☆★ その116 異世界のハネムーン?(10) ★☆
-- **目覚めの時** --


 

 「カルロス・・ちょっと休みましょうよ。」
「なんだミリア、もうばてたのか?」
「ばてたのかって言うけど、カルロス!あなたはいいわよ、乗っていればいいんだから、私はねー・・・」
背に乗るカルロスを振り返って抗議しようとしたミリアは、カルロスと視線を合わせて言葉を失う。
カルロスのその瞳は、悲痛なまでの憂いを含んでいた。焦りと心配とそして、憤り。
「・・・・・私も火龍の王族よ!こうなったら羽根がちぎれるまで飛んであげるわよ!」
ミリアには、カルロスの心が痛いほど分かっていた。彼女はその昔からカルロスを見てきた。どんなにミルフィーを大切に、そして愛しているか、そして、ミルフィーもまたカルロスを心の底から愛している。
「ミルフィーにはカルロス以外の男なんて考えられないわよ。カルロスでなくっちゃダメ!ぜったいに!」


「なんだあれは?」
その日から世界各地で、大空を飛ぶ飛龍の姿が見られた。
「鳥か?魔物か?・・・それとも神鳥か?・・・・」
「いや・・あれは・・・あれは、飛龍だ!巨大な飛龍に剣士が乗っているっ!」
そして人々は思い当たる。北の空に立ち上がった光の柱。そして、その日から空気を圧する闇の気がなくなり、魔物が減ってきたことを。
「では、あれは・・・あの飛龍に乗っているのは・・・魔王を倒した剣士?」
「そうだ、そうに違いない!魔王の恐怖はなくなったと、世界中を飛んで知らせているんだ。」
「そうだ!あれは、救世の勇者だ!」
噂は噂を呼び、ミリアが世界を回る前に、すでに世界に広がっていた。


が、そんなことは全く知らないカルロスは、そして、ミリアはただひたすら黄金の花を探して飛び回っていた。ミルフィーの眠る黄金の花のつぼみを。

3日3晩飛び続けて、そして4日目の夕刻に入っていた。
「ミリア、いい加減下りろ。少し休んだ方がいいぞ?」
「何言ってるのカルロス?ミルフィーを探さなくちゃ。・・・時が来てしまうわよ?」
「ミリア・・・もういいんだ、オレは歩いていく。少しは休め。身体を壊すぞ?」
「大丈夫よ、カルロス。あたしを誰だと思ってるの?泣く子も黙る、ううん、泣く火龍も黙る、王族ミリア様よ?」
「ミリア!」
が、明らかにミリアは体力を消耗していた。飛行スピードは徐々に落ちていた。
「ミリア・・・いいから、一度下りろ。」
「ダメよ、まだ大丈夫よ、カルロス。」
「いや、下りろ!」
「大丈夫だったら!」
ふ〜っとカルロスはため息をつく。疲れ切っているのは分かっていたが、どうあっても下りないつもりのミリアの強情さに、心配とそして、感謝もしていた。
「が・・・やはり限界だろう。これ以上飛び続けていたら・・・・」
普通に飛ぶのなら1週間位無休でも大丈夫なはずだった。が、常に全速力でしかも細心の注意を払って探しながら飛んでいる。飛行を続けながら、持っていた食料と水は摂っていたが、やはり休憩は必要である。それに食料も水ももうない。なによりもカルロスはミリアの身体が心配になってきていた。

