青空に乾杯♪


☆★ その108 異世界のハネムーン?(2) ★☆
**その素顔は?**


 「女剣士か・・・・めずらしいな。」
立ち寄った村にあった食堂のカウンターで朝食を取っていたミルフィーに、同じくカウンターで食事を取っていた男が呟くように言ってミルフィーを見る。
ミルフィーと同じくらいか多少上くらいの体躯のいい男だった。
が、いちいち相手をしていても仕方ない、ミルフィーは無視して食事をとり続けていた。

「ごちそうさま。お代、ここへ置いておくわ。」
前日領主からお礼にもらったお金を、ミルフィーはちゃっかり持って来ていた。
「毎度〜。」
ご機嫌な店主の声に送られ、外へ出ていくミルフィーを、男が追いかける。
「ちょっと待ってくれないか。」
「何か?」
「ああ、悪い。警戒するのも無理ないよな。」
男は笑いながら頭をかいた。
「オレは、ビンセント・マクベイン。王宮の兵士をしている。」
「私はミルフィー。勝手気ままな冒険者。」
「なるほど。勝手気ままな冒険者か。じゃーちょうどいい。頼まれてくれないか?」
「何を?」
「立ち話もなんだな・・・どうだ?」
男が顎で指したところは宿屋・・・・。
「もしかしてオレが胡散臭い輩に見えるか?」
男を見つめる視線をきつくしたミルフィーに、マクベインは、改めて相手が女性だったことを思い出す。
「十分にね。」
「悪かった。ついうっかりというか・・・外で話すべきことじゃないのでな。」
「本当に王宮の兵士?」
「ああ。信じられないか?」
「王宮の兵士がなぜこんな田舎にいるの?」
「あ、いや・・・この先の森の祠へ用を申し使ってな。その帰りなんだ。」
「この先の祠?」
「ああ、そうだ。」
「そう。」
「あっ!おい!待ってくれよ!ホントなんだ!」
軽く返事をしてすたすたと歩き始めたミルフィーを、マクベインは慌てて追う。
「頼む!ここであんたと会えたのもきっと神のお導きなんだ。祠へ代参した甲斐があったってもんだ。」
「代参?」
「そうだ。姫の代参なんだ。頼む、姫を助けてくれ!」
「姫を?」
自分でも甘いと思ったが、姫の救命ということと、男の真摯な瞳に、ミルフィーは男が一晩借りたという部屋へついていく。何かあれば吹き飛ばせば済むことだし。
−バタン−
階下へ声が漏れてもいけないといういことで、普通なら開けておくべきなんだが、と一応断ってから、マクベインはドアを閉める。
「で、話とは?」
「ああ。」
部屋に置いてあった荷物はきちんとしていた。鎧と剣がおいてあることから、男は剣士なのだろうと判断できた。それも確かに兵士らしい紋章入りであり、磨かれている。どうやら嘘ではないらしい、とミルフィーは判断した。
「実は2週間後に姫は17歳の誕生日を迎えられる。その時、剣術大会を開き花婿を決めることになっている。」
(どこかで聞いたような話ね。)
ミルフィーはふと思いながら苦笑いする。
「身分も何も関係なしということで、今候補者らの参加申し込みが殺到してるのだが・・・」
「だが?」
そこで言葉を切り、ため息をついたマクベインをじっと見つめてミルフィーは聞く。
「ああ・・・どうやらその中に魔物も入っているらしいという事を耳にしたんだ。」
「魔物が?」
「そうだ。人間に化けているため判断のしようがない。」
