青空に乾杯♪


☆★ <<第53話>> 一時(ひととき)の夢 ★☆


 村へ着き、必要なものをすばやく買い揃えると、カルロスはミルフィーを少し村はずれの小さな小屋へと連れて行った。
「よう!元気か?」
「カルロスのだんなか。久しぶりだな。おや?なんだ、今回はまたいつもと趣向の違うお連れさんじゃないか?」
薄暗い小屋の置くからでてきたのは、やせ細った魔導師。頭は坊主、腰に布を巻きつけ、あとは一切身につけていない。その代わり少し飛び出た目が異様に輝いていた。
「まー、この格好じゃそう見えるだろうな。」
ははは、と軽く笑うとカルロスは懐から銀貨を出しその男に言う。
「タイバーンまで頼む。」
「ほいよ。お安い御用だ。」
銀貨を握ると、男は1本前歯の抜けた歯並びを見せて笑む。
いったい何が始まるのか?と不思議そうに見ているミルフィアをカルロスは奥へと連れて行く。
−ホワ〜〜〜〜〜・・・・・−
部屋一面、二重に、しかも段を違えて描かれた魔方陣があった。その中央の台座には、銀色に輝く楕円の光が浮いている。
「ちょいと待っとってくれ。」
−ギギギギギ・・・・−
男は一段目の魔方陣を手で動かした。
−ギギギギギ−
そして二段目の魔方陣をも動かす。
−フォ〜〜〜〜
銀色の光がほんのり赤みを帯び、まるで呼吸をしているかのように波打つ。
「ほい、OKっと。」
「じゃ、行くか。」
目で合図するカルロスに、ミルフィーはきょとんとしながらも一緒に台座の上へ、光へと歩み寄る。
「お嬢ちゃんは初めてみだいだな。」
「え?」
「大丈夫だ。これは転移の魔方陣だ。害はない。」
「転移の?」
「そうだ。じゃ、行こうか。」
カルロスは光の前で立ち止まったミルフィアの肩に手を添えると、中へと進んだ。
−ブゥゥゥーーーー
ミルフィアが思わずその眩しさに目を閉じた次の瞬間、2人は楕円の光を突き抜けていた。
「あれ?」
何も代わっていない。そう思ったミルフィアは、2人を迎えた男を見てわかった。そこが前の場所とは違うことを。
「ひさしぶりだ、旦那。」
「そうだな、半年振りかな?」
「そちらは?」
「ああ・・・・・」
またしても指摘され、カルロスは苦笑いしながら答える。
「磨けば光る原石さ。」
「ほー・・なるほど〜。」
男は納得したようにぽん!と自分の手を叩くと笑った。格好は全く同じだったが、その歯並びは一つも欠けることなくきれいにそろっていた。
「行ってらっしゃい。ごゆっくり。」
にこやかに2人を見送ると男は小屋へ入っていった。


−がやがや・・ざわざわ・・・・−
そこはミルフィアがさっきまでいた村とは比べ物にならないほど賑やかだった。
館からほとんど出たことの無いミルフィアにとって、老婆の家での暮らしもものめずらしかった、が、この賑やかさにはまた一段と目を見張った。
「お嬢ちゃん、そうきょろきょろしなくても・・・」
そんなミルフィアを見て、くくくっと軽く笑うカルロス。
「あ・・・」
真っ赤になって自分のその行動を恥じるミルフィアの耳元にカルロスは囁く。
「かわいいぜ、お嬢ちゃん。」
「・・・っと・・・・」
肩を並べて歩いていたのに、突然足を止めたミルフィアに、カルロスはウインクする。
「ほら、迷子になるんじゃんないぜ。」
そして手を差し伸べる。
「な、なんだよ。オレはガキじゃないぞ!」
意地になってさっさと歩き始めたミルフィアにカルロスは今一度笑いかける。
「ははは、そうか?ならいいな?」
「なにが?」
「いいから。」
そしてミルフィアの手をぐっと握るとカルロスは1件のしゃれた感じの店へ連れて行った。
−チリリリン−
ドアベルがかわいらしい音をたてる。
「あっら〜、いらっしゃ〜〜〜い♪」
店の女主人と思われる女性が2人を迎えた。
店内にはいろとりどりのドレスやアクセサリーなどが飾ってあった。
「久しぶりね〜、カ・ル・ロ・ス♪・・・今度はどんな方なのかしら?」
あでやかに着飾ったその女性は、興味深々とばかりにカルロスの後ろにいるミルフィアを覗くようにして見る。
「あら・・・」
「趣旨替えしたかと思ったか?」
一見少年にみえるミルフィア。転移の魔方陣の男たちにもそう思われたカルロスは、女主人がその言葉を出す前に笑いながら言った。
「んふふふふ〜〜♪そこらの一般人と一緒にしないでちょうだい。だてにデザイナーしてるわけじゃないわよ♪」
にっこりして答える女主人にカルロスも満足する。
「さすがだな、ミス・シモン。」
「でも・・」
「でも?」
女主人はじっとミルフィアの瞳を観察するように見つめてから、カルロスを見て付け加えた。
「もしかしてこの子にはあなたも手を焼いてる?」
「あ、ははははは・・・」
照れ笑いするカルロス。
「ん〜、たいしたもんだわ。あの女殺しのカルロスを手玉に取るなんて〜。」
「て、手玉って・・・オ、オレは・・・・」
ミルフィアは唖然としていた。
「まーまーいいから、お姉さんに任せておきなさい!じゃね、カルロス!楽しみにして待っててね〜♪」
「え?・・え?」
何が始めるのかと呆然としているミルフィアを抱き抱えるようにして、女主人は奥へと連れて行った。



