青空に乾杯♪


☆★ <<第34話>> 異世界への旅立ち ★☆



 「あれ?誰もいないのか?」
興奮がようやくおさまったミルフィーとレイミアス、そして、シャイローゼが大広間に来たとき、そこには誰もいなかった。
「チキは?」
「月たんぽぽもないですよ?」
「ぶきき・・・・」
テーブルの横でシャイローゼが悲しげに鳴く。
「シャイ・・・食事よりチキとのことなんじゃないのか?」
ミルフィーが口調を荒げて言う。
「ぶきき・・・・」
えへへ、と頭をかいてシャイローゼは照れ笑いをする。
それもそのはず、テーブル狭しと置いてあったご馳走もなかった。
「すっかり冷めてしまったからの、すぐに用意するからもう少し待ってくれ。」
奥にある別のドアから入ってきたリーパオがにこにこしながら近づいてくる。
「すみません、お手数おかけして。」
レイミアスが深々と頭を下げる。
「いやいや、気にせんでいい。」
「ところで、チキは?それと月たんぽぽは?」
「ああ・・・それは・・・・・・」
なにやら言いにくそうに、リーパオは自分が入ってきたドアの方を目配せする。
「ん?」
そのドアの向こうに人影を見つけ、ミルフィーは声をかける。
「チキ?何やってんだ?そんなとこで?」
さっとドアの向こう側に身を隠したその影は、少し開いたドアの隙間からひょいと顔だけを出す。明らかにチキだった。
「ぶき?」
「で、月たんぽぽは?」
なかなか部屋に入ってこないチキにしびれをきらし、ミルフィーは彼女に近づいていく。
「あ・・あのね・・・あの・・・・実は・・・・・・・」
「どうしたんだ?いつものチキらしくないぞ?」
こんなもじもじしたチキは初めてだ、と思いながら、ミルフィーはぐいっと半開きのドアを開け・・・そして、そこに立っているチキの姿に驚く。それはレイミアスやシャイローゼも同じだった。
「な・・・なんだ?チキじゃないのか?」
赤く頬を染めて恥ずかしげにしているチキをミルフィーはしげしげと見つめる。
「だけど・・・・どうみてもチキだよな・・?だろ?」
「え、ええ、そう・・。」
小さく答えたチキは、おずおずと部屋の中へ入る。チキは、それまで来ていた服では短すぎる為、リーパオに借りたドレスを着ており、顔以外は、全くの別人に見えた。
「あ、あの・・・ご、ごめんなさい!あたし・・あたしまさかこんなことになるとは思わなかったの。」
堰を切ったように早口に話し、深々と頭を下げるチキの姿は・・・それまでのミルフィー達の知ってる姿ではなかった。
「・・・・チ、チキ?」
背はミルフィーと同じくらい。それまでのチキの体格とは全く違う。気のせいか顔つきもほっそりしているようだった。
「まさか・・・下に思いっきりヒールの高い靴を履いてるってわけでもないよな?」
「し、失礼ね!そんなことしないわよ!」
「ひょっとして・・それって月たんぽぽの・・・?」
レイミアスの一言で、ミルフィーもシャイローゼもはっとする。
「そ、そうなのか、チキ?」
「ご、ごめんなさい!気が付いたらこうなってたの!あたし、こんなつもりじゃなかったのよ。こんな・・・・謝って済む事じゃないけど・・ごめんなさいっ!」
「ぶき・・。」
勢い良く頭を下げたチキにそっと近づくとシャイローゼはその手を優しく包むと、顔を上げさせる。
「ぶきき。」
「シャイ・・・」

しばらくみんなも前であることも忘れ、2人はじっと見つめ合っていた。


「まるで美女と野獣だな・・・。」
その声ではっとしてドアの方を見る。
腕を組み、扉にもたれかかったレオンがいた。
「レ、レオン・・」
その声で今の状況に気づいたチキは、赤くなって慌ててシャイローゼの手に包まれた自分の手を引く。
「『ごめんなさい』で、何でもすむんなら、警察や軍隊はいらねーんだが・・・・」
「ぶ、ぶきっ!」
再びしゅんとするチキをかばって、シャイローゼが言い返す。
「ま、しかたねーよな。なっちまったものは・・・。」
「レオン。」
「どうでもいいけど、腹減った・・・食事にしようぜ?」
何でもなかったかのようにすっとチキの横を通り過ぎると、レオンはテーブルに付いた。
「リーパオ、もう出来てんだろ?」
「あ・・ああ・・・・」
−リンリン!−
リーパオがテーブルの上に置いてある鈴を鳴らすと、召使いたちが次から次へと食事を運んでくる。それはあっと言う間にテーブルをご馳走の山で飾った。
「おおーー・・うっまそー。もう何日も食べてなかった気分だ。おい、喰おうぜ。」
レオンは、ナプキンを胸元につけると、さっさとナイフを取って食べ始める。
「あ、ああ・・・」
意外でもあったレオンの反応に、拍子抜けした気分で、ミルフィーたちはテーブルに着いた。
・・・もっとも、静かすぎる方が、恐いような気もしたが・・・。
いつもなら賑やかに話しながら食べるレオン、それが今日は恐いほど静かだった。ただ、ひたすらもくもくと食べている。といっても食欲に駆られてという風でもなく、ただ機械的に手と口を動かしているかのように。


