青空に乾杯♪


☆★ <<第42話>> 聖龍の光 ★☆


 「悪かったのぉ、お嬢ちゃんや。」
目的の箱をそっと持ったチキの耳に優しげな声が響く。
「サンタクロースさん・・・・」
少年の後ろにぼんやりと浮かんだ姿は魔王ではなく、やさしい微笑みを持つ赤い装束のサンタクロース。
「後はわしがこの子やこの子の友達からそのゲームに関する事を全て消しておくからの。面倒かけてしまって、すまんかったのぉ。」
「いいえ、別に。」
微笑み返そうと思った。が、チキにはその微笑みに返す笑みを作ることはできなかった。
「いいんじゃよ、お嬢ちゃん。そんな悲しそうな顔しなくとも。わしは、すぐ生き返ることができるんじゃから。」
「生き返る?」
思いがけないことを聞き、チキは目を大きく見開く。
「そうじゃ。世界中の子供の中で一人だけでいい、誰かわしの存在を信じてくれる子がいる限り、たとえ死んでもわしは何度でも生き返ることができるんじゃ。もっともしばらくは無の空間にこの身も心も漂うことになるんじゃろうが・・。」
「しばらくって?」
「ふぉっふぉっふぉ〜・・・さ〜てどのくらいになるかのぉ〜?」
一瞬サンタクロースの視線はチキから離れ、遠くを、虚空を見つめるように舞う。そして、再びチキを見つめる。
「あとは頼んだよ、お嬢ちゃん。それを砂龍の少年に渡しておくれ。」
「・・・は・・い。でも・・・・・」
「お礼といってはなんじゃが、いいことを教えよう。わしが頼みごとをしなかったら、この子に叶えてもらうつもりだったことがあるじゃろ?」
「え?ご存知なんですか?」
サンタクロースの願いを引き受けた時点で諦めていたダークエルフの呪いの解呪、あるいは月たんぽぽの復活。思わずチキの目が驚きと期待で輝いた。
「そうじゃ。といってもわしが叶えるわけじゃないんじゃ。」
「どういうことなんですか?」
「砂龍の少年に話してみるがいいじゃろ。お嬢ちゃんたちの熱意が通じれば聞いてくれるじゃろう。」
「え?それは?」
「快くわしの願いを聞いてくれたお嬢ちゃんたちへのほんの心ばかりのお礼じゃ。もっとも・・わしからも一応頼んでおいたとはいうものの、誇り高き龍族が人間の頼みをすんなり聞くとは思えないが。」
「誇り高き龍族?」
(ああ・・・もしかしてあの少年のこと)
チキの脳裏に龍の聖堂で出会った少年の姿が砂龍の姿と重なって浮かんだ。
「・・・・もう時間がない・・・お嬢ちゃん達に幸いあれ・・・・・」
「あ!おじいさん!待って!まだ・・・」
その先をもっと詳しく聞きたかった。が、チキの視野は徐々に霞み、身体がふわっと浮く感じとどこかに吸い込まれていく感じに包まれた次の瞬間、チキは砂漠の地下にある龍の聖堂にいた。