「あ、あの・・・ち、ちょっと待っ・・・・」
ミルフィアが何を言おうと全くの無視。
バサッバササっとあっと言う間にミルフィアは着替えさせられていった。
「そうよね〜・・・どれが似合うかしら・・・あ、これとこれがいいわ。それからパンプスはっと・・・・」
「あ、あの・・・」
「いいから少しじっとしててね。でないとお化粧が崩れちゃうわよ〜。」
「・・・・・」
女主人は鮮やかな手際でミルフィアを仕上げていった。
「さー、できたわよ!んー、われながらいい出来だわ。ほら、見てごらんなさい♪」
姿見の前に立たされたミルフィアは、呆然として鏡の中の自分を見詰めた。
気づいてからその日まで、ミルフィーになりきるためにそれまでのミルフィー同様、男の格好か鎧を身につけていた。鏡の中のそれは久しぶりに見る少女としての姿だった。
フリルのついた淡いピンクのシルクのドレス。アップした髪。銀のティアラとイヤリング。遠慮がちにほんの少しその柔らかい膨らみをみせている胸元を飾っているのは、真珠のネックレス。
「これ・・・わたし?」
思わず男言葉を作ることも忘れて呟く。
「ん〜、そうよ〜。これが、あ・な・た。」
ミルフィアの後ろから鏡の彼女を見て、満足そうに言う女主人。
「でも、あなたお肌のお手入れしてないでしょ?だめよ、女の子なんだから、きちんとしなきゃ。」
「は、はい。」
軽くにらまれ、ミルフィアは思わず返事をする。
「じゃ、行きましょうか。ナイトが首を長くして待ってるわ。」
「あ、わたしとカルロスはそんなんじゃ。」
「どんなんでも向こうはあなたに首ったけよ。」
「で、でも・・・」
「いいからいいから。せいぜい楽しんでおいでなさい。」
「楽しんでって?」
「あら・・まだ話してないの。・・・カルロスったら〜」
「あの?」
くすっとわらうと女主人はミルフィアの肩を押して、カルロスの待つ店先へと戻っていった。



「ヒュ〜・・・・お嬢ちゃん。」
ミルフィアを一目見るなりカルロスは思わず口笛を吹く。
「んふ♪シンデレラのお出ましよ。」
「ああ、そうだな。」
「まったく・・・あなたのそんな顔を見たら、倍どころか十倍くらい取りたくなったわ。」
いかにも満足げにそして嬉しそうにミルフィアを見つめるカルロスに、女主人は意地悪く言った。
「おいおい、それはないだろ?」
「ふふっ・・・出してもほしくない顔してるくせに。」
「まいったな・・・まったくミス・シモンにはかなわないぜ。」
とはいえ、実際に出すわけでももらうわけでもない。通常の料金に少しチップをはずむと、カルロスは上機嫌でミルフィアを外へと連れ出した。
「街じゅうの女の涙で明日はきっと大雨ね。」
女主人はそう言って2人を送り出した。
そして、カルロスは馬車を拾うとその街の郊外にある館へと向かった。



