないと感じた。その瞳に、カルロスの心は捕らえられた。
遠慮がちに言うミルフィーの瞳の中に同じものを見つけ、カルロスは確かに彼女がミルフィアでもある、と再認識する。
「いいのか?・・だが、お前は・・・・?」
オレが嫌いなんじゃなかったのか?だから試合に出たんじゃないのか?と続く言葉をミルフィーはカルロスの目から読み取る。
「・・私が嫌いなのはね、宮廷生活。カルロスも見たでしょ?女官がうるさくて気軽に散歩もできやしない。だいたい私がお姫様でいられると思う?」
「あ・・いや、しかし、似合ってたぞ。」
「そ、そう?」
「ああ、たまらないほど・・な。・・・たまらないほど美しくて、誰にも渡したくないと思った。」
「カルロス・・・」
カルロスの言葉に、ミルフィーは頬が熱を帯びてきているのを感じ、思わずうつむいていた。そして、慌てて自分を落ち着かせてから言葉を続ける。
「・・でね、もしもあそこで話が決まってたら・・・一生王宮から出られなくなってたわ。叔父はなんとしても手元に置きたかったみたいだから。・・私は、閉じ込められるのはもういやなの。しばられるのはいやなの。自由に飛んでいたいの。」
屋敷から出るに出られなかったミルフィアの記憶。自由を望んでいたミルフィアとミルフィー(兄)の記憶があった。
「ミルフィー・・・じゃー、オレは・・・?」
嫌われていたのではなかった?とカルロスの目が輝き始める。
「ごめんさない。決してカルロスが嫌いであんなことしたんじゃないの。」
「ミルフィー・・・」
カルロスの表情が明るくなっていた。ようやく微笑みの戻ったカルロスは、無意識にミルフィーに手を伸ばしていた。
−パン!−
「でも、それとこれとは別!」
「は?」
「・・・・はははははっ!」
勢いよく払われたその一瞬は驚いたものの、カルロスは笑いはじめていた。
重かった心がようやく軽くなった気がしていた。
「いいのか、オレなんかを誘って?」
いつ手がでるかわからないぞ、と悪戯っぽくミルフィーを見つめたカルロスは完全にいつもの彼に戻っていた。それに今回、同行者はカルロスだけ。危険性はかなり高い。それをカルロスは目で強調する。
「そうね・・・カルロスの誠意にかけるということで。」
「男の誠意なんかあてにしていいのか?例えオレはそのつもりでも・・・」
いつ狼になるかわからないぞ?とカルロスはまたしても目で付け加える。
「・・・その時はその時で考えることにするわ。」
にっこりとカルロスに笑みをなげかけて、ミルフィーは答えていた。
「は?」
「話は決まったわよね?じゃー荷物取ってきて。そろそろ行かないと。」
「あ、ああ・・・。」
『その時はその時で考える』とは?とミルフィーの言った言葉がよく理解できなかったカルロスは、その事を考えながら、ゆっくりと立ち上がって奥へ入っていった。


ミルフィーはカルロスを待ちながら、自分の荷物を今一度チェックする。
そして、ここ数日間の事を思い出していた。

「お前はいいわね、のん気で。」
カルロスを待つ間、彼女はソファーに座って、横で寝そべっているタヒトールの飼猫にあれこれ話していた。

紫檀さんが描いてくださいました。ありがとうございました。


「短い間にいろいろあったのよね。」
窮屈だった王女生活も、離れてみればいい思い出だった。そして、いろんな剣士との手合い。とても面白かった。
「プレイボーイは嫌いだけど・・試合の時のカルロスは・・・素敵だったのよ。」
「にゃぅ〜〜・・」
「ん?わからないって?そーね、普通の時見てもわからないわよね。」
剣を交えてみなければ、しかも真剣勝負でなければわからないだろう、とミルフィーは感じていた。
「いい?カルロスの腕に惚れてしまったかもしれないって事は、内緒よ。」
−ドサッ!−
背後で何かが落ちる音がして、ミルフィーはぎくっとしてソファー越しに振り返る。
そこには、カルロスが立っていた。手にしていたらしい荷物が彼の足元に落ちている。
「ミルフィー?」
カルロスのミルフィーを見つめる瞳が徐々に熱を帯び、ゆっくりと微笑が彼の顔一面に広がってくる。
そのカルロスを見て、ミルフィーは一気に真っ赤になって慌てて自分の口を両手で押さえ、くるっと向きをかえる。
「ミルフィー・・今なんと言ったんだ?」
カルロスは思っても見なかったミルフィーのその言葉に、自分の耳が信用できなかった。もしかしたら空耳か聞き違いか?と思って聞く。そうでないことを祈りながら。
「あ・・え、えっと・・・・・・・」
(大ピーーンチっ!)と口を押さえたままうつむいてミルフィーは焦る。
「ミルフィー・・・」
ミルフィーの前に大股に歩み寄ったカルロスはじっと彼女を微笑みながら見つめる。
「あ・・、ご、誤解しないでね、私が好きなのはカルロスじゃなくて、カルロスの剣の腕・・・・・・」
前に立ったカルロスを見上げ、慌てて言い訳しようとしたミルフィーは、途中まで言ってから、またしても焦る。
(そんなの一緒のことと思われるんじゃ・・・・)
「ミルフィー・・」
嬉しさのあまり、少しかすれたような、上ずったような声で彼女の名を口にすると、ソファーに座ったままのミルフィーをカルロスは抱きしめようとする。
(ごめんっ、カルロスっ!)
心の中で叫びながら、ミルフィーは慌てて胸にかけていたペンダントをカルロスの目の前に翳して叫ぶ。
「スリープっ!」
「う?・・・」
−バタッ−
淡い光がペンダントから放たれると同時にカルロスは目の前にいたミルフィーに覆い被さるように倒れこんだ。勿論、猫と共にミルフィーは横に転がるようにしてさっと避ける。
「よ、よかった〜〜〜・・・・・」
ソファーに倒れ込み、それに寄りかかるようにしてぐっすりと眠ったカルロスに、ミルフィーはほっとして、へなへなと床に座り込む。
「さ、さすが・・・レイムの僧魔法を封じただけあって・・・よく効くわ。・・助かった・・・。」
そのペンダントは別れ際にレイミアスがミルフィーにくれたもの。レイミアスの聖龍の法力がそこに封じてあった。

