青空に乾杯♪


☆★ <<第45話>> オレは男だ! ★☆



 「まーまーそう急がずとも・・・お嬢ちゃんって!」
聖魔の塔の通路、ミルフィーはひたすら前方を睨みつつ足早に歩いていた。
「お嬢ちゃん、そう恥ずかしがらなくってもいいだろ?」
「うるせー!オレはお嬢ちゃんじゃーないっていってるだろ?」
大股にミルフィーの前に出た体躯のいい剣士。悠に頭一つ自分より高いその男をちらっとも見ずにミルフィーは吐く。
「う〜〜ん・・・そういうところがまたいいなー、お・じょう・ちゃん♪」
無視するつもりだったが、思わずカッときてミルフィーは立ち止まる。
「だから〜!」
「それなら、いい加減に名前を教えてくれてもいいんじゃないか?」
「あんたに教える名前なんてないな。」
吐き捨てるように言うと、ミルフィーは先を急ごうと足を進めうようとする。が、男は道を空けるのではなく、逆にミルフィーの肩を掴み引きとめる。
「だー・・・・ったく・・・」
立ちふさがっているのが魔物なら剣で退かす。が、人間であり害を加える気もない者に攻撃をしかけるわけにはいかない。ミルフィーは、完全に困惑していた。退かないとたたっ斬るぞ、その言葉はすでに一笑に付されていた。何を言おうが、剣で脅そうが、その男はミルフィーの傍から離れなかった。
「どういうつもりなんだ?」
本当なら口もききたくない気分だったが、そういうわけにはいきそうもない。ミルフィーは仕方なく男を睨みつけながら聞いた。
「どういうつもりかって?・・・やぼな事は聞きっこなしだぜ、お嬢ちゃん。」
「だからー!」
「あ・・すまん、『お嬢ちゃん』は気に入らなかったんだな。・・・じゃー・・・お嬢さん?」
「あ・・あのなー!どっちも同じ様なもんだろ?!からかうのもいい加減にしろよ!」
思わず腰の剣に手をかけミルフィーは怒鳴った。
「おっとっと・・・・」
両手を拡げ大げさに驚いた表情を見せる剣士。勿論ミルフィーの行動に驚いたわけでも動じたわけでもないことは、一目瞭然。その瞳には落ち着き払った笑みが浮かんでいる。
「からかってるつもりは毛頭ないんだがな・・。」
確かにそのまなざしは、からかい半分ではないことも表していた。
(まさか、マジ・・・・?)
ミルフィーは今まで経験したことのない動揺と焦りを覚えていた。
「はーーー・・・・・」
大きくため息を付くと、ミルフィーは壁にもたれその男を見つめた。今までこんな経験はなかった。誰が見てもミルフィーは男に見えるはずだったし、実際そうだった。が、今回だけは違った。迷宮内で偶然出くわしたその男は、直感でなのかなんなのか、とにかくミルフィーを女と認め、しかもいくら否定しても聞く耳持たず。つまり、最悪なことに、どうやら彼に気に入られてしまったらしい。
ミルフィーの剣の腕は認めた上で、男はすっかりナイト気取り、といおうか、傍を離れようとしない。
ただ単に避けているだけでは解決しそうもなさそうだった。見も知らぬ男に自分のことは話したくはなかったが、この展開ではある程度のことは話した方がいいだろうとミルフィーは気が進まなかったがそう判断した。
「えっと・・・なんてったっけ?・・・・・・・・カルロス・・・そうだ、カルロス・アシューバルだったっけ?」
「ああ。記憶に留めてくれたのか、お嬢ちゃん?」
嬉しそうにミルフィーを見つめ返す男に、「ああ一応な。」と短く答えるミルフィーは、頭痛がしてきていた。
「オレ、ミルフィーってんだ。」
「ミルフィー・・ミルフィーというのか・・・・いい名だ。」
「そりゃどうも。」
男はさりげなくミルフィーの前に立つ。一瞬避けようと思ったが、思わず観察してしまう。
出会ったときの戦闘で、その男がかなりの腕であることは分かっていた。それに付け加え高い背、鍛え抜かれた体躯、整った顔立ち。品のいい鎧と全身からにじみ出る風格と落ち着いた声色。歳は25、6くらいだろうか。同性の目で見てもなかなかの人物と思えた。
「どうした、お嬢ちゃん?」
「あ・・い、いや・・」
ついじっと見入ってしまったことに気付き、ミルフィーは赤くなって口ごもり、慌てて視線を逸らす。
「お嬢ちゃんのおめがねに少しはかなってるかな?」
そんなミルフィーに笑みをなげかけながらやさしく言う。
「そ、そんなんじゃないんだって!」
これ以上誤解されたら、と焦ったミルフィーは思わず大声を出してしまったが、カルロスはそんなことには無頓着に相変わらずやさしげな微笑みを投げかけている。
「ふ〜・・・・・」
狂いっぱなしの調子を取り戻そうと、ミルフィーは今一度大きく息を吐く。自分を落ち着かせるために。
「あんたほどの男なら、ほかっておいても女の方から寄ってくるだろ?何も好きこのんでオレみたいなのを相手にしなくてもいいじゃないか?」
自分を、いや正確にはミルフィアの容姿だが、決してそれを卑下しているのではない。ミルフィーにとっては誰よりもかわいいフィアなのである。だからこそ自分以外の男など近づけたくはない。だからこそ今は心にも思っていない言葉も出る。なんとかこの場を切り抜けるために。
「うーーん・・・どう言ったら分かってもらえるのか・・?」
カルロスはしばしミルフィーをじっと見つめていた。
「それもそうなんだが・・・・」
少し照れるているかのように、頬をかきながらカルロスは続けた。
「・・実はオレもなぜこうお嬢ちゃんのことが気になるのかわからないんだ。」
「は〜ぁ?なんだそれ?」
「つまり・・・」
「つまり?」
「・・・なぜだかわからない、それが恋ってものなんだろう?」
「だろうって・・・・」
カルロスは、笑いながら呆れ顔で見つめているミルフィーの顎にすっとその手を添わせた。
「お、おい・・な、なんだよ!」
勿論ミルフィーは慌てて顔を逸らすとともに、カルロスとの間に数歩間をおく。
「ちょっと待てって!さっきから言ってるだろ?オレは男なんだって!聞いてなかったのか?」
「いや。」
ミルフィーは崖っぷちに立たされた心境だった。身体は妹のものであれ、ミルフィー自身は、心は、完全に男なのだから。男に言い寄られるより自分がかわいい女の子に言い寄った方がいいにきまっていた。
が、そんな事とは思いもしないカルロスのミルフィーを見つめる瞳は、冗談でも嘘でもないことを物語っているようにも思えた。
(やっべー・・・・)
「迷宮を探索するにはそういうことにしておいた方が安全だしな。」
「じゃーなくて、ホントに男なんだよ!それとも何か?あんたそっち方面?悪いけど、オレはその気ないぜ。」
「いや、オレは女性専門。」
すっと近寄ったカルロスは、ミルフィーをまるで覆うように左腕を壁に置く。

