青空に乾杯♪


☆★ <<第12話>> 人喰い巨大妖魚 ★☆



 「もしかして、オレだけが知らなかったのか?」
ミルフィーが食堂を出ると、レオンがご機嫌斜めの顔つきで言う。
「そうみたいですね。」
「だけど、よく気が付いたな?あのカッコとあの口調で?まー、声が高いと言えばそうだが、女にしちゃ低いよな?だから声変わりが遅れてるのかな?と思ったんだが。」
レイミアスはにこっと笑って、少し頬を染めた。
「ぼくも声は低いとは言えませんから。よく似たもんです。もちろん、最初はぼくもミルフィーが女性だなんて思ってませんでしたよ。」
「じゃー、いつ気づいたんだ?」
「かけっこしたことがあるでしょう?」
そう言われてレオンは、そのときのことを思い出す。
「ああ・・月夜に走り回ってたやつな。オレがグールになっちまって、チキが術で助けてくれたときだ。そのときか?」
「ええ、そうです。あのとき、汗の臭いで・・・その・・女性じゃないかって感じたんです。」
レイミアスは少し言いにくそうに言う。
「ミルフィーに聞いたのか?」
「いいえ、そんなことしません。そんなことしたら怒られそうで。」
照れ笑いするレイミアスに、レオンはそうだな、と言うように頷く。
「あたしは、最初から気づいててよ。」
少しそっけない言い方でチキが割ってはいる。
「それと、シャイは女好きだから、本能で見分けたんじゃないかしら?それとも今は鼻が利く?」
くくくっと軽く笑いシャイローゼを見るチキ。
「ふごっ!」
失礼な!とでも言うように豚になってしまったシャイローゼがチキを睨む。
「ホントのことでしょ?」
が、そんなシャイローゼを全く気にしないチキは、舌をだし、あっかんべーをする。
「まー、確かに鼻は利きそうだな。」
「レオンまでそんなこと言っては、シャイローゼに失礼ですよ。」
そんな2人を諫めるようにレイミアスが苦笑する。
「ははは・・まーそうだが・・とにかく・・それはいいとして・・・」
レオンが一人考えごとをしているようにつぶやく。
「何ですか?」
「う〜〜ん・・ミルフィーだよ。てっきり男とばかり思ってたからなー・・」
今までの自分の取っていた行動を思い出し、どうしたのものかと、レオンは考えていた。
何が言いたいのかすぐ判断できたレイミアスはにっこりする。
「別にいいんじゃないですか?今までも、そして、これからも。女性扱いすると返って機嫌を損ねそうで、怖いです。」
「あ・・やっぱりそう思うか?」
あはははは!
そう、なまじ態度を変えると怒りそうな感じがする。今まで通りの方がよさそうだと全員判断した。

「しかし、血を取るってどうやるんだ?やっぱり、ソードか何かでざくっと?」
「そうですねー・・どうなんでしょう?」
レオンの言葉に、レイミアスも考え込む。
「吸血鬼なら首筋に歯をたてて、そこから吸うんですけど・・彼らはどうなのかしら?」
チキも真面目な顔をして考える。
「スリープの術をかけておいてから・・斬るのかな?」
「もうやめましょうよ、この話は。あたし気持ち悪くなってきちゃったわ。」
眉をしかめたチキは、いかにも気持ち悪そうな顔つき。
「ああ・・悪い悪い。」
気持ちは悪いとは思わなくても、あまりいい話でもない。レオンはそれ以上そのことについて言うのをやめにした。

 そして、その日は血を抜かれたミルフィーが夜までに目覚めなかったため、翌朝の出発となった。



「う〜〜ん・・なんかこう・・身体が重いなぁ・・・」
翌日、馬車の用意ができるのを待って、一同は宿の玄関に立っていた。
「大丈夫ですか?」
ミルフィーのつぶやきにレイミアスが心配そうに聞く。
「あん?誰が大丈夫じゃないって?」
昨日のこともあり、どことなく気まずさを感じてたミルフィーは、そのつもりはなかったのだが、ついぶっきらぼうな口調で言ってしまった。
「あ・・だ、大丈夫のようですね。」
あは、あは、あは、とレイミアスはその場を繕う。
「ったく・・・」
今までなら、これくらいではそんなこと言わなかっただろ?と言うような目つきで、レイミアスを見るミルフィー。
「用意ができたのでどうぞ。」
ミルフィーが何かを言おうとしたとき、サワの声がし、マクロードと共に馬車を引いた2頭の馬が近づいてきた。
「さー、3日もあれば着きますよ。」
「たった3日で?」
それはこの上なくいいことだった。が、マクロードの言葉よりも、一同の視線は2頭の馬の姿に釘付けとなった。


