青空に乾杯♪


☆★ <<第68話>> 剣への誓い(2) ★☆


 「ちょっとこっちに来るんぢゃ!」
「あん!なによー、おばーちゃん・・・・・」
老婆は有無を言わさずカルロスにまとわりついているレイラを引き離すと、そのまま彼女を引っ張るようにして少し距離をおいたところで、話をはじめた。
レイラが近くにいなくなったことにほっとし、ミルフィーはふとあることに思いついてカルロスに聞く。
「その誓いは時をさかのぼる事が交換条件だったよな?」
「ああ。そうだ。それが何か?」
「じゃー過去へ行くことをやめれば、誓いは?」
「そうだな・・、それが前提だから、ないことになる。」
「だな。・・・そうなんだよな。」
「なんだ?」
「だから、カルロス、誓いはないんだ!過去に行かなきゃいいんだ。そうすれば。」
目を輝かせて言うミルフィーに、カルロスはゆっくりと答えた。
「身体はどうするんだ?お嬢ちゃんがそれで納得するか?あれ以上魔窟を彷徨っていても何の手がかりもないと思うし、それに実際身体があるかどうかもわからないんだ。宿主のない身体がいつまでもつと思う?それより過去へ行った方が確実性も高まるというものじゃないか。」
「ちょっと待て・・・そりゃオレだって生き返りたいさ。だけど・・フィアを悲しませてまで・・・オレはそんなのイヤだ!」
「そういって過去行きを取りやめたとしても同じことだろ?お前が元に戻らなければ、お嬢ちゃんは・・いつまでもその幻影を追ってこんな生活を続けるんだ。それよりもさっさと過去で身体を見つけた方がいい。なに、今はちょっと意外な展開にショックを受けてるだけだ。オレを犠牲にするのではないかと思って心が揺れてるんだ。時がたてば落ち着くさ。実際・・オレを思っているわけでもないはずだからな。」
「・・・そう思うか?」
「ミルフィー・・・」
沈んだミルフィーの顔がミルフィアと重なり、カルロスはどきっとする。
「ああ、多分な。」
たまらなくなり、ミルフィーから目を背けてカルロスは小さく答え、そして一呼吸おいてから再びミルフィーの方を見て続けた。が、その視線にミルフィーの姿はとらえていない。
「たとえそうだったとしても・・少しは思っていてくれたとしても・・・後はお前達がついていればお嬢ちゃんも立ち直るだろ?結構気丈なところがある。大丈夫だ、お前さんの妹は、見た目よりしっかりしている。あとは時がたてば・・・一時の思いも少しずつ風化する。・・・思い出になって。」
「仮にフィアはそれでいいとして、あんたはどうなんだよ?」
「オレか?オレは・・・そうだな、先の事はわからんが・・そう悪くないと思ってる。」
「悪くないって・・・時の魔女と一緒に暮らすことが、か?」
「ああ・・・」
にやりと笑ってカルロスは付け加える。
「お前も男ならわかるだろ?」
が、その笑みと言葉は本心からなのか、それともそう自分自身に思わせようとした心が言わせたのか、カルロス本人もわかっていなかった。いや、どちらなのかを判断する事を無意識にためらっていた。
「何をだよ?」
「わからんか?そうか、まだお子さまだったか。はははっ。」
「おい!カルロス!」
からかわれたと思った怒ったミルフィーに、カルロスは笑いながら続けた。
「あれだけの女は、一生かけても手にはいるかどうかわからないぞ?」
その言葉で、レイラの悩ましげなそして妖しげな笑みと白くしなやかな、そして艶やかな肢体がミルフィーの脳裏に浮かんだ。
「・・か、勝手にしろっ!」
ようやくカルロスが何を言いたいのかわかったミルフィーは、怒りのせいだけではない赤い顔をもっと赤く染め、捨てぜりふを投げつけて姿を消した。
「まったく・・・青いな。・・・まー、お嬢ちゃんの兄さんだからしかたないか。」
よく似た性格だ、とカルロスは苦笑いする。

