「フィア・・・・」
鏡に映っているのは、ミルフィーではなく、まぎれもなくミルフィアだった。
ミルフィーは思わず我を忘れて鏡の中の少女を見つめる。
「カルロスの目は確かぢゃったってことぢゃな。」
ふぉっふぉっふぉっと笑いながら老婆が言った。
「何をとち狂ったか色気もなんもない、しかも女の自覚がからっきしのようなまだまだガキに本気になりおって、と思っておったが・・・・。」
ミルフィーはそんな老婆の声を遠くに聴きながら、鏡に見入っていた。数年前見た時よりぐっと女らしく成長したミルフィアを。
「仕上げにルージュを軽くひいて・・・頬は・・・紅はいらんほどぢゃな。ほんのりピンクでこのままでいい感じぢゃわい。」
「あ・・あの、おばーさん・・・っと・・」
ふと、今の中身は自分だったことに気づき、なんとも居心地悪くなったミルフィーは、ここまでする必要があるのか?と感じ老婆に聞くことにした。が、そういえばまだ老婆の名前も知らなかったことにも気づく。
「ふぉっふぉっ・・おばばでいいわい。名前なんぞどこかに置き忘れてきたわい。」
「じゃー、おばば・・その、つまりその誘魂の術ってのはここまでする必要があるのか?」
「ふむ・・・そのカッコぢゃと、その物言いにはすっごく違和感があるの〜。ふぉっふぉっふぉっ。」
「おばば!」
「悪い、悪い。ちゃかして良いことぢゃなかったの。まー、その、なんぢゃ・・・」
「なんだ?」
「それは単なるわしの趣味ぢゃ。」
「って、おばば!」
−ガタン!−
思わずイスを蹴るようにして立ち上がるミルフィー。
「すまん・・・あんたを見てたら、つい、むか〜し亡くなった孫娘を思いだしての〜・・・」
「あ・・・・」
どうにも今の自分の姿では落ち着かない。せめて化粧と髪だけは元に戻してもらおうと思ったミルフィーだが、老婆のその沈んだ面もちと言葉で口に出せなかった。
「まー、ここへお座り。かわいい顔をもっとよくばばに見せてくれないか?」
「・・・・・・・」
ミルフィーは黙ったまま、老婆のすぐ前、窓際のイスに座った。
「うんうん・・・かわいいの〜。あんたは磨けばもっともっと綺麗になる子ぢゃよ。魔の迷宮になぞ行かせたくはないの〜。」
「オレは・・・」
「分かっておる。よほどの訳ぢゃろ。話しておくれ、このばばに。」
「あ・・ああ・・・・・・」
そしてミルフィーはかいつまんでだが、老婆に忌まわしい出来事と自分が男であり、今のこの身体は妹のものだということを話した。妹を目覚めさせるため、そして自分の身体と魔導師レイムを見つけるために魔の迷宮に来たことも。
「そうか・・・・・ぢゃが、男ぢゃとは思わんかったわい、ふぉっふぉっふぉっ。どうりで落ちないはずぢゃ。実はの、やっこさんが落とせなかったのはあんたが初めてなんぢゃ。このことを知れば開いた口がふさがらぬってやつかもしれんわい、ふぉっふぉっふぉっふぉっ!」
「・・・わかったら着替えてもいいだろ?どうもこの格好は・・・」
「ふぉっふぉっふぉっ、落ち着かないかの?よ〜っく似合っておるんぢゃが。」
「おばば・・・」
にこやかに相手をする老婆を、ミルフィーは恨めしげに見つめる。
「まー、もう少し我慢しておくれ。誘魂の術が済むまでの辛抱ぢゃ。」
「ふ〜・・・]
返事の代わりにため息をつくミルフィーを見て、老婆は満足げに頷いた。
「さて、やっこさんがお待ちかねぢゃ。さっそく始めるとしようかの?」
「カルロスにも事情を?」
「いや、下手に話して過去・・といっても前世ぢゃが、とらわれないほうがいいぢゃろ。」
「それもそうだな。」
「いやがおうにも引きずってはおるが・・・。」
果たして術が成功するのか、そしてそれが今後どのように影響するのか、不安な面持ちでミルフィーは上機嫌の老婆を見ていた。
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