青空に乾杯♪


☆★ <<第56話>> 銀龍の恩恵 ★☆


 「寝たか?」
「ええ、ぐっすりと寝てるみたいです。」
瘴気の漂う魔窟の中、ミルフィアたちは仮眠をとっていた。勿論しっかりと結界を張って。


「んー・・・でさ・・・・あのことなんだが・・・」
レオンが聞いたのは、レイミアスを再会したとき、小声でレイミアスが言ったことについてだった。
ちらっとすぐ横の寝袋の中で寝息をたてているミルフィアを見ながら続ける。
「本当に本当だろうな?」
「ええ、そうです、本当に本当です。」
「だけど・・・・信じられねー。」
「そうですよね、ぼくも本当にそうなのか、いまいち・・でも、銀龍がミルフィーにだけその恩恵を与えないということもないでしょう。」
「まったく・・・素直じゃないんだからな、あの銀龍。」
「そうですね。」
ビシビシビシッと亀裂が縦横無尽に走っていく銀龍の笑う姿をレオンもレイミアスも思い出していた。
「でも、本当に心やさしい龍だったんですね。」
「そうだな。そういうことなんだろう。」
レオンはリーシャンの事を思い出しながら呟いた。
そしてレイミアスは村での出来事を話し始めた。
「ぼくがミルフィーと逢ったのは・・・・・・」



「カ、カリエスー!」
レイミアスの生まれ故郷である村。そこはアンデッド・ワイトの集落と化していた。その被害が他にも及ぼさないようにと自らの命をかけて結界をはった司祭。自分を育ててくれたその司祭の恩に報おうと、レイミアスは必死の思いでここまできた。
ミルフィーたちと出会い、様々な経験をし、幸運にも解決策を手にして。
途中で、村の噂を聞いた幼なじみのカリエスと再会する。そして、共に村を、村人たちを救おうと手を取り合ってやってきた。

が・・・・・
その結界に小さな穴を開けて中に入る。と同時にワイトと化した村人が一斉に襲ってくる。それは術を唱える時など与えてくれなかった。
仕方なくカリエスが囮となってその間に術を繰り出すという提案を、しぶしぶだが、承知するレイミアス。
が、数が違いすぎる。しかも村人だと思うと斬り殺すわけにも、怪我を負わすわけにもいかない。その手加減が難しかった。その間合いをとることは、次々と襲いかかってくる村人を相手にすることは、困難きわまりないことだった。
最初のうちこそ上手くいったその方法は、時間が経過すると共に疲れの色濃くなってきたカリエスの状態から言って、やはり無理があったのだと思われてきた。
「ここは一旦引き上げましょう。教会まで走れます?」
「ああ、そうしようぜ。」
距離をおいたカリエスと大声で声をかけあうと、2人は村はずれの森にある教会へと疾走した。
当然のとごくワイトは追いかけてくる。
「カリエス、早く!」
戸口に先についたレイミアスが叫ぶ。
「レイム!」
あと2、3m、もう少しで教会に着く。そう思ったその瞬間、ふいに横から飛び出した数人のワイトによって、カリエスの道は阻まれる。
「カリエスー!」
「閉めろ!レイム、扉を閉めるんだ!」
ワイトの集団がレイミアスをも襲うことを恐れて、カリエスは叫んだ。
「で、でも・・・」
躊躇するレイミアスの目にワイトの集団が向かってくるのが見える。別の集団に取り囲まれたままのカリエスが叫ぶ。
「早く!レイム!」
「ごめん、カリエス!」
−バタン!−
先頭を走るワイトの手が扉にかかる直前、レイミアスは断腸の思いで扉を閉め、震える声で扉に聖なる封印の術を施した。



