青空に乾杯♪


☆★ <<第61話>> 再々会 ★☆


 「フィ、フィー?・・・・・・」
魔窟の奥へいくほど、戦闘はますます苦戦を強いられるようになっていた。強力で強大な魔物がうじゃうじゃと辺りを徘徊している。加えて瘴気もますます濃く漂っている。
そんな苦戦の連続のほんの一時、戦闘が終わったミルフィアは数歩先にミルフィーの姿を見つけ、硬直する。ぐっと背も高くたくましい体つきにはなっているが、確かにミルフィーだった。
「フィア。」
「フィー・・フィーなのね?・・・・逝ってしまわなかったのね。」
その途端、涙があふれ出てくる。ミルフィアはその涙を拭うのも忘れ、ミルフィーの元へ、微笑んで手を広げているミルフィーの胸に飛び込んでいった。
「フィアを置いて?そんなことするわけないだろ?!」
「フィー・・・」
しっかりと自分を抱き留めたその胸に顔をうずめ、ミルフィアは確かにそこにミルフィーがいることを確信していた。夢でもなく、幻でもない。確かにそこにいて、自分を抱きしめてくれていることを。

「・・っと・・・・」
「フィー?」
ふとミルフィーの腕の力が抜けていく感じがして、目を閉じていたミルフィアは慌てて目を開ける。
「フィー!?」
目に写ったのは、消えつつあるミルフィーの姿だった。
「心配いらないよ、フィア。少しの間見えなくなるだけだから。」
心の中で出会った時のようにまたしても消滅してしまうのか、と思い蒼白となったミルフィアにミルフィーはやさしく話す。
「ぼくはいつだってフィアの近くにいるから。また逢えるから大丈夫。」
「フィー・・・・」
消えかかりながら、やさしくミルフィアの頬にキスをするとミルフィーは姿を消した。

「ミルフィア。」
2人のその様子を見ていたレオンとレイムが微笑みながらミルフィアに近づく。
そして、そうだ、ミルフィーは近くいる、と目でミルフィアに言う。
「近くに・・・・そう、そうよね、すぐ傍にいるのよね・・・フィー・・・」
ミルフィーの温もりを身近に感じ、ミルフィアは確信していた。


「何者だ、奴は?」
ただ一人、ミルフィアのそんな光景を見て面白くなかったのは、他ならぬカルロスである。消えてしまったミルフィーの跡を睨みながら老婆にきつい口調で聞いた。
老婆もいかにも嬉しそうな表情で2人を見つめていた。それが気に入らなかった。
「あん?なんじゃ、今度はお前さんも見えたのか?それはそれは、目の毒、気の毒にの〜。」
「おばば!」
「ふぉっふぉっふぉ・・・そうぢゃったの〜、お前さんは知らんかったの〜。」
ふぉっふぉっふぉっといつもの調子で笑う老婆に、カルロスはますますいらだった。
「おばば!」
「すまんすまん。ちゃが、安心おし。あの子は嬢ちゃんの兄さんじゃよ。」
「兄?・・・というと、お嬢ちゃんが探しているという身体の持ち主・・というか・・・本体?」
「そうぢゃ。あの子がミルフィーぢゃよ。」
「・・・そ、それは・・つまりオレが・・・」
「そう、最初嬢ちゃんだと思って口説き続けた嬢ちゃんの中身さ。」
「そ・・・そうだったのか・・・・。」
思わずカルロスは『オレは男だ!』といったミルフィーの言葉を思い出していた。
(確かに男だ・・・しかも、兄でなかったら一騎打ちを申し込まずにはいられないだろうほどの・・・)
そして嬉しそうにレオンとレイミアスと話をしているミルフィアを少し寂しげな目で見つめた。
(オレはまだまだあいつの半分もお嬢ちゃんの心に受け入れられてはいない。)
そう思わずにはいられないほど、2人の心からの結びつきを見せつけられた光景だった。
(双子・・か。)
ふ〜っと思わずため息をつく。そして、思い直す。
「だが、兄妹なんだよな。恋人じゃないんだ。」
「ん?」
そう呟いたカルロスを老婆は怪訝な顔で見上げた。
「いずれはあいつにも恋人ができるんだろうし・・・・」
「なんぢゃ?」
「いや、生涯守っていくのはやっぱり恋人であり夫なんだろう、と思っただけさ。」
「はん?」
カルロスのうろたえる様を楽しんでいた老婆は、早くも突破口を見つけたカルロスに呆れた。


