☆★ <<第64話>> 孤高の剣士 ★☆


 −ドカカッ、カカッ・・・・−
これ以上スピードがでないほどの勢いで駆けている馬上、カルロスの気は重かった。
「私のあなた、いいこと?浮気は絶対だめよ♪見ていないからいいと思ったら大間違いよ♪ううん、あなたをどうこうっていうんじゃないわ。ただ、相手の女に・・そうねー、100歳ばかり歳をとってもらおうかしら?明日、ううん、1分後に死神のお迎えがきてもいいくらいのおばーちゃまにね。特に気をつけなくちゃいけないのが、あなたが心を決めたとか言ってた女性。手を取ったが最後、彼女は百ん歳のおば〜ちゃまよ♪」
時の魔女の言葉がカルロスの頭の中を駆けめぐっていた。
(かと言え・・・他に方法は・・・・魔窟にはそれらしき手がかりもないし・・・・・)
散々老婆と相談して決めたことだった。しかし、まさかこのような結果になるとは、老婆もそしてカルロスも予想だにしていなかった。
が、今更後悔しようがない。神聖な誓いは破るわけにはいかない、己のそして剣士の誇りにかけて。
カルロスはそんな自分の気弱な考えを叱咤し、誓いの実行を今一度自分自信に確認させるように言い聞かせると、二度と迷わない事を自分自身に誓った。
ミルフィアとのことは、二度と考えまい、と。

 「よー、お嬢ちゃん、元気だったか?」
「・・・カルロス?」
老婆の家、ちょうど庭先にいたミルフィアに、カルロスはいつも通り声をかける。
が、態度はいつもと違っていた。普通なら次に続くのは、そっとミルフィアに添えられる手とささやき。が、ミルフィアの笑顔を確認したのみで、すっとその傍を通り過ぎる。
「おばば、いるか?」
家の奥へ声をかけながら、カルロスは中へと姿を消した。
(・・・え?・・・・)
カルロスの行動を警戒し、会った瞬間身を少しだが固くしたミルフィアは、つい不思議に思ってしまった。
(あ・・別に期待してるわけじゃないけど・・・ただ、いつもだとその後・・・な、何考えてるの、私ったら。)
思わず自分の考えに頬が熱くなってきたミルフィアは、慌てて頭の中のそれをうち消す。
(そ、そうよ、単にパターン化してるからそう思ってしまうのよ、そうよね、そうに決まってる。)
そして、大きく呼吸をしてから家の中へと入っていった。

家の奥では、老婆とカルロスが小声で話しているようだった。
(立ち聞きはよくないわよね。必要なら話してくれるでしょうから。)
そう思ったミルフィアは聞きたいのをぐっと我慢して台所へと向かった。
「お茶でも入れて持っていってあげましょ。」

お茶を入れてちょうど話が途切れたところだった奥の部屋に入ったミルフィアを待っていたのは、これ以上ない朗報だった。
「カルロス、ありがとう、カルロス!」
嬉しさのあまり、思わず腰掛けていたカルロスの首に腕を巻き付けて抱きつくミルフィア。
もしかしたらもうミルフィーの身体の手がかりは見つからないかもしれないと気落ちしていたミルフィアは、新しい道を見つけたような気がして嬉しかった。
「おいおい、お嬢ちゃん。オレは時をさかのぼれるように話をつけてきただけで、兄さんの身体が確実に見つかると決まったわけじゃないんだぞ?」
そう言ってしまってから、言い過ぎたことにはっとするカルロス。ミルフィアのとったその行動に驚いて、自分の気持ちを押さえようと思わず口からでた言葉だった。
「あ・・い、いや、見つかるさ、いや、見つけてみせる!きっと!」
「あ・・・。」
あまりにもの嬉しさについカルロスに抱きついてしまったことを恥じ、ミルフィアは顔を赤く染めながらはじかれたようにカルロスから離れた。
「ご、ごめんなさい。わたし・・・嬉しくて・・・今度こそ見つかるような気がして・・・」
「そうだな。」
抱きしめたい衝動にかられながら、カルロスは努めて冷静に、そして笑顔で言う。
「今度こそ見つけようぜ!」
「ええ。」
希望で輝いた瞳のミルフィアの笑顔からすっと視線を逸らすと、カルロスは老婆と出発するための相談を始めた。