「レオン・・・」
そのせいか他の誰一人として口を開かない。ミルフィーは思い切ってレオンに話しかけてみた。
「夢・・・で何かあったのか?」
「ん?」
ミルフィーを見ようともせず、レオンは相変わらず口に食事を運んでいる。
「おい!レオン!」
そんなレオンをミルフィーは、ぐいっと自分の方を向けさせる。
「別に・・・ただ、昔のことさ。遠い昔の・・・・。」
「レオン・・」
じっと見つめるミルフィーに、レオンは慌てて思考を切り替えた。
「だーいじょうぶだって!ちょっと思いもしなかった事があったのさ。・・・ただ、それだけ。ははは・・オレとしたことが、ガラにもなくちょい、メランコリー?ってんのか?になっちまったみたいだけどさ。」
そのレオンに何も答えず、じっと見つめるミルフィーにレオンはやばいと感じる。
−バンっ!−
「いってーなー、急に何すんだよー!」
勢い良くレオンに肩を叩かれ、ミルフィーは怒鳴る。
「ガラにもなく神妙な顔してるからだよ!そんな辛気くさい顔してっと、せっかくのご馳走がまずくなっちまうだろ?」
(それは、レオンの方だろ?)そう思いながらも、ミルフィーは返事の変わりに、呆れ顔を見せるとテーブルに向き直った。
今はこれ以上聞くべきじゃないだろう、そう判断して。



 そして、食事後、リーパオが帰ってしまったマクロード(心配した妻のさわが迎えに来て半ば強引に連れ帰った。)の馬車変わりと言って案内された屋敷の離れの水辺。ミルフィーたちは、ぎょっとして水中からジャンプする魚を見ていた。
「こ、こいつは・・・」
青くなりながらレオンが呟いた。shark