「あの・・カルロス?」
ガラガラガラと馬車に揺られながらミルフィアは困っていた。
「そうか、まだ言ってなかったな。」
不安そうな表情をしているミルフィアににこっと笑いかけるとカルロスは話した。
「今日は、さる公爵夫人が郊外の館を一般に開放してくれる日でな、いわゆる舞踏会ってやつなんだが、貴族のものじゃないから、肩も凝らないし、街の連中も楽しみにしている行事なんだ。」
「舞踏会?」
「ああ、女の子は一度は憧れるんじゃないのか?」
「オ、オレは・・」
こんなことをして浮かれている場合ではない、とミルフィアは焦っていた。確かにミルフィアとて少女であり、着飾ることは嫌いじゃない。自分が綺麗になって喜ばない少女はいない。いないが、そんなことをしている場合ではない。
「今だけでいい、女の子でいてくれないか?頼む。」
「・・・カルロス。」
懇願する目で訴えるカルロスに思わずどきっとし、ミルフィアは言い返すことができなかった。


−カタン−
馬車が止まる。
「それでは、まいりましょうか、お姫様。」
先に馬車をおり、満面の笑顔を自分に投げかけて手を差し伸べるカルロスにミルフィアは思わずどきっとする。
「お手をどうぞ、お姫様。」
差し出されたカルロスの手にミルフィアはそろそろと自分の手を重ねる。
その手をそっと壊れ物を扱うかのように握ると、カルロスはミルフィアをエスコートして館へと入っていった。



「お嬢ちゃん、ダンス知ってたんだな。」
カルロスは驚いていた。剣を振りかざすミルフィアしか知らないカルロスは、まさか踊れるとは思っていなかった。手取り足取り、やさしく教えるつもりがある意味期待はずれだった。が、そのまるで蝶のように舞う様に満足もしていた。

その反対に、最初こそはその雰囲気に酔いしれていたが、ミルフィアはカルロスと踊りながら、いつの間にか昔を思い出していた。ミルフィーと踊った時のことを。
たとえ疎まれた兄妹であったとしても、仮にも国主の子息であり息女であった2人は、一通りの教育は受けていた。ダンスもまたその中の一つ。
(フィー・・・フィーとこうしてよく踊ったわ。)



「ほら、フィア、そこでターン。そうそう、とっても上手だよ、フィア。」
病気がちのミルフィアは、ダンスの練習もなかなか進まず、が、だからこそ先に覚えたミルフィーによく習っていた。
「フィア、いつかフィアもぼくじゃなく誰か他の男の人と踊るんだろうか?・・・それを考えたら・・・・教えなければよかったと思うよ。」
「フィーったら。フィーこそ素敵な女の子と踊るんじゃないの?」
「そんなことないよ。フィアより素敵な女の子なんているわけないじゃないか。」



ふとそのときのミルフィーの笑顔がカルロスと重なってみえた。
「フィー・・・・」
「ん?どうしたんだ、お嬢ちゃん?」
急に立ち止まり、下を向いたミルフィアに、カルロスは心配そうにその顔を覗き込む。
「あ・・・・」
カルロスを見たミルフィアには、その横にミルフィーの悲しげな顔をも見えた気がした。
「あ!おい、お嬢ちゃん!」
カルロスの手を振り解いてミルフィアはホールから走り去っていく。
「どうしたんだ、お嬢ちゃん?」
慌てて追いかけたカルロスは、バルコニーの手すりに寄りかかり、泣きくずれているミルフィアに戸惑う。
「・・・・お嬢ちゃん・・・・」
そっと肩に手をかける。
「ダメ・・ダメなの。こんなことしてる場合じゃないの。フィーを・・フィーを助けなくちゃ。・・・フィーを。」
「お嬢ちゃん?」
「塔へ行かなくちゃいけないの!すぐにでも!わたし・・・・わたし・・・・・」
振り返ったミルフィアは、両手を目の前で合わせ、次々とあふれ出てくる涙を拭こうともせずじっとカルロスを見る。カルロスは何かせっぱ詰まったものを感じながら、その腕で包み込み、手でそっと涙を拭うとやさしく聞いた。
「『フィー』?お嬢ちゃん、ミルフィーというんだろ?」
「違うの・・・ごめんなさい。わたしはミルフィアというの。フィーは・・・ミルフィーはわたしの兄なの・・・・。フィーの身体を取り戻さなくちゃ・・・・わたし・・わたし・・・・・・」
拭う後から涙が頬を伝う。
「お嬢ちゃん・・・・」
しばらくじっとミルフィアを見つめていたカルロスは、その真摯な瞳に決心した。
「分かった。たとえ地獄の果てだろうとどこだろうと行ってやる。・・・どこまでも一緒に・・・・・お嬢ちゃんが望むなら・・・・どこへでも・・・。」
「カルロス・・・・」
いま少しその腕に力を入れて、涙で潤んだ瞳で、真剣な眼差しで、じっと自分を見つめているミルフィアをカルロスはやさしく抱きしめた。

 



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