うすぐらい教会の中でレイミアスは途方にくれていた。
楽観視しすぎていた、ちょっと術を身につけたからって、いい気になりすぎてた。そしてその結果がこれ・・・ようやく会えた幼なじみのカリエスを見捨た。
レイミアスは自分を責めていた。
これからどうしたらいいのか?いつまでもこうしているわけにもいかない。が、これといった方策も思いつかず、レイミアスは聖堂の祭壇の前で頭をかかえていた。
「ミルフィー・・・・ぼく、どうしたら・・・」
(自分が手に入れたのに、それを気前よくくれたのに・・・これで村が救われるからと自分の事よりぼくの事を考えてくれたのに。)
(大丈夫です!胸をはって答えたのはこのぼくなのに・・・・。)
「・・・ミルフィー・・・・」
暗闇の中、1人落ち込んでいた。



「なに、落ち込んでんだよ?レイム!そんな暇ないだろ!」
「え?!」
突然聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。
「ほら、さっさと片付けちまおーぜ。」
「カ、カリエス?」
横に立っていたのは間違いなくカリエスだった。
「え?で、でも・・・・」
無意識に開いていない扉を見る。さっきまで外でワイトに囲まれていたはずなのに、と。
「カリエス?・・・こいつカリエスっていうのか?」
「え?」
「面白くねーな・・・へんな奴の名前に似てんだな。」
レイミアスは知るはずないが、勿論それはカルロスの事を意味する。
「え?・・え?」
外見は確かにカリエスだった。が、その口調と態度は・・・そう、それは確かに・・・。
「ま、まさか・・・・ミルフィー?!」
ははは、と照れ笑いするとミルフィーはああ、と小さく答えた。
「レイムに呼ばれたような気がしてな。そんでもって気がついたらここに来てて、こいつが目の前で気絶してたんで、ちゃっかり借りちゃったってわけさ。」
「借りちゃったって・・・・え?・・・で、でもどうして?・・・ミルフィーは塔へ行ったはずじゃ・・・あ、あれ?でも自分の身体は?・・・あ!」
ミルフィアが気付いた?その考えに到達すると、蒼白になってレイミアスは叫んだ。
「じ、じゃーミルフィー・・・死ん・・・・・」
レイミアスが最後まで言わないうちに、ミルフィーは指でレイミアスの額をつん!とついて文句を言う。
「おい!勝手に人を死んだことにするなって。まー、霊体ってことは否定できないけどな。」
頭をぽりぽりかいてミルフィーは笑う。
「ミルフィアさんは?」
「ああ、なんとか元気だろ?」
少し寂しそうな声で答えたミルフィーにレイミアスは、単にミルフィーが魔物に殺されて死んだのではないことにほっとした。が、同時にミルフィーの気持ちを思うと何もいえなかった。どれだけミルフィアのことが気がかりか、と。
「じ、じゃー・・・」
こんなところにいるんじゃなくてミルフィアについていなくていいのか?と言おうとする自分とミルフィーがここにいることへの安心感、今ここでミルフィーが去っていったらまた窮地にたたされる、そう思う自分が心の中で戦っていた。
「さ〜て、現状打破といくか、レイム。」
ミルフィーはレイミアスに笑顔をみせる。その笑顔にそんな自分がはずかしくなり、思わず顔をそむけてしまう。
「で、でも・・・」
「『でも』じゃーないだろ?今はこれをなんとかしなくちゃいけないんだろ?」
「・・・・」
「そ、そうですが、でも・・・」
その先がどうしても言えない。ミルフィアのところへ帰らなくていいのか?とは。
「気にするな、レイム。今はここをなんとか切り抜ける方が大切さ。」
そんなレイミアスの気持ちがミルフィーにはよく分かっていた。ぽん!とレイミアスの頭を軽く叩いて笑った。
「ミルフィー・・・」
「それにそろそろ追っ手が進入して来る頃だし。」
その言葉でレイミアスははっとした。そういえば表は閉まったまま。
「ミルフィー、どこから入ったんです?」
「ああ、裏口から。」
「え?」
その言葉にぎくっとするレイミアス。
「ったく鈍すぎるぞ、レイム。裏口はぱたぱた開いてたんだからな。」
「じ、じゃー・・・」
「ああ、一応バリケードはつくっておいたが・・・・いつまでもつか・・だな。」
−バリバリバリ−
とタイミング良く(?)扉が壊される音がする。
「どうやら入ってきたようだな。」
「そうですね。」
ごくん!と思わず唾をのむレイミアス。
「さすがに礼拝堂には入って来られないだろうが、かといっていつまでもここにいるわけにもいかないよな。」
「え、ええ・・・・。」
それでは何の解決にもならない。レイミアスにもそれはわかっていた。
「ということで、一丁行くか?」
ぐっと剣を握りしめ、オレが飛び出すからとレイミアスに目で合図する。
「ダメです!それじゃまた・・・」
カリエスの時の二の舞に、と思ったレイミアスは焦る。
「大丈夫さ。オレはこいつより少しはましだと思う。」
カリエスのようにはならない、とミルフィーは言う。
「で、でも・・・」
確かにそれまでミルフィーと共に行動していたレイミアスにもその実力の差はわかっていた。ミルフィーのうぬぼれなどでは、決してない。
「う〜〜〜ん・・・だけど、やっぱ男の身体ってのはいいなー。」
「え?」
「そう、こう力が溢れるって感じで。」
その力を確かめるようにミルフィーはぐっと拳を握る。
「鍛えてもやっぱり女の身体は女なんだよな。」
「そ、そうなんですか?」
「ちょっとこの身体固いような気もするが・・・大丈夫、任せておけって。」
「あ、でもカリエスは?」
「それも大丈夫だ。死んじゃいない。気絶しただけだからな。オレが出ればそのうち気がつくだろ?」
ほっとしたような表情をしたレイミアスの肩を勢いよくぽん!とミルフィーは叩く。
「じゃー、行くぜ、あとの処置は頼んだぜ、司祭様!」
「は・・・は、はいっ!」
いつもの軽さ、余裕を失っていないミルフィーを見、レイミアスは不思議にも自分が落ち着いていくのが分かった。
「たとえ100人だろうが、1000人だろうが、任せておきな!」
−バリバリバリ−
横の扉をも壊してワイトが入ってきた。
「あ!でもこの人達は・・・」
剣を構えなおしたミルフィーに一瞬ぎくっとしてレイミアスが叫ぶ。
「分かってるって。殺しはしないよ。当て身だけだって。」
にこっと笑った笑顔は、ミルフィーの精神体が強まっているのか、それともレイミアスの心がそう見えさせたのか、それは紛れもなくミルフィーの笑顔だった。
「行っくぜーーーーー!!!」
−ヒュン!−
ミルフィーの剣が舞う音が聞こえる。次々に倒れていくワイト。
そのミルフィーに回復魔法を時にはかけながら、レイミアスは必死で一人一人の額に聖なる印を切っていった。


