青空に乾杯♪


☆★ <<第44話>> それぞれの道 ★☆


 「うわーーーー!」
「きゃあああーーーー!」
必死の抵抗もむなしく浮かんでいるべき川面が無くなると共に、その川が真下に下っている方向に合わせて、舟もまた真っ逆さまに落ち始めた。
落ちながら見たその景色は、とんでもないほど高かった。流れ落ちるその先にある滝壺は遙か下、切り立つ岩肌に囲まれたそれは、まるで小石ほどの大きさだった。
(今度こそだめなのか?)
しがみついてきたチキを抱きしめながら、ミルフィーは思わず目をぎゅうっと瞑った。
とその時、目の前の光球の輝きが一際大きくなり、落ちつつあったミルフィーたちを飲み込んだ。


「ん?」
そのまま真っ逆さまに落ちると思っていたのに、そうならないことにおかしいと感じながら4人は目を開ける。眩しかった光球もそこにはない。
「お帰り。おそかったね。」
「え?」
「なに?」
声の方を見ると、そこにはエルフ姿のままのシャイがにこやかに笑っていた。
そして、自分の周りをそろりと見る。
そこは、あの世界に入る前の場所。真珠の塔の通路、しかもきちんと妖魚に乗っている。
「な・・・こ、これは?」
急な展開に、しかも死を覚悟したあとのこの展開に、全員戸惑っていた。
「ま、まさか夢だったってことじゃーないよな?」
ミルフィー、レイミアスと見つめ合いながらレオンが呟く。
「シャイ!!」
現状をすんなり受け入れたチキが、ミルフィーの前からシャイの方へと飛び乗って抱きつく。
「チキ!」
「シャイ、本当にシャイなのよね。幻じゃないのよね?・・・やっぱり、やっぱり無事だったのね!」
「あ・・そうか、あの状況だったから・・・もしかして心配かけちゃった?」
そんなチキを愛しそうに見つめるシャイ。
「んもう!そうよ!心配したんだから〜!」
チキはシャイが消えた時を思い出し、ドン!とシャイの胸を叩いて少し口をとがらせ、文句を言う。が、その目には涙が溜まっていた。
「ごめん、チキ。気が付いたらぼくだけここにいて、どうしよう?と考えてたんだよ。探しに行こうにも行きようがないから。」
「・・つまり・・・」
チキとシャイを見つめ、ミルフィーがため息をついてから微笑む。
「結果オーライってことか?・・・・だけど、フェイントなんてもんじゃないよな?あの銀龍の奴・・・もったいぶるのもいい加減にしてほしいもんだ。」
「・・・ったく!そうだよな、あの野郎!今度あったらこてんこてんのぎゅ〜ぎゅ〜にしてやる。」
「レオン・・・相手が誰だか分かって言ってるんですか?」
「う・・・・・・・ま、まー、細かい事は言いっこなし・・・ん?・・・」
「何かまだ?」
「あ・・い、いや・・・・」
心配そうに振り返って自分を見るレイミアスに、なんでもないと笑みをみせたレオン。が、実は異常が起きていた。それは、レオンの胸のリーシャンの形見となったシュロの木片のペンダントが暖かみを帯び、ほんのり光っていたことだった。
レオンはその事は言わずに、そっとローブの上からペンダントを押さえ心の中で呟く。
「リーシャン・・・・」
「それから、ほら、チキ。」
「え?・・・あ!月たんぽぽさんが!」
シャイの手には、手に入れたときと変わらぬ輝きを放つ月たんぽぽがあった。
そっと月たんぽぽと抱きしめるチキ。
「さすが銀龍ですね。」
「くやしいが、そういうことかな?」
「だけどそれならそーと言やーいいのに・・・まったくあの野郎・・・」
「あの状態では銀龍も話せなかったんでしょう。」
「馬鹿みたいに大笑いはできてもか?」
「・・・多分・・・・・」
あはははは!
久しぶりに心から笑ったような気がした。
「そうそう、時間もあの時から少し経っただけみたいなんですよ。先に屋敷へ行った男爵がぼくたちを待ってます。」
「そうなのか?だけど・・・・・」
(目的は果たされてるんだ。)とレオンは目で月たんぽぽを指す。
「そうなんですが・・・レースに出ても時間は変わらないって言ってるし、やっぱり一旦引き受けたことはしないと。」
「それに月たんぽぽには必要なくなったけど、使い道はあるかもしれないわ。」
チキがレイミアスを見ながら微笑んだ。
「そうだな。」
シャイの案内で、ミルフィー達は半漁人、シーマン男爵の待つ屋敷へ、途中シャイがいなくなってからの事を話しながら妖魚を駆って進んだ。
「もう!そんな話はよしましょうよ!」
いかにチキが心配していたか、からかうように話すレオンたちを、チキは照れ笑いしながら睨んでいた。


