青空に乾杯♪


☆★ <<第43話>> もう戻れない? ★☆


 「シャイは・・シャイはきっとあの光でどこかへ飛ばされてるのよ・・きっと・・・そうだわ!ここのもっと奥の地下に広がっているっていう龍の墓場なのかも。」
「あ!チキ!」
いくら辺りを探してもシャイの姿はない。全員が諦めかけていた時、不意にチキが奥へと走りだす。
「待てって!」
ちょうど近くにいたミルフィーが慌てて追いかけ、チキの腕をつかんで止める。
「放して!どうして止めるの?」
そんなミルフィーをきっと睨むチキ。
「少しは落ち着け!チキ!」
「お、落ち着いてるわ。落ち着いてるから探しに行くんじゃない!」
そう叫ぶチキはどうみてもいつもの冷静さを欠いていた。
「チキ!」
今にも握っている手を振り払って一人で駆けていきそうなチキの肩をぐっと持つと、ミルフィーは自分の方へ向け、泣き出しそうな顔をしているチキの目をじっと見る。その目は確かに不安と焦りの熱を帯びている。
「そうか?落ち着いて考えてごらん、チキ。今のチキは本当にいつもの迷宮の名トレジャーハンター、迷宮の覇者のチキかい?」
ミルフィーはよくミルフィアを落ち着かせる時言い聞かせたようにやさしくゆっくりと言った。
「あ・・・・」
ミルフィーにそう指摘され、そしてミルフィーの真剣な眼差しにチキははっとする。
「チキ、よく考えればチキなら分かってるはずだよ。いつものチキなら無鉄砲なことはしない。まだ足を踏み入れていないところがどんなに危険か、わかってるはずだよ。それに今はチキ一人じゃない。・・・だろ?」
未踏地の探索は、慎重にいかなかれば何が待っているかわからない。ましてや今は仲間と行動を共にしている。一人だけの身勝手な行動は、命取りに、そして最悪の場合パーティーの全滅となりかねない。そのことはチキも十分承知していることだった。
「ご、ごめんなさい・・・・」
−ぽふ−
正常さを取り戻したチキの頭にそっと手を置くと、ミルフィーは微笑む。
「大丈夫さ、オレたちもついてるんだ。」
「ええ。」
そう答えはしたものの、シャイのことが気掛かりで、チキは力無い笑みを返すことしかできなかった。
「チキ。」
ミルフィーには、そのけなげに微笑むチキが愛おしく思え、思わず抱きしめ、チキもその不安をぐっとしまい込んでしまうかのようにミルフィーに抱きつく。
「ミルフィー・・・大丈夫よね、シャイは・・・・」
「ああ、大丈夫だって。あのタフさはエルフに戻ってたってかわらないだろ?」
「ええ、そうよね・・・そうよね・・。」
「あ!おい・・チキ?」
ふっと全身から力がぬけるチキにミルフィーは驚く。
「大丈夫です。スリープの魔法ですよ。」
レイミアスの声で振り向くと、レイミアスとレオンがそこに立っていた。
「少し休んだ方がいいと思って。」
「ああ・・そうだな。そうだよな。」
「ほら。」
身につけていたマントを脱いで床に敷くレオン。ミルフィーはそっとそこにチキを横たわらせた。
そして、チキの横で座り、3人は今後の行動を相談する。
「どうなんでしょう、事実は?」
レイミアスが寝息を立てて寝ているチキを見ながら呟くように言った。
「う〜〜ん・・・・・あの状態じゃーなー・・・」
「そうだな、判断しかねるよな。」
「ところでさ〜」
「なんだレオン?」
「オレ達サンタクロースの頼みを聞いてこうなったんだが、事が終わればてっきり元の世界に戻れると思ってた・・・・・」
「あ!」
その事実に気付き、驚いてレオンを見るミルフィーとレイミアス。
「そうですよ!ぼくも当然そうだと思ってました・・・」
「だろ?だけど実際はここにいる。」
「ってことは〜・・・・・オレたち、もう元の世界、オレたちの世界には帰れない・・・ってことか?」
「そ、そんな!」
「で、でも確か龍の墓場であるここは、あの少年の造った世界じゃないって言ってましたよね?」
「あ、そうか・・・・だけど、だからといって何なんだ?」
「あ・・・・・・」
今更ながら、3人は途方にくれていた。シャイのことも勿論気がかりだったが、元の世界に戻れない、それは旅の目的をも無くしたと言うことになる。それはミルフィーとレイミアスにとって、自分自身の存在理由とも言えることだった。その目的があるからどんな困難なことにでも立ち向かっていくことができる。たとえ一寸先が見えなくても前進することができる。小さな歩みでも、それが目的に繋がる1歩なら。
が・・・・今は・・・・・