 馬車を引いてきたのは、灰色と黒色の馬。が、そのたてがみは燃える炎のようであり、ひずめと口は真っ赤。
その上、その2頭の頭部は・・・・・胴体から離れて浮遊していた。
ざっくりと切断されたようなその切り口は、血こそでていないものの、赤黒い血のしみで彩られた肉が見えていた。


 「お・・おい・・・・」
誰もその驚きで声が出ない。ようやくレオンが指で馬を指しながら、マクロードを見る。
「ああ・・驚かせてしまいましたか?彼らは、私の忠実な友です。心配はいりません。とても利口ですから。」
「あ・・ああ・・・・」
どう返事をしていいかわからず、レオンは短くそういうと、仲間を見回す。
全員同じ思いで見つめていたようだが、今更引くこともできない。
「用意ができているのなら、出発しますが。」
「あ・・は、はい!」
それでも、呆然として馬を見ていた一同は、その言葉で、ようやく完全に我に返る。
「では、あまり馬車が大きくありませんので、後ろにどなたか1人乗ってもらえますか?」
「じゃー、シャイが後ろね!あなたが中に入ると狭くていけないわ。」
チキが例のごとく命令口調でシャイローゼに言い放つ。
「ぶきぃ・・」
仕方ないか、という表情で、シャイローゼは馬車の後ろに乗る。
「オレ横に乗っていいかな?何かがあったときなんかの場合に備えて。いきなり魔物に襲われるとかも考えられるだろ?」
すでに馬車に乗っている主人に近づき、ミルフィーは主人の返事を待つ。
「え?ミルフィー、前に乗るんですか?中には?」
「そんな狭いところに入ってるなんて、いやなんだよ、オレ。外の方がいいんだ。」
「そ、そうですか。」
無意識に女性だということを気にかけ、ついそう言ってしまったことを、レイミアスは、ミルフィーのいつもより少しきつい視線に、気がついた。
「どうぞ。私はかまいませんよ。」
真ん中に乗っていた主人は、さっと横に移動し、席を空ける。
「サンキュッ!」
嬉しそうに返事をすると、ミルフィーはさっさとそこに座る。
「じ、じゃー・・ぼくたちも乗りましょうか?」
「ええ、そうしましょう♪」
ミルフィーが中に乗らないと知り、チキはごきげん。
もちろん、レイミアスの横に陣取ったのは、言うまでもない。
チキはレイミアスを1目見た時から気に入っていたからだ。
そして、向かい側の席にレオンと手荷物を乗せ、馬車の出発の用意が整った。


