☆★ その125 恋愛道それぞれ ★☆
-- 恋とはなかなかうまくいかないもの --


 

 「カルロス、どうだった、彼女?」
「ああ・・・きちんとした稽古じゃないというのは本当だな。だが、荒削りだが一人で聖魔の塔を探検していただけはある。大した腕だ。基本さえ押さえればかなり上達するぞ?」
「そう?すごいわね?」
「ミルフィーの方がもっとすごかったがな?」
「だって、カルロスと出会った時の私の方が年上よ。それに、それまで結構いろいろあったから。冒険は一生分したって感じだったし。」
「異世界やらなんやらあったらしいからな。」
「ええ、そう。基本はお師匠様にみっちりたたき込まれていたし。」
「なるほど。」


冒険へ出かける前に、ミルは剣の指導をカルロスに頼んだ。それは我流の剣では、今以上の上達は難しいだろうと判断したからだった。できれば他人に頼りたくない彼女は、少しでも強くなることを願っていたからである。今の状態ではどうあっても、何度断ろうともフィーの同行は決定的だった。だから、ミルとしては、少し出発を延ばしてでも、腕をあげておきたかった。できるものならフィーより腕をつけたい、それが彼女の本心だった。決してフィーが気に入らないということではなかったが、守られるより守る、少なくとも自分自身は自分の手で守りたい。人の手は借りたくない、それが彼女のポリシーだった。幼いときから少年のなりをして家計を助け、そして両親が亡くなってから必死で妹を見てきた彼女のそれが生き方だった。


−カキーーン!−
「しまったっ!」
−パチパチパチ−
それから数ヶ月後、ミルは見事にフィーから1本取っていた。
「温室育ちと野生児の違いかな?」
「確かに生活の苦労はしてないが、剣に関しては厳しく指導したつもりだぞ?」
ちょうど遊びに来ていて、その手合いを一緒になって見ていたレオンのつぶやきに、カルロスが抗議する。
「あ・・悪い。そういう意味じゃないんだ。その・・・一人で塔まで行ったあの子なんだ、体力的にも精神的にもかなりできあがってるだろ?おそらく年齢以上に。」
「ああ、まーな。」
「フィーの訓練が厳しかったのはオレでも知ってるさ。ただ、訓練と否応がなしに降りかかってくる現実の中での体験とでは違うものがあるってことさ。あんたも知ってると思うが。」
「・・・そうだな・・・。」
「ま、気にしなくていいんじゃないか?体力的に男女の差がぐんと出てくるのはこれからだろ?今はあまりかわりないからこういう結果が出たとしても、この先成長していけば・・」
「はははっ・・・大丈夫だと思うか?」
「さーてな、どうなんだろうな?・・・・ミルフィーそっくりだからなー。顔だけじゃなくあの負けん気の強いところなんてとくに。」
「だろ?」
「本当にまるでミルフィーが過去から飛んできた感じだもんな。」
「そうだな。」
「カルロス、間違っても息子の相手に手をだすなよ?」
「おいおい、レオン・・いくらなんでもそんなことは・・・」
「分からんぞ。あれは完全にミルフィーだ。」
あんたの趣味だからな、とレオンの目は言っていた。
「レオン!」
冗談もほどほどにしろ!とカルロスは思わず面白そうに話すレオンを睨む。
「完全にミルフィーがどうしたの?」
「あ・・・い、いや・・なんでも・・・・」
タイミング良く(?)飲み物を持って現れたミルフィーに、カルロスは不必要なうろたえを覚えながら答える。
「どうしたの?」
「なんでもないさ。」
じっと自分を見つめたミルフィーに、カルロスは努めて普通の笑顔を見せる。
「二人で私の悪口言ってたんでしょ?」
「ミルフィーの悪口を二人で言うわけないだろ?だいたいちょっとでもそんなこと言ってみろ?鬼のような顔して睨み付けるぞ?」
レオンは顎でカルロスを指しながら、いつもの明るい微笑みでミルフィーを見る。
「そう?」
「そ。これがまた恐いんだって。」
「レオン・・・」
いい加減冗談はよしてくれ、というようなカルロスに、レオンは笑った。

「休憩にしましょ。軽くつまみながら。」
「あ、はい。」
試合の結果にいかにも満足そうに、ミルはにこやかに返事をする。そして、負けたフィーは・・・少し渋い顔をしながらもみんなのいるベンチへと歩み寄った。