−ツンツン!−
少し間があってから、空に目を這わせぼんやりしているカルロスの剣の先を、火龍の少女がひっぱった。
「ん?何か用か?火龍のお嬢ちゃん?」
いつのまに戻ってきたのか、何の用があるのだろう、とカルロスは少女を見る。
「ホントに男の人って正直じゃないのね。強がりばかり言ってて。」
少女はさきほどのミルフィーとのやりとりを聞いていた。立ち聞きするつもりではなかったが、顔を出す機会がなかった。
「なんだ、いきなり?」
「まー、いいわ・・・それだけ姉様のこと思ってるからということにしてあげる。」
「はあ?」
何のことだかわからないという顔をして自分を見るカルロスにくすっと笑ってから少女は本題に入った。
「あのね、カルロスは『剣』と『ミルフィア姉様』とどっちが大切なの?」
「は?」
なぜ今そんな質問が?とカルロスは思わず聞き返す。
「だから、答えてほしいの、剣は剣士の命だから、やっぱり『剣』?それとも?」
カルロスは軽く笑いながら、少女を膝の上に乗せた。
「お嬢ちゃん、確かに剣は剣士の命だ。だが、その命をかけて守りたい者がいるからこそ剣士でいるんだ。わかるか?」
「う〜〜ん・・・・わかるような、わかんないような・・・・で、結局どっち?そうね、姉様と考えなくていいわ。その守りたい者とで比べて、剣士として一般的に考えてみて。」
「一般的に・・・か。」
たとえ相手は幼い少女でもその真剣な瞳に、カルロスはしばし考えてから答えた。
「そうだな、やはり守りたい者・・・かな?」
「じゃー、簡単じゃない?」
「何がだ?」
そう言いながら、少女は内緒話をしようというジェスチャーを取る。
レイラも幼い火龍の少女までは気にしていない。というより老婆がしっかりと掴んでいて離さなかった。山盛りのお説教のごとく老婆の話につきあわされていた。が、そのお説教もカルロスの誓いのことだけは解決に結びつきそうもなかった。
少女はそんな2人をちらっと見てからカルロスにそっと耳打ちする。
「この剣、折っちゃえば?」
「は?」
「剣にたてた誓いなら、剣がなくなれば効力なくなるんじゃない?」
「あ・・・そ、そうともいえる・・・・・かもしれんな・・・」
そんなことは考えてもみなかった。
「そうじゃなくてもこじつけちゃえばいいのよ!」
「あ、ああ・・・・それはいいとして・・・」
それもそうだとは思ったが・・・、無意識にカルロスの視線は長年愛用している剣へと飛んだ。
「なーに、やっぱり剣がなくちゃだめなの?もしかして、素手だと守れる自信がないの?」
「いや、そんなことはない。剣があろうとなかろうと、命に代えて守ってみせる。」
そのカルロスの言葉に満足して少女はにこっと笑う。
「よかった。それでこそカルロスよ。それに代わりの剣なら手に入るでしょ?もっとも今持ってる物みたいな極上品はなかなか入らないかも知れないけど。」
言いたいことをぽんぽん言うこの少女を、カルロスは呆れながらも、しばらく見つめていた。そして久しぶりにカルロスらしいさわやかな笑みを見せた。
「ありがとう、火龍のお嬢ちゃん。だが、そう言ってくれたということは、オレとお嬢ちゃんの大好きな姉様との間を認めてくれたということか?」
「だって・・・この場合、そうするしか仕方ないでしょ。」
「ははは・・そうか、悪いな。」
「だって・・・姉様の悲しそうな顔、見ていたくないから。」
「悲しそうな顔?」
「そう・・・ずっとふさいでるんだもん。お庭の木の下のベンチに座ったままぼんやりして・・。」
「そうか・・。」
神妙な顔をしながら、心の中で思わずカルロスは、もしかしたら、と自分に対するミルフィアの気持ちに希望を見つけて嬉しさが踊る。
「うん。あたしね、姉様の笑顔が大好きなの。とってもあたたかくなるの。おかあさんといったら悪いけど、そんなあたたかい感じがして。」
少女は自分の胸に手を当て、ミルフィアの笑顔を思い浮かべながら話す。
「そうだな、そしてそれは、オレも、姉様の兄さんも、そしてお嬢ちゃんのレオン・パパも他のみんなも一緒なんだ。ミルフィアにはいつも笑顔でいてもらいたいと思ってるのさ。」
「うふ。そうよね。」
にっこりと笑って満足そうに少女はカルロスの膝から下りた。
「ということで、過去へ行って戻ってから壊しちゃえば万事OKよね?」
「ああ、そうだな、レイラは激怒するだろうがな。」
「くすっ・・あはは・・・は・・・」
思わず大笑いしそうになり、慌てて口をふさぎ、少女はカルロスにウインクした。
「このことはみんなには内緒にしておきましょ。敵を欺くにはまず味方からって、ね♪」
「まったく・・お嬢ちゃんにはかなわないな。」
「ふふふふふっ!姉様のことはあたしに任せておいて!ねっ!」

そして、その翌日一行は過去へ旅立った。
それについては、一つだけよかったことがあった。それは聖魔の洞窟の奥、魔窟の最深部近くにレオンの命の炎を置いてきたことを思い出したことだった。
ともかく、まずそこへ転移をしてから、時間移動することにした。目的地はかなり近いはずだ。が、それはつまり一気に強力な魔物や悪霊の前に出ることにもなる。今までにない緊張感を覚えながらの出立だった。
もっともカルロスは、明らかに沈んでいるのにわざと明るく振る舞っているミルフィアに、声をかけたくてしかたがないのを必死で堪えていた。それは勿論、沈んでいる理由はもしかしたら、という考えがあったからであり、だからこそ、声くらいはかけても支障はないといえど、もしそうしてしまった場合、カルロス本人がそこまでで自分をセーブできる自信がなかったからだった。
火龍の少女はそんなカルロスを見ては、時々本人だけにわかるように、ジェスチャーでカルロスをからかいながら楽しんでいた。


果たして無事にミルフィーの身体を見つけることができるのか。全員今度こそと思いつつ、そして思い思いの気持ちを抱きながら時の旅へと出発した。

 


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