「お嬢ちゃん、今のがお嬢ちゃんご自慢の兄さんなのか?」
あきれ返った表情の老婆を後目に、カルロスは笑顔でミルフィアに歩み寄っていく。
「え?もしかして、カルロスもフィーが見えたの?」
「ああ、まーな。お嬢ちゃんの兄さんだけあってなかなかの腕じゃないか。」
「ふふふっ。」
ミルフィーを誉められ、ミルフィアはまるで自分のことのように喜んで微笑む。
それは、いかに自分の方を向かせることが困難かという事を意味しており、カルロスは、己の心が巨大なハンマーで殴られたような感じを受けた。
「ふっ・・・」
「カルロス?」
急に自分から視線を外し、遠くを見たカルロスに、ミルフィアはどうしたのか、と思って聞く。
「いや・・ただ・・・そう、ただ・・・」
「ただ?」
じっと自分を見つめているミルフィアの頬にそっとその手を滑らし、カルロスは続けた。
「お嬢ちゃんのその兄さんに対する気持ちの半分でもいい・・・オレに向けてくれたらどんなにか幸せだろうと・・・つい思ってしまったのさ。」
「カルロス・・・・」
カルロスの熱を帯びたそして少しかげりを含んだその真剣な視線を受け、ミルフィアの顔は頬から徐々に紅く染まってくる。ミルフィア自身にも自分の頬が熱く、そしてそれが顔全体、全身へと広がっていくのを感じ、思わず戸惑いを覚えて目を伏せる。


「どうしましょう、レオン?」
「オレが知るか!」
そんな2人に、レオンもレイミアスもこそこそとその場から離れる。
「ミルフィアがいやがってる風でもないのに、オレ達がどうこうできないだろ?」
「そうなんですが・・・・」
「ったく・・・プレーボーイだな、ホントに。」
「ですねー。しかもタフだし。」
「タフ?」
「だってそうでしょう?普通ミルフィーとのあの場面をみれば、諦めちゃいますよ。」
「強烈な結びつきってやつか?」
「そう。」
「・・・う〜〜ん・・そうだよな〜・・・兄妹というよりまるで恋人の雰囲気だしな。」
レオンもレイミアスの意見に同意する。
「転んでもただでは起きないというか・・・立ち直りが早いのも奴さんの取り柄の一つでの〜。」
その声で2人はいつのまにか老婆が近くに来ていたことに気づく。
(ほんに、立ち直りが早いというか・・・自信過剰というか・・・)
「つまらん。」
「『つまらん』って。おばば・・・・」
ふぉっふぉっふぉ、と笑う老婆に、レオンもレイミアスも半ば呆れ顔。あのカルロスでさえ、この老婆にはとっては楽しみの一つ、からかいのタネ。
が、それよりも問題なのは、カルロスである。かといえ、どうしようもないのも事実。3人は少し離れたところでため息をつきつつ休憩をとっていた。


「カルロス・・あの・・わたし・・・」
「ん?なんだ、あらたまって?」
言いにくそうに口を開いたミルフィアに、カルロスは少し悪い予感がした。
「あ、あの・・・わたし、嬉しいの。カルロスの気持ちはとっても嬉しいのだけれど・・・」
「けれど?」
ゆっくりと目をあけると、ミルフィアはいつもは避けようとしてしまうカルロスの瞳を見つめた。やさしくミルフィアを包み込んでいる真剣な瞳を。
「わたし、小さいときから身体が弱くてお屋敷の中にばかりいたわ。何をするにもどこへ行くにも許可が必要だった。もちろん一人でなんて出かけたこともなかったわ。・・・・悪霊に操られたりもして・・・・どこにも自分の意思なんて、自分自身なんてなかったの。」
「お嬢ちゃん。」
ミルフィアの真剣な眼差しに、カルロスは思わず頬にそえた自分の手を引く。
「でも、今は違う。確かにみんなには助けてもらってばかりだけれど、でも、自分で決めて、自分で歩いてるの。確かにわたしがここにいるの!・・・流されるのは・・もうイヤなの。でも、気がつくとそうなりそうなわたしがいることも確かなの・・・・。」
「なるほど・・・」
少し沈んでいるように聞こえたカルロスの言葉にミルフィアは慌てて付け加える。
「あ・・あの・・でも、カルロスが嫌いって言うんじゃないの。」
そして、再び目を伏せ、考えながら続ける。
「・・ううん・・多分・・・わたし、カルロスの事は好きよ。でも、それはまだ・・・・」
「分かった、お嬢ちゃん。」
ミルフィアが全部を言わないうちに、カルロスは言いたいことを察してそれを遮った。
まだ一人の男性としてではない、という言葉を。
「最初の頃言ったが・・・いや、あれは兄さんの時だったか・・・ともかく、オレは強要はしない。いつまででも待つ。自分の思いを無理やし押し付けるようなことはしない・・・・といっても、オレは正直なんでな、とくにこういうことについては・・」
ははは、と頭をかきながらカルロスは軽く笑う。
「で、つい自分の気持ちを口にしてしまうが・・・まー、気にしないでくれ。」
「でも・・・・」
「お嬢ちゃんはお嬢ちゃんでいてくれればいいのさ。オレはオレなんだし、変えようがない。」
「カルロス・・・・」
努めて落ち着いて話すカルロスの瞳の奥に、寂しげな光を見つけ、どう応えたらいいのかわからなくなっていたミルフィアは、思わずカルロスから視線を外す。
ぽん!とそんなミルフィアの肩を軽く叩き、再び自分を見たミルフィアににっこりと微笑む。
「今は何よりも兄さんの身体を探すこと、そうだろ?」
「カルロス・・」
迷いに迷ったあげく、傷つけてしまうであろう言葉を口にしたミルフィアは、そんなカルロスの態度が嬉しかった。
「・・ありがとう・・・」
「当然のことさ、お嬢ちゃん。」
多少ショックではあったが、見込みが全くないわけでもない。しかも、礼を言うミルフィアは、カルロスを気遣ってだと思われる憂いを含んでいるとはいうものの、それは本心からの感謝を表した笑顔だった。初めて自分に投げかけられたミルフィアの笑顔。カルロスはそれに満足していた。急ぐことはない。愛情はゆっくり育んでいくものだ、とミルフィーとの場面を見たカルロスは改めて感じていた。あの強い絆の間に入っていくには力ずくでは、気持ちを押し付けたのでは、到底無理だと。
時の女神のやさしい祝福が必要なんだろう、とその笑顔を見つめながらカルロスは思っていた。

