[パラレル番外編5]

☆★ 銀騎士参上(5) ★☆
-- カルロス死す --


 

 「何してる?!ミルフィー!?」
シモンの死のあと、確かにミルフィーの行動はおかしかった。普段でもそして、ともすると戦闘中でさえ、まるでそこに心がないような状態に陥ることがあった。
激しい戦闘の中、心配のあまりカルロスの叱咤する声が辺りに響く。
その都度、ハッとし、なんとかその戦闘中は敵に意識を集中するものの、再び気もそぞろ・・・・気が付けばふさぎ込んでいるミルフィーがそこにいた。

「ミルフィー・・・・」
そんなミルフィーにカルロスが平静を保っていられるわけはなかった。が、どう声をかけたらいいのか、さすがのカルロスもこの場合躊躇していた。
ゆっくりと回復を待つ。時の女神の優しさに任すしかないだろう、とカルロスは切なさを感じながらそう決心していた。
今はそっと見守っていよう。いつかは・・・気付いてくれるはずだ。自分にそう言い聞かせ、ミルフィーが立ち直ることをひたすら信じ。



「カルロス!?」
シモンの死から数ヶ月が経っていた。ミルフィーはようやくショックから立ち直ったようだった。快活に笑い、誰とでも気さくに話し、そして、剣も元の状態にもどった。普通の人からなら完全に立ち直っているようにみえたが、ともすると口を閉ざし緊張した瞳になるミルフィーに、カルロスだけはまだ完全ではないと感じていた。ピンと張った糸のようで少しでも触れれば切れてしまいそうなほどだと、カルロスには感じていた。それでもそのうちには、と変わらず温かい目でミルフィーを見つめ続けていた。

が、そんな状態の時に事件は起こった。今回ミルフィーが油断していたわけではない。が、相手が悪かったのである。銀龍の意思を受けて来たとはいうものの、生身の人間であることには違いなかった。その生身の人間が、神龍である風龍に立ち向かっていったのである。力の差は・・・・歴然としていた。
風龍の力・・・それは風を操る、いや、この世界では、風そのもの、風の根元。風は風龍の息でもあった。故に、彼に対してミルフィーの風術は一切通用しない。それはとりもなおさず苦戦の上に苦戦を重ねる結果となっていた。

風龍は静かに神殿の奥に佇んでいた。そっと近づき話しかけたミルフィー。何も最初から敵対しようなどとは思っていない。銀龍、金龍の子供でもある神龍なのである。できれば争うことなく世界を守るため、賛同を得たかった。
だが、他の神龍と同じく、人間に嫌気のさしていた風龍も例外ではなかった。
『我を倒し、そなたの決意をみせよ。』
結果、ミルフィーは風龍の守護騎士とそして風龍と戦うことになった。
その戦いの中で、ミルフィーが受けるべき疾風の刃をカルロスが受けたのである。もちろん、全てを・・死を覚悟の上でのカルロスの介入だった。

その一瞬、ミルフィーの目の前でカルロスは目に見えない細い風の刃によって、これ以上ないほどに切り刻まれ、塵と化した。
「カルロス!?」
「行けっ!ミルフィー!」
その瞬間、全ての思考が止まり、身体をも硬直したミルフィーの耳に、カルロスの力強い声が響く。
(カル・・)
その声がミルフィーを動かし、彼女は目の前で今起きたことをはっきり認識しないまま、風龍へ突進して行った。カルロスの声だけが彼女を突き動かしていた。


「カルロス!!」
その勢いで風龍の意思の上をいく風術を駆使して彼を倒したミルフィーは、カルロスの姿を探す。

「ジャミン・・・カルロスは・・・・?」
水龍の騎士、ジャミンの横に塵となったはずのカルロスの身体が横たわっているのを見つけ、ミルフィーは駆け寄る。が・・身動き一つしないカルロスに、ミルフィーは恐怖を感じて近づいたものの、その場に立ちつくしていた。

