☆★ <<第63話>> 時の魔女 ★☆


 −カカッカカッカカッ・・・・−
見渡す限り続いている荒野を速駆けする馬に乗っているのは、颯爽とした剣士。
それは、あれほど執着していたミルフィアの傍から現在姿を消しているプレイボーイ・・・カルロスの勇姿(?)。
「そろそろ見えてきてもいい頃なんだが・・・・」
−ぶるるるる・・・・−
馬を止めて辺りを見渡す。
(太陽の位置からみて方向は間違っていないはずだ。)
休息は可能な限り減らし、ひたすら駆け続けて、すでに10日がすぎていた。
「つくづく転移魔法の有り難さが身にしみるな。」
ないからこそカルロス一人で旅立つことを決意したのだが・・・その旅は、鍛え抜かれた屈強な剣士だからこそできる強行軍だった。

−カカッカカッカカッ・・・・−
再び駆けだして小一時間後、カルロスはようやく荒野の終着、こんもりと茂る森を見つけていた。
「ようやく入り口か・・・」
そう呟きながら、馬をせかして森の中へと急ぐ。

「一歩入っただけなんだが・・・・」
鬱蒼と茂る森の木々、所狭しと延ばされた枝で、一歩入っただけであるにもかかわらず、太陽の陽はほとんど見えなかった。
カルロスは、道と言うべき道ではないが、一応獣道と言えるような木々の間にあった隙間を進んでいった。

−ぶるるるる・・・・−
が、数分進むと、それ以上は馬では到底無理らしかった。
カルロスは適当な枝に馬の手綱をしばると、荷袋を背負って草木を分けるようにして奥へと進んだ。
「涼しいのがせめてもの救い・・だな?」
そんなことを呟きながら、が、好き勝手に伸びている枝や草で鎧以外のところはぼろぼろにもなってきていた。が、カルロスは立ち止まりもせず、ずんすんと奥へと進んでいく。まるで何かに誘導されているようにひたすら進む。

「ここ・・・・か?」
どのくらい進んだだろう、さすがのカルロスも肩で息をしていた。
蔦で全体を覆われた館の前で、カルロスは立ち止まってその乱れた息を整えた。そして背負ってきた荷袋の中から薔薇の花束を取り出す。それは老婆が魔法をかけたガラスの器の中に入っており、まるで今手折ったばかりのようにみずみずしい。
−コンコン−
軽くドアを叩いて返事を待つ。が、しばらく立っても返事はない。
今一度叩いてみたが、やはり期待した声はなく、カルロスはドアノブに手をかける。
−カチャリ−
鍵はかかっていない。どうするべきか、開けようか、と一瞬迷ったが、今一度ノックをしてみることにした。
−コンコン−
「・・・・誰もいないのか?」
思わず呟いたとき、中から老女の声がした。
「どなたじゃな?」
「カルロスと申す。おばばから連絡は来ていると思うが。」
「ふん?・・・・ジーナか・・・そういえば言霊が来ておったか・・。」
−ギギギギギーーー−
扉は軋みながらゆっくりと開く。
内部は薄暗い空間が広がっていた。陽の光が遮られた森の中を長い時間歩いてきたカルロスの目は多少は薄暗さに慣れていた。が、屋敷の中は何一つ見えない暗闇。カルロスは目を凝らして中を見つめながら、持ってきた薔薇の花束を抱えなおすと1歩足を踏み入れた。
「絶世の美女に会えると聞き、喜んでやって来たのだが・・これでは見ることもできないな。」
わざとらしくため息をつきながらカルロスは呟く。
「ほ〜、そうなのか?」
「ああ、そうらしい。」
「ジーナに騙されたと言ったら?」
「いや、おばばは嘘はつかん。」
「ふぉーっふぉっふぉっふぉ!」
ぽっと暗闇の中心に火が灯った。そして、徐々に大きくなるその明かりに照らし出される女性が一人。
それは先ほどまでの老婆の声からは想像もできないくらいの若く魅力的な女性だった。長く艶やかな黒髪、潤んだ黒曜石の瞳、真っ赤な唇と白い身体に吸い付くようにフィットした黒銀のドレス。
「・・・これは、これは・・・・」
「時の館へようこそ、剣士様。」
その声も明らかに今までのとは違っていた。若く張りがあり、そしてその容姿同様、魅惑的な響きがあった。男を惑わす危険なそれ。
全身から滲み出ている妖麗さに思わず引き込まれそうになりながらも、そこはぐっと堪え、カルロスは持ってきた薔薇の花束をそっと差し出す。
「まー、綺麗〜♪・・これ、私に?」
「ああ、そうだ。」
「ありがとう、剣士様。」
嬉しそうに受け取るとその女性は傍らの花瓶にそれを移す。
「それで、ええ〜と、カルロス様とおっしゃったかしら?よくこんな地の果てまでいらしたわね。」
彼女はカルロスにイスをすすめながら聞いた。
「あなたのような美しい人に会うためならどこへでも。」
「あら♪」
「も、あるが、おばばから用件も聞いてるんじゃないのか?」
「あらあら・・・」
最初の言葉で目を輝かせて嬉しそうに微笑んだ彼女は、続いてカルロスの口から出た言葉にがくっとなった。
「ほほほ・・・正直な方ね。普通最初の言葉でとどめておくものよ。」
「それもいいが、目的が果たせなくなってしまっては、はるばるやってきた甲斐がない。」
「ふ〜〜〜ん・・・・」
意味ありげな微笑みを浮かべ、彼女はテーブルを挟んで真正面に座ったカルロスをじっと見つめ、カルロスもその視線に応えじっと彼女を見つめる。

