☆★ <<第66話>> 大激怒合戦 ★☆


 「みんな揃ったようだな。それじゃそろそろ行くとするか。」
大樹の手前には直径3mほどの五芒星が描かれていた。
全員揃っていることを確認したカルロスは静かに剣を抜き、五芒星の中心にぐっとそれを突き立てる。
と、静かな波動と共に、地面に描かれた五芒星の線がその中心から銀色の光を帯びてくる。
「す、すげーーーー」
「きれい。」
全員、思わずその美しさに目を見張っていた。
−ブーーン・・・−
五芒星全てが銀色に染まると、かすかだがそれは一定の波長を持った振動音を奏で始める。
と、突然白い手が中心に現れる。中心に刺さったカルロスの剣をその手が握りしめると同時に、腕からゆっくりと手以外の部分が見えてくる。
腕、肩、右半身、左半身、もう片方の肩、そして腕・・・両手で剣を握りしめると同時にその頭部が現れる。妖艶な笑みをたたえた時の魔女がそこにいた。
「円陣の中に入ってくれ。」
カルロスの言葉に、全員そろそろと五芒星の中に足を踏み入れ、入ったのを確認すると、カルロスは時の魔女に目で合図をする。
その合図を受け取り、にこりとカルロスに笑みを投げかけた後、ゆっくりと目を閉じた時の魔女は呪文を唱え始めた。

「我は時を翔る者にして、幾千の闇、幾千の陽を知る者。・・・命の満ち欠けの時を告げ、時の流れを記す者。時と共に流れ、行き来する者。無限なるその流れの中、我、今ここに集いし者たちをその中に落とさん。・・・」
そして、その両の目を開け、カルロスに手を差し出す。
「我が最愛の夫、カルロスの欲する時の流れの中に。」
「な?!」
「え?!」
「?!」
「は?!」
全員時の魔女の言葉に耳を疑った。思わず上げたレオンたちの驚きの声は五芒星から沸き立つ振動音でかき消されていた。五芒星は今まさに時の流れの中に旅立とうとしていた。うごめく空気の波で囲まれていた。
「さー、我が夫よ、我が手を取り、そして時の旅へ。あなたの示す時へ。」
うごめく空気の波の中、それ以上にそこにいた全員の心は、目の前に展開されている事に驚き、瞬き一つせずに時の魔女とカルロスを凝視していた。
それはもちろんカルロスも同じであり、自分に差し出された手を取る余裕などなかった。まさかここで『夫』と呼ばれるとは思ってもいなかったからである。
「ちょいとお待ちっ!」
「え?」
すっとその空気の波が消え、振動もなくなる。
老婆がカルロスの許に歩み寄ろうとした時の魔女の片腕をぎしっと握っていた。そして、訳が分からず呆然と立ちつくす面々。
「何よっ?!痛いじゃないのっ!」
さっと老婆から自分の手を引く時の魔女。
「まったく歳をとっても馬鹿力なんだから。」
「ふん!そんなことはどうでもいいさ。だけど、さっきのセリフはなんなんだい?」
「な、なによ、ジーナ、そんな恐い顔して。」
老婆は今まで見せた事のないような恐い表情で怒っていた。
「カルロス!」
そして、その顔をそのままカルロスに向ける。
「ひょっとして、ひょっとしたらと思ってたが・・・お前さん・・・」
「あ、だから、おばば、成り行き上だな・・・」
さすがのカルロスも焦って答えにつまる。
「あの子の顔を見てもそう言えるのか?」
老婆が顎でさした先、そこには青くなり呆然と立ちつくしているミルフィアがいた。
「あ・・わたし・・べ、べつに・・・・あ・・・」
そこにいる全員の、そしてカルロスの視線に、ミルフィアははっとする。前で組まれた手が震えていた。そう、単にカルロスは探索の仲間のはずだった。が、なぜかミルフィアはカルロスと視線を合わせることができなかった。
−ダッ−
無意識のうちにミルフィアはその場から逃げるように走りだしていた。
「お嬢ちゃん!」
走り去っていくミルフィアの姿に、我を忘れたカルロスは追いかけようとする。
「まさか追いかけるんじゃないでしょーね、カルロス。」
魔女のその一言で、走ろうとしていたカルロスの身体が硬直する。
「そんなことしたら彼女がどうなるか、わかってるはずよね?」
そしてゆっくりと魔女はカルロスに近寄り、立ち止まったままのカルロスの顔をそっと両手で包む。
「そうよ、いい子ね。私のあ・な・た♪」