巨大妖魚(改?)
ナリさんからいただきました!
ありがとうございました。


「ははは・・ここへ来るときにお前さんがたを襲った奴とは違うよ。ここに飼ってある妖魚は飼い慣らしてあるから大丈夫じゃ。」
「そうなんですか?」
ほっとしたようにレイミアスが言う。
「そうじゃ。このエリアは漆黒の空間を抜けなければどこへも行けん。この子らがいないとな。」
−バッシャーーン!ザバーッ!−
嬉しそうに跳ねる妖魚・・・襲ってきたのと比べると幾分細型だが、そのするどい牙は・・・・なんとも言ず、不気味である。
「本当に襲わないんだろーな?」
レオンが念を押す。
「途中で気が変わってその気になっちまうとか?」
「ははははは、それは大丈夫じゃ。わしがここから見ておるしの。」
ふぉっふぉっふぉ、と笑いを付け加えてにこやかにリーパオが答える。
「・・・・見てるって・・・これも『夢』なんて言うんじゃねーだろーな?」
「そう来るか・・じゃが、残念ながら、これは現実じゃ。」
「で、これに馬車を引かせるんですか?」
「いいや、乗馬ならぬ乗魚じゃよ。専用の鞍を付けてやるから、乗っていきなされ。1匹に2人は楽に乗れるじゃろ。」
目を細め、にこにこしながらリーパオは側にいた召使いに指図をする。
「精神世界に咲く月たんぽぽは、それぞれ一生に1度しか見ることはできん。それも条件が揃ってのことじゃ。お前さんがた1人1人では無理じゃった。じゃから夢を結合させてその条件を揃えたんじゃ。じゃからまた夢の中に戻っても月たんぽぽはない。」
「そ、そんな・・・」
もう一度夢の中へ入って探せば見つかると思っていたチキは、それを聞いて真っ青になって叫ぶ。
「さっきはまた旅をすればいいって言ってたじゃない?」
「そうじゃよ。夢でなく現実の旅。」
「ってことは、他にも月たんぽぽがあるの?」
「いや、そうではないが・・・」
「ないが?」
途中で口ごもってしまったリーパオに、思わず全員、口を合わせて聞いた。
「蘇生するかもしれん。」
「蘇生って・・枯れてしまった月たんぽぽが?」
思いもしなかった事に、大きな目を一層大きくしてチキが聞く。
「そうじゃ。広間に戻ったらよく見てみるがいいじゃろ。根までは完全に枯れてはおらんかった。ということは・・・」
「ということは、また前のように輝きを取り戻すってことね?」
「そういうことじゃ。じゃが、普通の水や養分ではだめなんじゃ。」
「月たんぽぽと言うからには、月のエナジーが必要だったりして・・」
「おお!そうじゃ。感がいいのぉ〜。」
ふと思いつき、呟いたミルフィーは、当たったことに少し驚きならが、もう1歩考えを進める。
「だけど、月のエナジーてなんだ?・・・月光にあてるとか?」
「いやいや・・・そんなんじゃだめじゃ。」
「やっぱりな。そんな簡単にいっちゃー、ありがたみも何もない。」
「だろうな。」
レオンと視線を合わせて苦笑するミルフィー。
「聖魔の塔の一角まで妖魚に送らせよう。そうしたら銀の扉を探すんじゃ。そこは、お前さんたちの世界と異なる世界。神龍が守護する世界につながっておる。そして、そこで月の化身である銀龍を探すのじゃ。その涙でおそらく、月たんぽぽは蘇るじゃろう。」
「龍の守護する世界?」
「そうじゃ。その世界は今なにやら重大なことが起こりつつあるようじゃ。何か悪しきものがうごめいておる。ひょっとするとその世界そのものの存在に関わることかもしれん・・・。」
「しれんって・・・あんたには、何でも分かるんじゃないのか?」
「ふぉっふぉっふぉ・・・夢を通して薄々とは感じるが・・・正確にはわからんのじゃよ。」
「ちっ・・・とすると、そこでのごちゃごちゃをおさめる必要があったりして・・」
「おおーー、さすがじゃ。やっぱお前さんはいい感しとるのぉ〜。」
にこにことレオンに笑みを投げるリーパオ。それとは反対に、レオンは苦虫をかみつぶしたような表情で続ける。
「ったく・・・救世の勇者様ご一行になれってことか?」
「そういうことになるかな?うまくいけばじゃが?」
「いかなかったら?」
レイミアスが心配そうな顔でリーパオに聞く。
「決まってるだろ。行かなかったらすべておじゃんでオレ達はそこで露と消えるんだ。」
リーパオの返事を待たず、ミルフィーが吐く。
「世界を救って初めて救世の勇者なんだ。それにたどり着かない限り、その辺の死骸と同じさ。」
や〜れやれ、とでも言うようにミルフィーは肩をすくめる。
「・・・・あ、あたし・・」
神妙な面もちで呟くチキの声は今にも消えそうだった。
−ポン!−
そんなチキの肩を軽く叩くと、ミルフィーは言った。
「どのみち聖魔の塔の探索はするんだろ?あそこはどこにつながっているか分からないんだ。いいじゃないか?その中の1つに目標ができたってことでさ。」
「で、でも、あたしのせいで遠回りを・・。」
「いや、ひょっとするとそうでもないかもしれん。」
「え?」
右手を顎にあて、神妙に考え込んでいたレオンがみんなを見回して言った。
「再び蘇生するってことは、銀龍の涙があれば、エルフの呪いの解呪だけでなく、レイムの故郷のワイト化してしまった村人たちとか、ミルフィーたちのこととかにも、もしかして使えるかもしれない。」
「あ!そうですよね。」
レイミアスが目を輝かせる。
「まー、可能かもしれんの。」
「どのみち冒険は続けるんだ。その世界で暴れてみるのもいいんじゃないか?」
「そうだな。だけど、やっぱりそれって魔王復活?」
レオンの視線を受け、ミルフィーがしょうがないか、といった風で答える。
「うーーん・・守護龍の中の1頭による謀反とでも言うのか・・・よく分からんが・・・。」
「分からんって・・そこまで分かってて見ぬ振りしてるんですか?」
思わずリーパオのきつい視線を投げるレイミアス。
「勢力範囲外じゃ。わしが力を発揮できるのは夢の中だけじゃ。それにそんな世界とはいくつでもつながっておる。いちいち対応するわけにもいかん。わしはわしの生き方があるんじゃ。」
少し悲しげに遠い目をするリーパオと、思わず口走ってしまったことを後悔してうつむくレイミアス。
「とにかく・・・行くしかないんだろ?今までと同様。」
くしゃくしゃっとそんなレイミアスの頭をレオンがなでる。
「それに、オレとミルフィーは冒険そのものを稼業にしてるし。・・・おっと、お前は目標があったっけ?」
ミルフィアと魔導師レイムのことを思い出し、そう付け加える。
「まーそうだが、解決しても普通の生活にゃ戻れんだろうな。」
ははは、と軽く笑うミルフィーに、レオンも笑いを返す。
「ということで、オレ達は問題なし。」
「ぼくもいいです。」
「あたしも勿論!」
「ぶきっ!」
「私もいいわよ〜♪銀の扉、確か塔の一角で見た覚えがあるのよね〜。」
「ん?」
その声にぎくっとし、咄嗟に隣に立っているであろうミルフィーを見るレオン。
「おおーっとと・・・」
真っ青になって硬直し、真後ろに倒れかけていたミルフィーをレオンは慌てて受け止める。
「は〜〜い♪また私の出番ですね〜♪」
ミルフィーの真横に、例の女幽霊魔導師がウインクしながら上機嫌で立っていた。
「夢の中では活躍しそこなっちゃったから、物足りなかったの。今度こそしっかりお役に立ちますね〜♪それであたしも今度こそ願いを叶えてもらうわ。」
「・・・・・」
中腰でミルフィーを抱えたまま呆気にとられたように自分を見上げているレオンに、幽霊は微笑むと付け加えた。
「もう!戦士様ったら、まだ慣れてくれないのね?いいかげん慣れてくれてもよさそうなのにぃ・・・。」
「は〜〜・・・・」
思わず大きくため息をつくレオン・・・そして、拍子抜けする一同・・・・。
旅の目的地は把握したものの、それから先は全く分からない。
分かっているのは、今まで同様、冒険の旅が続くということだけ。
たとえ、自分たちが生を受けた世界でなくとも、冒険は冒険。・・・命を張った旅・・それは同じ事。