「ブキー!」
「チキ!」
シャイを先頭にわっとみんながチキに駆け寄る。
「え?みんなここにいたの?」
「ああ、ちょっと前、突然ここへ転送されたんだ。な、そういうことだよな?」
「ええ、そうです。道を歩いていたら突然景色が変わって、気づいたらここにいたんです。」
「多分あのじーさんのしわざだろ?」
「そう・・・そうなのね。」
チキはそっと目を瞑った。そこにはやさしく微笑んだサンタクロースが映っていた。
「おじいさん・・・ありがとう。」
「それが例の箱なのか?」
「ええ、そうよ。」
ミルフィーの声で、こぼれそうになった涙をすばやく拭くとチキはにこっと笑った。
「あのね、サンタクロースさんがね・・・・」
チキはサンタクロースの最後の言葉を語った。
「おおーーー!なかなか粋なことをしてくれるじゃねーか、あのじいさん。」
「ぼくたち、あの人を殺したのに・・・・。」
「だからー、また生き返るって言ったんだろ?」
うなだれるレイミアスの肩をレオンはわざと勢いよく叩く。
「あ、うん。そうですね。そうですよね。」
「そうそう。結構抜け目ないところがあるからな、案外次のクリスマスにはもう復活したりして?」
「たぶんな。」
「そう!そうよね、きっと!・・きっとそうよね!」
「ぶきっ!」
今にもその辺りの角からほっほっほぉ〜と笑いながら出てくるような気がし、全員無意識に回りを見ていた。
「お帰りなさい。」
が、薄暗い柱の影から出てきたのは、砂龍の少年だった。
当たり前といえば当たり前なのだが、全員、なんとなく寂しさを感じていた。
「それが例の箱なんですね。」
そっと手を差し出す少年にチキは黙ってうなずくと箱を渡す。
「あの・・・・」
「何か?」
「あの、実はサンタクロースさんが・・・・」
仲間が期待の目で見つめる中、チキは少年にサンタクロースの最後の言葉と、自分たちの旅の目的を話した。
「確かにサンタクロースから、できたらあなたがたの願いをきいてあげてほしいとは言われましたが・・・」
チキの話を聞いた少年は、静かに言った。
「今の私はただの砂龍・・・龍の屍になにがしかの念が留まったにすぎないのです。生前の記憶でもあったなら多少は力になれたかもしれません。でも、私にそのような力など・・・・」
「でも・・・・・」
力なく、もうしわけなさそうに微笑む少年に、それ以上言うことはためらわれた。
「今ぼくにできること、そして、やらなくちゃいけないことは、サンタクロースとの約束を果たすこと。それだけです。」
そして、全員が無言で見つめる中、少年は龍の祭壇の前まで進むと箱を高々と掲げた。
中央と左右に龍の彫像が立つその真中で。