「父さん・・」
「ん?なんだ?」
「オレ・・・」
その夜、バルコニーでゆったりとワインを楽しんでいたカルロスの傍に、元気のなさそうなフィーが近寄って来た。
「呑むか?」
フィーはそれまでアルコールは口にしたことはなかった。一応剣士として魔物退治などもしている。それは一人前と認められていると言うことであり、呑んでも誰に咎められることでもないのだが、どうも気が進まなかったフィーは、一緒に冒険する仲間が呑んでも付き合ったことはなかった。
「つきあいも必要だぞ?冒険者にとっては潤滑油だな。ま、たまには喧嘩の元にもなるが。」
「あ・・・うん。」
ココッっとグラスに注がれていくワインをフィーはじっと見つめていた。
「気にするな。」
「父さん・・・」
「彼女は野生児だからな。しっかりしてるぞ?そんなことでいちいち落ち込んでいてどうする?」
温室育ちと言われても仕方ないか、とカルロスはつい思った。
「だけど、父さん・・・」
「オレなんか母さんに一度も勝ったことがないぞ?」
「え?だ、だって、父さん?」
自分より強いから、だから安心して剣を、鎧を置いた、といったミルフィーの言葉を思い出し、フィーは耳を疑った。
「自然と力が抜けるものさ、惚れた相手には。」
「父さん・・・・」
負け惜しみとも言えるな、とカルロスは自分でも思っていたが、それも本当だとも感じていた。
「そうだな。・・・久しぶりに真剣勝負でもしてみるか・・・オレも腕がなまりそうでいかん・・最近は冒険にも行かなくなってしまったしな。」
「え?ぼ、ぼくと?」
「いや・・母さんと。」
「え?」
「オレの負けっぷりをみせてやろう。」
「ええー?」

「あら、珍しいのね。いつの間にお酒を覚えたの、フィー?」
「あ・・・き、今日が初めてだけど。」
答えたフィーににっこり笑うと、ミルフィーはその笑顔をカルロスに向ける。
「良かったわね、カルロス。ようやく、息子と男同士のつきあいができるようになって。」
「そうだな。で、久しぶりにやらないか?」
「え?何を?」
傍らに置いてあって剣を、カルロスはミルフィーに差し出す。
「え?・・・な、な〜に、急に?」
「いいから!」
「だって、カルロス、酔ってるんじゃ?」
「まだ口を付けたところだ。」
「で、でも・・・・」
ちらっと横のフィーを見たミルフィーにカルロスは真顔で言う。
「真剣に勝負したい。聖母のようなお前もいいが、時には剣士のお前と対峙したい。」
「カルロス。」
「そこに惚れたんだしな。」
「もう!カルロスったら!」
子供の前で、とミルフィーは顔を赤くしながらも頷いていた。
剣士としての真剣勝負は、心身共にリフレッシュ感がある。その緊張感上でのカルロスとの心の触れあいは、他では得られない満足感があった。同じ剣士だからこそ感じることができる満足感が。
「いいの?久しぶりだから、手加減できそうもないわよ?」
「それはオレのセリフだ。」
「怪我してもしらないわよ?」
「死なない程度ならかまわんさ。」
「・・・・・そういうこと言うから、いつもお流れになってしまうんじゃない?」
「そうか。では・・・オレも真剣に行こう。多少の怪我はお互い覚悟の上で、ではどうだ?」
「珍しいこと言うのね?どうしたの、本当に?」
「たまにはいいだろ?」
「そうなんだけど・・・」

「なんだ、勝負するってか?」
一緒に酒を呑もうとちょうどそこへ来たレオンが呆れる。
「昼間の勝負に刺激されたか?」
「かもしれんな。」
笑ってカルロスはレオンに答えた。

「どうしたんだ?何かあったのか?」
「どうしたの、こんな遅くから?」
庭に灯された篝火に気づき、フィアとミルが部屋から出てくる。他の3人の子供たちはすでに深い眠りに入っていた。
「え?」
その二人にし〜っと指を立てて、レオンは目でカルロスとミルフィーを指す。

「す、すごい気だ・・・・・」
思わずミルが呟いた。昼間の自分たちの勝負とは比べものにならない迫力があった。
「おじさんとおばさんって愛し合ってるんだよね?」
そっと隣に立っているフィアに聞く。
「ええ、そ、そのはずなんだけど・・・・」
そこに立つミルフィーは、いつも見慣れたカルロスに押され気味の彼女ではなく、魔龍と対峙した時の真剣な表情の彼女だった。
「今は純粋に剣士なんだよ、二人とも。」
「え?」
小声で振り向きもせず言ったレオンの言葉に、あとの3人は納得しながらも息を飲んで見つめ直す。