「カルロス・・お前さん・・・・」
ミルフィアが部屋を去った後、老婆はカルロスの目をじっと見つめる。
「な、なんだ、おばば。ん?なにか?おばばもオレがいなくて寂しかったのか?」
−パッコーン!−
「いてっ!何するんだ、おばば?」
「ふん!年寄りを甘く見るんじゃないよ。」
「おばばを甘く見てる奴がいたら、会ってみたいぜ?」
杖で叩かれた頭をなでながらカルロスは冗談っぽく言った。
「交換条件は何に決まったんぢゃ?」
「ああ、たいしたことじゃないから気にしないでくれ。」
瞬間だったが、確かに即答とは言えない間があった。それに気付かない老婆ではない。
「『たいしたことじゃない』?」
「ああ。」
「あの魔女の交換条件が、ぢゃぞ?」
「ああ。魔女だろうが天使だろうがこのオレ様にかかっちゃどうってことないさ。胸を焦がす熱い視線と囁き。これで十分。」
「カルロス・・・・」
「じゃ、ほとんど不眠不休で駆けてきたんだ。帰って休ませてもらうぞ。明日また来る。」
それ以上そこにいると老婆に追求されそうだった。いや、おそらく老婆にはもう有る程度の察しはついているはずだった。
カルロスは何か言いたげな老婆を無視して部屋を出ると、そのまま馬に乗っていつも使っている村の宿へと向かった。

「あら?カルロスは?外にでも出てるの?」
夕食の支度がすみ、老婆の部屋へ呼びに来たミルフィアは、そこになかったカルロスの姿を探しに外に出ようとする。
「あ、嬢ちゃん、カルロスは宿へ帰ったんぢゃ。」
「宿へ?・・・確かに泊まる部屋はもうないけど、でも、いつもならお食事はしていくのに?」
「疲れてるんぢゃろ。何しろ駆け続けぢゃったからの。」
「そう・・なの。」
残念そうに肩を落とすミルフィアに老婆は微笑んでわざとからかった。
「なんなら持っていくか?」
「あ!そうよね、持っていって温めてあげれば・・」
「これこれ・・・」
老婆にしてみればからかったつもりだった。そして、持っていくはずがないと思っていたミルフィアのその返事に、反対に老婆の方が焦る。
「今から持っていけば、今日は帰しちゃくれないぢゃろうの。」
慌てておどしを付け加える老婆。
「あ・・・・」
老婆の言葉が何を意味しているのかくらいミルフィアでも分かる。ミルフィアの顔が一気に赤く染まった。
「ふぉっふぉっふぉ!」
「もう!おばーさんの意地悪!」
老婆のその言葉で自分がからかわれた事を知って、ミルフィアは軽く老婆を睨む。
「まー、それは冗談(でもないとも言えるが、)・・・ともかく、今日はカルロスも疲れておる。持っていってももう寝ておるかもしれんしの。」
「そうですね。」
「それに、来たいときはこっちが断っても来るんぢゃから、そこまでしてやることもないぢゃろ?」
「はい。」
少し残念のような気もしながら、ミルフィアは老婆と共に台所へ向かった。