し〜んと静まり返る薄闇の中、徐々に龍の彫像から光がにじみ出てきた。ゆっくりと静かにその光は輝きを増してくる。
−カッ!−
突如として中央の龍の両目が開き、そして、続けて右の龍が左の龍がそれに続いて目を開く。
−カカッ!カッ!−
その全身から眩いばかりの光が放たれ、レオンたちは思わず手をかざして眩しさをさえぎろうとする。そしてその光の中、少年はゆっくりと砂龍の姿に・・・・そして、銀色に輝く龍へと変身していった。
「え?銀龍?」
やはり眩しさの中、両手のひらで顔を覆うようにしていたチキは、指の隙間からそれを見、思わず叫ぶ。
「ブキ〜〜〜!」
チキと同時にシャイも叫んでいた。
銀龍を包むその光はますますその輝きを増していく。とても目を開けていられる状態ではない。
−ピシ!ピシッ!−
と、その光の中、銀龍の身体のあちこちからひびのような亀裂が走りはじめた。
「え?・・・も、もしかしてこのままいくと・・銀龍が砕け散る?」
『砂より細かい粒子となってこの世界に散る・・』といった言葉が全員の脳裏に響いた。
「ま、待って!待って!お願い、銀龍さん!」
思わずチキは叫んでいた。
何を待つのだ?小さなグラスランナー族の女よ。
(え?)
チキはどきっとした。その声は先ほどまでの少年の声ではなかった。もっとずっと低く、そして威厳のある声が静かに聖堂に響き渡っていた。
「あ、あの・・・あたし・・・・・・」
口を利くのも恐れ多い、そんな気持ちにさせるに十分だった。
ごくん!とつばを飲み込むと、チキは一気に頼み込むつもりだった・・・・・が、
「お願いです!」
一瞬早く言葉にしたのは、ほかならぬシャイだった。
「お願いです!1雫でいいんです、あなたの涙をください。月たんぽぽをよみがえらせてぼくの、いえ、私の村にかけられた呪いを解きたいのです。お願いです!」
「シ、シャイ?」
豚の鳴き声ではなく、人間の言葉を発したシャイに、チキだけでなく、全員驚いてシャイを見た。
そこには豚の姿のいつものシャイではなくエルフの姿に戻ったシャイが真剣なまなざしで立っていた。チキたちは、それが聖龍の光のなせる技だということをすぐさま悟った。
「お前達の願いを聞き届けるいわれはない。」
静かに答える銀龍の声は、恐ろしさをも感じさせられ、全員思わず身震いする。
「長き眠りが私を待っておる。」
−ビシビシビシッ!−
そうしている間にも亀裂はスピードを増して銀龍の身体を縦に横にと走り、増えつづけている。
「待ってください!お願いです!」
「約束を違えるわけにはいかぬ。私はこの世界を維持するため、世界と同化しなければならない。」
「でも、さっきは生前の記憶があったならって言ってくれたわ。今はその力があるんでしょ?」
ふと思い出した少年だった時の言葉をチキはすがるような目と共に叫ぶ。
「・・・・・・・」
そんなチキをしばらく見つめると、銀龍は静かに目を閉じた。
「・・・・時はあまり残されてはいない。だが、そうだな、お前が私の代わりにその命を使うとでもいうのなら考えもするが・・・・」
「あ、あたしの命?」
「そうだ。この世界は1人の少年の意思でのみで造られた。意思、すなわち少年の心であり少年の存在、つまり命だ。そして、その少年の意識が離れた今、それに代わるもの、つまり他の命が必要なのだ。世界が世界として息づいていくための糧が。」
「あたしの・・・いのち・・・・」
チキはじっと銀龍の瞳を見つめながらその言葉を反復していた。
そして、すうっと深く息ををすうと決心した言葉を口にする。
「いいわ。」
「ダメだ!」
チキとシャイの言葉は同時だった。
「ダメだ!チキ!これはぼくの村の問題なんだ。キミが犠牲になる必要はない!」
そして、その真摯な眼差しをチキから銀龍に向けると、シャイはきっぱりと言い放った。
「チキの命でもいいのなら、私でもいいはずです。私がこの世界になります。だから、どうか村のみんなを救ってください!」
「ダメよ、シャイ!」
「なぜ?ぼくの村の問題だよ!」
「だ、だって・・・・」
言い返す言葉が見つからない。今にも泣き出しそうな表情でチキはシャイを見つめる。
「このことを頼まれた時彼は言ってただろ?死ぬんじゃないんだ。この世界そのものになるんだよ。」
「でも・・・・」
「そんなことならオレの方が適してるだろ?」
「え?」
「?」
すっかり二人の世界に入ってしまっていたチキとシャイの肩をぽん!と叩くとレオンが微笑んだ。
「オレには誰もいないから大丈夫。」
待ってる人も、心配する人もいない。天涯孤独な身だから支障はない、とレオンの目は語っていた。
「レオン・・でも・・・・」
「最後に役に立てば、あいつらも多少は許してくれるかもしれん。」
あいつら・・・それは、レオンがグールとなって殺してしまった仲間たち。
「レオン・・・」
「だめですよ、レオン!」
レイミアスが叫ぶ。
「ぼくたちがいます。ぼくたちが・・」
「じゃー何か?チキやシャイならいいってのか?」
「あ、いえ・・・そ、そういうつもりじゃ・・・」
レオンの指摘にレイミアスは自分を恥じてうつむく。
「はは、わかってるさ、レイム、お前はそんな奴じゃないってことはな。」
「レオン・・・・」
どう答えていいのかどう対処したらいいのか、レイミアスは困惑顔をするしかなかった。
「ということで、オレに決まりだな!」
「おい、ちょっと待てよ、1人忘れてるんじゃないか?」
ウインクしながら3人の前に進み出たのはミルフィー。
「なんだよ、忘れてるわけないじゃねーか?」
そう答えたレオンににっこりと笑って言葉を続けるミルフィー。
「本当なら、オレはとっくの昔に死んでるんだ。ここにあるべき心はオレじゃない。」
「おい!おかしな事言うんじゃねーよ!お前がいなくなっちまったら誰がミルフィアを探し出すんだ?レイムも探しだして2人を逢わせるんだろ?お前はここにいる意味が十分あるんだぞ?」
「いいんじゃないか?あとは幽霊魔導士が身体は動かしてくれるだろうし。レオンたちさえついていてくれれば?」
「よくねーよ!」
ぐいっとミルフィーを睨むレオン。
「オレが一番の適任者なんだよ!」
「あ!じゃーこうしたらどうでしょう?」
ぽん!と柏手を打ち、目を輝かせたレイミアスは、ミルフィー、レオン、チキ、シャイを見回し、それから銀龍に視線を移した。
「1人だけじゃなく、ぼくたち全員から少しずつとって1人分の命とするというわけにはいかないでしょうか?」
「?!」
銀龍も含め、全員突拍子もないその言葉にあっけにとられる。場はしばし空白状態、あきれ果てたための硬直状態となる。

