青空に乾杯♪


☆★ <<第49話>> 再会と別れ ★☆


 −コンコン!−
待ちきれなくなったのかカルロスがドアをノックする。
「ああ、待たせたの。お入り。」
−ガチャ−
ドアを開け、中を見たその瞬間、カルロスは息を飲みミルフィーを見つめた。
「・・・・・これはこれは・・・・・」
「どうぢゃ?よーく似合ってるぢゃろ?」
「ああ・・・・」
短く答え、自分に歩み寄ろうとするカルロスに、ミルフィーは思わず老婆の後ろに身を寄せる。
「・・・お嬢ちゃん・・・」
カルロスはそんなミルフィーに苦笑いを送って残念がる。
「傷つくな〜・・・。」
「お前さんの常日頃が悪いせいぢゃろ?」
「おばばまでそれはないだろ?」
「いいから、そこのテーブルに座りなされ。」
「ん?なにかするのか?」
部屋の片隅にある円形のテーブルには水晶玉が置かれていた。
カルロスは手近のイスを取り、そこへ座る。
「ああ、嬢ちゃんなんぢゃが、瘴気が抜けたことは抜けたんぢゃが、ちょっと気になることがあっての。」
「後遺症的なものか?」
「そうぢゃ。そこでお前さんのオーラを分けてもらいたいんぢゃよ。」
「オレのオーラ?」
「そうぢゃ。お前さんのオーラは、常人のそれと比べるとけた外れに強烈ぢゃ。しかも光のようにの。お前さんが傍によるだけで低級な魔物なぞは消滅してしまうというそのオーラを嬢ちゃんに分けてもらいたいんぢゃよ。」
「これはまんざら嘘でもないんぢゃ。」
老婆はカルロスからミルフィーに視線を向けるとそっとミルフィーの耳元で囁く。
「そんなことならおやすいご用だぜ。お嬢ちゃんに役立つならこれ以上の喜びはない。」
老婆に連れられ、テーブルを挟んで目の前に座るミルフィーにカルロスは笑顔を投げかける。
「もう少し待っていておくれ。」
老婆は部屋の四隅に持ってきた香炉をおき、香をたく。そしてテーブルに蝋燭をたてて火をつける。
「ふむ・・・・それでは始めるとするかの。」
ミルフィーを見、そしてカルロスを見ると老婆は懐からいつくかの鈴を束ねたものを取り出した。
−シャン・・シャン・・・・−
緊張感が漂う部屋に鈴の音が響く。
そして、老婆はミルフィーの右手を取ると、そっと水晶玉の上に置かせた。
−シャン!−
次にそのミルフィーの手の上にカルロスの右手を重ねさせる。
次は何が?と興味津々で見つめるミルフィーににこっと笑うと、老婆はゆっくりと呪文を唱え始めた。


香の匂いとまるで子守歌の余韻を醸し出すかのような呪文とで、ゆっくりとミルフィーとカルロスの意識は遠のいていった。



「あれ?ここは?」
薄暗い部屋で気付いたミルフィーは、周りの様子をうかがう。
「まさか、ここって?」
そう、ミルフィーには見覚えがあった。そこは数年前まで住んでいた館。ミルフィアとレイムと共に。
ミルフィーはゆっくりと中庭に向かった。そこはレイムを最後に見たところ。ミルフィーの中に悪霊を召還しようとレイムが試みた場所だった。
「えっと・・・・・」
きょろきょろと周囲を見渡すミルフィーは、ふと自分の格好に気づく。それは服装だけでなくあの時のままの自分。
「時をさかのぼったとか?」
そんなことを考えていたミルフィーの視野の片隅に人影が入った。
「ま、まさか・・・・・・・・」
その人影はゆっくりとミルフィーに近づいてきた。
「レイム・・・・?・・い、いやカルロスじゃないか・・・・」
期待に輝いていたミルフィーの瞳が一瞬にして曇る。近づいてきたのはレイムではない。
「ミルフィー様・・・」
「え?」
そう呼ばれ、ミルフィーはぎくっとする。その声色、口調はカルロスのものではなく、レイムのものだった。
「ミルフィー様・・・・」
ほわ〜っとカルロスの内からカルロスを覆うようにしてレイムの姿が浮かび上がる。
「や、やっぱりカルロスが・・・レイム?」
レイムは答える代わりにゆっくりと頷く。なつかしい暖かい笑みを浮かべて。
「レイム・・・お前・・・」
言葉に出なかった。迷宮でレイムと出会ったら山ほど文句をいってやろうと思っていたのに。自分をだまして一人で魔窟へ赴いたことやミルフィアを置いていったことなどへの文句を。
「申し訳ございません、ミルフィー様。私がついていながらこのようなことになってしまい・・・。」
「そんなレイム・・・レイムは十分してくれたよ。一人で責任を背負って・・・そして・・・」
『死んでしまった』という言葉は口にできなかった。過酷な戦いだったんだろう、とミルフィーは思っていた。ミルフィーやミルフィアにはこの上なくやさしいのに、自分自身には厳しすぎるレイムだったことをミルフィーはよく覚えていた。
「ミルフィー様、ミルフィア様は・・まだお目覚めにはならない・・のですね・・。」
「あ・・う、うん・・・・。」
そっと差し出されたその手をミルフィーは握り締めた。そしてレイムもまたミルフィーの手をしっかりと握り締める。お互いを確認しあうように。
いつの間にかカルロスの姿は消え、ミルフィーの前に立っているのは魔導師レイムの姿だった。
「こうしてまたお会いできるとは思ってもみませんでした。」
「レイム・・・・・」
しばらく2人は黙って見つめ合いなつかしがっていた。お互いの手のぬくもりを感じながら。あのときの、そしてそれから経験したことに思いを馳せながら。