−ごごごごご〜〜〜〜・・・−
炎の音・・ではなかった。そんなことは誰が予知しただろう。おそらく誰もしない。
そう、それは、老婆の怒りの音だった。
「レイラ・・・・お前って娘はぁ〜〜〜〜!!!!」
「え?」
その声とただならぬ怒りの気配に振り向いた時の魔女は愕然とした。そこには真っ赤になって怒った老婆がいまにも掴みかかろうと仁王立ちしていた。
「な・・なによ・・・・・だ、だめじゃない、名前を言っちゃ。私はベッドであま〜く『君の名は?』って囁いてもらうのが好きなのにぃ・・・」
「そう言う問題ぢゃな〜〜い!」
「きゃん!」
時の魔女は、老婆の勢いに押され、思わずカルロスにしがみつく。
「お前さんもお前さんぢゃぞ、カルロス!」
同じようにしがみついてきた時の魔女を、思わず抱きとめてしまったカルロスにも、老婆はその怒りを向ける。
「こういうことは、きちんと話さんか!」
「し、しかし、おばば・・・」
「しかし、じゃない!レイラ、お前にも言っておいたはずぢゃ、人の心だけは遊ぶんぢゃないと!」
「でも・・・カルロスが気に入ったのは本当なんだし・・・」
「ええ〜〜い、いつまでくっついておる気ぢゃっ!」
−カカッ!−
前触れもなく、不意に雷が2人をめがけて天から空気を裂くように勢いよく地面に突き刺さる。
「おっと・・・」
「きゃっ」
危うく直撃を受けるところだったのを、なんとか別れることによって避けたカルロスと時の魔女。
「おばーちゃん、暴力はんた〜〜〜い・・・」
「うるさい、この出来損ないの・・気まぐれ魔女がっ!お前など孫でも祖母でもないわっ!」
「は?」
予想しなかった展開にレオンとレイミアス、そして火龍の少女は未だに呆然としていた。そして、またしても意外な話に、今度はカルロスも加えて呆然とする。
「ふ〜〜んだ、その出来損ないの魔女に時操の術を頼みに来させたのは誰よ?」
「う・・そ、それはぢゃな・・・・。」
「だいたい、おばーちゃんが男を追いかけて時の巫女の座をほっぽりだしちゃったからこうなっちゃったんじゃない?!」
「ええーーー?!」
一同、すでに開いた口がふさがらない状態。
「・・・っと・・・」
形勢逆転?が、老婆は開き直り、逆転から脱却を計った。
「巫女にならず魔女になったのはお前がだらしないからぢゃろ?」
「仕方ないでしょ?!時の石までの道を示してくれたのは、神ではなく魔王だったんだからっ。」
ここまで勢いよく話すと、レイラは声を落として続けた。
「・・・時の止まった世界は・・・恐かったのよ・・・・だれもいなくて私だけで・・・どこまで行ってもみんな止まってて・・・私だって最初は神に祈ったわ。でも答えてくれなかった・・・もう気が狂ってしまうかと思った私に神の代わりに手を差し伸べてくれたのが・・・魔王だった。でも、私には希望の光だったのよ。あの時は・・・時の石を手にし、みんなが動き始めた時の感動って、おばーちゃん、分かる?」
老婆を悲しげな瞳で見てから続ける。
「・・でも、その代わりに私は一族からも友達からも見放された。魔女になってしまったから・・・巫女じゃないから。巫女はいいわよね、尊敬されてちやほやされて。でも、同じ事してるのに魔女だというだけで嫌われるのよ?別に悪いことなんてしてやしないのに。分かる?おばーちゃんはこうやって楽しく人としての人生を謳歌してるけど、私は・・・ひとりぽっちなのよ、ずっと。これからもずっと。少しくらいのわがままいいじゃない?!」
「・・・・・っと・・・・・」
