☆★ その75 優勝者は・・・ ★☆


 「それではただ今より御前試合を開始致します。」
老婆の家を発って、1月半が過ぎていた。そこは、ミルフィーの故郷、といってもその都には住んでいたことはなかったが、ともかくゴーガナスに着いていた。
そして、王との対面も終えた翌日、競技場では早くも剣術大会が始まっていた。
勿論参加者名簿の中にはカルロスの名前もあった。

2組ずつ試合は続けられていた。
トーナメント型式で続けられたその試合は、3日目に入っていた。予想通り、順調に勝ち続けるカルロス。そして、今一人注目を集めている剣士がいた。
一度もヘルムをとったことがない小柄なその剣士は、自分の倍ほどもあるかと思われる大柄な剣士をも簡単に倒していた。まだ少年とも思われる若いその剣士の腕は信じられないほどのものだった。

カルロスは、その自信から来る余裕で、他の候補者の試合は全く見ていなかった。が、同じように順調に勝ち続けているその剣士に興味を覚え、先に全試合を終えたカルロスはその剣士の試合を見てみることにした。

「あれは・・あの太刀筋は・・・あの剣さばきは・・・」
よく知っている太刀筋だった。無駄な動きは何一つない。よく動く小柄な身体。相手の攻撃をいとも簡単に避け、そして、繰り出されるその攻撃は、当たり前のように相手を捕らえる。
「勝者、白っ!」
「わあーっ!」
小気味の良いまでのその試合ぶりに、誰もがその剣士を応援するようになっていた。
そして、朝から始まった試合は、すでに夕暮れになっていた為、最後の試合は翌日に持ち越されることとなった。そう、カルロスとその小柄な剣士との決勝戦である。


その夜、眠れないカルロスは、中庭を散歩していた。
客人用の離宮で手厚い待遇は受けていたが、ミルフィーとは会っていなかった。馬車での移動の途中も、女官に会うのは止められ、カルロスは面白くなかった。もう何ヶ月も、何年もミルフィーに会っていないように感じながら、カルロスは彼女のことを考えて歩いていた。

「カルロス?」
「ミルフィー・・・」
同じく眠れず、散歩をしていたミルフィーがそこにいた。
月明かりの下、王女の衣装に身を包んだミルフィーが、カルロスにはたまらなく美しく、そして愛しく感じられた。
「ミルフィー・・・」
思わず声をかけカルロスはミルフィーへ歩み寄る。
「姫様?どちらにおいででしょう?」
「タシーラ。」
ミルフィーは声をした方向を振り返り、カルロスはその声で我に返って立ち止まる。
「姫様・・」
探しに来たらしい女官がミルフィーに駆け寄り、彼女の手を取る。
「姫様、こちらへは来られないようにと申し上げておいたはずでございます。」
「それは承知してますが・・」
ちらっとカルロスを見るとその中年の女官はミルフィーに続けた。
「よろしいですか?姫様はご婚儀を控えた身。明日にもその方は決まるのでございますよ。このような所へ出歩かれるなど、とんでもございません。」
そして、今一度カルロスを見て付け加えた。
「例え、明日優勝されそうなお方とでも。」
「そんなつもりでは・・・」
「そんなつもりも、こんなつもりもございません。さ、姫様、お部屋までタシーラがお連れいたします。」
ミルフィーに聞きたいことがカルロスにはあった。が、そんなことは許される雰囲気ではなかった。
カルロスは、女官に引かれるようにして立ち去っていくミルフィーをじっと見つめていた。

「だけど、面白くねーよなー。」
「そうですよねー。」
離宮の広間でレオンとレイミアスが文句を言っていた。
「さも当然というように、勝ち進みやがって・・・まー、それだけ腕は確かなんだろうけどな。」
「そうですね。・・・・もう一人の剣士は、わけ分からないし。」
「そうだな。」
顔がみえなければ、考えも、ある程度予想できる性格なども、まるっきりわからない。
「で、実行するのか?」
「何を?」
「何をって・・・おまえ・・・・」
お姫様略奪だろ?とレオンは目で言う。
「あ・・・そうでしたね。も、もちろんですよ!カルロスだろうともう一人の剣士だろうと・・・でも、やっぱり夜になってからの方がいいですよね。」
「そうだな。一応試合の祝宴が開かれるだろうから、その時がチャンスかな?」
「そうですよね。うん!」
レイミアスは、ぐっと手を握り締める。
「ぼく、頑張ります!」
「なんなら全員眠らせちゃえばいいんじゃないか?」
「あ!そ、そうですよね。その手がありましたよね?明日なら術もつかえるでしょうから。」
「ん?明日ならって?」
「あれ?レオン、わかりません?この辺り一帯に術に対する結界が張ってありますよ。おそらくタヒトールとかいう賢者様の力なんじゃないかと思いますけど。」
「なるほど・・・・術は使えない・・か。ずるはできないってわけだ。」
純粋に剣の腕を競う。そこに小細工はできない。
「ともかく・・・明日なんだよな。」
「・・そうですね。明日なんですよね。」
「そう、明日だ。」
広間に入るなり相槌を打ったカルロスを2人は恨めしげな目つきで見る。
「おいおい・・・そんな目で見ないでくれよ。何も悪いことをしてるわけじゃないんだぞ?」
「わかってるよ、んなことは!」
自然と緩んでくるカルロスの表情を、2人は睨みつけていた。


