青空に乾杯♪


☆★ <<第16話>> フィーとフィア ★☆



 「フィア?・・・・フィアーーー・・・?!」
夢幻の館の1室。この部屋もまたこの上なく贅沢な造りであり、やはり天蓋付きのベッド、ふかふかの布団で安らかな寝息をたてていたミルフィーがいきなり大声をだす。
・・・・それは勿論夢・・その夢の中で、ミルフィーは、数年前に戻っていた。



窓からほのかな星明かりが射しているだけの薄暗い廊下をミルフィーは必死の形相をして駆けていた。
「わっ!」
曲がり角、急に飛び出してきた人影とぶつかりそうになり、咄嗟に足を止める。
「あ!ミルフィー様・・・ミルフィア様は?」
「ああ・・レイムか・・。」
その人影は、若き魔導師レイム。ミルフィーと双子の妹ミルフィアの身辺警護の者。
「こっちにはいなかった。レイムは?」
「い、いえ・・・こちらにもミルフィア様はいらっしゃいませんでした。」
「ぼくが手洗いに行っている間にいなくなったんだ。今日は珍しく闇夜なのに何の気配もなかったんだ・・だから・・・」
いつもミルフィアにぴったりと寄り添っているミルフィー。が、大丈夫だと思ってほんの少し離れたとき・・・
その数分でミルフィアは姿を消していた。
「屋敷内か近くにはいると思うんだけど。それに結界は・・張ってあるんだよね?」
「はい。今宵は闇夜。いつもより幾重にも張ってあります。」
「いったいどこに?」



ミルフィーとミルフィアは、双子の兄妹、山岳地帯にある、国とは言えないほどの小さな小さな領土、それでも一応その領主の子供として生まれた。
双子は災いを招く・・・
通常なら、生まれたその時点で2人のうちどちらか1人を闇に葬ることでその災いは避けることができる。が、星見によりそれはより深刻な災いを受けるとわかり、2人は疎まれながらも命を長らえてきていた。

そもそも、その災いとは・・・・・

その辺り一帯は高山地帯。農作物も産業もあまり盛んとは言えなず、領主は、領土と豊かさを求め、戦が止まなかった。
その中でも双子の父親は・・・・戦に積極的であり、その残虐さは有名だった。
そして・・双子の父親に恨みをもった滅ぼされた領土の霊たちが蠢き始めた。
双子に乗り移り、領主をそして一族を根絶やしにしていかんと。
それは、双子の8歳の誕生日を境とし、新月の夜・・・・
悪霊の集合体は双子を媒体として恐ろしいまでの力を見せ、幾度か領主は殺されかけた。


危機を感じた領主は、それでも2人を殺すことはできず、当時その地方一番の術者の弟子であったレイムを付けできる限り遠ざけることによりなんとか事態を逃れることを計った。
それは、もし双子というよりどころがなければ、直接真っ先に亡き者にしたい領主本人にとりつくかもしれない懸念があったためだった。

そして、2人は忘れ去られた存在として、乳母と下男、魔導師レイムとの生活を送るようになった。
ただ、救われたのは、付近の村まで下りれば遊び友達があったことである。
が・・快活である兄のミルフィーは、そうすることによって両親のいない寂しさも紛らわせることができたが、幼いときから病気がちの妹のミルフィアはそうもいかなかった。
病気がち・・それは霊の仕業ともささやかれていた。
というのもミルフィアは、一段と霊感が鋭いらしく新月でない夜でも、時々憑依され、予期せぬ行動をとることが多かった。しかもそれは、歳をとるにつけ、新月でも影響を受けなくなってきたミルフィーとは反対に、酷くなってきており、その深刻さもますます増してきていた。

