☆★ その76 揺れる心 ★☆


 「し、しまったっ!」
姿が消えてから事の重大さに気づいて青ざめるレイミアス。
まさかすぐ連れ去るとは思ってもみなかった。
「ミ、ミルフィー・・・・」
慌てて後を追いかけようとする。
「待てって。」
「待てるわけないでしょう?レオンは何も思わないんですか?ミ、ミルフィーが・・ミルフィーが・・・」
「わかってる。まー、落ち着けって。」
「『落ち着け』って・・・レオン?」
意味ありげに微笑むレオンを、レイミアスは今にも泣きだしそうな表情で見つめていた。


そして、小一時間後、町外れの屋敷で一同は顔を合わせていた。
そこは賢者タヒトールの家。といっても彼は王宮に出向いているため留守だった。ミルフィーに理解を示してくれたタヒトールは自由に使えと言ってくれていた。

「ひどいですよ、レオン!知ってたのなら教えてくれてもよかったでしょう?」
レイミアスがレオンを睨んでいた。
「だから悪かったってさっきから謝ってるだろ?お前に言うとどうしてもばれてしまいそうで、言えなかったんだって。」
「そう。敵を欺くにはまず味方からって言うでしょ?」
そう言ったのは火龍の少女、ミリア。王の横に座っていたミルフィーは、彼女が化けていたものだった。
「で、でもですねー・・・・」
「オレは敵か?」
納得はいくけど、やっぱり承知できない、といった表情のレイミアスと、心底面白くないと怒った表情のカルロス。
「ある意味そうだろ?」
「・・・ある意味・・な。」
レオンにはっきり言われてカルロスは渋る。
「あ!でも、カルロスが勝った時はどうするつもりだったんです?」
誰がみてもあのままいくとカルロスの方が勝つと思えていた。
「勝負ってのは、つくまで分からないものさ。一瞬のすきをつくのはミルフィーの方が上手いからな。どうせ、あんたのことだ。もう勝ったも同然だとか思ってスケベ心を出してよそ事でも考えたんだろ?」
レオンが意地悪そうな視線をカルロスに投げる。
「う・・・・・わ、わかるか?」
「わからいでか!」
「ははははっ!」
レオンはいかにも面白そうに笑った。

「・・・・」
本当に・・・本当に、心底カルロスはそのことを後悔していた。あの時そうしなかったら今ごろは・・・・、と悔やんでも悔やみきれなかった。
「でも、勝負は勝負だから、今更やりなおしはきかないからね!」
奥の部屋から飲み物を持ってきたミルフィーが上機嫌で入ってくる。
「・・・ミルフィーだと思ったんだ。あれだけの剣さばきは、早々お目にかかれるものじゃないからな。」
「それはそれは、お褒めにあずかり、恐悦至極にございます。」
「・・・ミルフィー・・・・・」
わざとらしくお辞儀をしたミルフィーをカルロスは切なげに見つめる。

「さてと、一件落着ということで、乾杯しよ!」
「おーーし、しよう、しよう!」
オレはそんな心境じゃないと手を振って遠慮したカルロス以外、全員元気よく声を上げた
『かんぱーーーい!』