 

箱さんからいただきました。
いつもありがとうございます。m(_ _)m

 

カルロスを身近で見上げる格好となったミルフィーは慌てて身体を横にずらそうとする。が、肩をカルロスの右手に阻まれる。
「お嬢ちゃんは十分魅力的だよ。」
(げーーーーーーー!)
幽霊のときとはまた違った悪寒がミルフィーの全身を駆けめぐった。思わず剣を抜こうとしたが、あまりにも近すぎて抜くこともできない。
(じょ〜だんじゃない!)
−ズザッ−
咄嗟にミルフィーはさっとしゃがみ込んでその場から抜け出ると、間をおいて、すらっと剣を抜く。
「おおっと・・これはまた・・」
「悪かったな。そう簡単に思い通りにはいかないぜ。」
「どうやらそのようだな。はははは。・・ん?」
おおらかに笑ったカルロスの顔が、瞬時にして真剣味を帯び、ミルフィーもその表情から察し、周囲に気を配る。
「もう少し楽しく話していたかったんだが・・・・」
剣を抜くとカルロスはミルフィーの背後に迫っていた魔物の集団に向かっていき、ミルフィーは魔物に救われた思いで、彼らとの戦闘に入っていった。

そこは、聖魔の塔の中層部奥。魔物の力も数も半端ではない。
ミルフィーはその奥まったところにあるだろうと思わる魔窟を目指していた。自分の身体とそして、ミルフィアの覚醒の鍵となるであろう魔導師レイムを探すために。
レイムが生きているとしたら、魔窟附近にいるはずと思えた。いなくとも目指す場所はそこだろうからその辺りで会えるかもしれない。確信は全くなかったが、他の考えも思いつかず、ミルフィーは祈りにも似た気持ちと共にそこへ向かっていた。その途中での思ってもみなかったハプニングだった。

