☆★ その112 異世界のハネムーン?(6) ★☆
-- **ミルフィー消滅** --


 「・・カルロス・・・カルロス・・・・・・」
魔王の居城の一室、その部屋のベッドの上でミルフィーは小さくなって震えていた。
そこにはいつもの颯爽とした剣士の姿はなく、力無い一人の女でしかなかった。
ミルフィーをさらったそのとき蜘蛛の形態をしていた魔王ジゼルヌは、ミルフィーをその部屋へ連れてくると同時にそのまま彼女を奪っていた。身動き一つ出来なかったミルフィーにあらがう術はなかった。
ミルフィーは震えながら、女であることを呪っていた。男だったら・・いや、男だったら命はなかっただろうが、その方がどれほどいいかしれなかった。カルロスがたまらないほど好きなのに身体は汚されてしまった。カルロスに会わせる顔がない。もう会えない、とミルフィーは悲しみと絶望の底に沈んでいた。そして、それでも、カルロスの名を呼ばずにはいられなかった。
そんなミルフィーに術を使う事など考えられる状態ではなかった。ただ身を小さくし、震え続けていた。昼夜構わず襲いかかる悪夢がその時を再生し、身の毛もよだつおぞましさと恐怖に彼女は平常心を失っていた。

−バタン−
ドアが開く音がし、その瞬間ミルフィーは大きく全身を振るわせる。そして次に、恐怖に染まった瞳で入口に立つ影を見つめる。
「少しは落ち着いたか?」
ゆっくりと近寄るその姿は、人型を取ってはいたが、魔王ジゼルヌであった。
「乱暴するつもりはなかったのだが、お前を手に入れた喜びで、つい暴走してしまった。蜘蛛の形態の時は特にそうなりやすい。」
ぎしっとベッドを軋ませてそこに腰を下ろした魔王に、ミルフィーは一層身体を固くする。
「ああ、そんな固くなるな。・・・どうやらショックを与えてしまったらしいな。」
「触らないで!」
ぱん!と延ばされた魔王の手を叩く。
「ふふっ。それでこそ、この私が惚れた女だ。人間にしておくのが勿体ない。が、そんなに時間もかからないだろう。残る蜥蜴と蛾の形態の私と契れば、お前は完全に闇の者として生まれ変わる。私の妻として・・魔王夫人としてな。」
くっくっくっと赤く妖しげに輝く瞳を輝かせ、魔王は満足げに笑うと付け加えた。
「人型がよいのならこの姿でお相手しよう、我が妻よ。」
「私は・・・・」
「『私は』?何なのだ?まだあの人間の妻だとでも言うのか?」
余裕の笑みで魔王はミルフィーを見つめる。
「ふん!もうすぐあの男はこの世を去る。見るか、これを?」
ブン!と水球を作り上げると、魔王はそこに飛龍姿のミリアに乗ったカルロスを写す。
「まもなくここへ来るだろう。飛龍を使役するとは大した人間だが・・・所詮人間は人間。この私の敵ではない。」
「カルロス!」
「この城を囲んでいる時空を変化させればひとたまりもない。次元の狭間にのまれそのショックであっという間にあの世いきだ。苦しまずに逝ける事が何よりの情けというものだ。お前をこの世界へ連れてきてくれたせめてもの礼として。」
「そんな・・・・」
「見るか?まもなく上空にかかるぞ。」
「だめっ!お願い、カルロスは・・彼に手は出さないで!」
「では私を受け入れるか?残りの2形態を。闇に属す者となり共に暮らすか?この世界を混沌に包み、その中で長く私と。」
「どうせそうするつもりなんでしょ?」
恐怖に震えながらミルフィーは魔王を睨む。
「それは最終手段だ。できれば無理にはしたくない。」
「何を今更・・・それに、それに、私があなたを受け入れることなんてあるはずないわ!」
「そうだな・・・では、呪うなら私に気に入られた己を呪え。私は私の思い通りにさせて貰う。」
シュシュシュと長い舌を出すと同時に、ゆっくりとその姿は蜥蜴のものと変化していく。
「あ・・・カ、カルロス・・・・・助け・・・・」
怒りで一端止まっていた震えがそして恐怖が再びミルフィーを襲っていた。
「またその男の名か・・・耳障りだ。」
しばらくじっとミルフィーを見つめていた魔王は、ふと気づいたように水球を見る。
「その耳障りな名を聞かずに済むよう、今から息の根を止めてやろう。お前が闇の者として生まれ変わった祝いにそうするつもりだったのだが・・。」
両手を水球にかざし、魔王は呪文を唱えようとしていた。
「ダメー!お願い、カルロスは・・カルロスだけは・・・」
思わずミルフィーはベッドから飛び出て、魔王のその両手を握る。
「それではいいのだな?」
さっとその両手を離し、数歩下がるとミルフィーは、にまりと不気味に笑った魔王をきっと見据える。
「いいえ。そんな事をしてカルロスが喜ぶわけないわ。カルロスは・・・私がそうするより自分の命を差し出すわ。そういう人だから・・・そう・・カルロスは・・・そういう人・・・・いつでも私のことを第一に思ってくれてる人だから・・・・」
−ドシュッ!−
「な、なんだ、これは?」
不意にミルフィーの全身から光の柱が立ち上った。それは部屋の天井を突き破り高く天まで届いていた。
カルロスを助けたい、ただその心からわき出た光の束。それはそれまで太陽の剣や鎧に集めた陽の光。彼女の身の中に留まっていたその欠片は、無意識のうちに純粋なその思いによって集められ増幅された。
「やめろ!それは光の・・陽の柱ではないかっ!蜘蛛の形態だけだとしても一度は私と契ったのだぞ?闇の者としてはまだ完全ではないにしても、それは命取りだぞ?」
「カルロスを失うのなら、私は・・私は・・・命なんかいらないっ!闇に染まってまで生きていたくないっ!」
「なんと・・・・」
その恐ろしいまでの威圧感にのまれ、魔王は立ちつくす。
「剣よ、我が剣にして黄金の剣よ・・我が呼び声に応えよ、黄金龍の剣にして陽の剣・・・邪を払う剣にして闇を滅する剣よ・・・我が手に来たれ・・我が意志を受けよ!・・その刃持て闇をうち砕け!」
死を覚悟し、カルロスとの永遠の別れを覚悟し、ミルフィーは両の目に涙を溜め言葉を紡ぐ。魔王を激しい怒りで睨み付けながら。

