☆★ その120 魔龍との戦い ★☆
-- どど〜〜んと時は飛び・・・(爆)・・・二人の子ども、フィーとフィアが成長して・・・。 --


 

 「お母様っ!・・フィーが・・・フィーが・・・・!」
「どうしたの、フィア?」
温かく日差しが窓から差し込む穏やかなある日、神殿の一角にある自分たちの住まいでのんびりしていたミルフィーの元に、真っ青な顔をしたフィアが飛び込んでくる。
「あなた、今はまだお務めの時間でしょ?」
「そ、そんなこと私がいいといったらいいのよ。・・・じゃなくて・・フィーがフィーがっ!」
「落ち着きなさい!大丈夫だから落ちついて話してちょうだい。」
ミルフィーはフィアの肩をそっと抱きしめやさしく言う。
「でも・・フィーが・・・フィーが・・・・」
ひたすら取り乱すフィアに、ミルフィーもただごとではないと感じる。よほどのことでもない限り、フィアがプライベートタイムでもないのに巫女の部屋から出てくるようなことはしないはずだった。

「フィーが・・・・どうしたの?」
不安を覚えたが、フィアの手前ミルフィーは微笑んで聞く。
「あの・・・本当は黙っているように言われたんだけど・・・・」
「フィーに?」
こくんと頷くと、フィアは続けた。
「ここから10kmほど先の谷にある水晶の洞窟に、魔龍が現れたって聞いて・・・それで・・・フィーは魔龍の退治に行ったの。」
「え?・・それって北東の炭坑のある洞窟?」
「ごめんなさい、お母様に話さなくて。退治して欲しいって言う嘆願書が3日ほど前にあったの。お母様に話すより早くフィーに話したら・・・腕試しにちょうどいいからって・・・大丈夫だからって・・・」
「フィアっ?!」
どきっとして思わずフィアの肩に添えていたミルフィーの手に力が入る。
「そんな強力な魔物だと思わなかったの、私。だって・・聖魔の塔じゃないんですもの。・・・・この辺りのはぐれ魔龍くらいならフィーでも・・・・」
青い表情を一層青くし、フィアは全身を振るわせ、涙を溜めてミルフィーを見つめる。
「フィー一人で?」
「ううん・・・村の青年剣士数人と。」
「なぜ神殿の兵士に頼まなかったの?守護騎士は離れられないけど、兵なら・・・って、そんな事言ってる場合じゃないわね。」
「お母様・・私、どうしよう・・・フィーが、フィーが・・・」
「フィーが見えるの?」
「ええ、少し前、ちょうど、フィーの呼び声が聞こえて・・そうしたら、私、いつの間にかフィーの所へ飛んでたの。フィーと重なったような感じになって・・・目の前に恐ろしい魔龍が・・・大きな・・・数メートルあるような巨大な龍が、瘴気と悪意と・・・敵意に満ちた鋭い目で睨んでいて・・・」
「フィアっ!」
ぐっと肩を持つ手に力を入れ、不意にきつく呼ばれたフィアはびくっとしてミルフィーを見る。
「しっかりしなさい!いいわね、心が通じているのならフィーを勇気づけるのよ!」
「お母様!」
すっと立ち上がると、ミルフィーは長い髪を一つにまとめ、手早く着替え始める。
「お母様?」
バチっ!パチン!と手際よく鎧を身につけていくミルフィーを、フィアは呆然として見つめる。
「カルロスの留守に、フィーに何かあったりしたら・・・・」
運悪く、カルロスは緋の神殿の守護騎士から相談事があるとかで呼ばれており、珍しく留守をしていた。
そう呟きながら、ミルフィーは最後にぐっと剣を腰に差す。
「後は任せておきなさい。イシルとルードを頼むわね。」
「あ、はい、お母様。」
その颯爽たる剣士ぶりに、フィアは驚くと同時に安堵感を覚えていた。
いつも優しく穏やかで温かい笑顔のミルフィー。そして剣を握った時の真剣な表情は知っていたが、これほど緊張感を漂わせて立つミルフィーは初めてだった。
そして、颯爽たる鎧姿も初めて目にすることだった。
「怪我をしているといけないから、救護隊を谷へよこすように神官に言っておいてちょうだい。」
「あ、はいっ、お母様。」

−ドカカッ!−
そして、神官や兵が何事かと驚きの目で自分を見るのも構わず、ともかく一刻も早く行かなければ、とミルフィーは説明もせず、一番俊足の馬に飛び乗り谷へと向かった。