「レ・・・イム・・?」
「フィアッ?」
遠く心の奥の方でミルフィアの小さな呟きが聞こえたような気がし、思わずミルフィーは心の中で叫ぶ。
「フィア?フィア・・・いるんだね、そこに。聞こえたんだろ?レイムの声が。届いたんだね?」
胸の高鳴る中、ミルフィーは必死に自分の中に呼びかけていた。
「フィア!」
「ミルフィア様!?」
レイムの目に写っているのは変わらぬミルフィーだった。が、ミルフィーのその叫びにつられ、思わずレイムもミルフィアの名を呼ぶ。
「あ・・・、わ・・たし・・・・・」
「フィア!」
喜びに全身を震わせてミルフィーは少しずつ姿が見えてきたミルフィアを見つめていた。同じ身体の中でミルフィーとミルフィアの心は向き合っていた。
「フィー・・・・わたし・・・・」
「フィア、いいんだよ、何も言わなくて。フィアが戻ってくれれば、それだけで。」
ミルフィーとミルフィアはしっかりと手を取り合って喜びあった。
「フィー・・・・」
「フィア・・・・」
やはりレイムが必要だったんだ。オレじゃなくて・・。理性では自分は兄だし、相手があのレイムなら、とは思っていたが、ミルフィーは少し嫉妬を感じていた。
「フィー?」
「なに?フィア?」
ミルフィーはミルフィアのすぐ目の前にいるつもりだった。が、ミルフィアはミルフィーの姿が徐々に薄くなっていくのに気づき、目をみはる。
当のミルフィーもミルフィアのその表情ではじめて自分のその状態に気づく。
(あ・・・・・そうか、フィアが気づいたから・・・だけど・・・もう少しフィアといたい、話したいというのは、やっぱり叶わない願いなんだろうか。)
消えかかりながら悲しげにミルフィーはミルフィアを見つめた。が、消えつつあるミルフィーがどういうことを意味するのか悟ったミルフィアの顔は真っ青となっていた。今にも涙がこぼれてきそうだった。そんなミルフィアに、ミルフィーははっとする。
(そうだった!フィアはこれからなんだ。オレがこんな風に消えたんじゃまた・・・)
できる限りの笑顔を、精一杯の笑顔をミルフィアに投げかけ、ミルフィーの姿は徐々に薄れていく。
「あ・・・フィー・・・・・待って、いかないで!フィー!」
しっかり握りあっていたはずのミルフィアの手から、ミルフィーの手が、そして目の前にいるはずのその姿が消えていった。
「いやーーーーーーー!」

「ミルフィア様!」
「あ!」
身体の中に1人残されたミルフィアが本当に気づいたとき、目の前にはやさしい笑顔で包み込むレイムがいた。
「レイム・・・・」
大粒の涙がミルフィアの瞳からこぼれ始めた。
「フィーが・・・・フィーが・・・・・・・・」
「ミルフィア様・・・・」
「どうしたらいいの?わたしはどうしたら?」
「ミルフィア様・・・」
やさしく握っていたレイムの手を振り払うと、ミルフィアは自分の肩をぎゅっと抱いて叫んだ。
「あのままでよかったのよ。フィーの中でずっと眠ってれば、それで・・よかったの。・・・時々フィーの声を聞いて・・フィーが一緒にいてくれればそれで・・・」
「ミルフィア様・・ですが、どれほどミルフィー様があなたが目覚めるのを心待ちにしていたか・・・」
レイムもまたミルフィーが逝ってしまったことにショックを感じていた。が、今は自分がしっかりしなくては!と己を奮い立たせ、できる限りの笑顔を作る。
「フィーを殺して?!」
その悲痛なまでの叫びにミルフィアを落ち着かせるため抱きしめようとしていたレイムの全身は硬直した。

