☆★ リュシェロドラ冒険記(7) ★☆
* 青空に乾杯♪・もう一つの#57 f^_^;*
-- 魔導師レイム --


 

 「ともかく・・・その癒しの社(やしろ)ってところへ行ってみないか?」
ホビットのジッポの家を出て、考え込んだような表情で歩き始めたミルフィーにレオンが提案する。『行く』と言い出せないミルフィーを気遣ったレオンの言葉。
「あ、ああ・・・・そうだな・・・・」
「フィー・・・」
それでも、いつものような明るさで返事をしなかったミルフィーを、ミルフィアは心配そうな表情で見つめる。
「私なら・・・大丈夫よ、フィー。・・・たとえ・・そう、たとえその人がレイムじゃなかったとしても・・。」
ミルフィアもまたレイムは、すでに死んでいると思っていた。そして、ジッポの話から、もしかしたら、という希望を抱いたことは確かだった。が、本人だという確証は何もない。そして、レイムではなかったとき、ミルフィアのショックを思って決心できなかったミルフィーを、彼女は大丈夫だと瞳に力強い輝きをこめて見つめる。

「そうだな・・・龍人の地へ来たとはいえ、ここのどこへ行ったらいいのか全くわからなかったんだ。目的地ができたんだから・・。」
ミルフィーは、にっこりとミルフィアに笑いかけて決心する。不安はミルフィアだけのものではない。ミルフィー自身もまた不安だった。実の兄のように全幅の信頼を寄せていた魔導師、レイム。自分たち2人の為に命を落としたと思っていた人物。そのレイムが生きているだろうという希望、そしてその希望がうち砕かれたときのショックは、ミルフィアだけではなくミルフィー自身にも当てはまることだった。

「大丈夫さ、なっ!」
「あ、ああ・・そうだな。」
ぽん!と勢い良くミルフィーの肩を叩いて微笑んだレオンの笑顔。ミルフィーにはそれがとても頼もしく思えた。力強いその笑顔、それから確かな友情が感じられる。
「行きましょう、ミルフィー!」
そして、同じく微笑みながら言うレイミアスにも勇気づけられ、ミルフィーにいつもの笑顔が戻る。
「ああ、行こうぜ!その癒しの社ってところに!もし違っていたとしれも、ここに長いこといるんだ。ソルジェムの事を何か知ってるかもしれない!」
「そうですね・・そうですよ!」

そして、勢いを失っていた足取りにいつもの元気が出、彼らはジッポから聞いた方向へと向かった。大陸部分の森林地帯であるそこの西の果て、ちょうどその反対側に着いたミルフィーたちにとって、大陸を横断する形となった遠道である。が、行かないわけにはいかない。
その途中にはホビット族の村や龍人の居城があり、道沿いに進んでも常に魔物の襲撃が予想されるとジッポから聞いていた。まだ見ぬ龍人、そして、これからどんな魔物と出会うのか。緊張とそして、冒険家としての未知なるものとの遭遇への期待を胸に歩き始めた。



その頃・・・龍人の地、北の最果てにある癒しの社・・・・・
「・・・この気は・・・・・?」
樹氷に覆われたその社。その樹氷の間からわずかに差し込んでくる明かり。陽の光と呼ぶにはあまりにも弱々しいその光の中、じっと瞑想に耽っていた一人の人物が、突然目を開けて呟いていた。
ゆっくりと頭を覆っているフードを取り、光を見上げる。面長のその顔には、涼しげな緑の瞳と細く柔らかそうな金髪がその額を覆っていた。
「まさか・・・・・」
心の底からわき上がってくるような不思議な思いに駆り立てられたように社の外へと走り出たその人物は、目の前の猛吹雪に足止めされる。
一年中冬であり、雪と氷に覆われているその地方、社上空のみ、その分厚い雪雲はとぎれていた。弱いながらも陽の光が射し込み、そして、猛吹雪だということも忘れるほどの静寂に、その社はすっぽりと覆われていた。
「そうだった・・・・今は転移の祠へも行けないほどの吹雪が続く・・・極寒の季節・・・。」
−パタン−
悲しげに小さく呟き、その人物は再び社の中へと入る。そっと閉じられた入口の戸は、勢い良く開けたつい今し方とは異なり、悲しげな音をたてた。