「わっはっはっはっはっ!あはははは!」
森の中のその屋敷から明るい笑い声が聞こえていた。
笑いながらレオンは考えていた。決着がついた今、離れなければならない事を。まだまだミルフィーの事が心配だったが、どうあってもそうしなければならない。
そして、レオンは、ミルフィーにミリアを呼んでくれと頼まれた夜のことを思い出していた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「レオン?」
「ん?」
ゴーガナスについたその夜、あまりにもの歓待に酒の量が増え、宴会の途中でついつい眠り込んでしまったおかげで夜更けに目が覚めたレオンは、離宮の庭を散歩していた。
そこへ同じく、と言っても酒を呑みすぎたわけではないが、眠れなかったミルフィーが来て声をかける。
「なんだミルフィーか。いいのか?王女様がこんな夜更けに出歩いていて?」
「レオンまでそんなことを言う・・・」
ミルフィーはふくれていた。
「ははは。なんだ、その顔は。せっかくの王女様がだいなしだぞ。」
金糸銀糸で縁取られた絹のドレスと宝石をちりばめた見事な細工の装身具で着飾ったミルフィーは、輝くばかりに美しかった。
「そんな格好でカルロスに見つかってみろ?理性も何もすっとんで一気に餌食にされるぞ?」
「え、餌食って・・・」
「ははは、それは冗談としてだ・・・」
(でもないかもしれんが)と思いつつレオンはミルフィーに微笑む。
「普段からはとても想像できんな。」
「悪かったな。」
途端に男言葉がでる。
「おいおい・・その格好でその言い方は似合わないぞ!」
「馬子にも衣装って言いたいんだろ?」
ミルフィーはぷいっとそっぽを向く。
「あ、いや、似合ってるよ、ホント。だからその言い方はやめろって。」
ふっと笑いながら、ミルフィーは衣装のすそをつまむ。
「結構窮屈なのよ、これ。叔父が・・国王がきちんとしていろってうるさいから・・。」
「ははは、そうだな、目に入れても痛くないって感じだったもんな。」
レオンは国王と対面した時の様子を思い浮かべていた。
「で、何か用なのか?」
「うん。実は、ミリアを呼んでほしいの。」
「ミリアを?」
自分も剣士として参加するから、替え玉として御前試合の時、王の横に座ってほしいとミルフィーは説明する。
「なるほど・・・それもいいかもしれんな。だけど、大丈夫か?あ、いや、ミルフィーの腕はよく知ってるが・・・相手を倒すのと違うから、どうしても持久戦になるだろ?剣の腕はあってもやっぱり体力がな。」
「私もそう思って、この移動の間、銀龍に鍛えてもらっていたの。」
「銀龍に?」
「そう。リーパオに頼んで夜に。」
「銀龍か・・・身体はバラバラになったが、精神体はあの世界を包み込んでるんだったな・・。」
「うん。リーパオなら意志を通わせることができるのよね。でも、精神体とはいえ・・厳しかったわ。やっぱり神龍なのよね。」
「ははは・・ちょっとはずれてるところがあったが・・・。」
身体に亀裂が走りつつ大笑いしていた銀龍の姿を2人は思い出していた。
「気に入った奴はとことん面倒みるってタイプだな。」
「そうみたいね。私のわがままでしかないのに、必死に頼んだら最後にはきいてくれたわ。リーパオも銀龍も。」
「それだけミルフィーが真剣に頼んだってことだろ?」
「ええ・・・・そうね。」
「で、なんとかなりそうか?」
「そうね。多分なんとかなると思うけど。やっぱり一番の心配は・・・カルロス、かな?」
「誘ったりするから悪いんだぞ?」
「あ、あれは・・・頭にきてた勢いでつい口に出ちゃったのよ。」
「ははは、やっぱそうか?だが、奴なら誘わなくても来ただろ?反対に来るな、なんて言ったら、それこそいきなり乱入してかっさらって行きかねないからな。」
「かっさらってって・・・・」
ミルフィーは焦ったような笑いを浮かべていた。
「・・・なあ・・・・カルロスは嫌いか?」
突然言われ、びくっとしてミルフィーは真剣な表情でレオンを見る。
「まー、プレイボーイだったことは確かだが、結構男気のある奴だと思うぞ。ミルフィーの事を心底好きなことは確かだしな。」
「本当にそう思う?」
「思う、って?」
ミルフィーは、考えているかのようにそっと目を伏せ、そして、再び開けると付け加えた。
「私は・・・カルロスはミルフィアの幻影を追っているような気がするんだけど。」
「ミルフィアか・・・なるほどな。そう思うのは分かる気もする。だけど、ミルフィアもあんたなんだろ?」
「そうなんだけど。」
「なーミルフィー、この際だ、真剣にカルロスの事を考えてみたらどうだ?そりゃ、あんたが優勝すりゃ一番いいんだが・・・もし、奴が勝ったら、前向きに考えてみるってのは?・・他の候補者よりは、奴の人となりは分かってるんだから。」
「それはそうだけど・・・でも・・・、でも、私は・・・・・」
そこまで言うと、ミルフィーはじっとレオンを見つめた。
(ま、まさか・・・・お、おい・・・・?・・・・)
少し悲しそうな、切なげな瞳。その真剣な瞳で自分を見つめるミルフィーに、レオンは焦る。
(ひょっとしてミルフィーは・・・オレを・・?い、いや・・うそだ・・そんなわけないじゃないか。オレにはリーシャンがいることは知ってるはずだ。)
そして、ミルフィーもまたその先は言えなかった。レオンにはリーシャンがいる。その事は百も承知していた。だからこそ、もしかしたら、というその気持ちを極力考えないように、意識しないようにしてきた。が、今の現状は・・・このままだと好きでもない男の元へ嫁がなければならなくなる。割り切ろうと決心したものの、やはりそこは複雑だった。そして、心の中にレオンの姿が浮かんだ。いつもやさしく見守っていてくれるレオンの笑顔が浮かび、ミルフィーはたまらなくなって夜の道を駈け、レオンを探していた。