−ドサッ−
仰向けになりミルフィーは無言で虚空を見つめる。
探し回った故の疲労ではなく、その現実故の喩えようもない消失感、焦燥感に3人とも浸されたいた。
「ふ〜・・・・・・」
背を丸くして前にかがみ、膝の上でヒジをつき頬杖してぼんやりするレオン。
「でも、何か方法が・・・あの人がぼくたちのことを考えてくれなかったなんてことはないと思います。なにか見落としてることとか・・」
自信はなかった。が、あのやさしく温かい微笑みを持つサンタクロースがそこに気付かないわけはない、とも思われた。呆然と立ちつくしながらも、レイミアスはぼんやりとその温かい微笑みを思い出していた。
「だけど、間違って世界樹の新芽を入れてしまったんだろ?」
顔も上げずにレオンが呟く。
「もしかして・・・・ちょっとぼけもあるってか?・・・・。」
「『ぼけ』じゃすまないって・・・・・」
レオンの言葉を受けて、ミルフィーが小さく言う。身動き一つせず、その目は今だ虚空を漂ったまま。
「あ・・・でも、入れたんじゃなくて入ったのに気付かなかったとか・・・」
「どっちでも似たようなもんだろ?」
「・・・・・」
投げやりにそう答えたレオン。レイミアスは返答できなかった。
「あああああ・・・・」
レオンがぐしゃぐしゃと自分の頭をかき回す。
「どうすりゃいいんだよ〜〜〜〜〜〜!!!」
「ま、さしあたってはシャイを探すことだろ?」
上体を起こしながらミルフィーが答えた。その視線の先にはチキの姿がある。ミルフィーはチキを見ながらゆっくりと起きあがった。
「生きてりゃーな・・・」
レオンがミルフィーをぼんやりと見ながら吐く。
「でなきゃ、死体かそれに変わる証拠品?」
「レオン!」
珍しくレイミアスが声を荒くして言う。
「実際そうだろ?」
「そ、それは・・・・・・・」
軽く答えたレオンにレイミアスは口ごもる。
「神も仏もいねーのかよ、ったく・・・・」
「いるもんかそんなの!」
−ガツ!−
やりきれない気持ちをどうしたらいいのか分からない。ミルフィーは近くの柱にその拳をぶつける。
「いたらただじゃおかねーからな!」
拳に受けた痛みより、今の状況の痛手の方が比べようもないほどの痛さだった。
「・・・ミルフィー・・レオン・・・」
一応神父であり神に仕えるレイミアスだが、何も答えることはできなかった。今は自分でもわからない。ただどうしようもないほど自分が無力ということ、それ以外は。
やりきれない気持ちで3人は押し黙り、暗闇をぼんやり見つめていた。