「ミルフィー様・・・そして、ミルフィア様・・・・まさか、この地に?・・・・」
祈りの間へ戻り、再び光を見上げて呟いたその人物は、確かにミルフィーとミルフィアが探し求めている魔導師レイムであった。
「いえ、そんなことがあるはずがありません・・・きっと私の心が遠くまで飛んでいたのでしょう・・・・遙か遠い地まで・・・いえ、もしかしたら・・・時間をもさかのぼり・・・。」
一瞬感じた2人の気。それはもう感じなくなっていた。
3人がお互いそれぞれに思いを飛ばしていた時、偶然重なったその瞬間その心が繋がり、レイムはミルフィーとミルフィアの気を感じたのだが、まさかこの地へ来るようなことはないと思っているレイムは、それを当然のように否定した。
そして、ゆっくりと長椅子に座り、一人思いを馳せる。ミルフィーとミルフィア、彼が守るべき人物。命に代えても守るべき、そして守ろうと決意した彼の主であるかわいらしい双子。・・・気の毒なそして呪われた運命の双子へと彼の思いは飛んだ。

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「よいか、これはお前にしか頼めぬ。お前にしかできぬ事なのじゃ。」
「はい、お師匠様。」
レイム、15才。賢者タヒトールの元で修業し始めて10年。その日は晴れて独立の日。一人前の魔導師として己だけの仕事を任せられて旅立つ日。

「こちらが、ミルフィー様とミルフィア様じゃ。」
タヒトールに連れられていった奥宮の裏庭。国王の嫡子が乗るというのに大きめのものというだけで、質素な馬車の前でおびえているように2人抱き合いながら立っていた小さな子供。まだあどけないその顔を緊張感で強ばらせて不安そうにレイムとタヒトールを見つめる少年は、それでももう一人の自分と言っていいくらいそっくりな少女をぎゅっとその小さな両腕で抱きしめていた。

(この方たちが、ミルフィー様とミルフィア様。今日から私の主人であり・・・・姫様の・・忘れ形見・・・)
「魔導師のレイムと申します。よろしくお願い致します。」
にっこりと笑い、レイムは深々とおじぎをした。
「レイム・・?」
「はい。」
小さな少年は、不安そうにしばらくレイムと視線を交わしていた。

「さて、そろそろ出立せねば。見回りの兵が来ぬうちに。」
「あ、はい。」
レイムはタヒトールに丁寧にお辞儀をすると、少年、ミルフィーにそっと手を差し伸べる。
そのレイムの手をしばらく見つめていた後、そうしていいものかどうか、躊躇しつつ、ミルフィーは自分の手を差し出す。呪われた子と忌み嫌われていた2人に手を差し伸べてくれる者は、彼の記憶の限り、それまで一人もいなかった。
「大丈夫です。何があっても私がお二人をお守り致します。」
その小さな手をやさしく握り、レイムは温かく微笑んだ。

悪霊を呼ぶ子供・・・それが2人に科せられた過酷な運命だった。かといえ、別に悪霊を呼ぶということではなかった。が、ともかく悪霊に憑依され、時には父である国王の命を狙うというあってはならない事件も何度か起きていた。そして、成長するに従ってその力も強まってきたのを懸念した国王は、宮殿の奥の奥の宮にまるで閉じこめるようにしていた2人にそれまで以上の畏怖を感じ、遠く離れた屋敷へ幽閉することを決意したのである。
山奥の山村から少し離れたところにあるその屋敷は、長年使わず荒れるままになっていたものであり、このことが決まってから村の職人に一応は手を入れさせたとはいえ、なんとか住むことができるというだけのものであった。

例え実の子供とはいえ悪霊に憑依され己の命を狙ってくる。それは、十分死罪に値することでもあった。しかもまだ幼い子供。国王の一言があれば、その命など簡単に消すこともできる。そして、それまでにも何度となくそれが国王の口から出かかったこともあった。が、その都度、王妃の言葉がそれを阻止していた。
2人の誕生の後すぐ命を落とした王妃の最後の言葉。
『呪われた運命はいつか2人の元を離れます。ですから、何があろうとも・・・2人を・・私の愛しい子供たちの命を奪うことだけはしないでください。この子たちは私の命・・・。愛すべき我が子・・・・陛下と私の・・・愛すべき・・・。』
王妃を愛していた王は、その時はどういうつもりでそんな言葉を残したのか理解できなかった。ただ、愛する妃を亡くしたことに気落ちするばかりだった。が、2人が2才の誕生日を過ぎてから異変が起きはじめ、国王は王宮内の奥にまるで閉じこめるように追いやっていた。そして、悪霊に操られるというその状態は年を追う毎にエスカレートしてきていた。が、王妃の言葉が常に王の耳元から離れず、口元まででかかった命令もそれでなんとか打ち消されていた。
が、今少し違えば命がなくなっていたと思われる事件で、それまで以上の恐怖を感じた王は、王宮から遠ざけることにしたのである。
その呪われた運命がいったいいつ2人の元を離れるのか・・・国内外の賢者や占星術師にみさせても、それはまるっきり予想も見当もつかず、また、悪霊を追い払うこともできなかったという理由から出た最終結論でもあった。