「ミリア・・」
「何?カルロス?『下りろ』は聞かないわよ!」
「では、言葉を変えよう。」
「え?」
「このまま飛び続けていれば、いずれは落ちる。」
「落ちないわよ!」
「いや・・・確かに相当な体力があることは分かった。が、誰しも限界がある。」
「・・・・」
「嬉しいんだ、ミリア。こんなになるまでオレに付き合ってくれて。」
「カルロスに付き合ったわけじゃないわ。あたしはミルフィーの為を思って飛んでいるのよ!」
「ははっ、そうか。昔からミルフィーが好きだったからな、ミリアは。」
「そうよ。」
「オレもそんなお前が好きだが・・・が・・・・力つきたお前と一緒に死にたくはないぞ?オレは死ぬならミルフィーと一緒がいい。」
「ち、ちょっとカルロス・・・・それって失礼極まりないんじゃない?」
ミリアはカルロスを振り返って抗議する。
「だが、本心だ。お前だってそうだろ?」
「え?」
「お前だってオレと心中するより、ジルと一緒の方がいいだろ?」
「・・・し、知ってたの。カルロス・・・・?」
「当たり前だ。ミルフィーにとってはお前は妹。ミルフィーの妹ならオレにとっても妹だ。そして、ジルは・・・オレが助けた。使用人として仕えてくれてはいたが、オレにとっては歳の離れた弟のようだった。とてもなついてくれていたんだ。」
「カルロス・・・・」
「だからミリア、一度休まないか?」
「ふふっ・・・『下りる』じゃなくて、『休まないか』か・・・」
「そうだ。焦りばかりでは、見つけれることも見逃してしまっているかもしれん。」
「そうね・・・・。」

平地を見つけると、ミリアはすうっとそこに下りる。
−タッ!−
−ズズン・・・・−
カルロスが地面に飛び降りると同時に、ほっとしたミリアは、そのまま地面に身体を打ち付けるようにして倒れた。
「ミリア?・・・大丈夫か、ミリア?」
「え、ええ・・大丈夫よ・・・・少し休めばすぐ回復するわ。」
「ミリア・・・・・」
必死の思いで我慢していたのだと分かった。限界が来るのではなく、すでに限界は超えていた。
「でも・・・人型になる力がないわ。」
「すまん・・・・・これほどとは思っていなかった。オレの配慮が足らなかった。」
「いいのよ、カルロス。あたしが飛びたくて飛んでいたんだから。」
「ミリア・・・・」

「ざわざわ、わいわい・・・・」
2人がそんな会話をしていると、遠くから声と足音が近づいてくるのが聞こえてくる。しかもかなりの人数と思われた。
「ミリア・・・疲れているのは分かるが・・・人型になれないのなら、小さくはどうだ?なれるか?」
「な・・なんとかやってみるわ。」
ぐぐっと頭を上げると、ミリアは残る力でその身を小さく、ちょうど人間くらいの大きさにした。
「よし、あとはオレに任せろ。誰が近づいてきてもお前に危害は加えさせないからな。」
「・・・ありがと、カルロス。」
「水くさいぞ、・・・かわいい妹の為だ。」
カルロスはミリアに笑顔を送ると、近づいてくる群衆をきっと見据えた。

が・・・・期待(?)は外れ・・・いや、この場合外れて良かったのだが・・・
彼らは2人の姿が近くに見えるところまで来ると、一様にひれ伏し口々に感謝を延べ始めた。
「な、なんだ・・・何がどうなっているんだ?」
驚くカルロス。
そして、代表者らしき人物の説明で、カルロスはようやくその意味が分かった。
いつの間にか自分が魔王を倒した救世の勇者になっていることを。
最初はそれを否定し、遠慮していたカルロスだが、ミリアのこともある。彼らの申し出を受けることにして、近くの村へ立ち寄ることにした。


「カルロス?」
「なんだ?どこか痛むか?」
用意された広めの部屋の中。たっぷりと引き詰めた藁の上に清潔なシーツをかけ、それをベッドにしてミリアは横たわっていた。
「ううん、大丈夫よ。カルロスは?」
「オレは食事もとったし、風呂へも入った。もう十分回復したぞ。」
「じゃー、ミルフィーを探しに行かなくちゃ。」
「ミリア!」
起きあがろうとしたミリアは、めまいを感じその場に再び倒れる。
「無理するな、ミリア。お前は疲れ切ってるんだぞ?」
「でも、カルロス・・・」
「大丈夫だ。お前が気絶している間に、村人に頼んでおいた。」
「何を?」
「何かできることはないか、と言われたのでな、黄金の花の情報がないかと聞いたんだ。そうしたら、あちこち伝令を出して情報を集めると言ってくれた。」
「ホント?」
「ああ。だから今少し休んでいろ。こんな状態では、ミリアを虐めたとオレがミルフィーに怒られてしまう。」
「カルロス。」
「ジルにも怒られるだろうしな。」
「ふふっ。」
弱々しく笑ったミリアに、カルロスも笑みを返す。が、その笑みにいつもの余裕がなかったことは確かだった。