「おおーーー・・・見事だなー。」
数時間後、村の広場はワイトで敷きつめられていた。
「しっかし、久しぶりに思いっきり動いたって感じだな。」
「・・・ミルフィー・・・ぼく・・・」
大きな事を言っておいて、やはり自分では何もできなかったと気落ちするレイミアスをミルフィーはぽん!と叩く。
「オレだって似たようなもんだけどな。気づいたフィアを守りたいのに・・・・。」
ははは、と少し寂しげに笑ってミルフィーは続ける。
「だけど、だからこそ、仲間がいる。そうだろ?お互い足りないところは協力して。なっ?」
「ミルフィー・・・」
「ほら、まだほっとするのは早いんだろ?ここからはレイムでなきゃできないんだからな。」
「あ・・は、はいっ!」
レイミアスは今一度気を取り直すと、銀龍の涙の結晶をとりだし、高く掲げて精神を集中する。
「聖龍よ・・・慈悲深き創造の神龍であり、世界の守護龍よ・・・・・・」
銀龍の涙の力を最大限に引き出すべく、レイミアスは半漁人の長老に教わった呪文を唱える。
それは術師の精神力が最も影響する。弱い精神では聖龍は応えてはくれない。
レイミアスは必死で己の弱い心と戦っていた。できないと諦めるのはやさしい、が、それでは一生その枷を背負っていくことになる。『自分を信じろ。』長老の声が頭の中で響いていた。『十分に資質はある。心を強く持てば必ずできる。』力強い長老の声が。

