青空に乾杯♪


☆★ <<第69話>> 兄、妹・・・ ★☆


 「フィー・・・・」
ミルフィアは目に涙をためて目の前の少年を見つめていた。
山の中腹の牧草地、そこに元気に明るく笑うミルフィーがいた。2つか3つ年下の少女を肩車し、楽しそうに山羊を追っている。
その姿を見て、誰も何も言えずそこに立ちすくんでいた。

過去の世界の魔窟。戦闘に次ぐ戦闘の末、その最深部にたどり着いたミルフィアたちは、ミルフィーの振るう剣が放つ聖龍の光で、次々と悪霊を消滅させていった。
そして最後の1匹。最もおぞましい気を発する悪霊と対峙する。
その悪霊が最後に残していった言葉、それに従ってここにきていた。
兄妹と思える仲のよさそうな2人を見つめながら、全員その悪霊の言葉を思い出していた。

「ふはははは・・・どうやらオレは最後らしいが、ゴーダスの息子よ・・・無事お前の身体を取り戻すことができるかな?お前の身体は我々の仲間だった霊が奪うようにして持っていった。そう、今思えば最良の手段だったというわけだ。我らを倒した褒美だ。教えてやろう。ロベカリナ山脈にあるチチカという小さな村へ行ってみるがいい。そこのキートとティナという名の兄妹を尋ねるんだな。・・おそらく取り戻すことは不可能だろう。それでも取り戻すと言うのなら、さすがゴーダスの息子だというべきか?・・・あーっはっはっはっ・・・・」


そこまで来る途中で、2人の兄妹のことはいろいろ聞いて分かっていた。早くに両親を失い、兄が親代わりとなって2人だけで暮らしていること。そして、妹のティナが高熱を出して死にそうだった時の薬代の為に魔物狩りに出かけ、命を落としたこと。
2人を知る村人は口を揃えて言った。
「本当に仲の良い兄妹なんだ。きっと神様からの贈り物なんだろう。死んだと思ったキートがある日突然帰ってきたんだよ。苦労したのか顔つきがずいぶん変わってたが、ティナにはすぐわかったようだった。ホントに奇跡だよ。」

今身体を返してもらったら、身寄りのないその少女は一人ぽっちになってしまう。兄だけが頼りであろうまだ幼い少女が。

「あ・・・・」
ミルフィアに気づいた少年が顔色を変えて立ち止まり、じっとミルフィアを見つめる。歳こそ自分より上だが、ミルフィアが何者なのかわかったようだった。
「お兄ちゃん?どうしたの、お兄ちゃん?」
少女が不思議な顔をして少年を上から覗き込む。
「あぁ・・なんでもないんだ。ちょっと向こうで遊んでおいで。」
「うん!」
肩から降りた少女は少し離れた花の咲いているところへと走っていった。
「あの・・・」
「あ、いいんです。いいんです。」
申し訳なさそうに話し掛けてきた少年に、ミルフィアは思わずそう言っていた。
「いいんです。妹さんとお幸せに。」
「あ!お嬢ちゃん!」
「ミルフィア!」
くるっと向きをかえるとミルフィアは走った。ミルフィーに元に戻ってもらいたい。でも、その兄妹から幸せを奪うことはできない。2人きりの兄妹にとって、お互いがどんなに必要なのか、それはミルフィア自身が一番よく分かっていた。しかも今の自分たちより彼らはうんと年下。少女から兄を奪うなんてことはできるはずがなかった。


「フィー・・ごめんなさい、フィー・・・・わたしにはできない・・・できないわ・・・」
一人泣き崩れるミルフィアに、誰も声をかけることができず、じっと見つめていた。


いつしかミルフィアはそのまま眠りの中へと入っていった。
「フィア。」
「フィー!」
その眠りの中でミルフィアはミルフィーと会っていた。
「フィー、私はどうしたらいいの?・・・できないの、私にはあの女の子からお兄さんをとるなんて・・・そんなこと。」
両目に涙を溢れるばかりにためて、ミルフィアはミルフィーに謝る。
「分かってる。ぼくだってできないよ、そんなこと。」
「でも、フィーは・・フィーは・・・・」
ミルフィーはミルフィアをぐっと抱きしめた。
「いいさ。こうして時々フィアには会えるし。だから・・・。」
「でも・・・・フィー・・・・」
悪霊との戦いで、最後の最後、彼らを守るために輝きを放ち、銀龍の涙の結晶は消滅してしまっていた。今すぐにでも身体を手に入れなければ、ミルフィーは二度と生き返れない。その魂はもうこの世に留まってはいられない。