「じゃー、行って来る。留守を頼んだぞ。」
「はい、あなた、行ってらっしゃい!」
「行ってらっしゃい、とうさん!おみやげ待ってるよ!」
「ああ、行って来る。」

−ヒヒヒヒーーーーン!−
嬉しそうに手を振る少年マークと、にこやかに微笑むサワに見送られ、馬車は出発した。


−ガラガラガラ・・・−
馬車は、軽快な音をたてて走り始めた。
−バサッ!−
そして、宿が見えなくなった野原で・・・急にふわっと上に持ち上がっていく感じを受け、ぎょっとする。
「ええ〜?!」
ミルフィーは目を丸くして馬を見つめた。
馬の背中から、ふわっと灰色の羽がはえ、そして、一気に上昇し始めたからだ。
それまでの蹄の音に代わって、羽ばたく音となり、馬車の車輪の音は消えて、風の音となった。
−バサッバサ!−
「ひゅーーーー・・こいつはいい眺めだなー。」
馬車の窓から顔を出し、何が起こっているのかを確認したレオンがため息を付く。
「まさか、空を飛んで行くとは思ってもみなかったぜ。」
「気持ちいいですねー、空を飛ぶのって。」
レイミアスも気持ちよさそうにその風を受ける。
「そうね。とっても気持ちがいいわ。」
「ぶきぃぃぃぃ・・・」
「あ・・そうだったわね、シャイは高所恐怖症なんだっけ。」
1人怖そうな声をだしたシャイローゼに、チキはそのことを思い出す。が、その口からでたのは、シャイローゼの期待とは違っていた。
「それだけ見晴らしがいいと気持ちがいいでしょ?がんばってね!」
「ぶきぃ・・・・」
「だって、今ここで代わるなんてこと、できないでしょ?」
それもそうだ。仕方なく、シャイローゼは大きな身体をできるだけ縮め、丸くなって馬車にしがみつて我慢することにした。下を見ると失神しそうなのを、必死に堪えて。
「おい、かわいそうじゃないか?」
レオンがチキに意見する。
「だって・・・」
かまわないといった表情のチキにため息を付きながら、レイミアスはドアの窓から頭を出し、宿の主人に大声で聞いてみた。
「あの〜・・場所を変えるために、ちょっとどこかに降りてもらえないでしょうか?」
「すみません、今ワープ軌道に乗ったところですので無理なんですよ。」
レイミアスを振り返り、マクロードは残念そうに言う。
「ワープ軌道?」
何のことかさっぱりわからず、レイミアスだけでなく、全員不思議そうな顔をする。
「つまり・・目的地までの近道です。もうじき軌道の入り口が開きます。」
「入り口が開くって・・あれか?」
前方のトンネルのような空間の裂け目を指してミルフィーが聞いた。
「ええ、そうです。今スピードを落とすわけにはいかないんです。すみません、しっかりつかまってて下さい、シャイローゼさん!」
「・・・・」
恐怖で声も出ないシャイローゼは、一段としっかりと馬車の出っ張りに掴まった。
「仕方ないわね、それじゃ。シャイ?!がんばるのよ!月たんぽぽがかかってるんですからね!」
(ぶひっ!)
声にならない返事をして、シャイローゼは身を固くした。


「では、軌道空間に入りますよ。気分が悪くなるかもしれませんが、我慢してください。」
「は・・はい。」
窓から首を出してシャイローゼを見ていたレイミアスは、慌てて引っ込める。
空を飛ぶことさえ初めてなのに、ワープ軌道などと聞いたこともない空間に入るとあって、だれもが緊張していた。
レイミアス、レオン、チキは馬車の中でじっとし、ミルフィーは、近づいてくる黒い空間をじっと見つめていた。


 ーバシュッ!−
その空間に入ったとき、一瞬身体と魂が離れるような感じを受け、吐き気を催した。
が、がまんできないほどではない。そんなことより、周りの景色に目を取られていた。


 シ−−−−−−ン、と静まり返ったその空間は、羽ばたく音も風の音も、何もなかった。
ただ、どこまでも黒い空間が広がっていた。

「こんなだだっ広いところで、方向がわかるのか?」
心配になってきたミルフィーが、主人に聞く。
「大丈夫です。銀王、黒王には、はっきりとわかってますので。」
「じゃー、あんたは分からないわけか?」
ぎょっとするミルフィー。
「そういうことになりますが、彼らが私を裏切ることはないので、大丈夫です。大船に乗った気持ちでいて下さい。」
「大船に・・・ねー。」
それでもまだ多少心配ではあったが、自分がどうこうできるわけでもなく、ミルフィーは黙って2頭の後ろ姿を見た。
「ヒヒヒン!」
「わっ!」
と急に黒王の首が、ミルフィーの目の前に飛んできて、嘶く。
「心配するな!だそうですよ。」
ははははは!と大笑いして、マクロードがミルフィーに言う。
「そ、そうか・・・あはは・・・」
(び、びっくりした・・・)
「どうやらあなたを気に入ったようですね。こんなことはじめてですよ。」
「そ、そうなのか?」
どうしても切り口とその真っ赤な口に視線がいく。
あまりいい気持ちはしない。
「ま、まさか、オレの血がおいしかったんで・・・なんてことじゃないだろうな?」
「さ〜?・・・」
ミルフィーは、マクロードの意味深な笑みに、ドキッとする。
「はははっ!大丈夫ですよ!襲いかかることは絶対ないですから。」
「ヒヒヒン!」
目を細めて笑い、黒王は、胴体のある場所に戻っていった。