男爵の屋敷で歓待を受け、レース出場に向けて練習することになった。レースまで2週間、いろいろ試したり相談し、ミルフィーが代表選手として出場することになった。

結果は・・・見事優勝。ミルフィーは妖魚がいいからだ、と謙遜したが、その手綱さばきは見事なものだったということも確かだった。



そして、銀龍の涙をもらい、約束どおり男爵に聖魔の塔の近くまで送ってもらった一行は、分かれ道に立っていた。
「チキ、シャイ、幸せにな!」
「はい。」
「いろいろありがとうございました。」
「シャイ、あんまりチキを泣かすんじゃないぞ!」
「もちろん!」
レオンの言葉にチキとシャイは見詰め合ってふふっと笑う。
「レイムは・・・こっちの道だったっけ?」
「はい・・・でも、ぼく・・いいんでしょうか?」
銀龍の涙はレイミアスの手にあった。自分が独り占めしてしまっていいものかどうか、レイミアスは今ひとつ決心がつかないでいた。
「何度も言わせるんじゃないって、レイム。オレが持っててもどうしようもないんだ。半魚人の長老が教えてくれただろ?『おそらく』とは言っていたが、可能性があるのなら試してみるべきだ。きっと上手くいくって!心配すんな!それよりも・・・ついて行ってやれなくてごめん。」
「あ、いえ、いいんですよ、それは。ぼく一人でも大丈夫です。いろいろ経験しましたし、半漁人の長老からいろいろ対処呪法を伝授していただきましたから。それよりもぼくの方こそ一緒に行くべきなのに・・・。」
散々世話になったのに・・・と。
「ははは!大丈夫だって!オレは戦いなれてるからな。」
「じゃー、そろそろ行こっか。」
「どこへ?」
声をかけたレオンの方を振り返りざま、わざととぼけるミルフィー。
「『どこへ?』じゃーねーよ!聖魔の塔へに決まってるだろ!」
何を言ってるんだ?とレオンは怒鳴る。
そんなレオンの肩をぽん!と軽く叩き、ミルフィーは小声で言う。
「オレなら大丈夫だ。遠慮はいらないんだぞ。」
「な、なんだってんだ?」
焦ったように少しどもるレオン。
答える代わりにミルフィーは視線でレオンの胸元のペンダントを指す。
「な、なんだよ?」
「『なんだよ?』じゃないぞ、レオン。オレとお前の中で水臭いじゃないか。息づき始めてるんだろ?」
「な・・?」
なぜ知ってる?とレオンは目を丸くする。
「ここんところ一人でこそこそしてることがあっただろ?オレ、見てしまったんだ、ほんのり光っていたペンダントとそれをじっと見つめ、何か考え込んでいたのを。」
「う・・・・」
「えっと、なんてったっけ、その妖精と逢った森?」
「りろの森・・・」
「そうそう、思ったんだが、そこへ行けばもしかしたら復活するんじゃないか?レオンもそう思ってるんだろ?」
「あ・・だ、だけどなー、確信はねーし、それにオレは・・・」
男爵の屋敷にいる間中、レオンはそのことを考えていた。りろの森へ行けば、もしかして奇蹟が起きるかもしれない、と暖かく輝くペンダントを見るたびに思った。と同時にミルフィーとの約束も頭から離れなかった。どちらかというと自分から蹴った形となってしまった約束だが、本心はミルフィーを助けミルフィアの心とミルフィーの身体、そして魔導師レイムを探すつもりだった。それを、これからというときに自分の都合だけで離れるわけにはいかない。レオン自身がそんな身勝手さを許せない。