気持ちは急いていたが、これ以上闇雲に飛び回っても見つからないような気もしていた。そして、人々の気持ちに、誠意に甘えてみることにした。
考え得るあらゆる手段を使い、彼らは世界中にその事を伝えた。伝書鳩、早馬などを使い、救世の勇者が探しているという黄金の花の情報を探し求めた。

そして、7日目の朝・・・
「ゆ、勇者殿!」
息を切らして部屋へ入ってきた男に、まだベッドの中で横たわっていたカルロスは、がばっと起きあがる。
「見つかったのか?」
「はいっ!」
「ど、どこだ?」
「はい。海を越えた東の大陸の砂漠に囲まれた丘陵地帯に、ある日突然、黄金に輝く花が出現したという話です。」
「それは確かか?」
期待に目を輝かせカルロスは今一度聞く。
「はい。砂漠の民、ダッカートからの情報なのですが、そこは彼らの聖なる地とされている所だそうで、奇蹟の花と呼んで大切にしているそうです。」
「そうか・・・大切に・・・。で、そこへ行くにはどのくらいかかる?」
「それが・・・・」
「それが?」
急に沈んだ表情になった男に、カルロスは悪い予感を覚える。
「ここから港まで早駆けで3日。そこから船で東の大陸まで6日。そして、砂漠まで転移装置など最速の移動手段を使い、砂漠を渡って丘陵地帯まで1週間といったところでしょうか?」
「そんなにかかるのか?」
「はい。東の大陸の中でも東部に位置してまして。船でぐるっと回るとしても、やはりそれ相応の日数がかかりますし、それに・・・東の大陸に行くには・・・今はちょうど季節風が激しく、海は大荒れになるため、船は出せない状態なのです。」
「他に手段は?」
「空でも飛べればよいのですが・・・・。」
ミリアは極度の疲労の為、まだ起きあがれない状態だった。
「今日で7日目・・・・日が暮れ、そして夜が明ければミルフィーが目覚める・・・そうしたら・・・・」
ダン!と勢い良くカルロスは壁を叩いていた。

「カルロス・・ミルフィーが見つかったってホント?」
「ミリア?!」
戸口に身体を引きずるようにしたミリアが立っていた。
「ダメじゃないか、まだ休んでいないと。」
「だって、カルロス!今日はもう7日目よ?見つかったのなら、行かなくちゃ!」
「ダメだ、お前はまだ十分回復していない。」
「そんなこと言ってたら、ミルフィーはどうなるの、カルロス?」
出来るならすぐにでもミリアに飛んでもらいたかった。が、その疲れ切っているミリアにそんな事は言えなかった。
「あたしなら大丈夫よ、だから、行きましょ、カルロス!」
「しかし・・・・」
そう言いながらふと腰のポケットに手をあてたカルロスは、はっとする。
「どうしたの、カルロス?」
−シャラ−
「あ!」
カルロスが取り出したそれを見て、ミリアが声をあげる。
そしてカルロスは・・・気が抜けた・・・どうしようもないほど自分の馬鹿さかげんに気が抜けていた。
それは、カルロスがポケットから出したものは、聖龍の法力のペンダント。カルロスがミルフィーから取り上げたもの。そうしたことを後悔した究極の法力が詰まったペンダント。
「バカみたい。」
「ああ、そうだな。どうしようもないバカだ・・・。」
苦笑いしながら、回復の呪文を唱え、やさしい光に包まれたミリアは元気いっぱいに回復する。


