青空に乾杯♪


☆★ <<第50話>> ミルフィーの願い ★☆


 「・・・・・良かれと思ってしたことなんぢゃが・・・・」
老婆は水晶玉に手を乗せあったまま、まだ目覚めぬ2人の横で後悔していた。
「まさかこんなことになろうとは・・・・」
「仕方ねーだろ?」
「ほえ?」
意外な声に老婆ははっとして振り返った。テーブルと真反対の方向に。
「お、お前さん・・・もしかして?」
驚きのあまり老婆の声はかなりうわずっていた。
そこでぶすっとした表情で突っ立っているのは確かにミルフィーだと判断できた。つい今しがたまでテーブルの少女の内にいた精神体だと。といっても正確には立っているのではなかった。その全身は半透明であり、下半身はほどんとみえなかった。それにぐっと男らしい身体つきでもあった。
「留まってたのか?」
老婆は安堵感とともに興味深くミルフィーを見る。
「んー・・・・なんだかなー・・・・・つまりはそういうことだろ?・・・ったく、幽霊嫌いが幽霊になっちまうなんて笑い話にもならないぞ・・・・・」
ぶつぶつ一人ミルフィーは文句を言う。
「あ、あはははは・・」
「なんだよ?笑うことないだろ?おばば?」
「悪い悪い・・・決してそんなつもりの笑いぢゃないんぢゃ。ただ、そう、ただほっとしたんぢゃよ。ほんとぢゃぞ。」
嘘ではなかった。自分が取り返しのつかないことをしてしまったと後悔しはじめていた老婆は、ミルフィーがたとえ幽体であろうとそこにいたことに心底安堵していた。
「おばば・・・」
そんな老婆にミルフィーは笑いかける。
「おばば、勝手を言って悪いんだが・・・他に頼める人がいないし・・・。」
「ん?」
最後までミルフィーが話さなくても老婆には分かっていた。妹の、ミルフィアのことなのだと。
「ああ・・・・わかっておる。わしにまかせとくれ。これも何かの縁ぢゃろ。」
「悪いな。」
「なんの。孫が帰ってきたようで嬉しいわい。」
「そうか?」
「ああ、あんたにはじめて逢った時からそう思っておった。が。まさか一気に孫が2人になるとは思わんかったがのー。」
ミルフィーを見て老婆は軽く笑った。
「そういえば、オレ思ったんだけど・・」
「なにをぢゃ?」
「ああ、結局カルロスがレイムの生まれ変わりだったってわけだけど、だけど、カルロスはオレたちより年上だぞ?どういうわけだ?」
「ふむ・・・お前さんの疑問はもっともぢゃ。ぢゃが、こう考えたらどうぢゃろ?」
「?」
「つまりぢゃ、聖魔の塔はいろんな世界と繋がっておる。そしてその個々の世界はそれぞれ時間の流れが異なっておるんぢゃ。ぢゃから・・それも考えられない事はないぢゃろう。・・・それとも、時を越えて来たのかもしれん。異世界の未来から。」
「なるほど・・・つまり、カルロスはこことは別の世界の人間で、そこがここより時の流れが早いか、または、ここと繋がっている時間が違う・・・。こっちから考えると向こうの世界の未来と繋がっているってことか?」
「確立はきわめて低いが、多分そうなんぢゃろうの。わしなんかすでにどの世界に属してた人間なのか、わからなくなっておるし。ふぉっふぉっふぉっふぉ。」
しわくちゃの顔に一段とシワをよせ、老婆は笑う。
「まだここにいられるんぢゃろ?」
この世に留まっていられるのだろ?と老婆の目は語っていた。
「んー・・・どうなのかな?よくわからん。」
「ん・・・・ぢゃろうな。ぢゃが、なるべくならおっておくれ。あの子のためにも。」
「フィアにこのことを話すのか?」
「あの子にあんたが見えればぢゃが・・・でなかったら言わん方がいいぢゃろ。」
「・・・・そうだな。」
寂しさを感じながら、それでもミルフィーは老婆の言うとおりだと思っていた。
「・・・日は薬、しばらくは落ち込むぢゃろうが・・なに、このおばばがきっちり立ち直らせてみせるわい。まかせておきなされ!」
「ああ、頼りにしてるからな。頼んだぜ、おばば。で、もう一つ自分勝手なことを言うと・・・」
「なんぢゃ?カルロスから守ってほしいとでも言うのかの?」
「あ?・・・あ、そうか、そういえばそんなこともあったっけ。」
「なんぢゃ、違うのか?わしはてっきりカルロスのこととばかり思ったんぢゃが。」
「まー、それも、言われてみればそうなんだが・・・だけどカルロスとのことはフィア本人に任せればいいとも思うんだ。・・・・ああみえてもあれで案外しっかりしてるというか、我を張るところがあるからな。そうそう流されりゃしないだろ?」
「いいのか、それで?敵は百戦錬磨ぢゃぞ。」
にまっと笑う老婆。
「う・・・や、やっぱりやばいよな?」
今までのカルロスとのいきさつを思い出し、ぎくっとするミルフィーに老婆は面白そうに笑う。
「ふぉっふぉっふぉ・・・・ついでぢゃ、それもわしが気をつけておいてやろう。あの子に気がない限りな。で、もう一つの頼みとは?」
「ああ。・・・術をかけてもらう前に話したよな。」
「というと、あの子は気が付いたんで、あとはお前さんの身体ってことかの?」
「そうなんだ。だけどあの時と事情が変わった。・・・・フィアにはそんな危険なことはさせたくないんだ。できたらどこか静かなところで幸せに暮らしてもらいたいんだ。」
「そうか。そうぢゃろーのー・・・・・そう思うのが当然ぢゃろう。お前さんにとってはかわいい妹ぢゃし、あの子が魔物と戦うなど想像できんわい。」
ミルフィアからはあまりにもはかない感じを受けていた。そんなミルフィアが武器を持ち、魔物と戦うとは想像できなかった。
「オレはフィアが幸せならそれでいい。レイムみたいにまた出会えるとは限らないだろうが・・・そうだな、いつかまた違う生で、今度は兄妹として幸せな一生を送れたら・・・・それで・・・・。」
「ミルフィー・・・・」
遠くを見つめ呟くミルフィーに老婆は言葉が無かった。