「フィー・・・腕はそれなりだけど・・あなたにはまだ実践が足らないのよ。最初から魔龍なんて無茶すぎるわ!」
風を切って森を駆け抜けるミルフィーの心は、フィーの元へと飛んでいた。心臓が止まりそうなほど心配だった。


そして・・・・・
「フィー・・・大丈夫か?」
「あ、ああ・・・なんとか・・・・」
洞窟内の岩陰に身を潜めていたフィーと剣士仲間、キタは声を掛け合う。
「ヤルガとルーオは?」
「・・・わからない・・・向こうの岩陰にでも逃げ込んでいればいいんだけどな・・。」
フィーは13歳。そして剣士仲間であるキタ、ヤルガ、ルーオは、共に15歳。フィーの腕は大人にも負けてはいない。そして他の3人も一人前の剣士としてあちこちの魔物の退治などを引き受けていた。
が・・・今回の魔物は・・やはりはぐれ龍とはいえ、龍は龍だった。洞窟の奥にあった地の裂け目。その広い空間に魔龍は潜んでいた。そして、数週間前から水晶を掘り出しに来る坑夫を襲い、糧としていた。

彼らの剣による攻撃などその分厚い鱗で止められた。多少使える術による攻撃でも全く効き目がない。炎も水もそして風術もその鱗で無に帰されていた。
「逃げ道も・・・・なくなってしまったな・・・」
ここへ通じていた洞窟は戦いの時の衝撃でふさがってしまっている。それに、そこまで行くには魔龍の目の前を通らなくてはならない。
「くそっ・・・・・」
「ガオオオーーーン!」
一応は攻撃された魔龍は怒り狂い、その張本人を捜していた。手当たり次第壁を崩し、隙間を見つけると、その中に隠れていないか目をぎらつかせてのぞき込む。
「どうしたらいいんだ・・・・」
−ガラガラガラ・・・−
近くの岩壁が崩れ、フィーとキタはどきっとする。
−ズシン!・・ドシン!・・・・ズン!−
魔龍の足音と、破壊していく音が地底に響いていた。
「もう・・ダメなのかな・・・逃げ道は・・・?・・フィア・・」
「フィーっ!頑張って!諦めちゃダメっ!」
「え?」
思わずフィアの名を呟いた時、彼女の声が聞こえ、思わずフィーは周囲を見渡す。が、勿論いるわけではない。頭の中へ声が届いているのだとフィーは気づく。心と心で話しているのだと。
「フィー、頑張って!お母様がそこへ向かったから。だから後少し、頑張って!」
「え?母さん?・・・父さんじゃなくて?」
そういえば、留守だったとフィーは思い出す。
「頑張って、フィー!」
「わ、わかった・・・・」
不安がなかったわけではなかった。手助けが来ると言うことでほっとはしたが、正直カルロスでなくミルフィーだと言うことに、フィーはいまいち不安を覚えていた。
若いとはいえ、自他共に認められた腕のある友と来ている。自分だって剣の腕は自惚れではなく結構あると思っていた。そして、自分こそ経験はないが、彼らはそれなりに魔物退治もしている。それがこの状態であるのに、いくら大人とはいえ、女であるミルフィーで大丈夫なのか、同じ結果になりはしないか、と思っていた。勿論フィーもミルフィーの剣の腕は一応知っている。一応というのは、周りから聞いた話から。そして、確かに腕はあるとは感じても、カルロスの厳しすぎるほどとなっていた稽古と異なり、軽く相手をしていただけのミルフィーからは・・・それが本当なのかどうか分からなかった。

−ドーーーン!−
そんな事と近づいてくる龍の咆吼と足音に心臓が止まる思いでびくついていたフィーとキタの耳に爆発音が聞こえる。

−ガラガラガラ・・・−
隠れていた岩壁の隙間から音のあいた方、坑道に続いていた洞窟、ふさがっていたそこを見る。
勢い良く立ち上がった爆炎と砂煙が落ち着くと、そこに剣士姿のミルフィーが立っていた。
「母さん?!」
「え?お前のお袋?・・・巫女様?」

その爆発音で気づいたのはフィーとキタだけではなかった。魔龍ももちろんのこと、ミルフィーのその姿をその目に捕らえていた。


スラリと剣を抜き、じっと自分を見つめているミルフィーを、魔龍は嬉しそうに目を細めて見つめかえす。

「な、なんだ・・・・動かないぞ。」
そのまましばらくミルフィーと魔龍は見つめ合っていた。まるでお互いを確認しあうかのように。
そして・・・

「ガオオオオ〜〜〜〜ン・・・・」
辺りに響き渡る咆吼と共に、魔龍は嬉々としてミルフィーに攻撃を開始した。
それは、獲物ではなく、好敵手と対峙できることへの喜び。
「そう・・・・そういうことなのね・・。」
その龍の意識を読みとり、ミルフィーは悲しそうに微笑むと、彼女もまた攻撃を開始する。闇へ帰りたい、自分を帰してくれる相手を魔龍は、待っていたのだとミルフィーはその瞳から読みとっていた。