そして、数十分後・・・
「ん?・・・オ、オレは・・・寝てたのか?いつの間に?」
がばっとカルロスは起き上がる。
「そうよ。のん気でいいわね。」
ひょいっとミルフィーはカルロスを覗き込む。
「ミルフィー・・・」
そして、眠る前の続きで、カルロスはミルフィーにそっと手を差し伸べる。
−パン!−
「は?」
勢いよくその手を払われ、カルロスは呆然とする。
「寝ぼけてるの、カルロス?」
ミルフィーのきつい視線にカルロスは考える。
「寝ぼけて・・る?」
「そうよ!」
しばらくミルフィーを見つめていてからカルロスは自分自身にも聞いているかのように言う。
「お前、オレに何か言わなかったか?」
ミルフィーはぎくっとしながら慌てて応える。とぼけた顔で。
「え?何を?」
「あ・・いや・・夢だったのかもしれん・・・」
「やーね、カルロス、昼間っから寝ぼけて・・」
「・・・すまん・・・。」
嫌われてはいないらしいとは分かった。が、いくらなんでも『好き』と言われるなんてことはないだろう。夢を見たんだろう、とカルロスは思っていた。

「ほら、置いていくわよ、カルロス!緊急事態なのよ!一つの世界が崩壊するかどうかの瀬戸際なんだから!」
「あ、ああ・・・すまん。だが、本当に何か言わなかったか?」
夢で片付けるにはどこか納得しないものがあった。
「何を?」
「だから・・・オレが寝る前・・か?・・そ、その・・・」
「急ぎましょって言った事?」
「いや、そうじゃなくて、その前。」
「それとこれとは別!」
「いや、だからその後。」
「え?私、他にも何か言った?」
あくまでとぼけるミルフィーに、寝起きのせいなのか、混乱して後か先かもわからなくなっていたカルロスは夢だったのだと思い込む。現実だったらどんなに良かったことか・・と思いながら。


「でも、みんな行っちゃったのよね・・・。」
屋敷の玄関に立ち、彼らがサラマンダーの炎に包まれて転移していったその場所を見つめ、ミルフィーは呟いた。
賑やかに、楽しく過ごしていた毎日。チキとシャイはここへミルフィーたちが来る前に彼らの村へ帰って行った。そして、ここで、レオンやレイミアスとも分かれた。ずっと一緒だったのに。

寂しそうに呟いたミルフィーの横顔を見て、カルロスは思い出していた。
(そういえば、ミルフィアは寂しがり屋だった。だから、ミルフィーも一緒なんだ。人一倍寂しがり屋で、そして、思いっきり純情なお嬢さんだった。いや、お姫様だったか・・・。)
いつも明るく、塔での魔物でさえいとも簡単に倒していくミルフィーからは想像できないその事を、目に見えないからいつの間にか忘れてしまっていた、とカルロスは思っていた。
そこにいる少女は、ミルフィー(兄)でありミルフィアだった。そして、ミルフィー(兄)でもなく、ミルフィアでもない。
改めて一人の少女として、カルロスはミルフィーを見つめていた。

「じゃー、そろそろ行きましょうか?」
「ああ。」
にっこり笑ったミルフィーに、カルロスもまた笑顔を返す。
「楽しみよねー。どんな世界なのかな?」
「どんな強敵でもオレに任せておけ!」
「私に負けたくせに!?」
「あ、あれはだなー・・・」
油断しただけだろ?と言うカルロスの目を見て、ミルフィーは明るく笑った。
「勝手に笑ってろ。」
その笑顔を見て、カルロスも顔をほころばす。
(そうだな・・当分は同じ仲間としての付き合いに押さえておくか。・・・時期が来るまで、じっくりと待とう・・・・。)
あくまでも純粋に冒険を求めるミルフィーのその瞳に、カルロスは同じ仲間としてその冒険を、そして、思い出を共有することを優先していこうと決心した。

(が、どうしてもあれは夢じゃなかったと思うんだが・・・)
カルロスはどうしても合点がいかず、無意識に立ち止まって屋敷を振り返り、今一度考えていた。
「ミルフィー・・・確か寝る前だったと思うんだが・・・ミルフィー?」
再びミルフィーに視線を向けたつもりだった。が、そこにミルフィーの姿はない。
「たった今まで横を歩いていたんだぞ?」
不思議に思いながら、カルロスはいつの間にか走り始めていた。ミルフィーが、そして自分が進んでいた方向へ。
「ミルフィー・・・?どこだ?・・・どこにいるんだ?・・どこへ行ったんだ?」

(まさか一人で行ってしまったなんてことは・・・?)
不安にかられ、カルロスは辺りを探し回る。
「ミルフィーー!」

必死で走り回るカルロスの不安と心の底からわき上がった絶望的な予感を増幅するかのように、ミルフィーの姿はどこにも見あたらなかった。

*Epilogue[1]【共に旅立ち】   *Epilogue[2]【一人旅立ち】
※最初に書いた本筋は、[2]の【一人旅立ち】の方です。
[1]の方はエンディングまで書いたあとから書いたものです。/^^;


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