「ぶ・・・ぶわーっはっはっはーーーーっ!」
そして、意外にも大声を出して笑い、その状態を破ったのは、銀龍だった。
「お、面白い・・・ひじょぉ〜〜〜に面白い!・・・・ばっはっはっは!」
「レイム、おまえ多少考えが違うとは思ったが・・そこまで天然だったとは・・・。」
「え?あ、あの・・・だめでしょうか?」
ため息をつきながらレイミアスの肩に手をおくレオン。
「だけど、いいかもな。」
「おいおい、ミルフィー!お前までそんな理不尽な・・」
「いいかもしれませんね。『命』といいえば『寿命』ですよね?ぼくたちエルフの寿命は人間より長いんです。だからあたなたちから取る命を『1』として、ぼくたちからは『2』か『3』くらい取るとか・・・それでなんとかこの世界が必要とするだけになれば・・・・」
目を輝かせて自分の思いつきを話すシャイ。
「ばっかじゃないの、あんたたち!」
そんな彼らをチキは呆れた表情で見つめた。
「この世界と命を同化させるということは、単に寿命なんかの問題じゃないのよ。」
「そ、そうなんですか?」
残念そうに言うレイミアスにチキは思わず噴き出す。
「・・まったくもう・・レイムったら・・」
「でも・・・それしかいい方法は・・・・」
誰が犠牲になっても後悔するに違いなかった。だから、5人で少しずつ分担できればそんないいことはない、それはそうなのだが・・・・。

「わーっはっはっはっは!気に入ったぞ、そこなる人間よ。しかも一応は聖職者らしいのに・・・・その都合勝手のいい考え・・・・・・・・・・・ばっはっはっ!」
「あ・・あのな・・・・」
あまりにもの大笑いに、つい相手が銀龍だということも忘れてレオンがため息をつく。
「いや、失敬。しかし・・・・ぶわっはっはっは!」
全身を縦横無尽に走るひび割れはますます増えてきている。そんな状態で大笑いする銀龍に、さすがのレオンたちもあきれかえっていた。
「普通なら『オレだ、いや私だ』とお涙頂戴の自己犠牲精神満載の話が展開するんだが・・これは私も予想しなかった。分担か・・なるほど。」
「んな感心することじゃねーだろ?それに笑いすぎだってそりゃ。」
「レオンったら相手が銀龍だってこと忘れてない?」
「いけね、つい・・。」
チキに注意され、ぺろっと舌を出すレオン。
「まーよい。最後に面白い場を見せてもらった。・・・面白い夢が見られそうだ。」
嬉しそうに目を細める銀龍。
勝手なこと言っているのみで、肝心なことは素知らぬ顔だろ?そう思い、どうすれば叶えてもらえるのか、今少し話をするためにどうすればここへ留めておけるのかと考えながらレオンたちは銀龍の瞳を見つめていた。
−ビシビシ・・・・−
「あ!」
不意にその無数にできたヒビ割れから光が漏れ始める。
「も、もう遅いの?」
「お願いです、銀龍!できるなら私の命で・・」
必死の思いで叫んだシャイが銀龍の元へ疾走する。
「シャイ!」
引き留める間もなかった。足下まで行くと思いっきり高くジャンプするシャイ。その先には少年のところから持ってきたあの箱があった。
「銀龍ーーーーー!」
−ぱああああーーーーー−
シャイをも飲み込み光は大きく広がった。


「シャイ・・・?」
再び聖堂が暗く静まり返ったとき、そこには銀龍のみならずシャイの姿もなかった。
それはほんの一瞬の出来事。シャイが箱に届いたかどうかも、眩い光で遮られ、全く分からなかった。そしてそれからどうなったのか?

「うそ・・・シャイ、どこ?どこかに隠れてるんでしょ?全く人が悪いんだから・・・ねー、シャイ・・・・・返事をしてちょうだい!・・お願いだから、・・シャイ?・・・・シャイ・・・」
チキの祈りとも聞こえる声がだんだん小さくか細くなっていく。
「シャーーーイ!」
必死でシャイの姿を探すミルフィーたち。再び薄闇に覆われた広い聖堂には静かに立つ祭壇の龍の彫像の他何もなかった。

 



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