「でも、花婿候補なら一応身分などの下調べができているのでは?」
「だから分かった事なんだ。名はあるがその日の暮らしにも事を欠いている貴族もいる。借金で首が回らなくなった貴族もな。」
「じゃー、簡単じゃない。疑わしい者を断ることもできるんでしょ?」
「あ、いや・・それが・・・・・」
「できないの?」
「・・それが・・確かな証拠もないのに却下するわけには・・・。」
「それもそうよね・・・相手が大貴族ともなると簡単にはいかないしね・・・。」
「そうだ。」
「で、なぜ私に?」
「花婿候補の一人として試合に出てほしいんだ。」
(またしてもどこかで聞いた話よね?)
思わず笑い出しそうなのを堪え、ミルフィーはわざと難しい顔をする。
「私の腕がどんなものかも知らないでしょ?魔物に負けるかも・・ううん、魔物じゃなくても他の候補者に負けるかもしれないでしょ?」
「そ、それは・・・・・」
なぜだかミルフィーを一目見るなり、この女性に頼むべきだとマクベインの第六感が言っていた。確証は全くないことだったが、代参のお告げとも感じていた。
「あなたはどうなの?」
「は?・・・い、いや・・オ、オレは・・・」
「王宮の剣士なんでしょ?しかも代参を頼まれると言うことは、近衛か、ひょっとすると姫直属の護衛?」
「オレは・・・姫が幼少の頃から守り役として仕えてきている。」
「ふ〜〜ん・・・じゃー、簡単じゃない?あなたが頑張れば済むことでしょ?」
「あ・・い、いや・・・・」
「な〜に?好きな姫の為に一肌脱ごうって気にならないの?それとも腕に自信がない?」
−ガタン!−
「ば、馬鹿なっ!」
マクベインはイスを蹴って立ち上がる。その顔は明らかに怒っている。
「じゃーなぜ?」
マクベインの怒りもどこ吹く風といった表情で聞いたミルフィーに、マクベインは黙ってしまう。
「・・・・・・」
「何よ、男らしくないわね?」
男のうじうじは大嫌いのミルフィーである。きつい視線で睨んだ彼女に、マクベインは一言一言話し始める。
「実は・・・姫には好きな男がいるんだ。」
「好きな?じゃー、その人に・・」
「いや、その男は・・・・」
「その男は?」
「庭師なんだ。」
「に、庭師・・・・」
それにはミルフィーも意外だった。
「花好きの姫は、庭の手入れに来たその男に恋してしまったんだ。」
「で、その人は姫のことを?」
「ああ、おそらく2人ともそうなんだろう。公の場以外、姫は気さくな方でな、だから女官か何かと思って接していたらしい。」
「なるほど。よさそうな姫様ね。そういうの好きよ。」
にっこり笑ったミルフィーのマクベインも満足そうに笑顔を返す。
「ああ。」
「ということは、女である私が優勝してその人に姫をあげてしまえばいいってことよね?」
「そういうことなんだが・・・。」
「でも、他に障害は?姫を娶って王位を継ぐとかじゃないわけ?」
「兄君がおられるのでその点は大丈夫だ。」
「なるほど・・・でも、あなたは・・それでいいの?」
「オレは・・・・」
ミルフィーの視線を避け、マクベインは窓から外を見た。
「オレは・・姫が幸せになられるのなら・・・」
「そう。」
マクベインの背中に哀愁を感じ、ミルフィーはそれ以上聞かないことにし、短く答える。