「座らないか、ミルフィー?」
しばらく見つめあっていた後、レオンが静かに言った。
そして、2人並んで、噴水の淵に座っていた。

涼しい風と虫の声、そして、水の音だけが聞こえていた。
2人共遠くを見つめていた。何も見えない暗い空間をじっと見つめ、身動き一つしなかった。

「ごめんなさい・・・」
しばらくたってから小さくそう言うと、ミルフィーはそこから駆け出そうとする。
「ミルフィー!」
咄嗟に立ち上がり、彼女の手を取ってレオンは止める。
「放して!」
振り返ったミルフィーの瞳は涙で溢れていた。
「お願いだから・・・これ以上惨めな気持ちにさせないで・・・お願い・・。」
「ミルフィー・・・」
彼女の涙を指で拭いながら、レオンはそっとミルフィーを引き寄せる。
「・・・レオン・・・・」
レオンは、静かに自分の胸にすがって泣き始めたミルフィーをそっと抱きしめた。


どのくらい経っただろう。ミルフィーが泣き止んでからもレオンはしばらくそうしていた。
「ミルフィー?」
レオンのやさしく呼んだ言葉に、ミルフィーはびくっとして顔を上げる。
「オレは・・・・」
「いいの。ごめんなさい。分かってるの。・・分かってるのに・・・。」
また涙が出そうになり、ミルフィーは再びうつむいて必死で堪えていた。
「オレは思ったんだが・・・・」
ミルフィーをそっとその腕から放すと、レオンは一言ずつ考えながら話し始めた。それはミルフィーが腕の中で泣いていた間、ずっと考えていたことだった。
「オレは・・・」
ミルフィーにいつもの笑みを投げかけて続ける。
「怒らないでくれよ。・・・・オレは、・・・ミルフィーは今勘違いしてると思うんだ。」
「・・・勘違い?」
そっと顔を上げ、ミルフィーはレオンを見る。
「ああ。よくある事さ。これから先のことを考えると不安で、感情が高ぶってそう感じてしまったんだ。・・・多分、オレはフィーにとってのミルフィアであり、ミルフィアにとってのフィーと同じで、・・ミルフィー、あんたにとっての兄貴・・というか、心の友・・と言ったらいいのかな?」
「レオン・・・・」
じっと自分を見つめているミルフィーを見つめ返し、レオンは続ける。
「よく考えれば分かるはずだ、ミルフィー。何が何でも一緒にいたいと思う熱い思いとは違うはずだ。女として男を求める気持ちとは・・・恋愛感情ではないはずだ。」
「レオン・・・・」
消え入るような小さな声でそう言ってから、ミルフィーはうつむいてしばらく考えていた。

「・・・そうかもしれない・・・。」
しばらくしてから、うつむいたままミルフィーは小さく呟いた。
「ミルフィー、オレはいつでも、どんなことでも力になりたいと思ってる。相談にだって乗る。兄貴として、友人として、共に生死を分かち合った冒険の仲間として。」
「レオン。」
ゆっくりとミルフィーは顔をあげて、レオンを見つめる。
「大丈夫だ。試合はあんたが優勝する。絶対にな!」
レオンはにっこりとミルフィーに微笑む。
「・・レオン・・・ごめんなさい。」
「いいって。気にしてないさ。それより試合、頑張れよ!」
「はい。」
ようやくミルフィーがにこっと笑った。
「ありがとう、レオン。じゃ、私、いいかげんに戻らないと。きっと探してるだろうから。」
「そうだな。王宮の方が騒がしいみたいだしな。」
王宮の方角は、それまでついていなかったところまで灯りがつき、辺りは少し前より明るくなっていた。
「で、ミリアはいつ呼べばいい?」
「そうね、最後の試合の日の前日くらい。」
「わかった。じゃーな。」
「お休みなさい。」
「お休み。」
ゆっくりと去っていくミルフィーの後ろ姿を、レオンは暫くの間じっと見つめていた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「だけど、ひょっとして、オレって・・・国主になりそこねた?」
国王夫妻に子供はいない。当然、王位継承権はミルフィーにあった。そして、その伴侶と言うことは・・・つまり、現状で行けばその地位につくことになる。
「だけど、条件は剣士だったしな・・・。」
ふっと笑うとレオンはばかばかしいと、その考えを振り払った。
「リーシャンを2回も泣かすわけにはいかないしな。何より、オレはリーシャンが忘れられない。オレの手の中で消えていったリーシャンが・・・・」
両の手のひらを合わせ、レオンはその時のことを思い出していた。
「だが、まー、ミルフィーも無事勝って落ち着いたことだし。この件に関してはもう大丈夫だろう。」
レオンは、翌日旅立つことを決意していた。


【前ページへ】 【青空に乾杯♪】Indexへ 【次ページへ】