青空に乾杯♪


☆★ <<第52話>> おばばの賭け ★☆


 「どうぢゃ?嬢ちゃんの調子は?」
昼食後、2人が手合わせした後、ミルフィアに用を頼むと、老婆はカルロスに聞いてみた。
「う〜〜ん・・・そうだな〜・・・」
ぽりぽりと耳をかき考えるカルロス。
「魔窟の瘴気があそこまで精神的な影響を及ぼすとはな。」
「というと?」
「ああ・・・・確かに身体の動きはあまり変わってない。が・・・」
「が?」
「キレがないんだ。」
「キレが?」
「そうだ。天性なのかとも思うあの剣のキレ。オレがお嬢ちゃんに惚れた原因の一つかもしれんと思ってるんだが。」
「ほ〜、そうなのか?」
「あ・・・・今のは忘れてくれ。」
「無理ぢゃ。一度聞いたことは忘れんわい。」
「よく言うぜ。結構忘れてることがあるじゃないか?」
意地悪そうな顔でカルロスを見る老婆にカルロスはわざと呆れた表情で言う。
が、すぐ真剣な表情に戻りカルロスは話を続けた。
「ためらいがあるんだ、今のお嬢ちゃんの剣には。こうしたらこうくるのか?ではああしたら?とためらいがちに攻撃してくる。ほんの一瞬の迷いだが、攻撃する瞬間のその迷いは致命的だ。」
「ふむ。」
「あれでは塔へは行けんな。」
「ぢゃろうの。」
「入り口付近ならなんとかなる。が、お嬢ちゃんが目指すのはそんな生やさしい所じゃない。上層部へ行こうとする者でさえ避ける魔の洞窟だ。」
「お前さんがついておっても?」
「冗談言うな、おばば。おばばなら分かってるだろ?あそこは生半可な気持ちで入れるところじゃないのはおばばも承知してるだろ?オレは安請け合いはしない主義だ。」

そこがどんなに危険なのか、老婆にもわかっていた。たとえ十分な腕があっても安易に足を踏み入れるところではない。確かにカルロスなら十分対抗し得る腕があった。そして、老婆もまた術師として踏み込める自信もあった。が、そこで目的を達成できるかどうかは全くの問題外なのである。しかも、以前のミルフィーならまだしも今のミルフィアでは。

「身体は動いても、剣先が、気が定まらぬのでは・・・・。」
攻撃力はそれだけで半減する。いや強力な魔物の前では無力となることも考えられる。そして、そんな状態のミルフィアを守って進んでいく余裕はおそらく、・・・ない。楽観視できる場所ではない。
「出会った時のお嬢ちゃんはすごかったぜ。このオレがその戦い振りに少なからず驚いたくらいだからな。オレよりずっと小さくて細い身体をしてるのに、魔物と向き合ったその瞬間にそいつの弱点を見極め、すかさず攻撃する。あれは天性なんだろう。剣士になるべくして生まれたとでもいうのかな?女にしておくのがもったいないくらいだ。」
「ふむ・・・・。」
老婆はミルフィーを思い出していた。短い付き合いだったが、ミルフィアと同様、本当の孫のような愛しさを感じていた。
「おばば?」
「ん?」
「どうしたんだ?おばばまで?」
「ああ・・ちょっとな。」



「おばば!」
元気良く手を振りながらミルフィアが帰ってくる。
「はい、頼まれた薬草。」
「ああ、ありがとさん。あと村へ買出しに行っておくれでないかい?」
「はい。」
にっこりと笑って快諾するミルフィアに老婆はメモを渡しながら付け加えた。
「帰りは結構荷になるからカルロス、馬を貸しておくれ。」
「馬を?じゃーオレはどうするんだ?」
「一緒に行ってまた送ってきてくれればいいぢゃろ?」
「え?カルロスと?」
驚くミルフィアとカルロス。
「おばば、いいのか?」
2月半もオレを遠ざけていたのにか?と老婆を見るカルロス。
「たまには生き抜きも必要ぢゃ。根を詰めすぎても上達はせん。」
老婆はミルフィアにそう言ってからカルロスへと視線を移す。
「よいか、お前さんを信用して預けるんぢゃからの。あまり遅くならないうちにきちんと送ってくるんぢゃぞ。よいな?」
「わかった、おばば。」
なぜ急に老婆がその気になったのか、カルロスは全く理解できなかった。が、老婆の考えはどうあれ、こんないい機会はない。もちろん文句があるわけはない。カルロスは喜んで残りの半日をミルフィアと一緒に過ごすことにした。