(冗談じゃないぞ。なんとかしないと・・。)
次々と襲いかかってくる魔物と剣を交えながら、ミルフィーの頭は敵よりたちの悪いカルロスへの対抗策の捻出で占められていた。



 「さすが、オレのお嬢ちゃんだぜ。」
戦闘が終わり、腰の鞘にその剣をしまいながら、カルロスは再びその笑顔をミルフィーに投げかけた。
「だれが、だれのなんだって?」
そんなカルロスをミルフィーはきっと睨む。
「怒った顔もまた魅力的だぜ、お嬢ちゃん。」
「あのなー、カルロス・・」
何を言ってもどうきつく言っても糠に釘状態。カルロスはあくまでどこ吹く風でミルフィーに笑顔をみせていた。
「・・・たく・・・・・・勝手にしろ!」
いつまでも相手にしていても仕方がない。ミルフィーは無視することに決め、先を急ぐことにした。魔窟の入り口がもうそろそろ見つかってもいいころだし、本当の事を話すともっとやばいことになりそうだと判断したからだった。
そんなミルフィーのすぐ後ろをカルロスはやさしく見つめながらついていく。周囲に注意を払い、いつ何事が起こっても対処できるように、と。


そして、ついに魔窟の入り口へと着く。土むき出しの通路にぽっかり開いた真っ黒の穴。尋常ならざる瘴気が漂ってくる。
ミルフィーは、その入り口の手前で思わず身震いする。
「大丈夫か、お嬢ちゃん?」
めざとくそんなミルフィーに気付いたカルロスが気遣って傍に寄る。
「あんたよりましさ。」
カルロスがすぐ横に立つのをさけ、ミルフィーは間を空けて睨む。
「困ったな。もしかして嫌われてしまったかな・・?」
肩をすくめカルロスは苦笑いする。
「大丈夫。こうみえてもオレは気が長いんだぜ。お嬢ちゃんがその気になるまで手は出さないから安心しな。」
「そんなこと信じられるかよ?」
あくまでミルフィーは警戒していた。
「無理強いというのは、オレのポリシーにかかわるんでね。その気になるまでいつまででも待つさ。」
「よく言うぜ。その手で今までに何人女をものにしたんだ?」
「人聞きの悪いことを言わないでほしいな、お嬢ちゃん。確かに今まで何人かの女性とつきあってはきたが、オレにここまで言わせたのはお嬢ちゃんが初めてなんだぜ。」
「来る者拒まずなんだろ?」
「ふっ・・それはそうだ。女性に恥をかかせてはかわいそうだからな。」
「それもあんたのポリシーってやつなのか?」
「ああ、まーな。」
「・・ったく、とんでもない奴に気に入られたもんだ。」
半ば呆れた顔をカルロスから背けるとミルフィーはぼそっと呟いた。
「心配しなくても今はお嬢ちゃん一筋さ。」
「だれが心配するってんだ?」
カッとなり再びカルロスを睨むミルフィーと再び自分のほうを向いてくれたことに満足し、微笑むカルロス。
「じゃー、少しは妬いてくれてるのかな?だとしたら嬉しいんだが。」
「んなわけないだろ?!」
どう話しても自分のいい方にとってしまうカルロスに、ミルフィーはあきれ返っていた。
そんなミルフィーをしばらく見つめた後、カルロスは呟くように言った。
「ま、いいか・・・。」
「何が?」
「じっくり待つさ。まだ誰の色にも染まったことのないお嬢ちゃんの無垢なその瞳が、オレ色に染まるまで。」
「!」
ウインクをして微笑むカルロスのその言葉は冗談とも思えず、ミルフィーはあっけに取られて言葉を失っていた。


(・・・・そうだ、今はこんな奴相手にしてる場合じゃなかった・・・。)
ふと今自分がここにいる目的を思い出し、ミルフィーは、魔窟の中へと足を踏み入れる。その脳裏には、ミルフィアと魔導師レイムがくっきりと浮かんでいた。
(フィア、レイム・・・・)
急にその表情を変え、緊張した面持ちで足早に魔窟へと入っていくミルフィーの後ろを、カルロスもまたそれまでとは違った表情でついていった。

 



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