馬車に揺られながら、レイムは2人にあれこれ話かけた。心の底から彼らと理解し合わなければ、とレイムは必至だった。この先2人を悪霊から守っていくレイムにとって、2人との信頼関係が必要だった。それがなければ、守れるものも守れない。形だけの護衛では悪霊からは守れない。

「私は、姫様・・あ、つまり・・お二人のお母様であられる王妃様に、幼いとき命を助けていただいたのですよ。」
「え?・・・母上に?」
「ええ、そうですよ。この国に嫁がれてこられるずっと前に。」
思いつく限りの言葉で話しかけても警戒心を解かず、一言も答えなかったミルフィーが、ようやくその言葉で口を開いた。

助けられたその時、レイムは5才。そして、こうして恩人の子供である2人の守護の任を受けた今、ミルフィーとミルフィアは5才。レイムは、運命といういものを感じていた。
突然の襲撃に一夜で潰えてしまったレイムの故郷。追っ手から逃れようと、見知らぬ森の暗闇と飢えに脅えながら必至で駆けた夜道。
その事は触れず、レイムは命の恩人のやさしさと温かい微笑みを2人に語った。
そして、それがきっかけとなり、3人の心は、ゆっくりとだが確実に理解し合うようになっていった。


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「何があってもお守りしようと・・・姫巫女様のお子様であられるミルフィー様とミルフィア様をこの命にかえても守り抜こうと・・・そう決心したのに、私は・・・・」
何度目の懺悔なのか・・・懺悔したところで、悔いてみたところで、今更どうなるものでもなかった。

ミルフィーの身体を取り返すべく、聖魔の塔で悪霊との対峙の前、レイムはある決意をした。
それは、塔で知り合った僧侶から、人形に命を吹き込むソルジェムという奇跡の宝石が龍人の地にあると聞いたことからである。
(もし・・・・悪霊との戦いで破れた場合・・・・)
あってはならないことでもあった。が、勝利するという保証もない。考えに考えた末、ある人物に会うことを決心した。

闇呪術師ガジャル、聖魔の塔のどこかから繋がっている地、生者と死者の狭間にある地、そこから両方の地をのぞき見ることができるという不思議な地に住んでいるという賢者にして高僧そして狂人とも奇人とも噂されている人物。その人物ならレイムの希望を叶えられるはずだった。
そして、苦労の上に苦労を重ね、なんとかその人物と会ったレイムは必至の思いで頼み込み、そして、頼みを聞く条件として出された難問をクリアして、自分を2つに分身してもらった。魂と肉体のそれを2つに分ける。それは一歩間違えば死ともなった。が、レイムは強靱なその精神力でそれを切り抜けた。

そうして、一人は聖魔の塔の魔窟へ、そして、一人は龍人の地に・・・・・。

「今一人の私が悪霊との戦いに破れた上は、私がなんとかしなければならないのに・・・この地に辿り着いてもう何年たったことか・・・一刻でも早くソルジェムを見つけなければならないことは必須なのに、その探索も、思うように進んでいない・・・・。ミルフィー様の魂は、まだ大丈夫なのでしょうか・・・・ミルフィア・・様・・は?・・・・。」
同じ思考、同じ身体であっても、完全に別個の人物として分身し、また離れた地のこととは言え、もう一人の自分の死の瞬間は、自分自身の体験のようにレイムを襲っていた。その瞬間のショックは、しばらく続いた。
到底立ち向かえそうもないと思った悪霊への恐怖と己の非力さへの憤り、そしてミルフィーとミルフィアへの思い。寝ていたとき突如襲ったそれらが入り混ざった一瞬のその感覚は、今でこそ月日が癒してくれたとはいえ、長い間悪夢としてレイムを苦しませていた。

(ミルフィア・・・・)
レイムの心の中で、ミルフィアの笑顔に彼女の母親の微笑みが重なって見えていた。



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