「はー・・・自分がこんなバカだと思えたことはない・・・。」
「そうね・・・。」
猛スピードで飛ぶミリアの背の上で、カルロスはため息を付いていた。
「もうすぐよ、カルロス。ほら、海が見えてきたから、それを越えればすぐよ。」
「ああ、そうだな。」


夜がまもなく明けようとしていた。
目的の砂漠の上空にさしかかっていた2人は、必死で黄金の花を探す。
「ないな・・本当にここなのか?」
「間違いないはずよ。・・・でも、・・・・・」
丘陵地帯を囲んだ砂漠、その両方を丹念に探したが、見つからない。黄金の花は夜でも光り輝いている。上空からでもそこにあるのなら発見できるはずだった。
「もしかしたら、建物の中とか・・?」
そこには花を覆うほどの森はない。花を隠して見えなくする場所といえば、丘陵地帯にある神殿だった。
「まさか、あの中に?」
ともかく一端下りて、そこにいる人に聞いてみようと、神殿の前に急降下する。

−ざわざわ・・・−
魔王を倒した救世の勇者の事は、黄金の花を訊ねる書状がついた時点で知れ渡って。砂漠や神殿にいた人々は、当然飛龍に乗って現れたカルロスをその勇者に間違いないと思い、入口で出迎える。

朝日がまもなく顔を出そうとしていた。

−タン!−
「これは、勇者殿。」
勢い良くミリアの背から飛び降りたカルロスに、神殿の祭司長であろうと思われる僧衣を羽織った年輩の男が深々とお辞儀をする。
「すまぬ。急いでいるのだ。黄金の花は?」
「花・・でございますか?」
「ああ、そうだ。ここにあると聞いてきた。神殿の中なのか?」
「そうでございますが・・。」
「が?」
申し訳なさそうな表情をした神官に、カルロスは悪い予感を覚える。
「実は、すでに枯れてなくなっております。」
「か、枯れた?」
カルロスとミリアは同時に叫んでいた。
「そ、そんなばかな・・・・」
「しかし、事実でございます。」
「花が違うんじゃないの?」
ミリアがカルロスに小声で言う。
「あ、ああ・・・・それは本当に黄金の花なのか?」
ミリアから再び神官に視線を移してカルロスは聞く。
「はい、さようでございます。」
「人一人中に入るくらいの大きさの花だぞ?」
「はい。ですが、昨日の明け方、つぼみが開きまして。」
「は?・・・・昨日の明け方?」
「はい。それを最後に枯れてしまいました。」
「そ、そんなバカな・・・7日7晩、その中で眠っているはずだ。」
「7日7晩中で眠っている?」
「そうだ。その中には、魔王との戦いで傷ついた身体を癒すべく、オレの妻が眠っていたはずなのだ。」
「そ、そうでございましたか・・・ああ、もしかしたらここと西の大陸との時差をご存じないのでございますか?」
「は?」
「西の大陸とこことでは、ちょうど1日、つまり24時間時差がございまして・・。」
「そ、そんな・・・・そんな事があっていいのかあ?」
他に言葉が出なかった。何も考えられなかった。
呆然と立ちつくすカルロスの全身を朝日がやさしく照らしていた。
間に合ったと思った夜明け。それは1日遅れの夜明けだった。


「ははは。」
「ふふふ。」
そして、神殿の奥にある聖殿の一室。そこにミルフィーがいると聞いたカルロスはその部屋の扉の前で立ち止まっていた。
中から男女の笑い声が聞こえる。女の声は確かにミルフィーだった。
「あ、ダメよ。」
「ダメは、なし・・・」
「でも・・」
そして、決定的とも思える会話が、無情にもカルロスの耳に飛び込んできた。
その瞬間、一端は迷ったが勇気を出し開けようと扉に延ばしていたカルロスの手が、びくっと震えて止まる。
「ミ、ミルフィー・・・・・?!」
目の前が闇に覆われ、心臓が止まりそうなほどの心の痛みをカルロスは覚えていた。

 


【前ページへ】 【青空に乾杯♪】Indexへ 【次ページへ】