「さ〜て、そうと決まったら、さっさと支度しようぜ!」
レオンの一声で、全員急ぎ足で館に戻っていった。

「重てーな、まったく・・・。」
気絶したままのミルフィーを抱き上げたレオンの呟きを聞き、幽霊は、はっとひらめいたように手をパン!と叩く。
「なんだよ?」
「そうよね・・なぜ今まで気づかなかったのかしら。戦士様が気絶してるんなら、あたしが身体を動かせばいいのよね?」
「何?」
レオンがぎょっとしている間に、すうっと幽霊はミルフィーの身体その身体を重ね、とけ込むようにすうっとその中へ入っていった。
そして、ゆっくりと目を開ける。
「ミ、ミルフィー・・・じゃないよな?」
「そう、違うわ、戦士様じゃないわ。・・でも、うーーん、いいわねー、男の人に抱かれてるって。こんな感じ久しぶりだわ〜♪ふわふわして気持ちいい〜♪」
そう言いながら、ミルフィーの身体に憑依した幽霊はレオンの首にその両腕を絡ませる。
「お、おい、よせって!変な気分になっちまうだろ?」
女だと分かってからでもミルフィーの時にはさほど感じなかった・・いや、もしかしたら無意識にそう感じるのを避けていたのかもしれないが、まだ甲冑をつけていないその身体は確かに男ではなく女のもの。ただ、戦士として鍛えられたそれは、多少というよりかなり(?)女にしては筋肉質であることも確かだが。
「よせって!・・・そ、それに、お前はオレじゃなく、ミルフィーがいいんだろ?」
「あら、それは波長が合うかどうかだけよ。いいじゃない、堅いこと言いっこなし♪久しぶりなんだもの、直接肌と肌のふれあいを感じるのって!♪」
その感触を確認するかのように、レオンの胸元に顔を埋める。
「おい!」
下ろして引き離そうにもしっかり抱きついている。レオンは焦りに焦っていた。
「う〜〜ん・・・いい感じ〜・・・すっかり忘れてた感触だわ〜♪」
「いいかげんにしろって!!」
ミルフィアとのときも、ある種やばかった。が、今回はもっとややこしくおかしなやばさ。
「ミルフィーーーーーっ!目を覚ませーーーーーーーーーっ!」
今の状態で目を覚まされても、かなりやばいような気もしたが、レオンは、そう叫ばずにいられなかった。



☆★ つ づ く ★☆



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