ハコさんからいただきました。
ありがとうございましたっ! m(__)m


しばらくそのままの状態で見つめ合っていたが、突然再び闇に覆われ、正面に座っているはずの女性の姿も見えなくなった。
そして、数秒後、再び明かりが灯った時、カルロスの正面にいたはずの若い女性の代わりに年老いた老婆がにまりと笑いを浮かべて座っていた。
「よほどジーナからしっかりと言い聞かされてきたらしいな。」
最初に聞いたしわがれた老女の声だった。
「ああ、耳にたこができるほどな。」
にやっと笑い返してカルロスは言った。
「らしいな。最初の言葉だけなら、それで終わり。あんたはずっとここでわしと暮らすことになってたぞ。」
「そうなのか?・・・が、あの姿ならそれもまたいいかもしれん。」
「ふぉっふぉっふぉ・・・口は災いの元だぞ、剣士殿。ここではそういった事は軽々しく言わん方がいい。」
「ふむ。」
冗談は言うべきじゃないと言うことか、と判断したカルロスは真剣な表情で老婆の話に耳を傾ける。
「で、じゃ・・・・ジーナは元気でやっとるのか?まだ飽きもせず迷宮探索なんてことをしておるのか?」
「ああ。ますます元気に、な。」
「そっか・・・で、またお節介心が出た、と・・・。まったくジーナの世話好きは死なんと治らんな。物好きなことだ。」
「で、さっそくだが・・・」
「急くんじゃないよ。あたしは急ぐのが大嫌いなんだよ。お互い初対面だろ?まずは、楽しくおしゃべりして、気心がわかってから本題に入る、と。そうでなくちゃ。」
「しかし・・」
「しかしもかかしもないよ。・・・・けど、そうだな、この姿よりやっぱりあの方があんたにはいいかな?」
すっと再び暗闇に覆われる。そして、数秒後、明かりと共に最初の女性の姿があった。
「お断りしておきますが、剣士様、さきほどの老婆の姿も私。この姿も私。どちらも仮の姿でも偽りでも、ましてや化けたわけでもないことをご承知おきくださいませね。」
あでやかな笑みをカルロスに投げかけ、彼女はきっぱりと断言した。
「そうなのか?オレには別人に見えるが。」
カルロスのその言葉に、女は一瞬呆れた。
「・・・あなた、本当に腕利きの女殺し?」
「は?」
あまりにも唐突に聞かれ、カルロスは唖然とする。
「ん、もう〜〜・・ジーナからハンサムで、腕利きの女殺しが来るって聞いたから、話に乗ることもOKしたのよ。もう!・・・久しぶりにう〜〜んと楽しませてもらえると期待してたのに。」
不機嫌そうに口をとがらせて文句をいう女。
カルロスはカルロスでつい老婆に文句を呟く。
「・・そんなことまで話さなくてもいいのに・・」
「でもそう聞かなかったら、ここまでどころか森も荒野でさえも足を踏み入れる事なんてできなかったわよ。」
カルロスの呟きに自分勝手に受け応えて、女はつん!と横を向く。
「そうなのか?」
「そうなの!」
拗ねたように怒った横顔からもその魅惑さは滲み出ていた。
「・・・そうだな・・・ついこの間まではそうだったかもしれんが・・・ある女性一人と心に決めてからは・・・」
「ふ〜〜ん・・・・・・・」
カルロスの方をむき直すと、意味深な笑みを浮かべ、そのままじっとカルロスを見つめる。
「な・・なんだ?」
少し前のお互いにじっと見つめ合った様子見と雰囲気が違っていた。何か面白いこと、が、こちらにとってはそうでもないようなことに考えを巡らしているような気配を感じ、カルロスの心に不安がよぎる。
そして、何か思いついたのか満足そうな笑みを見せると女はゆっくりと口を開いた。
「いいわ。・・力を貸してあげる。・・・その代わり、今すぐここで誓いなさい。これより後、生涯をかけて私だけを愛する、と。」
「な?!」
−ガタ!−
予想だにしなかった女の言葉にカルロスは驚いてイスを蹴って立ち上がる。
「聞いてなかったのか?オレは・・オレには・・」
もう、心に決めた女がいると続けようとするカルロスに、座るように目配せしながら女は冷笑を浮かべて言い放った。
「まさか無償で助っ人してもらおうなんて思ってたわけじゃないでしょ?私はあなたが気に入ったの。それが条件。それ以外、一切受け付けないわ。」
「う”・・・・・」
『一旦こうと決めたらテコでも動かぬ。悪い方向に話が行かぬうちにさっさとこっちの条件を並べ、どれにするか決めさせるんちゃぞ、詳しいことなどそれからでもよい。とにかく先に交換条件を決めさせてしまうんぢゃ。一度決めたことは二度とは変えん。そういう性格ぢゃ。わかったな?』
老婆の忠告がカルロスの頭の中で孤を描いていた。
(悪いな、おばば、せっかくの忠告も無駄になってしまったようだ。)