−ほわ〜〜〜・・・−
しばらくすると掲げた結晶が淡い銀色の光を放ちはじめた。
その光がレイミアスの全身を包んだ次の瞬間、レイミアスは一人自分が真っ白なもやの中に立っていることに気付く。
「あ、あれ?どうなってしまったんだ・・・?村は?村の人たちは?ミルフィーは?」



「で、それからいろんなことがあって、えっと、つまりぼくは試されたわけなんですが、結果、村人は元通りになれたわけです。」
「おい、話を飛ばすなよ。」
いいところだったのに、とレオンはレイミアスを睨む。
「だって、長くなりすぎますよ。ぼく眠くなってきたし。」
「それもそうだな。休憩も必要だしな。」
「でしょ?で、そのあと、最後にぼく銀龍に頼んだんですよ。ミルフィーもなんとかしてほしい。ぼくたちだけ恩恵を授かって、ミルフィーにだけないなんてそんなの卑怯だ。みそっかすだ。神はみんなに平等であるべきだって。」
「おい・・・おまえ・・・・」
呆れてレオンは言葉もでない。
えへへ、と照れ笑いするとレイミアスは続けた。
「今思えば大それた事を言ったと思うんですが、あのときは必死だったんです。でも、銀龍は・・・」
「銀龍は?」
「ぷっ・・・くくくくくっ・・・・・」
神妙な面もちで聞いていたレオンは、突然笑い始めたレイミアスに当惑する。
「あ、あのね、傑作なんですよ。なんと言ったと思います?あの銀龍?」
「なんと言ったんだ?」
「『ぶわっかも〜〜ん!そんなこととっくに考えておるわ〜!・・・といいたいが、実は忘れておった・・・・すまん。』」
レイミアスはその時の銀龍の口調を真似して言ってみた。
「ぷっ・・・な、なんだ、それ?」
「でしょう?」
「あいつらしいといったらそうだがな。」
思わずレオンも笑う。
「そのあと、少しお説教いただいちゃいましたけどね。」
「あ・・そ、そうなんだ。」
あはは、と2人して笑う。
「で、元の場所に帰ってみんなを元通りにしてから、ミルフィーに残った結晶を近づけたんです。」
「なるほど。で、あの結晶の中にミルフィーがいるってわけか?」
「そうです。」
2人は寝袋の中のミルフィアの胸元に視線を飛ばす。
「ミルフィアにはどうしましょう?」
「う〜〜ん・・無事身体が見つかればいいが・・・・・」
いや、見つけなくてはならない!何がなんでも見つけてやる!と2人とも思ってはいるが、万が一ということもある。事実は時には残酷極まりないこともある。それを懸念して2人は考えていた。
「ぼくもそう思って、黙ってた方がいいのかもと。」
「そういえば、銀龍はそのことについては?」
「聞いてはみたのですが、エリア外だとか圏外だとか・・・電波が通じないからわからんとか、なんか意味不明なことを言ってましたよ。」
「なんだ、そりゃ?」
ぽりぽりと頬をかいてレオンは呆れた顔をする。
「やる気あんのかな?あいつは?」
「さあ〜?でも、ミルフィーの魂がこの世を離れてしまう心配はなくなったわけですし。」
「そうだな。うん。・・・だけど、やっぱり黙っていることにしようか。」
「そうですね。そうしましょう。ミルフィーの身体が見つかるか、何か他に解決策がみつかるまで。」
「ああ。・・・だけど、銀龍も安直な・・・。」
「え?何が?」
「だって、そうだろ?そんなのリーシャンのペンダントの応用じゃねーか。オリジナリティーってものがないのか?奴は?」
「あ・・そういえばそうですね・・・。」
「ぎゃはははは・・・・」
2人は勝手な事を言って大笑いしていた。




ミルフィア達の安眠の妨げにならないようにと張った結界の中のそのまた結界の中、レオンとレイミアスの楽しげな笑い声が続いていた。

 



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