「よろしいですか、ミルフィア様。ミルフィー様はまだ死んだわけではないのです。」
しばしの沈黙の後、レイムは諭すように口を開いた。
「ミルフィー様の身体を探せば戻ることも可能かもしれないのですよ。」
「戻る?」
「ええ、そうです。」
そっとミルフィーの手を握るレイム。
「探すって・・どうやって?悪霊たちのところから奪い返すなんてできるの?あれから、あれからもう何年もたっているのに、フィーの身体がそのまま無事に?」
「ミルフィア様・・」
力づけるため、小刻みに震えているその手をぎゅっとそして肩をやさしく抱いた。
「フィー・・・フィーはもう戻らないの?」
涙いっぱいの瞳でレイムを見つめる。
「ミルフィア・・・様・・・」
レイムには言葉がみつからなかった。幼い時から2人身を寄せ合ってすごしてきた双子のミルフィーとミルフィア。その心の繋がりは、到底自分など踏み入れることができないと感じていた。たとえミルフィーが言ったように淡い恋心をいだいていたとしても、まだまだミルフィーに取って代わりうる人物にはなっていない。信頼されてはいない。ミルフィーのように、心の支えには・・・・。
レイムは己の力の無さを強烈に感じていた。守りたい、何があっても守り抜きたい。涙をぬぐってやりたい、そう思えば思うほど、自分の非力さに心が沈んでいった。
が、それでもなんとかしなくては。ミルフィーの期待に応えなくては、とレイムは必死になって答えを探していた。
「わたしは、お父様だけじゃなく・・・フィーも・・・フィーも、殺してしまったのね。」
「いえ、いいえ!ミルフィア様!」
悲しみと絶望の色に染まったその瞳を見、レイムは焦りを感じていた。
「わたしなんていない方がいいのよ。そうすればフィーだって・・・・・」
「違います!そんなことはありません!」
「ううん・・・・そうなの・・・・そうなのよ・・・」
薄れていくミルフィアの意識を感じ、レイムはミルフィアの肩をぐっと握り、必死で話しかける。
「ミルフィー様が悲しまれます。あなたの目覚めだけを祈るように願い、待ちつづけていたミルフィー様が!」
「あ・・・・・・」
消えつつあったミルフィアの瞳の光が戻る。と同時に再び涙があふれ出てくる。
「ミルフィア様。」
すっとレイムの腕から逃れるとミルフィアは叫んだ。
「・・・レイムなんか大嫌い・・・いつもフィーの言うことばかり聞いて、少しもわたしのことなんて・・・・・」
「そのようなことは。ミルフィア様・・・」
「じゃー、・・・じゃー、フィーを返して・・・わたしと入れ替わりでいいから、フィーを生き返らせて・・・・それがダメなら・・・わたしも殺して・・・フィーのところへ行かせて・・・・・・お願い・・・・・・・。」
ぐっと両の手を握り締め涙声で懇願するミルフィアに答えるすべはない。
「ミルフィア様・・・・」
今一度近づき、そっとその震える肩を抱くとレイムは小さく眠りの呪文を唱えた。その方法しか思いつけない自分にやりきれない憤りを感じながら。


「ミルフィー様、私はどうすればよいのです?ミルフィア様が狂おしいほど愛しいのに・・・何もしてさしあげれない・・どうすればあなたのように心の支えになれるのでしょう?ミルフィア様にとってあなたに代わる人物となれるのでしょう?・・・・・」
部屋に戻り、ソファに寝かせたミルフィアを見つめ、レイムは悲しみに沈んでいた。

そして、沈黙が今の今まで忘れていたことを思い出させる。残酷な現実を。
「・・・・そうでしたね、私はもうこの世の人物でもありませんでした・・・・。」
そっとミルフィアの頬の涙の跡を指でぬぐうと悲しげな笑みを浮かべる。
「もうこうしてお逢いすることもないでしょう。でも、私はなにがあろうとあなたをお守りします。・・・生が変わろうとも、命かけて。・・・何度でも。」
ふっとレイムの姿が消え、カルロスに戻ると、意識の無いその身体はその場に崩れ落ちた。

 



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