「フィー・・・・」
全てはミルフィーの身体が見つかってから。それが自分自身をも取り戻したことになるのだから、とミルフィアは通路の先に広がる暗黒の闇を見つめながら、心の中で呟いていた。


(お嬢ちゃん・・・・オレのかわいい小鳥・・今はまだ自由に飛んでいるがいい・・・・そして、いつか・・・いつか、オレのところで、その羽根を休めてくれれば・・・)
「しかし・・・・これで振られたら身もふたもないってやつだな・・・・」
ミルフィアの後姿を見つめ、カルロスは思わず弱気になり、苦笑する。
(いや、男の真の愛に気づかないお嬢ちゃんじゃないさ。今はまだでも。)
が、すぐそう思い直したカルロスは、大またにミルフィアに近づいていく。
「さて、先を急ごうか、お嬢ちゃん。」
「はい!」
気になっていたことを吐きだし、すっきりしたかのようなミルフィアの返事と笑みに思わず心を奪われ、抱きしめて口づけしようとしたカルロスは、なんとかその寸前でそんな自分を抑えた。
(危ない、危ない・・・今の今でそんなことしたらそれこそ避けられてしまうぞ。)
「まったく・・・罪作りなんだからな、お嬢ちゃんは。」
「え?」
小さく呟いたカルロスの言葉は、ミルフィアにはかすかにしか届いていなかった。
「ん?」
すぐ横で自分を見上げているミルフィアをカルロスは満足そうに見つめ、微笑む。
勿論今言った自分の言葉を言い直すつもりはない。
「行くぞ。」
前方を見つめなおしたカルロスの表情は、剣士の表情に戻っていた。
ミルフィアはそんなカルロスに頼もしさと感謝を感じながら、気を引き締めなおし、その後についていった。


そして、ひょっとしてひょっとしたらついにラブシーンに持ち込み?とひやひやしながら遠くから様子を伺っていたレオンたちも、彼らが先に進み始めたをみて、慌ててその後に続く。
「どうなったんでしょうね?」
「知るかよ。立ち聞きはよくないって離れさせたのはお前だろ?」
「そ、そうなんですが・・・でも、気になりません?」
歩きながらレオンとレイミアスはぼそぼそと小声で話す。
「・・ったく、お前、それでも僧侶か?俗物すぎるぞ。」
「だって、気になりますよ。・・僧侶だって人間ですよ。」
「そりゃーまーそうなんだが・・・・」
「じゃー、レオンは気にならないっていうんですか?」
「う・・そ、それはオレだってだなー・・・・ミルフィーに頼まれてることだし・・・・」
「でしょう?」
「まーまー、そう心配せんでも。」
老婆が笑いながら2人の内緒話に割ってはいる。
「たぶんなんでもなかったはずぢゃ。」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、多分の。おそらく嬢ちゃんに『待った』をかけられたんぢゃろ?」
『ああみえてもあれで案外しっかりしてるというか、我を張るところがあるからな。そうそう流されりゃしないだろ?』カルロスとのことを心配に思った老婆にミルフィーが言った言葉を、老婆は思い出していた。
「『待った』って・・・・そ、そうなのかな?」
「ふぉっふぉっふぉ!あのカルロスをここまで苦労させるとは・・・見上げたもんじゃ、嬢ちゃんも!」
「あのな〜、おばば・・・」
「あ、あの〜・・そういう問題じゃないかと・・・・」
半ば呆れかえった表情のレオンとレイミアスに、老婆はご機嫌で指示した。
「ほれ、いらんこと考えとるとおいてかれてしまうぞ。」
慌てて彼らは先を行くカルロスとミルフィアの元へ小走りで駆けつける。
「ふぉっふぉっふぉっふぉ!若いことはいいことぢゃのぉ〜〜♪」
老婆は上機嫌で4人を見つめ、後方に注意を払いつつ、いつものごとく最後尾をゆっくりと歩いていた。



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