−ザッ・・ガキン!−
しばらく見つめ合ったいた後、火花散る剣の交差が始まった。
−ギン!・・グググッ・・・−
「やはり真剣勝負はいいな。」
「そうね。」
−ザッ・・カキン、キン!ガキン!シュッ・・ガチッ!−
周りの空気を切り裂きそうに鋭い太刀筋を描いて交差する剣は、その勢いでおれそうなほど軋み、音を立てる。
「で、ホントにどうしたの、急に?」
「いや、お前の剣と触れ合いたかった、それだけだ。」
−ギン!−
「忘れられてるのかと思ってたわ。」
「・・・・フィーばかりだからか?」
「そうよ。じゃじゃ馬は卒業しろ、なんて言われたし。」
「それは言ったが、オレがお前のこの剣を、この充実感を忘れるわけないだろ?」
「そう?」
「ああ。この感触は、お前の剣とでしか得られないからな。」
「嬉しいわ、カルロス。」
−ザッ・・・ギン!−
「でも、勝負は勝負よね。」
「ああ、そうだな。」
−ザッ・・・・−
大きく間合いを取ると、二人ともぐっと剣を握り直す。その鋭い視線で互いに相手を見据える。
「げ・・・な、なんだ、今日は・・・これ以上本気出してやる気か?」
二人のその雰囲気に、レオンは焦る。
「軽い傷じゃ済まなくなるぞ?一体どうしたんだ、二人とも?」

し〜〜んと静まり返った緊張感が辺りを支配していた。
勝負は一撃で決まると誰しも感じていた。が、その一撃がどの程度なのか、それが心配にもなった。

−タッ・・−
二人同時にそれは開始された。そして、それと同時に・・・・
−ゴゴゴゴゴ・・・−
「え?」
「ミルフィー!」
「わわっ!」
「ミルっ!」
「きゃっ!」
地響きと共に、大地が大きく揺れ始め、その中でカルロスはミルフィーを、フィーはミルを、そして、ちょうど相手がいないので、レオンがフィアを、それぞれ覆い被さるように抱きしめて庇っていた。

「め、珍しいな地震とは?」
「地精が怒ったのかしら?」
揺れが止まってから、こわごわ辺りを見回す。
「やりすぎだって、きっと止めに入ったんだろうよ?」
レオンがフィアを気遣いながらカルロスとミルフィーに微笑む。
「大丈夫か、ミル?」
「あ・・うん・・・ありがとう。」
「・・・良かった。」
素直に礼を言ったミルに、フィーは少し戸惑いながらも嬉しさを感じて見つめる。
「だけど、これとそれは関係ないからなっ!」
「何が?」
「いい加減離せよ。」
フィーの腕はまだミルの身体を離していなかった。
「あ・・・ご、ごめん・・・」
ミルの言葉に弾かれたようにフィーは彼女の身体を離す。
「・・・どこかで聞いたようなセリフだな・・・・・」
そう呟くと、カルロスは自分の腕の中にいるミルフィーを少し意地悪な輝きを含んだ目で見つめる。
「結構関係してたんだろ?」
「さ、さ〜?・・・どれとどれなのか・・・」
ミルフィーはとぼけていた。