そして、当日。それまで競技場へ顔を出さなかったミルフィーもその姿を見せ、王夫妻と彼女とそして、観客席からこぼれんばかりの見物人の前で試合は始まった。

ガキン!キン!と剣の噛みあう音と2人の風を切る音そして地面を蹴る音が聞こえていた。
−ガキッ!−
剣を交えながら、カルロスは、頭にあった疑問を口にした。
「ミルフィー?」
−ザッ・・・−
が、小柄な剣士は何も言わず、すばやく下がると、剣を構えなおす。
−ギン!−
「ミルフィーだろ?」
前日見た試合の様子、そして、今こうして剣を交えて、カルロスは確信していた。この剣は間違いなくミルフィーのもの。しかもその腕は相当あがっている。
が、次の瞬間ふと思い出した。では、王夫妻の横に座っているミルフィーは?確かにベールで顔ははっきりとは見えないが、その背格好からして間違いなくミルフィー本人だと思えた。
「余裕だな、あんた。」
剣を交えている相手の声でカルロスははっとし、よそ事を考えている場合ではなかった、と反省する。そうさせてくれるだけの余裕はなかった。少しでも気を抜くと1本取られる、カルロスはそう感じていた。
ヘルムでその声ははっきりと聞こえない。が、確かに男にしては高いような気もし、カルロスの頭から、もしかしたらミルフィーではないか、という疑問は消えなかった。
「手抜きはなしだぜ?」
そう言ってヘルム越しに自分を睨むように見つめる相手の鋭い視線を、カルロスもまた鋭く見つめ返す。手を抜くつもりは毛頭なかった。何しろ、ミルフィーがかかっている。この機会を逃すつもりは断じてないし、ここまで来て、他の男に取られるようなことがあってはたまらなかった。

−ギン!ガキン!キン!−
試合は続いていた。
−ガキッ!・・・サンッ!・・・カキン!−
2人の全身から汗がほとばしっていた。
白熱した試合、なかなか決まりそうもないその試合を、王をはじめ見物人たちは、息を飲んで見つめていた。

−キン!−
(腕の差はあまりない・・・体力の差だな。)
すでに1時間以上も全力で戦っていた。小柄な剣士の振るう剣に力が少しずつ抜けてきているのにカルロスは気づく。
(やはり、最後は体力か。)
−ザッ・・・キン!−
そして、確信する。勝てる!この調子でいけば間違いなくオレが勝つ!と。
−カキーン!−
「し、しまったっ!」
一瞬のすきだった。つい勝利を確信し、ミルフィーを脳裏に思い描いてしまったカルロスのその一瞬の気の緩みを逃さず、小柄な剣士はカルロスの剣を空に飛ばしていた。手が汗ばんでいたとはいえ、気を抜かなければそうはならなかったはずだった。

「勝者、白っ!」
−わーーーーーー!!!−
どっと歓声があがる中、呆然と突っ立つカルロスをちろっと横目で見ると、その剣士は、王の前に跪く。
「うむ。見事であった。姫も喜んでいよう。して、そちはどこの国の剣士じゃな?この辺りでは見受けた覚えはないが、そのように若くてその腕前、よほどの御仁なのであろう。」
まだ荒い息をしている剣士に、王は上機嫌で声をかける。
「おお、そういえば、まだ名も伺っておらなかったが・・・」
そう言いかけた王は、すっと立ちあがった横のミルフィーを見る。
「姫?」
ミルフィーはゆっくりと剣士に近づいていく。
−パカラッ、パカラッ、パカラッ、・・・−
競技場へ走りこんできた馬に全員気を取られていた。
「では、約束どおり姫はいただいてまいります。」
「なに?」
この後、祝宴と、婚儀。そして、王宮内に新居をしつらえ、幸せに暮らせるようにと手配していた王は剣士の言葉に耳を疑った。
「まさか王ともあろうお方が、約束を違えるおつもりではありますまい?」
「あ・・いや、そういうわけではないが・・・そちにはそれなりの身分を与え、しかるべく・・・」
「王のお心尽くしは身に余る光栄なれど、私は姫さえいただければそれで十分でございます。」
その先を説明しようとする王に丁寧に礼を取ると、すっとミルフィーを抱き上げて馬に乗せた剣士は、その後ろに飛び乗る。そして、あれよ、あれよと見ているうちに、馬を駆って競技場から姿を消していった。

剣士がミルフィーを乗せて走り去っていった門を、人々は暫くの間、呆然として見つめていた。


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