「まさか・・・憑依した悪霊たちがその身を城まで飛ばしたなんてことは・・・」
屋敷のどこにも周囲にもその姿を見つけられず、レイムの脳裏を良からぬ予感がよぎる。
「レイム!見つかった?」
「いいえ・・・・・」
レイムは悲痛な表情のままミルフィーの視線をさけるように顔を背ける。その予感を悟られない為に。
が、ミルフィーもまたその結論に達していた。
「まさか・・・父様の城へなんてことは・・・?」
思わずはっとしてミルフィーを見るレイム。
「・・・・・」
そのレイムの表情で、自分の恐れが当たっているらしいことを察し、ミルフィーは咄嗟に厩に駆け込む。
「ミルフィー様っ!」
慌ててその後を追うレイム。
「だめです!どんなに飛ばしても馬ではたかがしれてます。走りずめで3日はかかるんですよ!」
馬を駆って飛び出そうとするミルフィーをその手綱にしがみつくようにしてレイムは止める。
−ぶるるるるっ!−
ミルフィーの感情をそのまま受け止めたのか、馬も興奮気味となり暴れ始めた。
「ミルフィー様っ!とにかく落ち着いてください!」
「いやだっ!こうしてる間にもフィアは!」
「替え馬はどうされるんですか?駆け続ければ馬も倒れてしまいますよ!」
「でも・・行かないと!フィアが呼んでる!助けを求めてるんだ!」
そうしている間にもミルフィーの耳には、ミルフィアの助けを求める叫び声が聞こえるようだった。
「落ち着いて下さい。城には私の師匠もいます。だから大丈夫です!」
「だから・・・悪霊はなんとかなっても・・殺されちゃうよ・・・フィアが・・」
(フィアが・・・・・父様に・・・・・・)
後の言葉は恐ろしすぎて声には出なかった。
「一つだけ手だてがあります。だから馬から下りて下さい。」
そう言ってしまってから、レイムは、はっとして口を押さえる。それは成功するかどうかわからない危険な手段。
「手だて?」
そんなレイムに、普通の方法ではないと悟ったミルフィーは、ともかくゆっくりと馬から下りる。
「どんな危険なことでもいいよ!フィアを助けれるのなら!」
レイムの両手をぎゅっと握り、ミルフィーは悲痛な思いで叫んだ。



 「よろしいですか?ミルフィー様?」
「うん!」
屋敷の中庭。結界の魔法陣の中央。
ミルフィーとレイムはその中央に立っていた。


自分の決心は変わらなかった。が、その返事の勢いとは反対に、ミルフィーの全身は震えていた。
悪霊を自分の身に呼び込む。それは、悪霊に憑依された経験があるミルフィーにとって、それがどういうものかよく分かっていた。
あのどうしようもない悪寒・・心から凍っていってしまいそうな冷たさと暗さ。最近こそ忘れていた体験だが、確かに知っている。そして、それは以前とは比べものにならないほど強くなっているはずだった。
ミルフィアがその状態になるたびに、間接的にその十分の1かもしれないが、感じてはいた。
その都度、フィアをぎゅっと抱きしめて過ごした悪夢の夜の数々・・・。


「でも、これでフィアは本当に大丈夫?」
「大丈夫ですよ、きっと。ご領主様もミルフィア様のご意志でないことはご存じなのですから。」
確信はなかった。が、そう言うしか他に言葉は見つからなかった。
「うん。」
「始めますよ。」
「うん。ぼくは大丈夫だよ。」
そして中庭にレイムの唱える呪文が流れ始めた。



そのころ・・・・2人の心配の通り、ミルフィアは城の廊下を音もなくすべるように歩いていた。まっすぐ城主の寝室へ向かって。
その顔は死人の顔。そこにはミルフィアの意志はまったくなく、夢遊病状態。
ただ・・その瞳だけは、大きくカッと開かれていた。何も映さないうつろな、が、大きく見開かれた瞳には確かに邪念が宿っていた。
そしてその手には、普通なら持って歩くことなどできないだろうと思われるほどの大きさの斧が。

−ギギギギギ・・・・・−
手もかけないのに扉が開いた・・。
その広い寝室の中央にあるベッドでは、父親が寝息をたてて眠っている。
それを確認し、その瞬間にたっと笑う。
そして、すうっとベッドに近づくと大きく斧を振り上げる・・・・