そして、馬車は進んでいった。音もなく、行き交うものも何もない真っ黒な空間を。


「オ、オレ・・なんか・・もうこれ以上我慢は・・・・」
どのくらいその空間を進んだのだろう。数時間、いや、半日くらいはたっているような気もした。
どうにも我慢ができなくなったレオンが、真っ青な顔でドアに近づく。
そして、もうだめだと言わんばかりに、窓から外へ吐いた。
「ウゲーーーーー」
「え?吐いてしまったんですか?外へ?」
焦りの色濃く、マクロードが振り返りながら叫ぶ。


「もう!レオンったら!そういうことしちゃいけないのよ?きちんとそこにある樽とか袋とかにするのよ!」
「だけど、馬車の中に吐いたものがあると思うとそれだけでまた気分が悪く・・・う・・・・・」
再び吐き気を催し、急ぎ窓から首をだすレオン。
「あ!危ないですよ!」
マクロードが叫んだときだった。
漆黒の鮫のような巨大な魚が馬車の下の方から突進してきた。
それは、明らかにレオンに狙いを定めていた。
その鋭い歯の並んだ巨大な口を大きく開けて・・・・。
「ひぇっ!」
吐くものもすっこんだレオンは、間一髪のところで、馬車の中へ首を戻した。
−ガシン!−
が、馬車の周りは結界で守られていたのか、その巨大な口は、馬車を囲む目に見えない結界の球体で止まる。
窓越しだが、目の前でその鋭い歯を見たレオンは、馬車の中へ腰砕けになって座り込む。
「な・・なんだ・・・ど、どういうことなんだ?」
慌ててレオンを引き起こすレイミアスとチキ。

「吐物で、魚を釣ったといったところですね。急いで結界を張ってよかったです。」
マクロードが静かに言う。
どうやら、レオンが吐いた時点でこの事態を察し、即結界を張ったらしい。
「つ、釣ったって・・・こっちの方が獲物って感じだぞ?」
レオンが生きた心地のしないといった声で叫ぶ。
我慢してくれ、と言ったのはこういうことなのか。だったら、もっと詳しく言ってほしかった・・と思いながら、レオンは再び突進してくる巨大魚から目が離せなかった。
「なんとかなるんだろ?」
余裕のありそうなマクロードに、レオンは叫ぶ。但し、頭はもう出していない。
「1匹くらいでしたらね。ちょっと荒い運転になりますが、我慢してください。」
「こ、こんなやつがもっと現れるってのか?」
ぎょっとして再び叫ぶレオン。
「単独性の妖魚ですから、また吐かない限り大丈夫でしょう。」
それを聞いて、レオンは・・一応・・・ほっとする。
「そういえば、馬車の外にいる人は大丈夫なんですか?たとえ結界が張ってあるといっても?」
もし、結界が体当たりの衝撃で消滅すれば、まっさきに襲われるのは馬車の外にいる人たちからでは?と心配になったレイミアスが、青い顔で叫ぶ。
「いいんですよ。やつはあまり頭がよくなくてね、吐物を吐いた人しか狙わないんですよ。たとえ、すぐ横に餌があっても。」
「・・・・」
一段と真っ青になったレオンに・・・言い返す言葉はなかった。
「だから、行動は気を付けなくちゃいけないのよ。とくに、こういうことは、その人のモラルを問われるわよ。」
睨みつけるチキに、それとこれとは、少し違うだろ?とは、思っても、レオンはそれを口に出す元気は全くなかった。

そうしている間にも、巨大魚はレオンめがけて、ぶつかってくる。つまり、馬車めがけて。


そして、カーチェイスならぬ、馬車と魚のチェイスが始まった。
そして、マクロードは、手綱さばきも見事に、さっとその攻撃を交わしていく。しかもすれすれで。
時にはその突撃を許してしまうが・・。
こういうことには強いはずのミルフィーも、どきどきはらはらでしっかりと馬車に捕まりながら、緊張した面もちでそのスリルを楽しんでいた。
そして、シャイローゼは、気を失いたくても失えず、身体を丸くししっかと馬車にしがみついて、地獄の苦しみをたっぷりと味わっている。
−ズシン!−
「きゃあっ!」
避け損ない、妖魚の体当たりする衝撃が馬車に伝わる。
1人、しっかとレイミアスにしがみついたチキだけが、ご機嫌のような表情をしていた。





☆★ つ づ く ★☆



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