「ふ〜・・・さっきは焦ったぜ・・・・。」
ミルフィアと老婆とのやり取りの少し前、老婆の家から村へ向かう途中の丘にカルロスの姿があった。
馬を止め、カルロスはしばし老婆の家の方角を見つめていた。
「別にただ抱きついただけじゃ、ならないらしいな。それともあれは単なるおどしか?」
が、時の魔女の笑みを思い浮かべて、それを打ち消した。
(いや、冗談を言ってる目じゃなかった。というより楽しんでいる風にも見える笑みだったが・・・。)
ふ〜、と今一度ため息をつく。
(オレがその気で触れれば、ということ・・・なんだろうな。普通に触れただけでなってしまったら一気に老婆が増えてしまうからな。)
そんなことを考えながら、ふと腰の剣に目がいったカルロスはふっと苦笑いする。
「訳のわからん『時』にたてた誓いなら、全てが終わってから知らぬ存ぜぬで通してしまおうと思ったが・・・己の剣をかざしてたてた誓いとなるとそうもいかない。剣にたてた誓いは・・・絶対だ。」
自らの命と、時と場合によっては多くの人の命をかけることになる剣。剣は、剣士の誇り。長年使ってきた名刀ともなるとなおさら思いが篭っている。誰が知らぬとも己自信が知っている。誓いを破ることは、己を裏切ること。
「悪いな、お嬢ちゃん。お遊びのつもりは毛頭なかったんだが・・・どうやら縁はここまでだったらしい。が、兄さんの身体はなんとしても見つけてやる。たとえその時がお嬢ちゃんとの別れの時だとしても。」

「はーッ!」
そして、カルロスは再び馬を駆って走り始める。抱きついてきた時のミルフィアのぬくもりと匂いを記憶から振り払うかのように、無心に馬を駆っていた。

 


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「それに・・・時の魔女なんだ。考えようによっては美味しいシチュエーションなのかもしれん。」
宿でベッドに横たわりカルロスは一人考えていた。一気に眠りの泉に引き込まれそうなほど疲れているのに、なぜか頭は冴えていた。
「老婆とお子さまは、いただけんが(オレはロリではない)、それこそほんの少し青い果実から熟れて食べごろの果実まで変化(へんげ)は自由自在だからな。」
「おい!こら!カルロス!何を言ってるんだお前はっ!」
もう一人のカルロスの声が響く。
「・・・・そうでも思わなきゃ吹っ切れんだろ?」
「女殺しのカルロスが、あんなお嬢ちゃんにそれほど真剣になろうとはな。滑稽だぜ。世の中にはお嬢ちゃんよりいい女だっているんだぜ?それを・・・たかが一人の少女の為に自分の心まで偽ってまで尽くしてどうするんだ?そこまでやってやっても見返りはないんだぞ?」
「そうも思うが・・・好いた惚れたってのはそんなもんだろ?」
「で、結局これっぽっちも思っていない女にしばられるのか?しかも永遠にだぞ?いくら果実はよりどりみどりとは言っても好きでもない女と今後ずうっと長い時を一緒に暮らしていくなんざ・・・・」
「そうだな、できれば願い下げしたいところだが・・・」
「だが?」
「お嬢ちゃんが幸せになるならそれでいいさ。」
「・・・カルロス・・・お前がそこまでお人好しだったとは知らなかったぜ。」
「オレもだ。・・それに、ずっとこうだとも限らないだろ?結構魅力的な女性だぜ、彼女は。」
カルロスは誓いをたてる前に魔女の名前を聞いたときのことを思い出していた。
『あら・・女の名前はベッドの中で聞くものじゃなくて?』
その時の微笑みは、思わずぞくっとし、どんな強靱な精神の持ち主でも男である限り逆らうことは不可能だと思えるようなものだった。
「今は全くでも、一緒に生活するようになれば惚れるかもしれん・・・あるいは、彼女がオレ以外の男を好きになるようなこともあるかもしれん・・・・」
「お嬢ちゃんがその気になったらどうする気だ?」
「・・・・・ならないようにするさ。レオンたちもその方が安心だろうしな。なに、上手くやるさ、下手な心配かけないように、今までどおりに声をかけていればいい。ただそれだけだ。魔窟でくぎをさされたところだし。ちょうどよかった、と言おうか・・・。」
「いいのかそれで?」
「いいもなにも・・・・・」
心の中のもう一人の自分との問答に、カルロスは、不意にがばっと起き上がる。
「未練だな・・・・オレはそんなに女々しい男だったのか?」
−ガシッ−
傍らに置いた剣を鷲掴みにすると、カルロスは宿を出、村の近くに広がる森へ入っていった。