「風精よ・・・」
−シュオン!−
−ズズン!−
魔龍の巨大な前足がミルフィーを打ち付ける前に、風に乗ったミルフィーは高く舞い上がる。
−ゴオッ〜〜〜!−
そのミルフィーに間髪入れず炎を吐く。
「母さんっ!」
「巫女様っ!」
咄嗟にそこから出ていこうと2人は思った。が、手に何もなかった事に気づき、力無く立ちつくす。

−ジュオン−
が、火が消えたそこには、水獣と共に立つミルフィーの姿があった。
−タン!−
−ガキッ−
魔龍の前足が、その鋭い爪が、風の手から飛び降りたミルフィーを襲い、ミルフィーは剣でそれを受け止める。

「か、母さん・・・・」
その迫力に、全身から放つ闘気に、フィーもキタも唖然としていた。いつも優しく微笑んでいるミルフィーからは到底想像ができなかった。
「お、お母様・・・・」
フィーの目を通し、その心を通して同じように見ていたフィアも、それには目を見張って驚く。
恐いほどに厳しく、静かに龍を見据えている瞳。全身に闘気のオーラを纏ったミルフィーからは一瞬の気の隙間もない。

一踏みで圧死してしまうはずのその龍の足を、ミルフィーは剣で止めていた。
−ズズン!−
その剣に一瞬それまでを上回る力を入れ、ほんの少し足を上げさせると同時に、その場から身をかわし、ミルフィーは風精の力を借り、高く飛び上がって反撃に入る。
「ギャオオオーーーーー・・・」
片目に大きく切り傷をつけられ龍は叫び声をあげ暴れる。
−タンッ・・シュタッ!−
手負いとなった龍の滅茶苦茶な攻撃を、前後左右に避け、時には剣で交わしながら、ミルフィーは次々と攻撃を繰り返していく。
−シュピッ!−
「ギャオオオーーーンンンン・・」
フィーとキタ、そしてフィアの目の前で、信じられないようなミルフィーの戦う姿が繰り広げられていた。


−タッ・・・・・ズン!−
「ンギャァァァァァァァ・・・・・」
高く舞い上がったミルフィーの剣を深々とその眉間に受け、魔龍は最後に今一度大きく叫ぶとその場に崩れ落ちた。
−ズズン!−
−スタンッ!−
「母さん!」
「巫女様っ!」
−ズゴゴゴゴ・・・・・ガラガラガラガラ・・・・−
「崩れるわ。早く脱出しないと!」
龍との戦いで洞窟は崩れようとしていた。ミルフィーは駆け寄ってきたフィーとキトに早く脱出するよう目で促す。
「でも・・」
まだ仲間がいると目で訴えたフィーに、ミルフィーはすっと目を閉じて、神経を集中すると呪文を唱えた。
「地精よ・・・我が友よ・・・そして、風精よ・・・・」
−ガラガラガラ・・・ふわっ・・・ふわり・・・−
がれきの下から2人の身体が次々と浮かび上がった。
「ヤルガ、ルーオ!」
「早く!」
「は、はいっ!」
フィーとキタは疲れはてていた身体に今ひとたび力を振り絞って、それぞれ一人ずつ背負うと、坑道へと続く洞窟を走った。


「フィー様!キト!」
坑窟から出ると、ちょうど到着した救護隊の神官や神殿兵が駆け寄る。
「巫女様は?」
そして、最後に出てきたミルフィーの姿に、全員ほっとする。

「ヤルガとルーオの怪我は?」
「あ、はい、巫女様、ひどく怪我をしておりますが、命までは別状ございません。」
「そう、よかったわ。」
にっこりと笑ったミルフィーは、いつもの彼女の表情に戻っていた。
「母さん・・・・」
傷の手当を受けながら、フィーはじっとミルフィーを見つめていた。
「お母様・・・」
そして、同じく神殿でも、フィアがようやくほっとした面もちで、その様子を見ていた。勿論フィーの目を通して。