と、そのとき・・・
「フィアーーーっ!」
ミルフィアの心にミルフィーの心が届き、今まさに斧を振り降ろさんとしたその手が止まる。
−ドスッ!−
が・・・ミルフィア本人の力で支えきれなくなった斧は・・それでも、当初の目的を果たしていた。
研ぎ澄まされた斧は・・・それ自体の重みと鋭さで、父親の首を両断しただけではもの足らず、寝具をも破りベッドに鈍い音を立てて突き刺さった。
「フィー・・・レイム・・・・・・・?」
自分を取り戻し、ミルフィーとレイムの名を呼びながら目を開けたミルフィアが見たのは・・目の前に転がり落ちた血塗れの父親の首と辺り一面血色に染まった部屋。
「きゃあああああっ!・・・・・・」
そのおぞましい光景と、自分がしたことだと瞬時にして悟ったミルフィアの全身から力が一気に抜けていく・・・・そして、崩れるようにその場に倒れた。
「し、しまったっ!お、遅かったか・・・」
ミルフィアのその叫び声と同時に部屋に走り込んできたレイムの師、大魔導師タヒトールは、全てが遅かったことに歯ぎしりする。
その日は、勝ち戦の祝いが夜遅くまで催された後で、城中全ては寝静まっていた。
「ここ暫く変調がなかったと・・・油断しておった・・・・」
自分も例外なく疲れと酔いで完全に寝込んでしまったことを、タヒトールは心の底から後悔していた。
が、悔やんでいても始まらない。タヒトールはそっとミルフィアを抱き上げると、急ぎその場を後にした。



 「う・・うう〜〜ん・・・・あれ?ぼく・・そうだ!レイム、レイムはいないの?フィアは?フィアは大丈夫だった?」
気が付くと日はもう中天まで登り、窓から眩しいほどの光が飛び込んできていた。
「あれ?ここ・・屋敷じゃないや・・・?」
がばっと飛び起きたそこは見慣れぬ部屋だった。
ミルフィーは、昨夜のことを思い出しながら、ベッドから出る。
−デン!−
その途端、服の裾を踏んでしまったのか、ミルフィーは勢いよく転ぶ。
「いった〜〜・・・あ、あれ?」
いつもの寝間着ではなく、それは少女用のネグリジェ。
「どうしてぼくフィアのような格好してるんだろ?」
不思議に思いながらも、ふと隣にミルフィアがいなかったことに、不安がよぎる。
「レイム、レイム、どこ?」
ばたばたばたっ!とドアに向かって走る。
−ガチャリ−
「あ!」
ミルフィーが開けるより早くドアは開き、老魔法使いの姿が目に入る。
「おじいさん・・だれ?・・そうだ、もしかしてレイムのお師匠様?」
レイムから聞いていたミルフィーは、その背格好からそうと判断した。
「ああ・・そうじゃよ。」
優しく笑ったその顔は・・ひどく悲しそうだった。そして、それは最悪の事態だとミルフィーは悟った。
「あの・・・・・」
(レイムは?フィアは?)
その言葉が続かなかった。
−ダ、ダッ!−
「あ!お待ちなされ!」
その言葉も聞かず、ミルフィーは勢いよく廊下に走り出ていた。
「フィアーーっ!レーーイムーーっ!」
走りながら涙が後から後からこぼれ落ちてきていた。
「嘘つきぃ!・・レイムの嘘つきっ!失敗した時は・・・ぼくが死ぬんだって言ったじゃないかーっ?」
「わ・・わああっ・・・」
−ズデデデデ・・・・・−
またしても裾を踏んでしまったらしく・・・ミルフィーは階段から落ちてしまった。



 「夢・・・・・か・・・・・」
ガバッと飛び起き、ミルフィーは呟いた。
(あの時の夢・・・ずいぶん昔のことのような・・そして、昨日のことのような・・・・しばらく見なかったっけ・・・・・・・)
薄暗い部屋の中、ベッドの横の蝋燭の炎に視線を移したミルフィーは、そのゆらめく炎に導かれたかのように数年前のその頃の記憶に心を飛ばしていた。

(あの後・・・お師匠さまが全部話してくれても、すぐには信じられなかったな・・・ショックだった・・・・)
−シャッ!−
ベッドから出、カーテンを開けて外を見た。
そこは、屋敷の明かりがあちこちに見え隠れするだけの星一つない暗闇。
「幽霊の気配は・・・・ないみたいだな・・・・」
ミルフィーの瞳には、目の前に広がる暗闇は入っていなかった。
「フィア・・・精神(こころ)の奥で殻に閉じこもってしまったフィア・・・・ぼくの声が聞こえる?・・ぼくの心が届いてる?誰もフィアのせいだなんて思ってりゃしないよ。・・・フィア戻っておいで。ぼくの声が聞こえているのなら・・・。」