そこは世界の果てに続いていると言われる荒野の果てにある時の森。その森の最深部にあるという時の館。が、そこに住んでいるのは、女神ではなく気まぐれな魔女。
ミルフィーの身体がなかなか見つからないことに、老婆はカルロスだけに1つの案を出した。それは、時の魔女に頼んでミルフィーの身体が悪霊によって持ち去られた時もしくはその直後に戻るというもの。勿論ただでは引き受けてくれないばかりか、簡単には会ってもくれないということは老婆も重々承知していた。だからこそ、お気に入りの新鮮な真紅の薔薇の花束を持たせたり、彼女に対抗すべき態度や話し方などをカルロスに言い聞かせておいた。勿論、気に入りそうな交換条件も考えつくことはすべてカルロスに伝えてあった。が、まさかカルロス本人を望むとは、老婆もそして、カルロスも予想していなかった。

「そうね、即時というのは少し酷かしら?気持ちの整理もつけないといけないでしょうから・・ね、剣士様。」
時の魔女は、咄嗟のことで頭が白くなりながらも必死に対抗策を考えているであろうカルロスの頬をその白くしなやかな手でなで、満足げに微笑むと続けた。
「目的が何なのかは知らないけど、その目的が達成するまで猶予をあげるわ。」
その言葉でカルロスは逃げ道があるかもしれないという希望を感じはっとして魔女を見る。
が、魔女の口から続いて出た言葉は、それをうち砕いた。
「私と暮らすのは、目的が達成してからでいいわ。ここにいれば永遠の命なんですもの。急ぎはしないわ。でも、誓いは、今、ここでしてちょうだい。今この時よりあなたが愛するのは、この私だけ、と。」
言葉だけでなく、今のカルロスには、考えも何もでなかった。
気付くと2人の周囲から屋敷の一角は消えている。周囲は勢いよく流れている空間。その中央、周囲と比べると空洞のようなそこにテーブルとイス、そしてそれに座っている魔女とカルロス。
「さー、誓いを。永劫に流れる『時』に聖なる誓いを!」
「・・・・・」
浮いた気持ちでの、もしくは、その場限りのムード作りの為の誓いではすまされないことは確かだった。当然カルロスとしては、簡単に誓えるわけはない。遊び心でミルフィアの傍にいたわけではない。心底ミルフィアに惚れていたからこそ、こんな世界の果てまでも来た。彼女を想う一心で。
(ようやく微笑んでくれるようになったというのに・・・・)
カルロスの脳裏にミルフィアの笑顔が浮かぶ。
(が・・・オレは別に想われているわけじゃない。・・お嬢ちゃんが幸せになるなら・・・・オレは・・・)

「剣士よ、己が剣をかかげ、誓うがいい!生涯の愛をこの私に捧げることを!永遠の時を私と分かち合う、と!」

 



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