不思議と揺れたのは庭だけのようだった。神殿は何事もなかったように静かだった。もし、同じように揺れたのなら今頃大騒ぎしているはずだった。

「やっぱり地精の仕業?」
「・・・おそらくな。」
「やりすぎなんだって、二人とも。」
「はは・・・悪い、久しぶりだったものでな、歯止めが利かなくなってた。」
「歯止めが利かなくなってたじゃ済まないぞ、あんたたちの真剣勝負は?」
「ごめんなさい、レオン。心配させちゃって。」
全員バルコニーに置いてあるテーブルについて笑っていた。
「でも、すごかった。・・・オレもあんな風になれるかな?」
ミルが夢みるような目をして呟く。
「なれるよ、きっと。君と、そしてぼくなら。」
「え?」
ミルは驚いてフィーを見、それと同時に一気に顔を赤く染めて焦る。
「な、なんでオレとあんたなんだよ?」
「あんな風になりたいんだろ?・・だから将来のぼくと君ということでいいんじゃないか?」
「じ、冗談っ!オ、オレはなー・・オレの言ってるのは、あんな気を発するような剣士になれたらって言う意味だよ!」
「んーー・・だから、相手がいるからこそできるんだよ、あれも。」
「う・・・・・・・だ、だけど、別に相手があんただとは限らないだろ?」
「そうだな・・・魔物との戦闘の時もあるし・・・だけど、敵でない相手は、ぼくであってほしいな。」
「そ、そんなこと分かるわけないだろっ?」
「どうして?」
「どうしてって・・・・よ、世の中の半分は男なんだからな、オレがあんたを好きになるとは限らないだろ?」
「いや、いつかそうなる。君の相手になれる剣士はぼくしかいないはずだ。」
「・・・・・」
どう言い返そうと余裕な微笑みで優しく見つめるフィーに、ミルは言葉を失う。
同じテーブルについていたミルフィーたちは、その雰囲気に、そっとそこから離れていた。
「ミル・・・」
そっとその頬に手を添え、フィーは自分の唇を彼女のそれに近づける。
−ビッターーーン!−
せっかくミルフィーたちが遠慮したのだが、予想した展開の代わりに部屋中に響く平手の音がし、全員思わず自分が叩かれたような感じを受け、びくっとする。
「お、同じ手は二度とくわないからなっ!」
そして、真っ赤になって怒ったミルはその部屋から足音も荒く出ていった。
「あ・・・ミルっ!」
その後をフィーは慌てて追いかける。
「ごめん・・・き、君があんまり可愛かったから、つい・・・。二度と自分勝手なことはしないよ。・・ね、・・・ミル・・・待ってくれよ、ミルっ?!」

「訂正・・」
「何を?カルロス?」
「ミルフィーよりきついな、彼女。」
「カ、カルロス・・・」
「オレも同感。」
「レオンまで・・・・」
「フィア?」
「なーに、お父様?」
「フィーに言っておいてくれ。気を引き締めてかかれ、とな。」
「お、お父様・・・・」
「諦めたら終わりだ。男なら意地でも落とせ。頑なだった分、落とせばそれ以上にあとはこっちのもんだ。」
「お、お父様ったら・・・・」
「カルロス、あなた、娘になんていうことを言うのっ!?」
「それって・・・私にも当てはまる?」
「え?」
ミルフィーもカルロスもフィアの言った意味が分からずじっと彼女を見つめる。
「だって・・・レイムったら、用事が終わったらさっさと大聖堂へ帰ってしまうし・・・キスだってまだ一回もしてくれないんですもの・・・。」
そこまで一気に言って、自分が何を言ったか気づいたフィアは真っ赤になる。
「あ・・・お、おやすみなさい・・・・・」
そしてそのまま部屋から走り出ていく。

「もう一人、ミルフィーより上手な奴がいたか・・・。」
「え?どういうこと?」
「純なのもいい加減にしてほしいな。いくつになったんだ奴は?」
「奴って・・・カルロス・・・・」
「神官だか僧侶だか知らないが、独身でいろという規則はないんだぞ?・・・オレの気が変わらないうちにはっきりさせておかないと、どうなるかわからないぞ?!」
「カルロス・・・」
思わずミルフィーはくすっと笑う。
「なんだ?」
「あ、ううん・・・ただカルロスも父親だったのねって思って。」
「当たり前だろ?・・・こっちは百歩譲ったっていうのに・・・気にくわん・・・オレの娘に寂しい思いをさせるとはいい度胸だな、レイムも。」
「カルロス!」
「ははは・・。だけどなー・・・レイムとフィアか・・・いくつ違うんだ?」
しみじみと考えるようにレオンが言う。
「えーと、そうね、私より一つ下だったでしょ・・・・で、フィアが15だから・・・」
「20近く違うのか?・・・・いいな、若い嫁さんで・・」
「そうだな。逆の立場から考えると羨ましいとも言えるな。」
「カルロスっ!」
「おおっと・・・」
ミルフィーの怒った顔に、カルロスはつい口にしてしまった失言に焦る。
「どうせ私はトウがたった古女房よっ!」
「あ、おい、そういう意味じゃ・・・ミルフィー!!」

「相変わらずだな・・・・『落とせばそれ以上にこっちのもん』って、実証されてないじゃないか?」
さっさと部屋を出ていったミルフィーをカルロスは慌てて追いかけていき、部屋に一人残ったレオンは昔のことも思い出しながら笑っていた。


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