−キーーン・・・−
「な、なにっ?」
ミリアの背の上でカルロスは不意に光り始めたミルフィーの剣に驚く。
「黄金龍の・・太陽の剣が・・・」
驚くカルロスとミリアの目の前でゆっくりと荷袋から滑り出ると、剣は黄金色に輝きながら前方に猛スピードで飛んでいく。その先には天まで届く光の柱が立ち上っていた。
「まさか・・ミルフィー?」

そして、飛んでいったその光の柱に太陽の光が集中する。
「や、やはりミルフィーか?」
飛び続けながらカルロスとミリアは安心する。あれだけ強力な術が使えるのなら心配はない。魔王はミルフィーの手で倒されるだろうと思い安心する。


「呪うなら自分を呪いなさい。私に、そして、カルロスを手に掛けようとしたことをね。」
−キーーーン!−
ミルフィーが手にした黄金龍の剣が陽の光を勢い良く吸収していた。
「ま、まて・・・・・待つんだ・・・ま・・・」
−ピカッ!−
「グ・・・グワーーーーー・・・・・・」
陽の光の剣で、魔王はゆっくりと頭から真っ二つに裂かれていく。そしてその光の刃に触れたところから消滅していった。立っていた床に焼けこげとなった痕跡を残して。

「ミルフィー!」
破壊された天井からカルロスと身を小さくしたミリアが飛び降りる。
「・・・カルロス・・・・・良かった、無事だったのね。」
「ミルフィー?」
剣の放ち続ける光の中、ミルフィーの姿はその光と共にゆっくりと消えていった。
「ミルフィー?なんだ、どういうことなんだ、ミルフィー?!」
−カシャン・・−
支える持ち主がなくなった剣は悲しい音をたて床に転がり、それを慌てて拾い上げたカルロスはミルフィーの姿を探して部屋を見渡す。
「ミルフィー?・・・ミルフィー・・どこだ?どこにいるんだ?どうしたんだ?」
「カルロス・・・」
ミリアが小さな声で床の一点を指さした。
ミルフィーが立っていたそこには黒い影が残っていた。それは・・・光に焼かれた闇の者の痕跡。
「そ、そんな・・・・そんな馬鹿な!ミルフィーは・・・・」
人間なのだからそんなことはありえない・・・そう思いながらも、その可能性が全くないこともなかった。考えたくもないことだが。
「ミルフィー・・オレは・・・・オレはお前を守れなかったのか・・・オレは・・・・・」
ミルフィーの悲しそうな笑顔、頬を伝って流れていた涙、そして最後の言葉と、助けを求める悲鳴とがカルロスの中で繰り返し繰り返し浮かび上がっては消え、消えては浮かび上がり・・そして響き続けていた。
「ミルフィーーーーー・・・・・・・・!」
−ダン!−
その床に両手をつき、力無く項垂れたカルロスは、絶望と後悔いう名の闇に自分が真っ逆さまになって落ちていくのを感じていた。

 


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