「身体は元に戻ったわ。」
ジャミンが悲痛な表情で小さく答える。
「じゃ、回復させればいいのね?」
心臓が止まりそうな思いで慌ててカルロスの横に腰を下ろしたミルフィーに、残酷な言葉が降り注ぐ。
「ダメなのよ。・・・魂が離れてしまってるの。」
「え?」
カルロスの顔に手をあてようとしていたミルフィーはびくっとしてジャミンを見上げる。
「回復魔法で身体へのダメージは直ってるわ。蘇生術も試してみたけど・・。」
「けど?」
「反応がないの。」
「反応がないって・・どういうこと?」
すくっと立ち上がりジャミンを見つめるミルフィーの血の気のない顔はまるで死人のようだった。
「すでに黄泉まで降りてしまったのか・・・・ともかく彼の魂の軌跡を辿って探そうと思ったんだけど・・見つからないのよ。どんなに呼んでも応えてくれないの。」
「そんな・・・」
がくっとその場にミルフィーは崩れる。
「後は、ミルフィー、あなたが呼びかけてみて。」
「私が?」
「そう。あなたの声なら彼に届くかも知れない。黄泉にいようとどこにいようと。」

「カル・・ロス・・・・」
ジャミンからゆっくりとカルロスへと視線を移し、ミルフィーは小声でカルロスの名を口にし、胸の上で組まれているその手を自分の両手で包み込む。
「お願い、カルロス。・・逝かないで・・・・戻ってきて!」
必死になって呼びかけるミルフィーの脳裏に、カルロスの姿が次々と浮かんでいた。カルロスの笑顔、小憎らしいような余裕なその笑みでミルフィーをからかうカルロス。そして、気付くといつもさりげなく後ろに控えているカルロスは、確かにミルフィーの心の中に住んでいた。その暖かい微笑みと力強い声、それに何度助けられただろう。
ミルフィーは心の中で必死になって呼びかけながらそれらのことを思い出していた。
(このままカルロスが逝ってしまったら・・・私は・・・・)
この絶望からは立ち直れない、とミルフィーは感じていた。


「カルロス!!」
数十分?数時間?・・・・ともかく、ミルフィーの声を聞いたカルロスは、ゆっくりと目を開けた。
「ミル・・フィー・・・?」
重く力のない声でカルロスはすぐ目の前にいたミルフィーに声をかけながら、麻痺し思うように動かせない腕をあげて、彼女の頬に手をすべらす。
「オレは・・・助かったのか?」
「そうよ、カルロス。助かったのよ。」
泣くことも忘れてカルロスを呼び続けていたミルフィーの瞳から、ようやく涙がこぼれ始めていた。
「なんだ・・泣いてるのか?」
「だって・・・・」
ミルフィーの後ろでじっと2人を見つめていたジャミン、ラード、そしてセイタもほっとすると同時に瞳には涙が浮かぶ。
「ミルフィー?」
少しだが、今必要としている力くらいはなんとか入ると判断したカルロスは、ぐっとミルフィーの顔を自分の顔に近づけさせ、ミルフィーがその事を意識しないうちに唇をあわせる。
−ビッターーン!−
「なにするのよ、カルロス!」
当然のように、唇が合わさったその瞬間、その状態を理解したミルフィーのビンタが飛ぶ。
「ま、まったく・・・死にかけてたなんて思えないわね?!」
ざっと勢いよく立ち上がってミルフィーはカルロスを睨む。
「無事生還したという確証がほしくてな、つい。」
「『つい』じゃないでしょ?ついじゃっ?!」
「じゃー、お姫様の呼び出しに応じてあの世から帰参した騎士にご褒美のキスということでいいんじゃないか?」
「な・・・?ど、どうしてそうなるのよっ?!」
−ぷっ・・・・くくくくくっ・・・・・−
少し前まで真っ青だった顔を一気に真っ赤に染めて怒鳴るミルフィーとまだ身体は動かせないものの、余裕の笑みで彼女を見上げているカルロスに、ギャラリー3人は吹き出していた。

火の元過ぎれば何とやら・・・ミルフィーの態度はいつもの態度に戻っていた。
カルロスへの想いははっきり自覚したミルフィーではあったが、今更という感もあった。そう、恥ずかしくて今更そんな殊勝な態度はとれなかったし、それに、そんな態度をとれば、カルロスが図に乗ってなにを言い出すか、どういう態度に出るか分からないからでもある。いや、分かり切っているから恐いのである。そしてそれは、ミルフィーに不利なことも確か。