「ミルフィー」
「お帰りなさい、カルロス。」
「ただいま。」
それから数日後、カルロスは藍の里へ帰ってきた。
「なにやら大活躍したそうだな、ミルフィー?」
ミルフィーを抱きしめ、熱く口づけをしたあと、カルロスは苦笑いで言った。
「え?・・・あ、ああ・・・・魔龍のこと?」
「そうだ。オレを見つけるなり、フィアとフィーが興奮したように話してくれたぞ?」
「あら、もう二人には会ったの?」
「ああ、入口でな。オレを待っていたみたいだ。ずっと話したくてうずうずして目を輝かせて待っていたみたいだったぞ。あとはもう興奮冷めやらずだな・・・立て板に水っていうのはあの事をいうんだろう。いかにお前がすごかったか、その戦う様がどれほどすごいものだったか。」
「あ、あら・・・・そ、そう?」
「・・・・まったく・・・オレの立場がないだろ?」
「留守だったんだから、仕方ないでしょ?」
「まーそうなんだが・・・・」
カルロスは複雑な心境だった。ミルフィーの腕は知っている。その辺りのはぐれ魔龍くらい簡単なものだろうと思う。そしてそれは自分自身に当てはめて考えてもミルフィーに引けは取らない自信はあった。が・・・実際目にするのと聞くのとでは雲泥の差がある。耳にした話と目に焼き付いた現実とでは。


「ミルフィー、手は空いてるか?」
その翌日、いつものごとくフィーの剣の相手をすると言って部屋を出たカルロスは、数分もしないうちに戻ってきてミルフィーに声をかける。
「ええ、空いてるけど、な〜に?」
「いや、なに・・・フィーがな・・」
「フィーが?」
「お前に手合わせを頼みたいんだそうだ。」
「私に?」
「そうだ。軽くではなく真剣に。」
「え?」
「・・・・魔龍を倒した勇者様に稽古をつけてもらいたいんだろ?オレじゃなく。」
「え?・・・で、でも・・・・・」
少し拗ねたような視線で、早く行ってやれ、と言うカルロスに、ミルフィーは苦笑いしながらそこを後にした。


「だからね、フィー。父様ならきっと私よりもっと簡単に倒したはずよ。・・・私は術と両方でなんとか倒したんだけど、父様なら剣だけで十分。」
「母さん・・・そんな事言って・・・ぼくじゃ相手にならないんでしょ?」
いつもの微笑みでやさしく言うミルフィーに、フィーは拗ねた表情を作る。
「違うわ、フィー。そんなことは思ってないわ。私は・・・あなたに私や父様を越す剣士になってもらいたいと思ってるの。そして、それには、強い人と訓練を積むのが一番なの。一番強い剣士・・それは言うまでもなく父様なのよ。私が世界で一番強いと、そして何があっても頼りになると信じてる父様なの。」
「ホント?」
「本当よ。」
にこっと笑うとミルフィーは続けた。
「魔龍も倒す私が、自分より弱い人と一緒になると思う?」
「母さん・・・」
それもそうだとミルフィーを見つめながらフィーは呟く。
「父様が強い人だから、安心していられるの。父様が傍にいてくれるから、剣も鎧も私は置いたの。」
「母さん。」
カルロスの言いなりになりすぎている、とフィーは思ったことがあった。強引なまでのムードに押し流されるのは分かる気もするが、なぜああもカルロスにおとなしく従ってしまうのか。そして、魔龍との事で、その疑問は大きく育っていたことも確かだった。が、それも今のそのミルフィーの言葉で分かる気がした。真剣なミルフィーの視線から嘘はありえないとフィーは感じた。
「分かった、母さん。ぼく、父さんに頼むよ。そして、いつか父さんより強くなって、母さんのような人を守るんだ。」
「え?」
フィーはフィアのようなかわいい子がいいのではと思っていたミルフィーは、その言葉に驚く。
「同じ剣士ならお互いの理解度も深まると思うんだ。それに・・・母さんのような強い人に剣を置かせるなんて・・・それ以上でないとそうはしない・・それはすごいことだよね?自分がいるから大人しく庇護下に入っていてくれるなんて・・・いいよなー・・・本当にオレのものだって感じで・・・オレだからできる、か・・・・いいなー・・・」
「・・え?」
「自分だからこそ守れるっていうのかな?普通の女の子ならある程度でいいんだろうけど、母さんの場合はそうじゃない。強ければ強いほど自分がそれ以上強くなって、認めさせなければ、ついてきてくれない。・・・・いいなー、父さん・・・。父さんの気持ち、分かるような気がする・・・」
「フィ、フィー?・・・・」
独り言のように呟くフィーに、ミルフィーは呆然としていた。
(・・・私、カルロスに譲ったことってないけど・・・。)
「じゃー、ぼく、父さんに頼んでくる。」
にっこり笑って駆けていくフィーをミルフィーは安堵感と苦笑いで見送っていた。


【前ページへ】 【青空に乾杯♪】Indexへ 【次ページへ】