「レオン・・オレってそ〜んなに頼りなくみえる?そりゃー最初逢ったときは助けてもらったけどさ。」
「い、いや、そんなことは・・。」
剣士としてのミルフィーの腕は十分承知していた。しかもここのところますます腕に磨きがかかってきている。
「オレの方こそ、あんたやレイムについて行ってやれなくて悪いと思ってんだ。」
「な、な〜にをあほなことを!」
「後回しにしても大丈夫っていう保証もないしな。」
「そ、それは・・・・」
確かにそうだ。タイミングをずらしては、せっかくのチャンスを逃しては、ならない。今のこの輝きがいつまでも続くという保証はない。
「だろ?」
(今自分が一番しなくちゃいけないことを間違えちゃいけないんだぜ!)
レオンを見つめるミルフィーの瞳が物語っていた。
「け、けど・・・・」
「急いで戻って、また応援にかけつけてくれりゃいいよ。もっともそれまでには、オレの方がそうしてるかもしれないけどな。」
「お、言ってくれるじゃないか。」
ようやく気持ちに整理ができたのか、それまで曇りがちだったレオンの表情が和らいだ。
「というわけでいいんだよな?」
ミルフィーは、全員を笑顔で一人一人確認する。
「大丈夫よぉ〜〜、戦士様にはあたしという魔導師もついてることだしぃ〜♪」
「う・・・・」
ぼわ〜〜〜とミルフィーの身体から浮き出たのは幽霊魔導師。すっかり冒険家業が気に入り、昇天することなど忘れきった女幽霊が。
途端にミルフィーの全身に蕁麻疹が吹き出る。
「そうだな、回復魔法も使えるし・・・いざとなったらあんたが身体を動かして逃げればいいもんな。」
そう、ミルフィーが倒れたら、止めをさされる前に逃げてしまえば。
「そうよ〜。まっかせてちょうだい♪」
幽霊魔導師とミルフィーを交互に見てレオンがいたずらっぽく付け加える。
「ミルフィーもなんとか倒れなくなったしな。」
そう、ミルフィーは男爵の屋敷でレースの練習とともに、彼女に慣れようと努力もしていた。
それはやはりレオンやレイミアスを気遣ってに他ならない。でなければ誰が好き好んで大の苦手の幽霊と毎晩話をする?そして、彼女に限定はされるが、ミルフィーにとっては大進歩、蕁麻疹ですむようになっていた。


「じゃ、また逢おう!」
「また近いうちにね♪」
「じゃ、ぼく頑張ってきます。ミルフィーも気をつけて!」
「すぐ戻ってくるからな、あんまり無茶すんじゃねーぞ。」
「みんなも元気で!上手くいくことを祈ってるよ!気をつけてな。」
そして、一人ずつ肩を抱いて別れを惜しんだ後、口を合わせて叫んだ。
「良い旅を!」



ミルフィー、レオン、レイミアス、チキ、そしてシャイ。
5人は再会を約束してそれぞれ進むべき道にその歩を踏み出した。


どこまでも続く真っ青な空、のん気に浮いてる親子雲。太陽が暖かく微笑んでいる。戯れてくるそよ風に心地よいさわやかな薫りを感じながら、1人ひとりそれぞれの思いを胸に歩いていた。

 



【前ページへ】 【青空に乾杯♪】Indexへ  【次ページへ】