「おばば・・・」
カルロスが馬の仕度をしている間に、ミルフィアは少し心配げな表情で老婆に聞く。
「あの人と行って大丈夫なのか?」
「ああ、だけど気をおつけ。女には手が早いからの。」
「手が早いって・・・おばば・・・・」
「お嬢ちゃん、用意はできたぜ。」
家の外でカルロスが呼ぶ声が聞こえ、ミルフィアはぎくっとして答えた。
「あ、はい。」
「ミルフィア。」
外へ出て行こうとしたミルフィアは老婆に呼び止められ振り返る。
「なに?おばば?」
「兄さんはカルロスにはそんないい返事、一度もしなかったぞ。」
「あ、そ、そうなんだ・・・わかった、気をつけるよ。」


カルロスの引く馬に乗って坂道を下りていくミルフィアの後姿を老婆はじっと見つめていた。
「・・・・さ〜て、丁と出るか、半と出るか・・・・」
老婆は一つの賭けにでていた。それはカルロスと行動をともにすることで、女性としての幸せに目覚め、平凡だが静かな日々を取るか、あるいはそれでもまだ迷宮への困難な道を選ぶか、どちらかはっきりさせるためだった。もっとも相手がカルロスということもあり、ミルフィーに知れたら怒られそうな気もしたが、今のミルフィアの状態では、やはり迷宮の探索は諦めさせるべきかもしれない、そう思ってのことだった。
「わしがやめろといってもあの子は聞かないし、それに、ああみえてもカルロスは約束は守る男ぢゃからの。」
そう呟きながら家の中へ入ろうとしたとき、ふと思い出して、慌てて2人の方を振り返る。
「ほい、しまった!あまり遅くならないうちに送って来いとは言っておいたが、手を出すな、とははっきり言っておかなんだ・・・。」
追いかけようとも思ったが、今更そうするのも2人に呆れられると思い、思い直した。
「『信用して預ける』をこちらの意味でとってくれればいいんぢゃが・・・・。」
ふ〜・・・・・ため息をつくと老婆は家の中へと入っていった。
「ぢゃが、どう転んでもカルロスならあの子をまかせても大丈夫ぢゃろ。兄貴は妬くぢゃろうがの・・・・。」
プレイボーイであることを除けば、人物的にもなかなかできた男だと老婆は判断していた。ミルフィアに対しては遊びではないということも知っていた。
もっとも尻尾をぱたぱたと振って喜んでいる狼に、一番の好物を与えてしまったようでもあり、ある意味くやしいような気もしないではない老婆ではあった。



「さて、そろそろいいかな?」
老婆の家が見えなくなった地点に来ると、カルロスはさっと馬に、ミルフィアの後ろにまたがった。
「な、なんだよ?」
急なことに驚きつつも、ミルフィアはその動揺に気づかれないよう努めて冷静に聞く。
「2人とも乗った方が早いだろ?用事はさっさと済ませて、たまにはのんびりしようじゃないか?お嬢ちゃんが好きそうな場所を知ってるんだ。」
「好きそうな場所って・・・?」
カルロスの体温を間近に感じ、ミルフィアは思わずどきっとしながらも、それを感じさせないようにと自分に言い聞かせて返事をする。
「それは行ってからの、お・た・の・し・み。」



−カツカツカツ−
速駈けする馬上で、ミルフィアは不安と、そして胸の高鳴りを感じていた。

 



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