「う・・・・」
「おおっとカルロスが気づいたようぢゃわい。」
「・・・気を失っていたのか?」
呟きながら頭を上げるカルロスを確認すると、老婆は再びミルフィーのいたところを見る。
が、そこにはもはやミルフィーの姿はなかった。
「ほれ!いつまで乗せておるんぢゃ!」
ぽん!と水晶玉の上、ミルフィアの手の上に置かれたままのカルロスの手を叩く。
「おばば、それはないだろ?おばばがそうさせたんじゃないか?」
仕方なく手を引きながらカルロスは苦笑いする。
「で、お嬢ちゃんはもういいのか?」
まだ気づかないミルフィー、いや、ミルフィアをカルロスは心配そうに見つめる。
「そうぢゃな・・・多分、大丈夫ぢゃとは思うが・・・。」
「なんだ思ったより悪い状態なのか?」
「どうぢゃろの〜?」

いつの間にか夜もふけていた。老婆はカルロスに馬車を拾わせると、村から少し離れたところにある自分の家へミルフィアを連れて行った。
もっともミルフィアが気づく気配がないので、抱き上げて運んだのはカルロスだったが。
「この際仕方ないぢゃろ。なに、今だけぢゃ。気を悪くせんどくれ。」
老婆は姿が見えないミルフィーに独り言のようにそう囁いた。



 「ピピピピピ・・・チュンチュン・・チチチ・・・」
「う・・・ん?」
窓から差し込む暖かい陽の光。ベッドに横たわっていたミルフィアは、小鳥の囀りと眩しさで目を開けた。
「ここは?」
ゆっくりと身体を起こす。
見慣れぬ部屋。そして外の景色もまたそうだった。
「えっと・・・・・」
ミルフィアはそのままの格好で考えていた。
「そうだわ・・・フィー、フィーが・・・・・・」
部分的ではあったが、ミルフィアは覚えていた、ミルフィーの心と会ったときのことを。そのときのことを思い出すうちに涙があふれ出てきていた。
「フィー、どこへ行ってしまったの?・・・どこにいるの?フィー・・・・」
両手で顔を覆い、ミルフィアは静かに泣いていた。
−カチャリ−
ドアが開き老婆が入ってくる。
「ミルフィア・・」
そっとそしてやさしくかけられた声に、ミルフィアははっとして涙で曇った瞳で老婆を見つめる。
「おばーさん・・・・・?」
老婆は無言でやさしくミルフィアの手を握り締めた。涙でぬれた両の手を。
「おばーさん・・・・」
じっと自分を見つめるそのやさしく暖かい視線に、ミルフィアはこの老婆が全てを知っていると悟った。
「ん・・ん・・・」
その自分を包み込んでくれるような老婆にミルフィアの堰が切れた。
「わーーーーー・・・・・・」
老婆の胸で肩を震わせてなくミルフィア。そんなミルフィアが本当の孫のように愛しく思え、老婆はミルフィアの背中をやさしく撫でていた。



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