「ミルフィー、ミルフィア。」
やさしい女性の声がした。
「え?」
周囲の暗闇にぼんやりと1人の女性の姿が現れる。
「なんだ、あんたか。」
ミルフィーががっかりしたように言ったその人物(?)は、幽霊魔導師。
「生き返る手段は1つだけあるわ。」
「え?!」
幽霊魔導師の言葉に2人は驚く。
「でも・・・少し違った形なのだけど。」
「違った形?」

幽霊魔導師は説明した。それはミルフィーとミルフィアが1つの魂に融合し、1つの肉体に宿るということ。
「ち、ちょっと待ってくれよ、それじゃ方法って言えないぞ?」
期待して話を聞いたミルフィーが肩を落とす。
「・・・・私、私はそれでもいいわ。」
「フィア?」
「フィーがいなくなるなんて私耐えられない。・・・もともと双子なのだし、ずっと一緒にいられるのなら・・・。」
「でも、フィア!」
それは確かにミルフィーも感じていた。1つの根元から2つに割れた自分たち。何よりももう1人の自分の存在の方をより強く大きく感じていた。その1つが枯れれば、自分自身も枯れてしまう、そう感じていた。が、かといって1つの魂になるということは・・・ミルフィーでもなくそしてミルフィアでもなくなる?
「お願いです、それで十分です。そうすれば私はフィーと一緒にいられるんです。今までよりずっと近くに。」
「フィア・・でも・・・」
ミルフィアを犠牲にすることになる、と躊躇するミルフィーとは反対に、ミルフィアはがんとして考えを変えなかった。

「本当にそれでいいのかい、フィア?」
「ええ、いいわ。それにもともと1つなのよ、私たち。きっとそれが本当の私たちなのよ。お母さんのお腹の中でどういうわけか2つに別れてしまったのよ。」
「フィア。」
「話は決まって?」
やさしく微笑んで幽霊魔導師が2人に手を差し伸べる。
「はい。」
「ああ。」
「それから、もう一つ。その剣の持つ白い光が必要なの。剣を失うことになるけど。」
「そんなことは構わない。」
「じゃー、始めましょうか。」

幽霊魔導師は、自分の手の上に2人の手を重ね合わさせる。そして、その上に剣を重ね、最後にもう片方の自分の手を重ねる。

「聖なる光よ、その輝きをもち、・・・・我が藍の巫女としての遠見の血にかけ、我が血に連なるものたち、我が手によりて割った魂を、元に戻さん。」
(割った?)
2人は思わずその言葉に反応する。
剣が白く光り始める。
−ばあああああ・・・・・・・・・・・・・・・・・−
徐々に大きくなるその光に、3人は包まれ、そしてなつかしいような温かさに包まれる。それは母親の胎内の温かさ。母のぬくもり。
「愛する子らよ・・・私の愛し子よ。あなたたちは1つだった。それを分けたのは私。」
幽霊魔導師のやさしい声色が2人の心に響いた。
「え?」
2人はその温かさの中で同時に驚いていた。身体の感覚はもはやなく、心だけが真っ白な温かさの中で反応していた。
「遠見の力が見せてくれた。あなたに起きる悲劇を。悪霊に飲み込まれるあなたを。」
「お母さん?」
「私は生きていてほしかった。生きる喜びを知ってほしかった。例えそれが困難な道のりの先であったとしても。だから、遠見の巫女の血と私の命をかけて1つの魂を2つに、そして1つの肉体を2つに分けた。」
「・・母さん・・・・」
「そして、私は時を待った・・・記憶を消し、魂のみでもこの世に留まることができる唯一の場所で。」
やさしいくとても温かい声だった。2人はその温もりとやさしさの中で徐々に意識を失っていった。


「う・・ん?」
「ミルフィア!」
気づいたミルフィアの目に心配気に覗き込むレオンたちの顔が映っていた。
「ミルフィア・・・」
ゆっくりと身体を起こすと、ミルフィアは元気よく言った。
「私なら大丈夫。帰りましょ、私たちの場所へ。」
「だけど・・・。」
全てを吹っ切ったようににこっと笑うミルフィアに、心は残ったがレオンたちは自分たちの時代に戻ることを決心した。

 


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