「ミルフィー殿、貴殿は、オレの遠縁の従兄弟ということにしておいた故、一つよろしくお願い申す。」
「従兄弟ね・・・。わかったわ。」
王宮に着くと、それまでのざっくばらんな口調を直し、マクベインは丁寧にミルフィーに頭を下げた。
「試合まで王宮内にあるオレの屋敷に滞在するということになるが。」
「いいわよ。・・・じゃいけなかったな・・わかった、マクベイン、オレに任せておけ。」
「ありがとう。オレのことはビートと呼んでくれ。」
「分かった。」
なぜだかわくわくしてきたミルフィーだった。
「で・・・だ・・・・そこで少し・・・・」
言いにくそうにその先の言葉をためらっているマクベインにミルフィーは先取りする。
「腕を試したいって?」
「あ、ああ・・・・・。すまんな、頼んでおいて。」
「構わないわ・・・とと・・・言葉遣いに慣れておかないとな、男言葉も久しぶりだからつい戻ってしまう。」
心配するのも当然だとミルフィーは明るく笑う。
「久しぶり?」
「いや、こっちのこと。で、どこでやる?」
「そうだな。屋敷内の裏庭でいいか?」
「了解。」


そして、マクベインも驚く。ミルフィーの発する気迫と闘気に。
「試すなんて段じゃないぞ・・・・・」
向かい合い自分をじっと見つめているミルフィーが、恐ろしく巨大に見えた。全身から放たれるその威圧感に思わずのまれる。
「ま、まったっ!」
冷や汗を浮かべ、マクベインは手をあげる。
「す、すまぬ、オレの失言だ。」
腕を試すなどと言える相手ではなかったとマクベインは心の底から感じていた。
「合格?」
「あ、ああ・・・」
合格なんてものじゃない、一体何者だ?とマクベインは恐怖さえ感じていた。


「ビート、何者なのだ、貴公の従兄弟とは?」
「で、殿下?」
いつの間にか来ていたらしい王子に、マクベインも、そしてミルフィーも頭を垂れる。
「しかも女性とは?」
「お、王子・・・・」
また違った冷や汗をかきながら、マクベインは屋敷内の自室へと2人を案内した。

「それでは不便であろう。試合まで屋敷内ばかりにいるというのも窮屈というものだ。どうであろう、それまで妹の宮に女官として、いや、知り合いの姫として滞在せぬか?」
「は?」
「それなら、試合の時のみ兜をかぶればよい。その方がよいであろう?」
内情を知っていた王子は即断で話を持ちかけてきた。
「し、しかし、殿下。」
「なに、心配はいらぬ。あの気迫だ。いくら私でもそう簡単には手は出せそうもない。」
「で、殿下!」
マクベインは王子に声を上げると共に、話の内容に驚いたようなミルフィーに、目で謝っていた。
「では、後ほど迎えに参る。貴公の従姉妹ということにしてだな・・・兄は貴公の屋敷に、そして姫は我が宮・・・い、いや、妹の宮にということで。」
「殿下!」
「心配致すな。言い間違えただけだ。・・・そうだな、そういえば、衣装がないか。すぐ用意させよう。まったくこういったことは気が回らないからな、ビートは。」
一人さっさと決め、上機嫌で部屋を後にする王子に、さすがのミルフィーも驚いていた。
「すまん・・・殿下とオレは一応幼なじみというか・・オレの母が殿下の乳母だったんで乳兄弟といったところだ。姫同様気さくないい方なんだ。・・ただ、女好きなところがあってな。・・・だが、オレがこの身に変えても間違いはないように守る。だから・・・あ・・い、いや・・・オレの腕でそのような事を言うのは失礼だったか・・・」
頭をかき、申し訳なさそうに照れるマクベインにミルフィーは微笑む。
「大丈夫よ。それに私、夫持ちよ。」
「は?」
「今はちょっと離れてるけど。」
ふと今頃カルロスはどうしているのか、と思いを飛ばすミルフィー。つまらない妬きもちで一人出てきてしまったが、あの時は動揺していたせいで、そんな風に取ってしまったんだろうとミルフィーは考えていた。カルロスが自分以外の女性に手をだすはずはない。
「そ、そうなのか・・・ご、ご主人が・・・・」
あれほどの気を発するこの女性を妻に持つ男とは一体どんな男なのだろう、とマクベインはつい考えてしまった。
「だから、そこのところだけ殿下に訂正しておいてくれない?姫でなく・・・そうね、じゃ、公爵夫人ということで。」
ミルフィーはカルロスの実家を思い出してそう付け加えた。
「公爵・・・爵位を持っていたのか?」
「一応ね。」
自分の王家のことはミルフィーの頭からは完全に消えていた。
「ではそのように伝えておこう。」
夫がいるということで、その心配もなくなるだろうとほっとしたマクベインは、ミルフィーに笑顔で答えた。

そして、鎧姿から王子が用意した衣装に着替えたミルフィーに今一度驚く。嘘かとも思った公爵という爵位。ドレス姿で立つミルフィーには、確かにその気品があった。やさしさの中に上品な気品、その中に神聖な巫女のような清楚な尊厳をも感じさせられるミルフィーに、姫だけでなく王宮の女官たちも、そして、王子もあこがれの視線で見つめるようになっていた。
そんなことは全く頭にないのは当の本人であるミルフィーだけである。

「彼女の夫とはいったいどんな男性なのだ?」
マクベインは、そして、王子はますますそう思い、そして不思議にも感じていた。
「これほどの女性がなぜ冒険者になど?」



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