 その夜、失敗したかのように思われた悪霊たちの計略は・・・予期しなかった形だったが、領主殺害以外にも良すぎるほどの成果を得ていた。
ミルフィーの身体に引き寄せられた悪霊は、その勢いを借り、その身体を持ち去ってしまう。
そして、悪霊との戦いに破れ、気を失ってしまい、その責任を感じたレイムは、明け方目覚めると共にミルフィーの身体を取り戻すべく旅立っていた。
ミルフィアはショックで心の奥底に閉じこもり、全てを拒絶して深い眠りに入ってしまった。そして、その身体に入ったミルフィーの心もまた彼女の心に同調して気絶していた。


タヒトールにその夜起こったことを全て聞き、ミルフィーはすぐにでもレイムの後を追おうとする。
が、到底当時のミルフィー、そしてミルフィアの身体では無理と諭され・・遠回りのようでも心身を鍛えることにした。
一日千秋の思いでレイムからの便りを待ちつつ・・そして、なかなか思うように鍛えれない自分(?)の身に歯がみしながら。



「・・・もう4年もたってしまった・・・レイムから便りもないし・・・・・」

風の便りで、レイムらしき青年魔導師を聖魔の塔で見かけたと聞き、かろうじてタヒトールから合格点をもらったミルフィーが旅に出たのは1年前。
先は全く見えない・・ちょうど目の前の暗闇のように。

「フィア・・・」
思いは愛しい妹に飛ぶ。幼いときからただ1人だけの身内として寄り添って生きてきた妹、自分の半身。そして、自分がもっとも頼りにし、多分妹が淡い恋心を抱いていたであろうやさしい微笑みを持つ魔導師レイムに。

「しかし・・・こんなに身体を鍛えちまって・・・フィアが元に戻ったら・・・またショックで閉じこもるなんてこと・・・・・・・・ないだろうな?」

ふと・・窓ガラスに映った自分の姿を見て、ミルフィーはそんなことを思った。
「それに・・・男っぽく見えるのは・・オレが影響してるんだよな・・・フィアはもっと女の子らしかったもんな・・・。」
コツン!と窓ガラスに頭をぶつけ、そっと目を閉じ、心の奥底にいるミルフィアの心に話しかけた。
「フィア・・・そこにいるんだろ?いい加減返事してくれよ・・・それとも・・やっぱりレイムでないとだめなのか?」
ミルフィアが元に戻れば、本来ここ(この身体)にいるべきではない自分を待っているのは消滅だけ、とタヒトールから聞いて十分承知していた。
多分、戻るべき本当の身体ももうなくなっているだろう。
ただ・・消滅する前にフィアに会いたい、ほんの少しでいい、話したい。そして、できるならレイムにフィアを託して・・それから・・・


そんな思いに浸りながら、いつの間にかミルフィーは窓辺にもたれて寝てしまっていた。


「レイムはレイムでもお前じゃないんだよ!あのレイム以外の男に、フィアは指1本さわらせないぞっ!!例え治療目的だろうが、回復させるためだろうが、だめなもんはだめだっ!だから、オレが気絶しても近寄るな!わかったか?!」
(あ・・・そういえば・・レオンを背負ったことあったっけ・・・・ま、まーいいよな、男だと思ってた時だし・・・)
「シャイ!特にお前は危なっかしそうだからな・・いいか、3m以内に入ったらただじゃおかないからな。覚えとけ!」

ミルフィーの頭の中で訳の分からない夢が展開していた。



「ふーーー・・・・・」
ラサ・リーパオは大きくため息をつき、悲しげに首を振った。
「だめじゃ・・悲しみが大きすぎて、操作しようにも、つい現実の方が上回ってしまうわい・・・。さてさて・・・どうしたもんじゃろのぉ・・・・」
どっこらしょっとイスから立ち上がると、窓辺に立ち、リーパオはミルフィーの部屋のある方角をじっと眺めていた。




☆★ つ づ く ★☆



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