「よくは覚えていないんだが、周囲一面、きれいな花畑だった。」
「花畑?」
風龍とのことも落ち着き、次の目的地へ移動するその道すがら、並んで歩きながらカルロスはミルフィーにその時のことを話していた。
「ああ、それでな・・・その花畑の真ん中に池があって。」
「池?川じゃなくって?」
「ああ、池だった。底まで透き通ったきれいな池でな・・その対岸に・・・」
「対岸に?」
ミルフィーから前方に視線を移し、カルロスは少し間をおいてから続けた。
「ミルフィアがいた。」
「え?」
ドキッ!大きく鼓動した心臓に痛みを感じ、ミルフィーはカルロスの横顔から視線を背ける。
「花を摘んでいたな。花冠でも作っているらしかった。」
「ミルフィア・・・・」
「声をかけたんだが、聞こえなかったらしく、ミルフィアは彼女に近づいてきていたミルフィーを見あげて微笑んでいた。」
説明を聞くまでもなく、それは兄のミルフィーなのだと分かる。
「で、急ぎ足でミルフィアのところへ行こうとした時・・誰かがオレを呼ぶ声が聞こえたんだ。オレの後ろから。」
「声?」
「ああ。」
再びミルフィーを見たカルロスの視線で、その声が自分の声なのだとミルフィーは悟る。
「戻らなくては!そう思いながら今一度ミルフィアの方をオレは見た。」
「・・・・」
少し悲しげな表情になったミルフィーにカルロスは暖かく微笑んでから続けた。
「今度はオレに気付いてくれた。」
「そ、そう・・・・」
「2人は微笑みながら、戻れ、とオレの後ろを指さしたんだ。」
はっとしてミルフィーは再びカルロスを見る。
「後ろを?」
「ああ。オレが頷くと、それに満足したように、2人の姿はそこから消えた。」
「消えた・・・。」
「で、気が付いたら、お前の顔がすぐ目の前にあったというわけだ。」
「そ、そう・・」
「・・ミルフィー?」
「何?」

−ビッターーン!−
動揺している間に、ミルフィーの頬にはいつの間にかカルロスの手が添えられていた。そして、当然の如く、またしてのどさくさ紛れのキスに、ミルフィーの平手が飛んだのである。
「ははは・・・あまりにも寂しそうだったものだからな・・つい・・・」
「寂しそうだったからって・・・なにもキスすることないでしょ?」
「それはお前がいけないんだぞ、ミルフィー。」
あくまでカルロスは余裕たっぷりであり、ミルフィーは狼狽していた。
「な、なによ、それ?」
「最近ガードが緩みっぱなしだぞ?してくれって言ってるようなものじゃないか?」
「カルロス!・・わ、私がいつ・・・・」
「ははははは!」
高らかに笑い、カルロスはぎゅっと握った両手を振るわせてその怒りで無意識に立ち止まってしまったミルフィーの先を歩く。

「どうした?」
数歩歩いたところで、止まったまま歩いてこうようとしないミルフィーを振り返ってカルロスが笑う。
「リクエストなら喜んで応じるぞ?」
「え?」
「少しは慣れてきただろ?そろそろ本物が欲しいんじゃないか?」
「え?」
−ククっ・・・−
きょとんとしているミルフィーにカルロスは思わず小さな笑いをこぼす。ミルフィーらしいと言えばらしい。
「想いの丈を込めた熱〜い大人のキス。」
「カルロスっ!」
茹で蛸ミルフィーの怒りの声が辺りに響いていた。


 
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*この話は、『金の涙銀の雫』本編とも関係なく、パラレル金銀ワールドでのお話です・・たぶん(笑*


 またしても突っ込まれる前に・・・(笑・・・
「ミルフィー&ミルフィアは死んでる訳じゃないだろ?」
・・・はい、ごもっともです。
ただ、これが果たして本当に黄泉(あるいは霊界)でのことなのか、つまり臨死体験なのかどうかも分からないのです。
ということで、多分にカルロスの意識というか希望というか、夢のようなものという可能性もあるということで、あの2人の思いがけない登場となったとご理解下さい。<こじつけだな・・・。/^^;


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青空#147