「う・・・・ん・・・あたし寝ちゃってたの?」
その声で3人は目覚めたチキを見る。
「あ、ごめんなさい、こんな時に。」
そんな3人を見て、チキは照れ笑いする。
「あ、い、いえ、いいんですよ。疲れたんでしょう。」
スリープの魔法をかけたことに後ろめたさを感じながらもそれには素知らぬ顔をすることに決めるレイミアス。レオンもミルフィーも無言で賛同する。
「落ち着いた?チキ?」
チキの傍に歩み寄ってそこにしゃがみ込むと、ミルフィーは努めてやさしく声をかけた。
「え、ええ。・・・ありがとう、ミルフィー。」
優しげなミルフィーの視線にチキは笑みを返す。
「あたしならもう大丈夫よ。」
「そうか?よかった。」
「というわけでー・・・・・」
すっくと勢いよく立ち上がったチキに驚く3人。
「さー、出発よ〜!」
「え?チキ、出発って?」
元気なチキの声に驚くミルフィー。
「決まってるでしょ。帰るのよ!」
「『帰る〜』?」
わけが分からずミルフィーとレオンが同時に言う。
「そうよ、あたしたちの世界へ。」
「『あたしたちの世界へ』って・・・シ、シャイは?シャイを探すんじゃなかったのか?」
思わずシャイの名前を出してしまい、レオンははっとして口を押さえる。
「ふふっ!だ〜い丈夫!だってシャイが『早く帰っておいで!』って・・・言ってたんだもの。・・・夢の中でだけど・・・・」
「チキ・・・」
「ああもう!しめっぽいわね〜!あたしこういうのだ〜いッ嫌いよ!ほら、さっさと支度していくわよ!」
3人の同情の視線を感じ、チキはわざと明るくふるまった。ぽん!とレオンのマントを投げ返す。
「ありがと!」
「あ・・ああ・・・・・」
「さー、行くわよ!」
「お、おい・・・龍の墓場はこっちだぞ。」
反対方向へ早くも歩き始めたチキに、レオンは驚いて引き留める。
(大丈夫か、チキは?もしかしてショックのあまりおかしくなっちまったとか?)
そして、思わずミルフィー、レイミアスと顔を見合わす。
「違ってないわ。だって帰っておいでって言ったってことは、あたしたちの世界よ。龍の墓場じゃないわ。」
にこっと笑って断言するチキ。が、ミルフィーたちは相変わらずチキの態度に戸惑っていた。どうやって正気に戻そうか、と。
「あん!全くぅ〜。いつまでもぐずぐずしてるの嫌いよ!ほら!置いてくわよ!」
「で、でもチキ・・・どうやって帰るんですか?」
「そんなこと知らないわよ。でも、こういうときはね、出発点に戻るに限るのよ!」
心配そうに言うレイミアスに、チキはウインクして明るく言った。
「そ、そんなものなんですか?」
「そう。そんなもんなのよ。」
「出発点って、オレたちが最初にこの世界へ来たとき落っこちたあの海?」
「・・・そうねー、まずは服を乾かした小屋かしら?そこで何も起きそうもなかったら海へ行きましょう。大海原へ〜。」
「それもグラスランナーの感ってやつか?」
「そうよ♪とにかくここを出ましょ。」
何の根拠もないようなチキの予感。龍の墓場へシャイを探しにいかなくてもいいのか、そうは思ったが、今はチキの思い通りにしよう、そう3人は思っていた。
「あ!ここを出たら砂漠だから、お水を汲んでいくのを忘れちゃいけないわね。空の水筒はっと・・・」
そんな3人の心配をよそに、チキはきびきびと準備をしていた。


そして、龍の聖堂を、遺跡を離れる。
小舟はゆらゆらと川を進む。誰一人話をする者もいなかった。
ただ黙って舟の揺れに身を任せていた。

「ん?おい、いつの間にか流れが速くなってるんじゃないか?」
櫓を軽くこぎながら、ぼんやりと周りを見ていた、いや、もしかしたら何もその視野には捕らえていなかったかもしれない、が、とにかくふと気付くとゆるゆると流れていた川の流れが速くなっていることに気付いたレオンが不意に声をだす。
「そういえばそうだな・・・・」
同じく何も考えずただ周りを見ていたミルフィーそして、チキとレイミアスもそれに気付く。
「以前はこんなことなかったですよね?」
「そうよね。流れてるのかしら?と思うくらいだったもの。」
そんな会話を交わしている間にもその流れはますます速くなってきていた。
「ち、ちょっとやばくないか?」
舟は急激にスピードを増しつつあった。不安を感じ、焦りはじめるレオンたち。
方向は間違いないはず。以前来たときは川は1本だったし、反対方向に進もうにも遺跡のところで川は通れないほど狭くなっているのだから。
「どうなったんだ、いったい?」
と、進行方向から水音が聞こえてくるのに気付く。
それは、徐々に大きくなってきている。
「お、おい・・・・・」
大きくカーブを描いて曲がったそこから見える前方にはその洞窟の天井まで覆い尽くしている光球。そして、川はその手前で切れていた。
「た、滝だー!」
驚きで全員その一瞬硬直する。光球も気にはなったが、それより何より先がないということの方が重大だった。
−ドドドドドーーー-
川が垂直下に落ちる水音・・その音はますます大きく洞窟内に響いてくる。
「そ、そんなんありか〜?」
必死の形相で逆方向に進もうと櫓を漕ぐレオンと手で水をかくミルフィーら3人。
「くっそーーーーー・・・・・・」
レオンたちの必死の抵抗など無いに等しかった。周りにはそれを阻止するべくものなど何もない。ますます加速していくスピード、小舟はまるで竹筒の中を勢いよく流されていく1枚の木の葉のように流されていく。

目の前に差し迫る川の終着点。怒濤のように流れ落ちていく滝音が洞窟内に響き渡っていた。

 



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