レイラの心から出たその言葉に、怒りに燃えていた老婆も言葉を失った。
そして、冷静になる。
「ぢゃが、人の心をもてあそぶのは良くないぞ。」
そっとうなだれているレイラの頭に手を置く。
「だって・・・」
よ〜〜く説明してもらいたい状況だったが、ともかく、それで一件落着かと思われたその時。突如カルロスの鼻先に剣が見えた。
そして、その剣の刃をたどっていくと、そこには、当然と言おうか、烈火のごとく激怒したミルフィーがいた。
「どういうことだ、カルロス?この期に及んでフィアを泣かせるなんて、どういうことなんだよ?!」
「あ、・・だから、ミルフィー・・・」
「オレに・・・いや、フィアに言った言葉は嘘だったってか?オレは・・・以前はどうだったかはしらない、が、オレはあんたの誠意に掛けたんだ。あんたの心の中には、誠があるってな・・・だけど、なんだ、これは?どういうことなんだよ?事と次第によっちゃただじゃおかねーぜ!」
「いや・・そう言われてもだな・・・」
返事に困るカルロス。
「待って、フィー・・・そうじゃないの、そうじゃないのよ。」
肩で息をして駈けてきたミルフィアがミルフィーの後ろから抱きつく。
「カルロスは悪くないのよ。・・それにさっきはびっくりしただけで・・・わ、わたし別に・・・」
やさしくミルフィアの頭をなでると、ミルフィーは自分にしがみついているミルフィアの手をそっと離させる。
「さっき言った事も本当だが、その実、気に入らなかったのも本当なんだ。剣を取れ、カルロス。オレと勝負しろ!」
「ええ〜〜〜!!!」
今度はレオンとレイミアスが2人の間に立ちはだかった。
「出てくるなり冗談はよせよ・・・あ、冗談じゃないよな・・・それは分かるが・・・な、ミルフィー、落ち着けって!」
「そうですよ、ミルフィー、ここはゆっくり話し合って・・・」
「うるせー!!!」
「おおっとっと・・・」
レオンとレイミアスもミルフィーの振った剣でその場を退いてしまった。
剣を構え、鬼のようにカルロスを睨むミルフィー。レオンもレイミアスももう止められそうもないと覚悟した。その時・・・
「嫌いよっ、フィーッ!」
「なん?」
ミルフィアのその一言でまさに斬りかかろうとしていたミルフィーの身体が硬直する。
「そんなめちゃくちゃなフィーなんて大っ嫌い!」
両の拳を握りしめ、ぐっとミルフィーを睨み付けているミルフィア。
「あ・・・だから・・・フィア・・・・・あ、あの・・・フィア?・・・」
「知らないっ!」
思わず手にした剣を鞘に戻してミルフィアに駆け寄るミルフィーを無視してくるっと向きをかえるミルフィア。
「だからさ・・もう止めたって・・・フィア?・・・・フィーア?」
顔をのぞき込むとまた違う方向を向く。その繰り返しは・・・端から見るとまったくもってあほらしい。まるで夫婦喧嘩は犬も喰わないという見本状態。もっとも2人は夫婦でも恋人同士でもなく、兄妹だが・・・。呆れはてて見ている気もなくなったレオンとレイミアス。
「ぷっ・・・くくくっ・・・もう、しょうがないわね、許してあげる。」
「フィア・・・・」
軽く笑ったミルフィアとようやくお許しが出てほっとした表情のミルフィー、そして、呆れ顔のレオンたちがため息をつきながらも、一応物騒な騒ぎが収まってほっとする。
が、肝心な問題は・・・・何も解決していない。依然として重い空気が全員を包んでいた。

 


【前ページへ】 【青空に乾杯♪】Indexへ 【次ページへ】